“持ち主不明空き家” 壊したいけれど・・・
全国各地に広がる「空き家」の問題。今回、お悩みを募集したところ、「となりの“持ち主不明空き家”に困っている」という声が寄せられました。ディレクターが現場に向かうと、そこには、空き家特有の複雑な事情が横たわっていました・・・。
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寄せられた悩み「となりの“持ち主不明空き家”が崩れそう・・・」
奈良県南部に住む前田さん(仮名)から寄せられたのは、
「となりの持ち主不明の空き家が崩れそう・・・」というお悩みです。
自宅の横に空き家があり、半分崩壊しています。
市に助けを求めても、持ち主がいなくて、手の施しようがありません。
今にも自分の家屋に崩壊しそうでこわいです。一度、取材してください。
同じ悩みを持っている方も少なくないと思います。総務省の住宅・土地統計調査(2018年)によると、全国におよそ850万戸の空き家のうち、「腐朽・破損あり」のものは、およそ101万戸。また、そのまま放置しておくと倒壊などのおそれがある「特定空き家」は、国土交通省の調査(2020年)によれば、全国の市町村でおよそ1.8万戸が把握されています。
前田さんは2年前、それまで賃貸で住んでいた一軒家を購入しました。となりは長年、空き家で、雑草やつる草が前田さんの家のほうまで伸びている状態でした。草が電線に絡まって火事を起こすのではと不安を感じ、電力会社に相談して、空き家につながる電線を切ってもらったこともあったといいます。深刻な事態に陥ったのが、去年の夏。奈良県内に大雨が降った影響で建物が崩れ始め、屋根は一部がはがれ、家屋も斜めに傾いてしまいました。
「また大雨が降ったら、自分の家のほうに崩れてしまうのではないか・・・」
前田さんは日々、不安を募らせていきました。周辺の地域では過疎化が進み、空き家は年々増え続けています。その一軒に空き巣が入り、住民を心配させたこともあったといいます。
“空き家と土地の持ち主が別?” 誰が解体できるの?
「となりの空き家を解体してもらえないか」
前田さんは、去年秋に自治体の環境対策課に相談しました。まず調べてもらったのは、土地と建物の所有者です。土地は、同じ地区内の寺院が所有していました。一方、建物はそもそも登記すらされておらず、所有者は不明であることが判明しました。土地の所有者である寺院にも問い合わせましたが、土地を貸していた記録は残っていなかったといいます。
建物の所有者が不明な場合、土地の所有者が代わりに建物を解体することはできるのか。
空き家問題に詳しい佐藤元弁護士に、今回のケースについて聞きました。
「土地と建物は別の不動産です。土地の所有者と建物の所有者が別の場合、土地の所有者は、建物に対する管理・処分の権限を有していないため、建物を取り壊すことはできません。一方、各市町村には、空き家特措法で、特定空き家などの所有者などに対して、除却などの措置を命じる権限を与えられましたが、建物に対する管理・処分の権限を有していない土地の所有者に対して、建物の除却命令まで出すことはできません」(佐藤弁護士)
土地と建物の所有者が別の場合、土地の所有者であっても、建物を解体することはできないのです。建物の所有者が不明でも、市町村が空き家特措法に基づき、略式代執行という方法を用いて解体する可能性もありますが、自治体の担当者に問い合わせたところ、「これまで代執行を実施したケースはありません。実施するには、市民からの理解や行政上の手続きが求められるため、現状ではハードルが高いです」という回答でした。国の住宅政策を話し合う会議の委員を務める横浜市立大学の齊藤広子教授は、「空き家の問題は、現行の法律や制度の隙間で起こっていることが多い」と指摘します。
どう対策する?“持ち主不明空き家”
土地や建物の所有者が不明など、空き家問題が複雑化する中で、国も対策を進めています。
今年4月に施行された改正民法では、所有者不明土地・建物の管理制度が新たに設けられました。調査を尽くしても所有者やその所在を知ることができない土地・ 建物について、利害関係人が地方裁判所に申し立てることによって、その土地・建物の管理を行う管理人(弁護士や司法書士などを想定)を選任し、対処することができるようになりました。
また、今年6月に改正案が成立した「空き家対策特別措置法」では、行政が「窓の一部が割れている」など放置すれば周辺に悪影響を及ぼす物件を「管理不全空き家」として認定することで、「特定空き家」の状態になる以前の段階から対策ができるようになります。
空き家問題の解決に求められるのは、多角的な対策
今回の情報募集では、前田さんと同じ奈良県で空き家の整理会社を経営する方からも現場の声が寄せられました。関西全域で空き家に残った荷物の片付けや遺品の整理などに取り組んでおり、実際に話を聞いてみると、実は前田さんもこの会社で働いていることがわかりました。この会社では、社員同士で空き家問題に関するさまざまな情報を共有し合い、4月に空き家を特集した「1ミリ革命」も各自チェックしていたといいます。空き家に対してアンテナを高くしているからこそ、起きた偶然でした。
前田さんが勤める会社では今、地元の不動産業者やリフォーム業者、解体業者、工務店、司法書士などとタッグを組み、空き家問題を多角的に解決するためにチームを結成し、問題解決にあたっています。空き家を相続した人の事情は、「急に相続することが決まった」「相続した空き家をほったらかしにしていた」など、さまざま。さらに、片付けだけではなく、「売りたい」、「リフォームしたい」、「解体したい」など、荷物を片付けた後の要望を聞くことも多いとため、異なる専門知識を組み合わせ、解決を目指す必要があるのです。
実際、前田さんたちが片付けた空き家を不動産業者が仲介して市場に出し、買い手が決まるケースも生まれています。最近では、特に日本に住む中国人から地方の空き家に対してのニーズが高まり、問い合わせが増えているといいます。
前田さんは、「自分も当事者として空き家問題を解決するために頑張っていきたいが、行政にはもっと力を入れて取り組んでほしい。そうしないと、前に進まない問題が多い」と話します。前田さんはとなりの“持ち主不明空き家”に対して引き続き、行政や自治会に相談しながら、解決策を探っていきたいと考えています。
「空き家」といっても、置かれている状況は一つ一つ違い、一つ一つがとても複雑だと感じました。それぞれのケースに丁寧に向き合っていくことで社会として知見を増やし、地域で共有することが大切であると感じた取材でした。
NHKでは、空き家問題に関する情報を募集しています。お悩みや対策などぜひお寄せください。