
「夫が女性になりました ~家族のカタチを求めて~」Vol.45
「夫から女性になりたいと打ち明けられたのは結婚後のことなんですよ。」
そう話す永田香織さんと出会ったのは今年2月でした。合意の上でLGBTQの人たちと結婚したりパートナーになったりすることはあっても、結婚後に相手に打ち明けられてから夫婦関係を続けるのは簡単ではないのでは…。香織さんと夫のマコさんがどんな思いで、また家族がどのように生活されているのか取材を始めました。
(『あわとく』ディレクター 松元柊吾(所属は取材当時))
長男の出産直後に”衝撃の告白”

永田さん夫婦を知ったきっかけは、夫のマコさん(47)がインターネットのクラウドファンディングで「女性限定のラリー競技会にトランスジェンダーの女性として参戦したい」と資金を募っていたのを見たことでした。マコさんの取材を進めるうちに、カミングアウトされた側の香織さん(39)にも話を聞いてみたいと思い、ご自宅を訪ねるようになりました。
香織さんとマコさんは奏真(そうま)くん(6)と涼眞(りょうま)くん(4)と4人で徳島県阿南市で暮らしています。
学習塾を自ら経営しながら講師として働く香織さんは毎日 仕事が始まるお昼までは掃除や洗濯などを、2人の息子の園などへの送り迎えはマコさんが担当しています。マコさんは近所に事務所を借り、フリーランスのシステムコンサルタントとして働いています。

マコさんは男性として生まれ、心は女性のトランスジェンダー。6年前、「女性として生きる」と決意してからは「マコ」という名前で生活しています。
香織さんとマコさんが出会ったのは12年前。大学卒業後、京都の生命保険会社で働いていた香織さんが取引先の会社に勤めるマコさんに次第にひかれていき、2年近くの交際を歴て経て結婚しました。

結婚の翌年、香織さんが奏真くんを出産した直後のことでした。
授乳を終え、お布団に入ろうとしたとき、マコさんから耳元で「あのね、女性になりたいんだけど・・・」と告白されました。

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永田香織さん
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「(最初は)ぽーっと。『はあ・・・』みたいな。趣味でそういうの(女装)をやってみたいと言っているのか、本当に女性に変わりたいのか、判断もつかない感じで聞いていました。その後しばらくして『結婚生活を続けていけるのかな』という漠然とした不安が湧いてきました。別々の生活環境にするべきなのかな」みたいな。けんかをしたときに『あんた詐欺だから』と言ったこともあります。」
なぜカミングアウトは結婚後?
マコさんは幼少の頃から自身の性に違和感があったそうです。
しかし小学生のときに受けた性的虐待の体験がきっかけで自身の性を抑えこむようになったといいます。

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永田マコさん
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「『あー、僕が女の子でいると、こういうことになっちゃうんだ』と思いました。それ(被害)をきっかけに、女の子でいたいという気持ちを隠さなきゃならいんだ、ばれちゃいけないんだと。だから努力して男の子に、男の人になろうと思いました。」
以来、マコさんは自身の性の違和感を抑え込み、苦しみを抱えながら生きてきましたが、男性として振る舞っていても、どうしても自分の気持ちと行動の“つじつまがあわない”感覚から逃れられませんでした。
そんな生活を20年以上続けながらも、自らが本当に望む自分の理想像を追い求める気力もなくなり、また男性として生きることにも慣れてきたときに出会ったのが香織さんでした。
その後 2人は結婚。このまま ごくごく普通の家庭を築いていくと思っていたマコさんですが、奏真くんを出産してお乳をあげたり、『ママ』と周りから呼ばれたりしている香織さんの姿を見ているうちに抑えきれない感情が出てきてしまったといいます。
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マコさん
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「自分は産めないんだなって。私はやっぱ女性にはなれないんだなって思ったし悔しいなという思いもありました。そして元々 自分がなりたかった像が、イメージが浮かんじゃったんですよね。そっちに近づいていきたいなって思った。」
そして離婚を切り出されることも覚悟で香織さんに打ち明けたのです。
変わりゆく夫の姿に葛藤する日々
マコさんが香織さんに衝撃の告白をして以降、夫婦の葛藤の日々が始まりました。
告白の直後からしばらくの間、香織さんは当時一家で暮らしていた京都を離れ、徳島県内の実家で奏真くんを育てることにしました。初めての子育てを母親に支えてもらうためでもありました。
マコさんが週末に香織さんたちを訪ねてくるときには男性の姿でしたが、京都でひとり生活をしている間に女性の服装を試し始めていました。そのことに香織さんはうっすら気づいていたものの考えないようにしていました。
しかし10か月後、育児も落ち着き、息子と京都での生活に戻ると、寝室にマコさんの女性用の服や化粧品が置いてあるのを見て、現実に引き戻されました。
マコさんはそのころ、花柄プリントのスカートにリボンやレース付きのトップスなど いわゆる“かわいい系の女の子”の服を買っては身につけて外出するようになっていました。香織さんは周囲の目を気にして、マコさんと一緒に出かけることはありませんでした。
変わりゆく夫をなかなか受け入れられない自分自身に当時がっかりしたといいます。
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香織さん
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「テレビでそういう人が出てくると、おもしろい、かっこいい、すてきと思っていたんですけど、目の前に現れると『いやー』となって。自分が意外とそういう人を受け入れられていないんだなと思ったときに『他人ごとと思っていたんだ』ということに気づきました。」
家族であり続けるために、妻から夫へ2つのお願い
それでもマコさんと家族でいたいという強い思いが香織さんにはありました。
香織さんが弱っているときは、自分がどんなに忙しくても香織さんのために時間を割いて悩みを聞いてくれたり、香織さんがチャレンジしてみたかった学習塾の経営も後押ししてくれたりしました。
いつも香織さんのことを最優先して応援してくれるマコさんを、ひとりの人間として愛し、尊敬していました。また自分たちの子どもにとっては かけがえのないお父さんでもあるからです。

京都で再び一家で暮らし始めたとき、香織さんはマコさんに2つのことをお願いしました。
一つは「家庭の中ではパパでいてね」。
もう一つは「少しずつ変わっていってほしい」ということでした。
香織さんはマコさんが幼いころから自分の中に押さえ込まざるを得なかった「女性として生きたい」という希望を、家族のことを大切にしながらも かなえてほしいと思っていました。
ただ急激に服装が変わったり化粧を始められたりすると自分の心が追いついていかないため、初めのうちは化粧はファンデーションと眉毛だけにしてほしいと頼みました。
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香織さん
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「一気に変わられたら、受け止めきれないなと思いました。
また マコさんが本当に周りの人に受けいれてもらいたいのなら、自分の『変わりたい』という要求だけを伝えるのではなく、相手がどう思うか、その気持ちも考えながら話さないといけないよね、と2人で話し合いました。
マコさんもその思いを汲んでくれて一度に「こうしたい」とは言わなくなって、ちょっとずつちょっとずつ変わってきてくれたから、私も受け止めることができたのだと思います。」
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マコさん
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「『今かなえたいことをかなえるんじゃなくて、先を見て、あなたはほんとにどういう人になりたいの、それをすることで どんなふうに人として思われたいの?』と香織から問いかけられました。自分でも自問自答しました。
でも一方、女性の服や化粧が自分に似合っているものは似合っていると香織は言ってくれます。100パーセントダメとは言わない彼女の優しさに救われています。」
マコさん自身、「子どもが混乱しないことが大切」と考え、家庭の中では「パパ」として子どもたちと接しています。マコさんのカミングアウトから6年の月日を経て、香織さんは徐々にマコさんのことを受け入れられるようになり、今では2人で堂々と買い物ができるまでになりました。

奏真くんの姿に重なった マコさんの“個性”
“女性になりたい”というマコさんの願いを香織さんが受け入れようと考えたもう一つのきっかけは奏真くんの存在でした。
生まれたときから脳性まひがある奏真くん。毎週金曜日は午前中は施設で歩行や生活動作の訓練を、午後は言語療法、そして自宅で療法士によるリハビリも行っています。香織さんとマコさんは終日付き添って共に見守ります。

自分のペースで徐々に成長していく奏真くんの姿を見るなかで、香織さんはマコさんの変化も“個性”として受け止められるようになったといいます。
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香織さん
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「奏真は知的にも身体的にもハンディがあって、他の同じ年の子とは成長の度合いが全然違います。それでも『奏真はこれが奏真なの』というのを受け入れるという意味では、マコさんをマコさんとして受け入れることは同じ、と思うようになりました。
マコさんは外見など変わったところはたくさんあるけど、いつも真剣に子どもたちや私の気持ちを受け止めてくれるマコさんの優しい根っこの部分は何ひとつ変わっていないということに気づきました。」
しかし 受け入れにくいことも… 模索する日々
数年間におよぶ葛藤の末、4年前には次男の涼眞くんも生まれ、穏やかな日々を送ってきた香織さんとマコさん一家。しかし最近、新たな悩みを抱えています。マコさんが外見や装いだけでなく、体も女性になりたいと思い始めているのです。
最近マコさんは男性ホルモンを抑える薬を飲み始めました。
第3子を望んでいる香織さんにとって、それを受け入れることは大きな決断でした。
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香織さん
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「第3子に女の子がいればかわいいなとは思っているんですが、マコさんが(男性ホルモンを抑える)お薬を飲んでる時点で、その希望はかなり薄いみたいです。でも マコさんは飲まないと自分のアイデンティティ、マコさんというアイデンティティを多分保てないのだろうなと思って、ぐっと自分の中で気持ちを押さえ込んでいます。仕方がないのかなと。」
さらにマコさんは将来、性別適合手術を受けることも望んでいます。
香織さんは手術についてはどうしても受け止めきれずにいます。
繰り返し夫婦で話し合っていますが、答えはまだ出ていません。

第3子の望みが完全についえるとともに、マコさんの体に副作用などが起こるかもしれないなど十分な知識や情報がない中で香織さんは漠然とした不安に襲われています。
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香織さん
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「自分の都合のいいところだけを支えてもらって慰めてもらってやっていくのが家族ではないと私は思います。逆に私も同じですよね。自分のやりたいことばかりを突っ走ってやり続けていれば、絶対に家族にそのしわ寄せはきます。
そこまでして何かをやっていきたいときというのは、たぶん選択しなきゃいけないとき。 自分だけの人生をとるのか、家族をとるのか。家族である以上はそこは常に考えていかなきゃいけない。たぶん人生を一緒に生きていくというのはそういうことなのかなと思います。」
どうして香織さんはマコさんと家族であり続けられるのだろう。
そんな疑問から取材を始めましたが、マコさんをひとりの人間として、「マコさんはこれがマコさん」として受け止め続けている香織さんの姿勢と言葉に引きつけられました。
その一方でもう一つ、香織さんの言葉が強く印象に残っています。
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香織さん
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「スマホなどで“カミングアウトされた側”と検索しても何もヒットしないんですよね。周りに理解してくれる人や悩みを共有できる人がいない。自分だけの戦いです。」
取材を通してLGBTQの人たちも生きやすい社会になっていくことが大切だと思う一方で、大切な人から「性的マイノリティーだ」と打ち明けられた側の人たちが何に悩み、どう向き合わなければいけないのかにも目を向ける必要があると強く感じました。
これからも、永田さん一家の取材を続けていきます。
(取材した内容は、2021年12月10日(金)に「あわとく」(徳島県域)で放送されました。)