NHK長崎 子育てのキ④ 張り紙に込めたラーメン店の思い
- 2022年12月16日

「せっかくの外食なので、盛大に散らかし、遠慮なく泣かせてください!!!」
ある日、ネット上でこんな張り紙をしたラーメン店の話が話題になっていました。作ったのは、子育て真っ最中の店長とスタッフ。1枚の張り紙に込めた思いを聞きたくて、店に向かいました。
長崎放送局記者 郡義之
子連れでも熱々のラーメンを
私が向かったのは、長崎市の北隣にある長与町です。長与町役場から歩いて10分ほどのところに、そのラーメン店はありました。店内を見回すと、座敷の壁には、確かにネットで見た張り紙がありました。A4版ほどの大きさの張り紙には、「お子様連れのお客様へ」と書かれてあり、「お父さん、お母さんが順番に出来たての温かいラーメンを食べられるように提供するタイミングをずらしてお持ちいたします。コロナ禍の中でのせっかくの外食なので、盛大に散らかし、遠慮なく泣かせてください!!!」とありました。作ったのは、当時店長だった飯塚耕平さん(41、現在は別店舗で店長)とスタッフの松本麻布さん(33)。去年12月に一緒に作ったといいます。

(飯塚さん)
「うちのラーメンは麺が細いので、すぐに伸びてしまうんです。子連れでも、熱々のラーメンをおいしく食べてもらいたかったんです」
きっかけは1つの出来事

飯塚さんは12歳の長女と10歳の長男を持つ父親、松本さんは、8歳の長男、5歳の双子の長女と次女の3人の母親です。張り紙を作る、”きっかけ”がありました。
3年前のある日、松本さんが飲食店で外食した時のことです。仕事をしながら、子育てに追われ、1日が終わればぐったりの松本さん。「きょうはご飯作りたくないから外食だ!」。そう心に決めて、店に向かいました。頼んだのは、うどんです。しかし、小さな子どもにごはんを食べさせることは簡単ではありません。太い麺を箸で短く切ったり、熱いつゆを冷ましたり…。そこに、長男がテーブルの水をこぼして大騒ぎ。
ようやく落ち着いたころには、頼んだうどんはすっかり冷めてしまっていました。伸びきった麺をあわただしくすすり、食事を終えた松本さん。楽しいはずの外食で疲れ切って帰宅しました。「外食はもういいや」、松本さんは意気消沈してしまったといいます。「本来外食は、お母さんたちが楽をしたくて行くものなのに、疲れて帰ってくるんだから本末転倒です」と感じたそうです。
子連れ外食は大変なんです

子連れでの外食は確かに大変です。よだれ対策のスタイに、紙おむつ、ミルクセット、麺切りカッターなど、持ち物もたくさんあります。ネット上にも、苦労した親の体験がつづられています。
「一度泣いてしまったら止まらんくなってしまい席に着いたものの泣き止まず、テイクアウトにしてもらった」
「泣かせまい喚かせまいイタズラさせまいと攻防の限りを尽くしたので、疲れきって、いま千の風と化してます」
「ベビーカーに乗ってない&ベビーチェア不安定で座ってられない&いろいろ探検したいコンボ!」
自分と同じ体験をしてほしくない。飯塚さんと松本さんは、そんな思いから、あの張り紙を作ることにしたのです。
どんな文言にするか。2人が込めたのは「店はパパ・ママの味方」という思いでした。子どもが店内で騒いでもOK。パパ・ママも気を遣わずに、熱々のラーメンをゆっくり味わって欲しい。2人は徹底的に寄り添ったのです。小さな子どもを連れて来店する家族がいれば、状況を見ながら、時間差でラーメンを出す心配りも忘れていません。
(飯塚さん)
「お客さんの中には、子どもが騒ぐと眉をひそめる方もいます。しかし、それは、私たちが配慮すればいいことで、こんなコロナ禍で、子どもが店内で元気よくいると、逆にうれしいじゃないですか」
(松本さん)
「子どもは泣いて当たり前。だから、パパ・ママには安心してほしいというメッセージを送りたかったんです」
1年半ぶりにラーメン食べた

張り紙をしてからしばらくして、店のアンケートには、パパ・ママから感謝の声が届くようになりました。そんな中に、こんなメッセージがありました。1歳4か月の子どもを連れてきた親からでした。「スタイなし、麺切りカッターなし、手ブラで来店できる手軽さが最高でした。1年半ぶりにアツアツのおいしいラーメンを落ち着いて食べられました。また来ます!!ありがとうございました」
(松本さん)
「うれしかったですよね。気持ちが届いたんだなあと思いました。目に見えないところにもサービスをすることの大切さを感じましたね」
子どもに好かれる店に
飯塚さんは今、長与を離れ、長崎市の別の支店に異動となりましたが、子育て中のパパ・ママへの思いやりの心は今も忘れていません。目指すは「誰もがゆったりとすごせる店作り」です。

(飯塚さん)
「本当はパパ・ママの隣でせめて食べている間だけでもあやしてあげたいですが、そういうわけにもいかない。でも、おいしいものをおなかいっぱい食べてほしいので、これからも頑張ります」

松本さんは今も、長与店のスタッフの一員として、忙しい毎日を送っています。
(松本さん)
「子どもに好かれる店を目指したいと思っています。1杯のラーメンで感動してもらえるような、そんなお店にしたいですね」
少しでもホッとできる場所を

先日インタビューした、子育て支援に詳しい長崎大学の吉田ゆり教授は、「子育て世帯を行政や市民ががどれだけ大事にして受け入れているかが大切だ」と指摘していました。
食べることは生きることでもあり、笑顔で幸せに浸れる時間でもあります。ただ、長崎県内では、子連れでゆっくり食事ができる場所はまだ多いとはいえません。日々、慌ただしく子育てに追われる中で、5分でも10分でも、ホッとできる時間があれば、パパ・ママは再び前に進める。県内にも、こんなすてきな店が増えたらいいなと思いました。