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ウクライナ侵攻で深まる再エネの“脱中国ジレンマ”

ロシアのウクライナ侵攻によって世界がエネルギー危機に直面したなかで、いま改めて注目を集めているのが風力や太陽光などの「再生可能エネルギー」です。軍事侵攻後、世界各地で石炭の消費が拡大。大量の二酸化炭素を排出していることで、温暖化対策への影響が懸念されているのです。しかし取材を進めると、再エネの拡大にあたっては、中国依存からの脱却、いわば“脱中国”というジレンマに直面する懸念が見えてきました。
(NHKスペシャル「混迷の世紀」取材班)

急拡大する再エネの“一極集中リスク”

「変化の風がヨーロッパに吹いている。私たちは風の力を使ってロシアの化石燃料から自由になる」。

と、語ったEUのフォンデアライエン委員長。委員長が語ったように、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、世界で再生可能エネルギーの導入が進んでいます。

IEA=国際エネルギー機関は、2022年12月に出したリポートで、再エネの導入が急激に加速し、今後5年間で世界の総発電量の伸びは、ほぼ2倍になると予測。その1年前に予測された増加量よりも30% 高くなっており、世界が急速に再生可能エネルギーに追加の投資を進めたことが浮き彫りになっています。

一方で、IEAは再エネ拡大がはらむ“リスク”も指摘しています。それは中国への依存です。
例えば、太陽光パネルが中国が世界の全製造段階のシェア80%以上を占め、一極集中に陥っていると警告。

IEAは、「ヨーロッパがロシア産のガスに依存していたように、一つの国や貿易ルートに依存しすぎると重い代償を支払うリスクがある」と、供給網の多様化に向けて各国がクリーンエネルギー技術の製造拡大に取り組むよう求めています。

しかし、取材を進めると“脱中国”が抱える大きなジレンマが見えてきました。
中国との対決姿勢を鮮明にするアメリカ。税関当局は去年6月に「ウイグル強制労働防止法」の指針を発表し、中国からの太陽光発電設備の輸入部品の差し押さえを始めました。

この“脱中国”の動きによって、2022年、太陽光発電の新規導入量は、前年比23%減となる見通しとなり、「太陽光発電の導入量が伸び悩む」事態が起きてしまったのです(英調査会社ウッドマッケンジーと米太陽エネルギー産業協会のまとめ)。

中国政府の新疆ウイグル自治区における人権侵害を理由とする制裁で、輸入するには強制労働によって生産されていないと証明する必要があります。その手続きが複雑であるために輸入が滞ったとされています。まさに“脱中国”が脱炭素のブレーキになった形です。

“脱中国”で米国の再エネにブレーキも…

アメリカ商務省のサイトより

ブレーキがさらに一段強く踏まれる気配もあります。2022年12月、アメリカ商務省が発表した報告書がアメリカの太陽光パネル業界に衝撃を与えました。

東南アジアから輸入した太陽光発電設備の一部に対して、中国製部品を東南アジアで組み立てた“う回輸入”であると指摘。今年5月に出される予定の最終報告の結果によっては、これらの製品にも関税が課せられ、新規の太陽光発電導入量に影響が出る可能性が浮上しているのです。

アメリカ再生可能エネルギー協議会の担当者は、輸入した商品がどのように作られたかの確認は必要だとしたうえで、報告書の内容に失望の色をにじませました。

米再生可能エネルギー協議会の担当者

「アメリカのソーラーパネルの85%は輸入品です。今回の商務省の判断が確定すれば我々の業界の50%のサプライチェーンが影響を受けるでしょう。現在計画中の太陽光発電プロジェクトは本当に設備を調達できるのか、心配です。数千億円規模のとてつもないインパクトになってしまうと懸念しています」

中国製パネル“う回輸入” 告発者は・・・

太陽光発電業界を揺るがした今回の商務省の調査は、ある一人の経営者の告発がきっかけでした。カリフォルニアにある太陽光パネルメーカー「オクシン・ソーラー」のマムン・ラシッドCEOです。

「オクシン・ソーラー」マムン・ラシッドCEO

15年前に事業を立ち上げたラシッドさんは長年、価格の低い中国製品相手に苦戦を強いられてきたことから中国製パネルの動向を注視してきました。

アメリカの対中圧力によって中国製品の輸入量が減るなか、代わりに東南アジアからの輸入が増えたことに気付き、“う回輸入”を疑ったと言います。

「オクシン・ソーラー」マムン・ラシッドCEO

「価格競争には、とても厳しいものがありました。今、声をあげなければ、ソーラーパネルの大規模なメーカーが今後アメリカに生まれなくなってしまうかもしれないと危機感を抱きました」。

一方で、脱中国による国産化が進むことで、太陽光パネルの導入コストが高まり、脱炭素が滞る懸念はないのか尋ねると、国産化を進める意義をあらためて強調しました。

「オクシン・ソーラー」マムン・ラシッドCEO

「コストだけでエネルギーを判断するべきではありません。ウクライナの戦争は非常に不幸なことですが、エネルギー自給の重要性に人々が改めて気づくきっかけになったのではないでしょうか」

ジレンマは脱炭素に不可欠な“鉱物資源”にも

再エネ拡大における中国依存のリスクは他にも指摘されています。それは鉱物資源の調達です。たとえば風力発電のモーターなどに使われるレアアースは中国が生産量の60%を占めています。

採掘や精製の過程で水質汚染が伴う鉱物資源の調達について、世界は環境規制が比較的緩いとされる中国に依存してきました。

アメリカのイエレン財務長官は、「ロシアが地政学的に圧力をかけるため貿易を武器にした結果、我々は大きな代償を払った。中国に対して同様の脆弱性を抱えており、軽減しなければならない」と発言。

鉱物資源の供給網においても“脱中国” を目指すとしています。

しかし、脱中国を実現するのは容易ではありません。政府の支援のもと鉱物資源の国産化の計画が進むアメリカ西部のアイダホ州で、私たちはその現実を目の当たりにしました。

アイダホでは現在中国とロシアが生産量の大半を占めるアンチモンというレアメタルを採掘して、蓄電池に活用する計画が進んでいます。早ければ2027年頃に工場が稼働する予定です。

資料 レアアース

ところが地域住民に向けて開かれた企業と政府による説明会を聞きに行ってみると、一部の住民が疑問の声を上げていました。地元の環境保護団体「アイダホ・リバー・ユナイテッド」のニック・ネルソンさんです。

ニック・ネルソンさん

ネルソンさんが懸念するのは、地元の自然環境への影響です。採掘場の側を流れる川は、サーモンの貴重な生息地。アメリカで個体数の減少が大きな課題になっています。

しかし、採掘が始まって水質や水温、川の流れが変わってしまえば、生存が脅かされる可能性を専門家から指摘されたと言います。

「クリーンなエネルギーのためだと言うなら、その方法もクリーンであるべき」というネルソンさん。計画の停止か、自然に影響が出ない形への変更を求めています。

アイダホでの採掘には、別のグループも反対しています。採掘場の近隣に暮らす先住民のネズ・パース族です。ネズ・パース族にとって、サーモン漁は大切な伝統文化です。

ネズ・パース族

ネズ・パース族で漁業部門を統括するエミット・テイラーさんは、「サーモン漁はアイデンティティそのものです。ネイティブアメリカンの文化や物語は一度失われたら二度と取り戻せません。私たちには将来の世代につないでいく責任があります」と訴えています。

「鉱物資源の確保」と「先住民の文化」が衝突する事態は、この地域だけに限りません。2022年に発表されたある研究結果によれば、再エネに移行するために必要なレアアースやレアメタルなどの資源の半分以上が世界の先住民の暮らす土地、もしくはその近隣に存在するとされています。

再エネが拡大し、レアアースの需要が増加すれば、さらに世界の先住民族の暮らしが脅かされることになりかねません。ネズ・パース族とも連携する環境保護団体のニック・ネルソンさんは、「新規の採掘ではなく、すでにレアアースが使用された製品からのリサイクル技術に投資して欲しい」と訴えています。

中国依存は脱却できるのか

こうした反対の声に対して、採掘企業のパーペチュア・リソーシズ社は、様々な対応に追われています。地元大学との詳細な環境調査、住民への度重なる説明会、そして1億ドル以上の保証金を政府に事前に預けて事業開始後に十分な環境対策を行わなかった場合には没収される仕組みまで。

マッキンジー・ライオン副社長は、鉱物資源の中国依存を脱して自前の供給網を構築することの難しさをこう語ります。

「鉱物資源があっても、地域からの支持を得られなければプロジェクトを進めることはとても難しいのです。そして地域からの支持を得るまでには、かなりの時間がかかります。米国もほかの国々も、色々と理由をつけて外国への依存を長く続けすぎたのです。」

エネルギー安全保障や脱炭素社会の実現のために、今後、再生可能エネルギーの導入はさらに広がり、2027年には世界の発電量の4割近くになると見られています。

それに伴って、今回アメリカの現場から見えてきた“ジレンマ”は、世界的にますます深刻なものになっていきそうです。目の前の危機に対応しながら、気候変動という将来を見据えた危機にどう向き合うのか。引き続き混迷する脱炭素の取材を続けていきます。

担当 地球のミライの
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