新居浜市 “金継ぎ”がつなぐ家族の思い出
- 2023年11月20日
うっかり器を割ってしまった… そんなとき、どうしますか?
残念だけど、割れた器は捨てて、新しいものに買い替えること、よくありますよね。
ですが、割れても「直してまた使いたい」。そう願う人たちが器を持ち込む工房が、愛媛県新居浜市にあります。
工房に集まる器に込められた思いと、その思いをつなぐ職人を取材しました。
(NHK松山放送局ディレクター 大久保凜)
思いの詰まった器が集まる 金継ぎ工房
新居浜市にある金継ぎ工房で、2年ほど前から壊れた器の依頼を受けている猿渡穂高さん。
年間、30以上の器を一人で直しています。
猿渡さんのもとに集まるのは、子どもが離乳食を食べるときから使っていた茶碗や、仕事場で長年使い続けてきたマグカップ・・・
決して高価なものでなくても「どうしても捨てられない」という、持ち主の思い出がつまった器です。
亡き夫とおそろいの夫婦茶碗
今年1月、「プレゼントとして金継ぎをしてほしい」という依頼がありました。
依頼したのは、相原遥さん。西条市の中学校で教員を務めています。
持ち込んだのは、真っ二つに割れた茶碗。相原さんの大事な人が長年使い続けてきたものでした。
相原さん
「おじいちゃんとおばあちゃんが一緒に買った夫婦茶碗です。おばあちゃんが使っていたほうのお茶碗が割れてしまって、どうにか直してあげたいなと思って」
相原さんが工房に預けたのは、祖父・文雄さんと祖母・志保子さんが10年以上前に購入した夫婦茶碗。7年前に、文雄さんが他界した後も、志保子さんが毎日欠かさず使い続けてきたものでした。
ところが去年、相原さんが久しぶりに帰省すると、志保子さんの茶碗が割れていることに気がついたといいます。
相原さん
「去年の8月に帰省した時、戸棚の中に割れたお茶碗がしまってあるのを見つけました。大事そうに、ナイロン袋に入れたまま。『捨ててもいい』とか『新しいものを買ってもいい』とおばあちゃんは言っていたんですが、3か月も捨てずに取っておくということは、本当は捨てたくない、と思っているんじゃないかと」
両親が共働きで、幼いころから祖父母と食事をすることが多かったという相原さん。二人の思い出をつなぐように割れた茶碗を直したい、と猿渡さんに金継ぎを依頼しました。
持ち主の思いをくみとり 長く使える丈夫な器に
器に込められた持ち主の思いを聞き取り、猿渡さんは器をつないでいきます。
猿渡さん
「今まで、自分のものを直したい、ということがほとんどだったので、誰かのために修理をしたい、という依頼は、今回が初めてでした。直すことで、現世ではお別れされているけど、漆がつないであげることができればいいな、と思いながら依頼の話を聞いていました」
壊れた器を、再び長く使えるようによみがえらせる「金継ぎ」は、400年以上続くといわれる日本の伝統的な修理方法。
接着部分に漆を塗って張り合わせます。漆は固まるまでに一か月以上かかることもあります。
再び壊れてしまうことがないように、丈夫さにこだわり、15回以上、塗っては固める作業を繰り返します。
猿渡さんは、ひとつひとつの器と向き合う中で感じていることがありました。
猿渡さん
「私が思っている以上に、いろいろな思いがこもった器が届くようになって、道具というよりも、その人のつながりのようなものをすごく感じています。私も背筋がピンと伸びるというか、心して修理しないといけないな、というのは毎回感じます。金継ぎって修理するだけじゃなくて、人の縁とか、人の思いをつないでいく役割も持っているんじゃないかなと最近思います。大変だけど、やりがいがあります」
完成した夫婦茶碗
今年9月、相原さんが依頼した夫婦茶碗が、ようやく完成しました。
茶碗を受け取りにやってきた相原さんの表情には、笑顔がこぼれていました。
相原さん
「渡すのがすごく楽しみです。今度の日曜、おばあちゃんに「できたよ」って渡そうと思います」
大好きな夫との思い出の茶碗 1年半ぶりの再会
その週末、相原さんは実家に帰り、祖母・志保子さんに、つなぎ合わせた茶碗を渡しました。志保子さんは茶碗の入った箱を受け取ると、文夫さんの仏壇に「おじいちゃん、みえますか?」と声をかけ、中から茶碗を取り出しました。
志保子さん
「たかがお茶碗ぐらいに思うかもしれないけど、これには遥さんの心が入っているから、うれしいわ。主人は56年いて、一度も怒ったことのない人だった。優しい人で、遥のこと大事にしとったから、ありがとうって言いよると思いますよ。これは宝物にします」
志保子さんが器を眺める姿を見て、相原さんは、ほっとしたような表情を浮かべていました。
相原さん
「いままでおばあちゃんには本当にお世話になってきたし、元気で笑う姿が本当に大好きなので、これからも健康で元気に生きていてくれたらなと思います。そこに、このお茶碗が一緒にいてくれたらいいなと思います。おじいちゃんには、よくやったねってほめてもらいたいです」
取材を終えて
最初に取材に伺ったのは去年の9月。取材の連絡をすると、猿渡さんは快く迎えてくださいました。最初に驚いたのは金継ぎにかかる膨大な手間と時間。すぐにくっつくものだと思っていたらとんでもなく、固まるまでに、時には1ヶ月以上かかる漆を何度も塗り重ね、そのたびに温度や湿度を適切に管理し続ける必要があることを知りました。壊れたものを直すことは簡単なことではないということ、改めて実感しました。
ここまで時間と労力がかかる「金継ぎ」をしてまで、直したいと持ち込まれる器には、いったいどんなエピソードが隠れているんだろう、そんな思いで取材を続けました。取材を進めると、猿渡さんのもとに届くひとつひとつの器に、持ち主の人生や家族の思い出が詰まっていて、それがその人の日々を支える大きな存在になっているのかもしれないと感じました。
いつどこにいても、簡単に新しいものを買うことができるこの時代に、大切なものを「直す」ことでつながっていくかけがえのない思い出。私も自分の生活を見つめ直し、ささやかな思いを大切にしていきたいと感じました。