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“空爆の真下で水をくんだ”【ワレリアさん・マリウポリから避難】

ロシア軍による無差別的な攻撃で、マリウポリの人々は極限の生活を強いられています。ワレリア・バラバシさんの家の地下室には、最大で22人が身を寄せ合っていました。次第に食べ物が底をつき、空爆の真っ最中に命がけで水をくみに出かけていたといいます。「私が爆撃で死に傍らで娘がけがをしているという幻覚が頭から離れなかった」と恐怖を語りました。

“22人が共に暮らし、水も食料も底をついた”

人道危機が続くウクライナ東部の要衝マリウポリ。

ワレリアさんは西部リビウに避難するまで、10歳の娘と共に1か月近く攻撃にさらされていました。

住んでいた場所が街の中心部から離れていたためか、当初は比較的攻撃は少なかったといいます。

そのため多くの人が避難してきて、最大で22人が暮らしていました。

皆で助け合っていましたが、徐々に食べ物が底をつき始めました。

ワレリアさん

「最初はどれくらい食料が持つのか分からず、1日に2回食事をしていました。その後計算して、食べる量を減らして1日に1回にしました。それでも問題だったのが水でした。飲み水がなかったのです。私はある日飲み水を求めて街へ出ました。まだ水がくめる場所では、人々の長い行列ができていました。私の順番が近づいたとき、頭のすぐ上で激しい攻撃が始まりました。それでも水がくめるまではとそこに残ったのです。水をくむと、私は死にものぐるいで家へと走りました」

ロシア軍による攻撃は次第に激しさを増し、ワレリアさんたちが暮らす家にも迫ってきました。

ワレリアさんは暗い地下室の中で「明日死ぬかもしれない」という恐怖と闘っていました。

ワレリアさん

「死んでしまうかもしれないと本当に恐ろしかったです。大きな爆撃の音、飛び散るガラス片。自分のことではなく、娘のことを思うと怖かったです。私が死んだそばで娘も大けがをしている、そんなイメージが頭から離れませんでした。とても苦しかったです」

娘のベロニカさんは、マリウポリでの生活がどうだったかという私たちの問いかけに、笑みを浮かべて「大丈夫でした」と答えました。

ただ、ワレリアさんは「私がそばにいないときにはずっと泣いていました」と語り、娘の心の状態を心配しています。

“罪のないこの子が生き延びることを祈った”

食料も水も希望もない毎日で、ワレリアさんたちにとって一筋の明るい光がありました。

同じようにマリウポリで避難生活をしていた親戚が、戦火の中で男の子を出産したのです。

ワレリアさん

「3月4日に子どもが産まれました。薄暗い光の中での出産はとても大変でしたが、苦しい状況だっただけに、私たちは心から喜びました。お分かりになりますでしょうか…赤ちゃんは私たちの守護神のようなものでした。激しい攻撃があるとき私たちは地下室で祈り続けていました。この世でまだ何の罪も犯していないその子が生き延びることを祈って、大きな声で祈りの言葉を唱えたのです」

生まれてきた子どもたちは、どんな未来に暮らしていくのか。

今後への思いについてたずねると、ワレリアさんは少しの間静かに考えていました。

口にしたのは平和への切実な願いでした。

ワレリアさん

「正直に言って、今はぼう然自失の状態です。この先どう生きればいいのか全く分からないのです。もちろん家に帰りたいとは思うのですが、私たちには何も残っていません。…私は全世界が平和であることを願っています。私たちが経験したような苦難を誰も経験しないことを願っています。太陽が大地を照らすように平和が訪れることを願います。人々がいがみ合うことなく平和に暮らすことを」

みんなのコメント(4件)

感想
さつまいも
40代 女性
2022年4月6日
読みながら涙がとまりませんでした。水をくむために死ぬかもしれないこと、娘さんが辛さを隠してみせる笑顔、生まれた子のために皆さんで祈り続けたこと。何より、こんなにもひどい状況にあったのに、全ての人の平和を願うワレリアさんの強さと優しさに、胸打たれました。ニュースでも、ウクライナ人もロシア人も誰も殺さないでほしいと叫んでいた女性がいました。思いやりにあふれた心優しいウクライナの女性たちに、今すぐ、安心と安全を与えられる世界にしなければならない。無力ながら絶対にそうしなければと固く思います。
感想
たかちと
40代 女性
2022年4月6日
私も幼い娘がいます。戦火に晒される子どもたち、またそれを守るご家族や大人たちの事を思うと、哀しさと私自身の無力さに涙が出ます。そんな苦しい状況でも自らのことではなく『全世界の平和』を願い、他者を思いやれるワレリアさんはなんと素晴らしい方なんでしょうか。どうか早く、娘のベロニカさんも心から笑える日が来ますように。
感想
surgeon
50代 男性
2022年4月6日
クロ現第一回放送を観てこのサイトに着きました。現場の生の声が聞けるSNSの力をひしひしと感じました。30年ぶりの「鉄のカーテン」も今回は外からシースルーで見られる驚き。この情報を力に!
体験談
田原坂
70歳以上 男性
2022年4月6日
5歳のころ第二次世界大戦で、空爆の中、空襲警報と共に防空豪に逃げ込みました。戦闘機からの襲撃は忘れることのできない思いです。当時5歳とは言えその時の恐怖は今でもはっきりと覚えています。
戦後77年近くになってやっと忘れられそうですが、戦火のもと、水をくむ怖さはたまらないですよね。1日も早く終わりにして平和なウクライナ国が戻る日を願います。