漫画家・高浜寛さんに聞く 長崎・出島の魅力とは?
- 2022年10月17日
今年10月、長崎市の出島が国の史跡に指定されてから100年となりました。その出島を舞台にした漫画が、こちらの「扇島歳時記」です。
「扇島」というのは出島のことです。幕末の長崎・出島が舞台です。当時、出島に出入りが許された唯一の女性は遊女でしたが、この漫画は、丸山遊郭に生まれた少女の視点で、出島の様子が描かれています。この「扇島歳時記」がこの程、完結しました。作者の高浜寛(たかはま・かん)さんは、これまで長崎を舞台にした数々の作品を描いています。
漫画を通して長崎や出島をどう描いたのか、出島で話を聞きました。
NHK長崎放送局アナウンサー 金澤利夫
幕末出島が舞台の漫画・扇島歳時記
Q:今回の「扇島歳時記」は幕末の出島が舞台ですが、この舞台設定にしたのはどうしてでしょうか?
高浜さん:
使われなくなったものに対するノスタルジーみたいなものを私は感じる方で、軍艦島とかですね。出島が出島としての役割を終えた、ちょうどその時期というのがなんかグッとくるんですよね。
今までは出入りできない場所であって、その中のことをみんなが見られないがゆえに、いろいろ想像したりしたわけですし、いろんな事件も起こったりしたんですけれど、それが全部撤廃されて人の出入りが自由になったときに、ただの居留地のひとつなってしまったというところに非常にドラマを感じたんですね。
長崎を描く高浜さん
高浜寛さんは、熊本県天草市の出身です。これまで長崎を舞台にした歴史漫画を数々描いています。明治初期の長崎を舞台にした長編「ニュクスの角灯(ランタン)」は、手塚治虫文化賞など、数々のマンガ賞を受賞しました。
Q:長崎を舞台にした理由は?
高浜さん:
一番最初は地理的な問題で取材に行きやすいため。私はそのころ熊本に帰ってきていましたので。
ただ、一作目を描いたところで、私も編集者も長崎の魅力のとりこになってしまったんですね。
異文化が混ざり合った街であるからなのか、人の良さなのか、すごく魅力を感じて、二作目も三作目も長崎で行こうとなりました。
遊郭の少女が主人公
高浜さんの長崎三部作の最終節となる「扇島歳時記」。
丸山遊郭で生まれた少女「たまを」が、遊女のお伴として出島に入り、異国の文化や人々に出会います。その様子を少女の視点から季節の流れにあわせて描かれています。
高浜さん:
遊郭の話を描く時に、大人の女性を主人公にすると、なまぐさいもの、ドロドロしたものになりがちですけれど、それを少女の視点で描くことで、全くフレッシュな見方ができるのではと思いました。
人間の葛藤や気持ちの部分が描きたかったので、それは成功したと思っています。
少女「たまを」は、出島で異国文化に触れ、無邪気な様子を見せながらも、徐々に自分のさだめに向かって進んでいきます。当時、珍しかったクレヨンで「絵を描いてごらん」と言われた「たまを」は、かごの中の鳥を描きます。
高浜さん:
彼女は自分で意識していることと、してないことのギャップがあって、そのことに気づいていないが苦しめられている。
例えば、遊郭で遊女になることが決められている子供と出会った時に大人は何もできない。代わりにお金を払うといっても、その子が能力のある子で、『この子は戦力になるからお店で育てます』と言われると救いようがない。
どんな立場の人でも救いようがなくて。あのシーンは必要だと思って入れました。
人間の葛藤を描く
美しく成長を遂げる「たまを」は、出島に来ていたフランス人青年に見初められます。
しかし現実は、厳しいものでした。接客になじめず泣き崩れる「たまを」。
「たまを」を遊郭から連れ出そうとするフランス人青年も、自分の無力さを知ります。
高浜さん:
自分がしたいことができなかった人は、女性に限らす男性にもいますよね。
いろいろな人が出てきて、宗教で縛られている人もいる。みんな、いろいろな制限を持って生活していて、それでも生活が回っていて、みんながみんなのことをちょっとずつ思いやっていて、そういうのがあの時代だったのかなと思う。
女性に限らず男性も作品の中では苦しい思いをしている人が出てきます。制限があった時代を描きたかったのかもしれませんね。
この「扇島歳時記」には、もう一人、重要な人物が登場します。出島の料理人で、キリシタンの岩治(がんじ)です。岩治は、仲間が捉えられる中、キリシタンであることを隠し続けていることに罪悪感を抱き続けています。
高浜さん:
岩治は、今、準備している新しい長編の中でも重要なキーになる人物で、岩治が持っている“善”というキーワードを私は彼に与えていますが、それがあとあと非常に物語の軸になるところです。
次回作は天草・島原の乱がテーマ
Q:次回作はどんな物語になるか教えていただけますか?
高浜さん:
今度は、天草・島原の乱をテーマにしていて、天草四郎の埋蔵金を、金に困った現代の主人公が探すところから始まります。
実際に天草・島原の乱の時に動いた人たちがどんな人たちだったのか。誰がお金を持ち込んで、どこに隠したのかを、長崎三部作に登場する人物たちの先祖とか子孫とかと一緒に巡る話になっています。
長崎の皆さんへのメッセージ
Q:長崎の方に、長崎三部作や次回作をどう読んで、どう見てほしいでしょうか?
高浜さん:
私は長崎県民ではないので、外からの視点からでしか描くことができませんが、調べれば調べるほど長崎はおもしろい場所です。特に出島の周辺ですね。当時の中心地だったところです。
長崎に限らず、どの県でもそうですけれど、だんだん歴史に関する興味が失われているのが寂しいですね。
若い子たちに子供たちに学生さんたちにこんなおもしろい素材があると、そいううことを再発見してもらえる作品を描きたいと思っていますので、温かく見守ってください。
高浜さんように、忘れてはならない歴史を、親しまれている漫画を通じて伝えることで、過去の出来事が今の私たちにも響いてくると感じました。
次回作「天草・島原の乱」をテーマにした作品は、来年に連載が始まる予定です。