
『リスキリング』で収入増!?在宅勤務も可能に? 沖縄・糸満市のシングルマザー就労支援事業とは
沖縄県糸満市では、行政が成人女性を対象としたリスキリング講座を行うことで、「母子家庭が生活困窮に陥りやすい」という地域の課題を解決しようという取り組みが進められています。参加者の中には実際に時給が増えたり、在宅勤務で子どもと過ごす時間が増えたという人が出てきています。リスキリングは、シングルマザーをめぐる問題の解決につながるのか。「糸満でじたる女子プロジェクト」を取材しました。
(クローズアップ現代 ディレクター 山浦彬仁)
リスキリングで得た“収入”と“子どもとの時間”

沖縄県糸満市に暮らす城間ちあきさん(44)です。シングルマザーとして、専門学校に通う長男(20)と小学生の次男(10)を育てています。
職業はシステムエンジニア。東京の総合コンサルティング会社から、在宅のテレワークでシステムの補修管理の仕事などを請け負っています。

手料理を食べながら談笑し、子どもたちと過ごす時間が何よりの幸せだという城間さん。しかし、1年前までは今とは全く違う生活を送っていました。
2人の子どもを育てるために洋菓子店や水泳教室で夜遅くまで働き、家に帰れば家事や育児に追われる日々。
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城間ちあきさん
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もうここから脱出したい。このどん底から脱出したい。何かのきっかけがあれば本当に自分を変えたい気持ちでした。
そんなときに城間さんが出会ったのが、城間さんが暮らす沖縄県糸満市が主催する『糸満でじたる女子プロジェクト』。市内に住む成人女性を対象にした「リスキリング講座」でした。城間さんは市の補助で無料で受講できることにもひかれ、一念発起してこのプロジェクトのパイロットケースに参加することを決めました。

城間さんは、それまでパソコンを使った仕事の経験はなく、「最初は電源を入れることすらもできなかった」といいます。しかし、最先端のITスキルやビジネスマナー、金融講座などを3ヶ月半に渡って学ぶリスキリングによって、企業の経営システムをつくるデータ管理スキルを習得しました。
専門性を身につけたことで、新たな仕事に就くことができ、1000円ほどだった時給も2200円にアップ。在宅勤務も可能になり、子どもたちとゆっくり過ごす時間も増えました。

城間さんが外で働いていたころ、一人で夕食をとることも多かった次男の結日君。今は、学校での出来事などを話しながらご飯を食べるのが何よりもうれしいといいます。
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城間結日さん(次男)
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前は、お母さんの帰りが遅くて、料理もできないからご飯に塩をつけて食べることが多かったけど、今はお母さんと毎日一緒に夕飯を食べることができる。
前はテレビ見るだけでさみしかったけど、いまはお母さんと話しながら食べることができるから、夕飯が楽しい。
在宅勤務が可能になったことで、家族みんなの笑顔が増えたといいます。
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城間ちあきさん
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信じられないです。
コロナでITの人たちが在宅ワークしているって話を聞いても「エ?どういうこと?」って思っていたぐらいパソコンを使って家で仕事をすることが想像つかなかったんですけど、自分でやってみて「ああ、こういうことなんだな」って初めてわかりました。
何よりも子どもにとっても良かったみたいで、子どもはお母さんの“ゆとり”で変わるので、本当に一緒にいてあげられる時間ができたこと、時間的にも精神的にも話をいっぱいできるゆとりが生まれたことが、一番大きいです。
生活が安定すると、自分にも自信が出るので、やっぱり何か意欲が出てくるじゃないですか。あれもこれも挑戦したい気持ちが出てくるので、リスキリングのおかげで今の生活があるので、本当に感謝です。
“母子家庭の生活困窮” 課題解決への模索
糸満市で女性向けのリスキリングのプロジェクトが始まった背景には、沖縄県糸満市が長年抱えてきた「母子家庭が生活困窮に陥りやすい」という課題がありました。
沖縄県では、ひとり親世帯の困窮世帯割合は63.3%(令和3年度)と全国でも高い水準です。シングルマザーの多くが非正規雇用で、安定的な収入を得るのが難しい社会状況にあり、昼夜問わず働く親が少なくありません。さらに親の困窮は、子ども達の問題にもつながってしまう懸念がありました。

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糸満市政策推進課 課長 新垣孝さん
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沖縄は、全国でも最低賃金が最低ランクの地域ですので、シングルマザーのお給料を上げるにも、本人の自助努力だけではうまくいかない部分があります。さらに一人親家庭が悩んでいるのは、子どもの面倒を一人でみないといけないということです。子育ての時間を確保するために、仕事を続けられずに貧困に陥るケースや、無理にダブルワークなどで収入を得ようとして、年齢が1番上の子どもに子守の負担がかかり、ヤングケアラーを生み出してしまうケースなど、一筋縄ではいかない問題がありました。こうした長年の課題に対して市役所庁内でもシングルマザーの経済的自立に向けて、新しい公的な支援が必要という声が高まっていたんです。
そうした中で生まれたのが、「糸満でじたる女子プロジェクト」です。
「糸満でじたる女子プロジェクト」はIT技術を学び、その技術を生かして働くためのリスキリング講座で、費用は市が負担します。受講期間は3.5ヶ月間(約200時間)。学習は基本的にオンラインで行われます。
これまでパソコンを使う仕事をしたことがないという女性でもゼロから学べて、開発エンジニアや品質検証のテスターなどになるためのスキルが習得できるように設計されてます。
デジタルスキルが“女性”と“地方”の就労を救う
「糸満でじたる女子プロジェクト」で実際にリスキリング講座を担当しているのが、2017年に創業した株式会社MAIAです。
「子育て・家事」と「仕事・安定した収入」の両立に悩んできた女性たちに対して、パソコンの定型作業を自動化するRPA(ロボテック・プロセス・オートメーション)のシステム開発スキルなどを身につける教育講座を開講し、これまでに1200人以上の女性のリスキリングや就労に関わってきました。

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株式会社MAIA CEO 月田有香さん
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子育てとか介護とかでブランクがある女性が世の中にはとても多いです。子育てでいったん仕事を離れると、あっという間に30代後半から40代・50代になってしまい、再び安定した職に就くのが難しいというような現状がこれまではありました。
こうした潜在的に就業意欲が高い人たちに向けて、最新のDX(デジタルトランスフォーメーション)ツールとかITを学んでもらう。もともとキャリアがあってお仕事をバリバリしていた人もたくさんいるので、最新のスキルを学ぶだけで、本当に力のある人材になっていきます。
このスキルに学歴は関係なくて、さまざまな理由でこれまできっちり教育を受けられなかった人でも、在宅ワークで高収入の仕事に就けるようになる。スキルを身につけることで収入だけでなく、自信もつく。今までとは全く違う生き方を選択できるようになるというのが大きなポイントですね。
いま世界中でデジタル人材の不足が大きな課題となっています。IT分野では、パソコンさえあればリモートで働くことができる仕事も多いため、地方での就労や「子育て・家事」との両立もしやすいといいます。
シングルマザーの自立を支える“意識改革”
「糸満でじたる女子」で学べるのはプログラミングなどのスキルだけではありません。目玉のひとつとなっているのが金融教育。講座を担当するのは一般社団法人グラミン日本です。
一般社団法人グラミン日本(NHKのサイトを離れます)
グラミン日本は、世界的なマイクロファイナンス(少額の資金を低利子・無担保で融資する金融サービス)機関であるグラミン銀行のビジネスモデルを参考として2018年に設立されました。これまで失業や雇い止めなど不安定な状況に置かれたシングルマザーや非正規雇用で働く女性に対して、資格習得や副業の準備のための融資を行ってきました。
融資を受ける人には、様々な金銭的トラブルを抱えている人も少なくありません。そこで、融資の返済や、起業やキャリアアップなど将来の仕事について計画的に考える「金融教育プログラム」を行ってきました。
グラミン日本は「糸満でじたる女子プロジェクト」においても金融教育を担当し、その一環として、仲間と一緒にこれまでの人生を振り返るワークショップを開いています。それまでの人生を整理することで、参加者たちが今後のキャリアを前向きに考えられるようになることがねらいです。

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一般社団法人グラミン日本 理事長・CEO 百野公裕さん
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日本の福祉支援は非常に手厚いのですが、経済的自立や挑戦するためのサポートがいまだに弱いのが実情です。特に地方では頑張りたいけど頑張れない人たちがたくさん眠っています。
そこで、グラミン日本ではそのために必要な資金と共に挑戦を支え合う仲間を提供してきました。

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同理事・COO 中川理恵さん
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中でも、私たちが開く講座では、人生曲線を語る講座を一番大事にしています。困窮しているとやっぱり過去の歴史を消したくなるという人が多くて。真っ黒く塗りつぶして、自分には何の能力もないみたいなことを皆さん思い込んでしまっているので、改めて人生を振り返ってもらう中で、自分のスキルだったり、思いだったり、強さみたいな、自分自身のことを理解することで、はじめて前に踏み出せるようになります。
もちろん自分のつらい過去とか語りたくないんですよ。でもその中で自分が苦しかった経験から、自分の価値観みたいな事を初めて言語化できるプロセスが大事で、その言語化した時間を共にしたメンバーはかけがえのない仲間になります。

母子家庭の経済的自立×デジタル人材不足 Win-Winのプロジェクト

2022年度に始まった「糸満でじたる女子プロジェクト」。初年度は995万円の予算を計上し、33名がリスキリングに参加しました。
講座を受講した後、スキル習得を判定する試験に合格すると、開発エンジニアやシステムエンジニアとして働くことができます。試験の合格率は5年間で70.33%。また合格したとしても全員が必ずしもすぐにデジタル業界などに就業できるわけではありません。糸満市では、キャリアカウンセリングなども実施した上で、全国の仕事を紹介する就労支援にも取り組んでいます。

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糸満市政策推進課 課長 新垣孝さん
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最初は私自身も在宅ワークで高い時給を得られることを眉唾物として見ていたのですが、リスキリングで経済的自立を果たした人を間近に見て、目から大量のウロコが落ちたというのが本音です。最初は、スキルのない女性がIT起業で働くことは、ハードルが高いと思っていました。
しかし、実際にリスキリングを受けた女性が、東京の大企業の高単価の仕事をして、生き生きとする姿を見て、成果を実感できました。IT起業の人材不足と、沖縄県の一人親家庭の問題という両者にとっての喫緊の課題を解決できる、Win-Winのプロジェクトを作り出すことができました。
取材を終えて

「5年間レストランで働いているけど時給は50円しか上がっていない」
去年取材をした「家を失う女性たち」の中で、滋賀県大津市の母子支援「のぞみ会」で支援を受けていたシングルマザーの一人が、収入が上がらない実情を教えてくれました。
高校を中退したり虐待を受けた経験のある若者、さらに少年院に入所している子ども達の取材をしてきた中で、いつも直面したのは「親の困窮」でした。親の抱える問題が負の連鎖として子どもの問題へと転嫁することをどうしたら食い止められるのか。家庭を支援するだけにとどまらない取り組みはないのか、と探してきました。
こうした中で出会ったのが、今回の沖縄県糸満市の取り組みです。
「これまでは塩をつけて夕ご飯を食べていたけれど、いまはお母さんと一緒で楽しい」と話してくれた小学生の結日さん。母親の経済的・時間的な余裕こそが子どもの幸せにつながることを実感した取材でした。
糸満市のリスキリングは、男女の賃金格差、地方と都市部の賃金格差といった、賃金にまつわる構造的な格差を打開する可能性を秘めています。
一方で「スキルが財産」とも言えるデジタル社会では、スキルの有る・無しによる、収入や働き方の新たな格差が生まれてしまう恐れもあります。だからこそ誰もが平等にスキルを身につけられる環境を整備していくことが重要だと感じました。
クローズアップ現代 2023年2月8日放送
収入アップ?いつ学ぶ? リスキリングは職場に浸透するか ※2月15日まで見逃し配信
今、世界的潮流として注目されるリスキリング。デジタル分野など成長が期待される仕事を担当させるために、企業や行政が働く人に新たなスキルを習得させる取り組みだ。プログラマーやシステムエンジニアに転身し、収入がアップしたり、会社の業績が向上するケースも。国が5年で1兆円の支援策を打ち出す一方、中小企業ではリスキリングのための時間を確保できないという課題も。リスキリングに取り組む人に密着してみると…。