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ぶどう農家70%が移住者?生坂村のぶどうづくり

  • 2023年08月10日

「ぶどう農家の70%が移住者」。そんな村が長野県中部の山あいにあります。足を運ぶと、移住してきた人たちは民間企業などで培ったノウハウを生かして“新たなカタチの農業”に挑んでいました。いったいなぜ移住者が集まるのか。どんな挑戦をしているのか取材しました。

 (長野局・長山尚史)

人口1600あまりの生坂村

生坂村

私が生坂村に最初に足を運んだのは、ことし6月29日。訪れると至る所にぶどう畑が広がっていました。なぜ生坂村でぶどう栽培が盛んになったのか。調べてみると生坂村はかつて養蚕が盛んな村でした。しかし、新たな特産品づくりを目指し、昭和61年ぶどう栽培に着手。ぶどうの栽培に適した気候で、かつ、高単価とあって栽培が根づき、今では村の基幹産業になったとしています。

一方、少子高齢化に伴って地元では担い手が不足。今では、村に27軒あるぶどう農家のうち70%にあたる19軒が移住者となっています。なぜ移住者がここまで多いのか。その背景を調べてみると、新たな担い手を育成するため村の農業公社が25年前に始めた“ある仕組み”があることを知りました。

秘けつは“新規就農研修制度”

移住者を呼び込む「新規就農研修制度」とはいったいどんな制度なのか。仕組みを詳しく見てみると、その手厚さが目立ちます。

新規就農研修制度のしくみ

この制度を受けることができる人は、おおむね40歳未満で村への定住を前提としている人。そして、平日8時間の研修を受ける必要があります。ただ、この条件をクリアしていれば、原則3年間、次のような支援が受けられます。

▼村営住宅に入居する場合家賃は2万円
▼毎月15万円の生活費支給
▼ぶどうを栽培する農地・農業用機械は無料レンタル

支援はこれだけではありません。栽培方法で悩んだり、万一、栽培に欠かせない設備が壊れたとしてもベテランの先輩農家がメンテナンスに駆けつけてくれます。

生坂村農業公社 小林和雄理事長

「『村の人間だけではいつくばってやろう』ではなく、新規就農者を育成しようと始まった。研修を受けに来る人たちは、都会での便利な生活を捨ててまでも『ここで農業をやりたい』とやってくる人が多い。そんな人たちが独り立ちできるまできちんと面倒見ようというのがこの制度」

異色のキャリア 活躍する移住農家

これまでのビジネスキャリアを生かして村の農業に貢献している人がいます。その1人が中村和博さんです。

東京のコンサルティング会社を辞め、13年前、生坂村に家族で移住。研修当初は17アールだった農地は、今では2点8ヘクタールにまで広がり、従業員も抱える農園の経営者です。

中村和博さん

「地域になじみのない人がその地域で暮らすのは大変だが、地域にとけこめるように丁寧に面倒を見てくれた。よきぶどうの作り手、よき地域の担い手になることであれば、必要なものを提供してくれ、非常にありがたかった」

コンサルティング会社に勤務していたころは、業務の改善などを提案してきた中村さん。培ったノウハウを生かし、人手が限られる農業の分野で効率的に生産したり販売したりする取り組みに挑戦しています。

まずは高品質で多品種のぶどうの栽培を効率的に行う取り組みです。11品種のぶどうを生産している中村さんは、ハウスを活用して温度管理も徹底することで、生育するスピードを調節。収穫時期などの繁忙期を分散させることで、従業員の負担を軽減し、生まれた余力は、品質を高める時間にあてています。

全国各地のトレンドを分析

販路拡大でも独自の戦略を築いています。中村さんは全国各地のスーパーなどをめぐり、消費者が手に取る品種や価格帯などを細かくチェック。どんなぶどうが売れるか、トレンドをきめ細かく分析しています。客観的なデータを示しスーパーなどへ売り込むことで信用も得られ、販路拡大にもつながっているとしています。中村さんは、5年後にはいまの売り上げの2倍にあたる1億円の売り上げを目指しています。自ら結果を出していくことで、生坂村の農業の発展に貢献したいと意気込んでいます。

中村和博さん

「生坂村が注目され続けるにはキラッと光る農家が必要。ちゃんと売り上げがあるか、利益を出しているか、ということが求められてくると思うので、それはわたしたちがしっかりと結果を出していきたい。地方に移住して農業に挑戦し、生計を立てていくことが人々の選択肢の1つになるよう頑張っていきたい」

手厚い支援でさらなる発展を

生坂村には、いまもぶどう栽培を始めたいという相談が村外に住む人たちから寄せられています。生坂村の農業公社は、手厚い支援によって呼び込んだ移住者の新たな発想を生かし、「生坂村産ぶどう」のさらなる発展につなげたいと考えています。

生坂村農業公社 小林和雄理事長

「生坂村にずっといた人間では思いつかなかった販売方法で生坂村のぶどうを広めてくれている。やはり、退路を断って移住してきた人たちは必死にやってくれていて、そんな人たちに『やってよかった』と言ってもらえるようにサポートしていくのが私たちの使命だ」

新たな担い手確保するためには?

東京農業大学 渋谷往男教授

生坂村のように新たな担い手を確保するにはどうすればいいのか。全国各地の農業の事例に詳しい、東京農業大学の渋谷往男教授は、移住者がぶどう農家の70%を占める生坂村の状況について「珍しい」と評価したうえで、次のように指摘しています。

「最も重要なのは地元の行政と農業関係者が連携して一生懸命になって新規就農者を迎え入れることだ。『農業をやってみたい』という人は潜在的に多いが、収入面や生活面で不安を感じている人もいるので、そういったハードルを下げられるとほかの地域でもうまくいくのではないか」

取材後記

生坂村の人たちを取材してまず感じたのは、「村外の人たちを快く受け入れよう」という懐の深さでした。もしかしたら、これも移住者が定着した理由の1つかもしれないと感じました。ただ、新規就農者をどう定着させるか悩んでいる地域も少なくありません。地域によって農業をめぐる実情は異なりますが、地域全体が連携し農家になりたい人の「不安」をどこまで取り除けるかが、担い手の確保、さらには地域の農業の発展のカギになるのかもしれません。

  • 長山尚史

    長野放送局記者

    長山尚史

    鳥取局を経て去年8月から長野局。人口減少問題に関心があり、県内各地を取材。

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