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作家・川上未映子さんが見つめる16歳の“いのち”の記録 TikTokで続く動画のシェア

4年前、1人の少女が白血病で亡くなりました。小山田優生さん(こやまだ・ゆい)、16歳。
彼女は余命宣告を受けたあと、動画投稿アプリ「Tik Tok」などのSNSに笑顔の動画を毎日のように投稿していました。
その動画をめぐり、いま不思議なことが起きています。
彼女の死後もその動画を別の人がシェアしはじめ、フォロワーが増え続けているのです。

時間や空間を超えてめぐる、16歳の“いのち”。
1人の少女の動画がきっかけで生まれたSNS上の現象を、作家の川上未映子さんが語ることばから見つめます。

(NHKスペシャル取材班)

NHKスペシャル「シェア 16歳の“いのち”はめぐる」

4月13日(土)夜10時放送
NHKプラスで放送1週間後まで見逃し配信中

白血病と闘った16歳 128本の投稿動画

2020年4月に亡くなった小山田優生さん

栃木県で暮らしていた小山田優生さん。2018年7月に白血病と診断され、入院生活を送っていました。当時中学3年生だった優生さんの将来の夢は、ヘアメークアーティストになること。闘病中に投稿していた動画の中でも、メークやおしゃれにこだわっていました。

優生さんが闘病中に投稿した動画は128本に上った

明るい動画を投稿していた陰で、抗がん剤の副作用によって髪はぬけ落ち、体の痛みでベッドから起き上がれないこともあった優生さん。

闘病の末、2020年4月8日、16歳でこの世を去りました。
亡くなる10 日前まで動画を投稿し続け、その数は128本に上りました。

優生さんは「今」を生きている

作家・川上未映子さん

闘病中、優生さんはなぜ動画を投稿していたのか――
今回、私たちは作家の川上未映子さんにインタビューをしました。川上さんは、優生さんの動画から「今」を生きる力を感じたと言います。

川上未映子さん

「私たちは頭の中で、必ずいつか死んでしまうということは理解しているつもりですよね。それがいつやってくるのかはわからないから、何とか私たちは日常を続けていくことができている。でも、優生さんがお受けになったように、“残りの時間はこれくらい”と意識したときに、それはやっぱり、自分の世界が崩壊するような、今まで隣にいた人と自分だけが違うところに取り残されるような、恐怖や孤独に突き落とされるようなことだったと思うんです。そのときに、何をもって今を耐えるかっていうと、『今、自分は生きていること』『今の力』というものしか、ないような状況になってしまうと思うんです。だから、私は優生さんの動画を拝見していて、すごく彼女が『今』を生きている、今に今を重ねて、今をずっと発信し続けていた、それがすごく伝わってきました。


絶望的な状況にある人にとって、『今、みんな生きているのは同じだよ』というメッセージと、『あなたは、ひとりじゃないよ』という2つのメッセージほど、支えになるものってないんですよね。SNSは、もちろん心ないメッセージとか、ネガティブなものもあるとは思うんですけど、それでも『ひとりじゃない』というメッセージを共有できることは、私たちのコミュニケーションがもたらす最良のものだと思います」

亡くなったあとも広がる優生さんの動画

優生さんの父・義憲さん

優生さんの死からしばらくして、不思議なことが起こり始めました。
アカウントのフォロワーたちが、優生さんの姿を再編集した動画を投稿・シェアし始めたのです。

優生さんの父・義憲さんも、娘を失った直後から動画を投稿しています。
生前、白血病からの生還を信じて、優生さんから闘病生活を記録してほしいと頼まれた義憲さん。明るい姿だけをシェアしていた優生さんは時々、SNSで「病気は嘘だろう」などひぼう中傷を受け、傷ついていたことがありました。
義憲さんは、病と闘ったありのままの姿を知ってほしいと、娘の本当の姿をシェアするようになったのです。

「誰かが思い出している間、優生さんは生きている」

優生さんの父・義憲さんが投稿した闘病中の優生さんの動画 
480万回再生され、多くの人にシェアされた

いまSNS上には、優生さんが生前投稿した動画の3倍以上、500本もの動画が投稿されています。優生さんの死後も、その姿が“シェア”される現象について、川上さんはこう語ります。

川上未映子さん

「人が亡くなること、その置かれる状況って、みんなそれぞれ違うと思うんですね。やっぱり100歳近くまで十分生きた人が亡くなることと、10代で本当ならもっとこれからたくさんのことを経験しただろうというご年齢でのお別れでは、全く同じようには思えないですよね。

優生さんは16歳で、これからなりたいものもあったと思います。そうすると、残された家族の方々は、『本当だったらこうだった』という気持ちを強く持たれると思うんです。どんな形でも生きているというふうに感じたい。それがシェアされることと、今すごく深く結びついているんじゃないかと思います。つまり、誰かに覚えておいてもらうこと。それがTikTok動画であると、新しい人に出会う可能性が高くなりますよね。

そうすると、また新しい人の中で優生さんの時間、優生さんが過ごした『今』、たくさんの『今』が共有されて、誰かが思い出している間、優生さんは生きているというふうに感じられる。残された方々が生きていくための弔いの方法の変化、生き続けるという考え方への可能性が印象に残りました」

闘病生活のシェアに複雑な思いを抱く人も

優生さんの兄・義信さん

この世を去ったあとも、SNS上でシェアされる優生さんの笑顔、そして闘病中の苦しみ…
優生さんのありのままの姿は多くの人にシェアされる一方、一部から動画への疑問の声もあがっています。

「なんでTikTokにあげるの?」
「自分のキツい姿をネットに晒されるのは少し嫌だと思う」
(SNS上のコメント)

優生さんの兄・義信さんも、義憲さんが苦しい闘病生活をシェアすることに複雑な思いを抱えています。

その思いを強くしたのは、優生さんの幼なじみから「(優生さんの)命が軽く扱われているのではないか」と、ことばをかけられたことがきっかけでした。

優生さんの兄・義信さん

「そこまでさらけ出さなくていいんじゃないかと思うところもあります。まだちょっと、人に見せるのもいいけど、自分だけの思い出にしておきたいっていうのもどこかにあって。4年たった今でも受け止め切れてない部分もあります」

“ジャッジ”ができない思い

優生さんの兄・義信さんと父・義憲さん

娘のありのままの姿を伝え、本当の姿を知ってほしいと願う父。そして、妹との思い出を静かに守りたいと考える兄――親子はそれぞれの立場で優生さんの“シェア”を見守っています。

川上未映子さん

「これまでと比べて、私たちはスマートフォンと向き合うだけで、なにかしらの表現者として存在してしまうっていう変化はありますよね。そして、それが自分の準備とか予測とか、そういったもののスピードと合ってない。人の死とか生きることとか苦しみっていう本来なら覚悟のいる事柄に対して、動画アプリの軽薄さとのこのマッチングに、私は少し動揺しました。この重さとこの軽さを、どう受け止めてよいのか。でも、受け止めるということ自体の変化を促されているのかもしれないとすら思ったんですね。第三者によるシェアは、優生さんらしさっていうものを考えるときにすごく重要になってくる。でも、悲しみのうちにあって、この変化についていけない渦中のときに先のことを考えることも難しいし、すべてに最適解の正解を出すこともできないですよね。


だから、お兄様が、動画をアップし続けることに、『これはちょっと、そこまでしなくてもいいのではないか』とおっしゃっていたのを聞いて、私は、それももっともだと思います。本当に大切な、1回きりの時間を共有した大切な人の、思いや姿や痛みや感情をね、たかだか携帯電話の画面で見てわかったようなつもりになられて、次の瞬間はまた別の動画で笑うような社会とか人にそんな大切なことをシェアする、共有してやる価値があるのかと。そこにたいして疑問に持つというのは、本当にもっともなことだと思います。でも、お父様はおそらく、忘れてほしくない、そうすることで自分の大切な人が生き続けると思えるかもしれない。そのお気持ちひとつで動画を投稿なさっているというふうに私はすごく感じるんですね。


自分の世界を揺るがすような大きな出来事にあったときに、みんな手探りになるはずなんです。私たちそれを受け取る側としては、『これはどうなんだろう』とか『これは正しいことなのか』みたいなジャッジをしてしまう。特にSNSの情報に対しては。でも、そこはイコールじゃなくて、ジャッジができない思い・行為はあると感じています。それぞれみんなの思いがあって、ジャッジができないぐらいの大変なことなんですよね、人がいなくなるっていうことは」

自分の感動を疑う

ことばを慎重に選びながら、2時間に及ぶインタビューに答えてくれた川上さん。動画を見る私たちも、その受け取り方について考えをめぐらすべきだと語ります。

川上未映子さん

「今回の優生さんの動画を見ていて、ストーリーは共有できた。けれども、私が優生さんの死を共有できたかというと全然そんなことはないんです。

亡くなった人の残したものは誰のものなのか。現状は、残された家族のもの。でも、推敲をくりかえして、したたかにつくられた表現物と、十代の女の子の闘病の記録とも表現物ともつかない動画は、物語の消費という共通点はあるけれど、しかし同じものではないと思います。これはただのデータなのでしょうか?わたしは違うと感じます。

だから、それに触れて感動したりするときに、その感動の正体が何なんだということは、感動した私たちが常に問わなきゃいけないことだと思うんです。電源を切れば忘れることができる、一消費者であるという自覚を常に持つこと。自分の感動を疑うこと。それは私たちができる、その人が生きたということに払える敬意の1つなんじゃないかなと思います」

NHKスペシャル「シェア 16歳の“いのち”はめぐる

4月13日(土)夜10時放送
NHKプラスで放送1週間後まで見逃し配信中

みんなのコメント(3件)

感想
カピバラ
50代 女性
2024年4月14日
沢山の人がいるんだから 色々な思いがあって良いと思います
勇気を貰った人 嫌だなって思った人
それぞれで良いと思います
今の時代の伝え方
優生ちゃんはこの世に存在した・・・
お父さんの気持ちも 解ります
優生ちゃん あなたは 居なくなってしまったけど あなたが 笑顔にした人
救えた人がいるんだよ
ありがとう 優生ちゃん
感想
Sentinelle Rouge
2024年4月13日
優生さんのお父様が亡き娘の闘病した様子を投稿するのは、今は亡き優生さんの魂がお父様の心にそうして欲しいと語り掛けているからだと想像しています。これは親子でなければ分からない世界の話ですが、もし優生さんが現在元気で居たら、もし人に魂が在るなら苦しくても闘っていた姿を知って貰う事で、自分と同じ境遇に居る人を助けたいと考えるのではないでしょうか?闘病生活の励みになれるなら是非自分の姿を伝えたいと考えるのではないでしょうか?そんな娘の魂の声がお父様には聴こえているのかもしれません。そしてそれは亡くなった娘に親としてもう一度命を与える行為そのものだと感じました。
追伸、死別の悲しみにはどんな関係性の人と別れたか、どんな別れ方だったかによって受ける悲しみの大きさや期間に差が出ます。お父様が様々な投稿をなさるのは、優生さんが残して逝った崩壊しそうになる父親に対すグリーフケアなのだと思ってます。
感想
sbt55
50代 男性
2024年4月13日
デジタル・IT業界に長年関わってきた立場で不思議な感じを持って拝見しました。スマホ1台で簡単に動画編集ができ、自由に配信できてしまう世の中。誰もが配信者、視聴者になれる世界、そこには様々な考え・意図をもった人が入り混じり、それがまた拡散されていく… 一般向けのコンピュータが世の中に出てきた数十年前にこの短期間の間にこの技術が倫理観や死生観に影響を与え、感情を揺り動かす基盤になるなんてだれが想像できたでしょうか。
生成AIなど、更に技術が進化する環境に人間がどう折り合いをつけられるのか、一個人としては見守るしかないですが自分自身は強くありたいと思います。
素晴らしい番組でした