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「スピードスケートは挑戦そのもの」高木美帆選手が初の講演

金メダリストが島根にやってきた!
  • 2024年04月25日

金メダリスト・高木美帆選手が島根に!
4月6日、NHK松江放送局ではスピードスケートの高木美帆選手を島根に招いたイベントを開催しました。高木選手は初めて訪れた島根で「スケート教室」と「トークショー」に出演。トークショーでは大勢を前に1人で話す「講演」に初めて挑戦しました。高木選手が語ったこととは。

現役トップアスリート 高木美帆選手

今回のイベントの主役はスピードスケート・日本のエースで、500mから5000mからすべての距離をこなす世界屈指のオールラウンダー、高木美帆選手(29)。
2010年、中学3年生の時に日本のスピードスケート史上最年少でバンクーバーオリンピックに出場オリンピックに初出場。その4年後のソチ大会は落選するも、2018年のピョンチャン大会の女子団体パシュートでは自身初の金メダルを獲得。さらに2022年、北京大会の女子1000mでは、個人種目初の金メダルを獲得するなど、これまでオリンピック3大会に出場し、夏冬通じて日本女子最多となる7つのメダルを手にしました。

スピードスケート日本のエース 高木美帆選手

北京大会のあとは、これまで8年所属した日本スケート連盟のナショナルチームを離れ、去年、国内だけでなく、オランダや中国のトップ選手も所属する国際チーム「team GOLD」を設立。同時に2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ大会で、自身が世界記録を保持しながらも2大会連続で銀メダルに終わった女子1500mで「金メダルを取りに行く」と決意を表明しました。15歳で表舞台に登場して以来、世界を駆け抜けてきた日本のエースはいまもなお挑戦し続けることで自らを成長させ、ことし2月には世界距離別スピードスケート選手権の女子1000m・1500mで2冠を達成、2年後のオリンピックに向けた新たなシーズンを迎えようとしています。

スケート教室で子どもたちと交流

イベント当日、午前は出雲市の湖遊館でスケート教室が行われ、72人の子どもたちが参加しました。
会場に入った高木選手の目にとまったのは、地元でスケートに取り組む子どもたちが作った歓迎のメッセージでした。

歓迎のメッセージを見る高木選手

(高木選手)
ここまでスケート教室に人が来るんだっていうことにもちょっと驚いたぐらいだったんですけど、そんななかで、私のことを知っていて、なおかつこういうふうに迎えてもらえるっていうのは、すごいうれしいものがあるなっていうのを感じていましたね。

一方、高木選手が用意していたのは、北京オリンピックの女子1000mで獲得した「金メダル」。一人ひとりが近くで見えるようメダルを掲げながら歩くと、子どもたちは「すごい!」「きれい」などと声を上げながら目を輝かせました。

教室が始まると初心者から上級者まで4つのグループに分かれて高木選手と一緒に滑りました。高木選手は1人でも多くの子どもに声をかけたいと積極的に子どもたちと話をしていました。

(参加した子ども)
オリンピックでさ、強かった選手いる?
(高木選手)
強かった選手いっぱいいるよ。
みんな強かったわ!

夢中で高木選手についていったスケート教室。
子どもたちにとって金メダリストと一緒に滑る、忘れられない1時間になりました。

(参加した女の子)
腰を低くしてといわれたので、難しいけど低くしてやったら速くスピードが出るんだなって思いました。
(参加した子ども)
オリンピックの人に教えてもらえるなんてめったにないと思ったのでうれしかったです。
(母親)
遅い子とかにもゆっくり一緒にやっている姿をみてすてきな方だなと思いました。

自身初の「講演」で語ったこと

午後は同じく出雲市の平田文化館でトークショーが開かれ、会場には幅広い世代の300人を超えるお客さんが集まりました。

この頃、控え室に入ってみると、高木選手は部屋の中をぐるぐる歩きながら・・・

(高木選手)
まじこうやって、ずっと歩いてる
頭の中でずっと暗記してる 笑

自ら練り上げた言葉を頭に入れる高木選手。
今回初めて、大勢を前に1人で話す「講演」に挑むことを決めた理由を尋ねると。

(高木選手)
聞き手側が聞きたいことに応えるって言うのも、効率がいいというか、いい方法の一つだと思うんですけど、この先のことを考えたときに、自分の言葉で伝えるっていう機会があってもいいのかなって思うようにもなったので、このあとの講演にも出てくるんですけど、そういうチャレンジをできる機会がこの場であったので、やってみようって思ったところもありますね。

いよいよ本番、高木選手を紹介するアナウンスが聞こえると、「よし」と小さな声で気合いを入れて舞台へ。大きな拍手の中会場に迎え入れられました。
そしていよいよ、高木選手にとっての初めての講演が始まりました。


実は私、こういう形で大勢の方に、このような講演ということをするのが初めてで、実は結構緊張しております。よろしくお願いします。

高木選手は手元に原稿を用意することなく、自らの体験をもとに自身が考える「スポーツの力」についての話題を聴衆一人ひとりの顔を見ながら丁寧に語りかけていくと、会場全体もぐっと引き込まれていきました。

慣れない講演にも真摯に向きあう高木選手。「ちょっとお水」といって笑いながら一呼吸を入れると、話に聞き入っていた会場からも笑い声がこぼれ、会場全体が温かい空気に包まれました。
そして高木選手は、自身が大切にしているテーマについて語りかけます。

突然なんですが皆さんに質問したいと思います。
皆さんにとって「挑戦」ってどんなものを指しますか?

私が最近挑戦したことは、昨日の夜なんですけど、ご飯屋さんで、お通しに生のイカが出てきたんですよね。私イカあんまり好きではなくて、でも生のイカが出てきて、何かふと見たときに、きょう食べられるかもしれないと思って、たぶんホタルイカだと思うんですけど、思い切って食べてみて。ひとかみ目っていうんですかね。やっぱりダメだと思って、そのままちょっとお茶で流し込んだんですけど。
それは結構私の中で「よくチャレンジしたな」って思ったところで。フフフ

金メダリストによる思いがけない挑戦に、会場が和みます。
身近な挑戦も、スケート人生をかけた挑戦も、高木選手にとっては同じくらい大切なものだといいます。

2026年に開かれる冬のミラノ、イタリアのオリンピックの1500mで金メダルを取るっていうのが目標で、私にとって新しい挑戦で、そういうのは挑戦としてすごくイメージしやすいものなのかなって思っていて。何か大きなことを成し遂げたりするために歩み続けることや、食べられないイカを食べてみるとかっていうのも同じぐらい、私が日々の生活の中で大事にしている「挑戦」になります。

その理由としては、そういう挑戦って、「私の生活の中に変化だったり気づきだったり、彩りっていうものを与えてくれる」と思っていて、大きなことではなくても、日々の中でそういうものが得られる、そういう機会を作れるからこそ、小さいと感じるようなことでもチャレンジしてみるっていう気持ちを大事にしています。

「挑戦に大きいも小さいもない」。
そこまで話した上で、自らの「スピードスケートにおける挑戦」について話し始めました。

多分ここにいらっしゃる方の中には、アスリートを目指しているお子さんや親御さんもいるかもしれないので、「私にとってのスケート」っていうものについてお話しをさせていただきたいなと思います。

私は自分が変化しているなって感じたりとか、成長しているなって感じる瞬間が結構好きで、そういうふうなことを感じているときって、すごいワクワクしてくるんですよね。そのワクワクしている時間があると、もっと、次ああいうことしてみようかなとか、こういうことしてみようかなっていうアイデアとかがどんどん広がって、スケートって楽しいなって思ったりとかするんですけど、全部それは挑戦からくることだというふうに思っています。そして、ゆえにスピードスケート、「私にとってのスピードスケートっていうのは挑戦そのものだな」というふうに考えていて、もし何も挑戦しなければ、現状維持どころか後退する、レベルが下がっていくだけで、上を目指したい、もっと上にいきたいって考えたら、常に新しいことに挑戦し続け、新しいことを考え出したり挑戦し続けないと、現状維持すらできないようなシビアで厳しい世界で私たちは生きています。私は、その世界、その挑戦に対して、自分の人生の全てをいま注いでいます。

もちろんつらいなって思うことだったり、大変だなって思うことはたくさんあるんですけど、私の人生の中で、自分の人生を全て時間をかけたいなって思えるものに出会えたっていうのは、すごい「奇跡だな」っていうふうにも感じています。

オリンピックでメダルを目指すっていうことは、4年スパンなんですけど、途中でずっと調子が右肩上がりなわけではないんですよね。途中で調子が悪くなることは往々にしてありますし、ときにはケガを負ってスケートができなくなることもあります。そういうときって、なんかもう、こんなに頑張ってるのになんでうまくいかないんだろうって考えると、全てを投げ出したくなったり、逃げ出したくなるときもたくさんあります。私も過去の2大会、そういう事ってたくさんあって、あまりテレビに出るようなシーンではないので、表には出てはいないんですけど、すごくふさぎ込んでしまったりだとか、ずっと暗い気持ちで過ごしている時期があったりとかっていうのはたくさんたくさんありました。

それでも、そこから逃げずに自分の達成したい目標にひたすら向かっていっても、かなわないことがある。それが私たちが目指している場所、「オリンピックのメダル」っていうのはそういう場所でもあります。努力をすれば必ず報われるっていうことが保証されている世界ではないと・・・世界ではないと私は思っているんですけど、それでも、頑張った先に何があるかっていうのはわからなくても、それでも「挑みたい」って私は思ったから、今回のそのミラノのオリンピック・・・オリンピックの1500mでの目標ですね。オリンピックの1500mにチャレンジすることを決めました。

その価値が、チャレンジするという価値が私の中にはあるというふうに思えたから、歩みを止めずに進んでいこうというふうにいま強く思っています。それが、私にとってのスピードスケートで、私にとってスピードスケートでチャレンジすることの全てかなというふうに思っています。

自らの挑戦について、自分自身の心と向き合いながら言葉にして語ってくれた高木選手。
この日のテーマ、「挑戦」について次のように締めくくりました。

もしこういうチャレンジ、大きなチャレンジをしたいと思ったときに、健康な体っていうのはすごく大事なものだと思っているので、だからこそ、小さいときからスポーツを本格的にやらなかったとしても体を動かすことで、いざ何か自分がチャレンジしたいと思ったときに、全力で頑張れるだけの体力だったり、心と体の健康というものは必要なのかなっていうふうに思うので、ぜひ子どもたち、特に子どもたちには何かスポーツを楽しみながら元気に育っていってほしいなっていうのをあらためて思っています。

日々の中で皆さんの生活の中で、いろいろなんか幸せって、日々の小さなところにもあるってよくいわれてると思うんですけど、挑戦できることっていうのも同じくらい日々の中にたくさんあると思うので、そういうことに取り組むというか、やってみながら、皆さんの生活が、少しでも彩りが増していく日々がこのあと増えていってくれたらうれしいなというふうに思います。

ご静聴ありがとうございました。

初めての講演への挑戦。
「40分」をかけて思いを伝えきりました。


高木選手が語った「挑戦のすすめ」。
会場で話を聞いた幅広い世代の人たちにも届いていました。

(女性)
日々の挑戦というのが大きな挑戦につながって、あの厳しい世界の中で、高木選手がいろんな思いをしながら挑戦し続けているんだなと思ったら感無量でした。

(男の子)
挑戦って大事だなと思いました。今まで飛ばせなくて、やっていなかった竹とんぼやってみようと思います。

(母親)
「小さい挑戦でも挑戦だ」というお話をされていたので、何でも新しいことに特に子供には挑戦させたいなと思いました。

高木選手自身にとって初めての機会となった講演。
今回の新たな挑戦を通じて得られたものがあったのか、改めて伺いました。

(高木選手)
自分が発言したことは、もちろん自分の中にあるものですし、「こうありたい」っていう願望だったりとかっていうのも込めてお話ししているところもあるんですけど、その中で、例えば少し強気なことを言っていたり、何か私はこうしているっていうようなことを言った場合、その言葉に恥じないような行動を私はちゃんと今できているのかっていうのを、なんか問いかける機会でもありますね。なので外に自分の目標だったり、それに限らず人間としての在り方を話すっていうことは、その言葉に、自分の心の中で秘めているよりもなんていうか、責任というか、発したことに対する責任っていうのが生まれるなっていうのを感じているので、感覚としては「ここまで言ってるんだから私も頑張らないとな」っていう思いだったり、そういうのを感じたりはしていますね。

(高木選手)
こうやってたくさんの人たちがスケート教室や講演に来てくださって、訪れたことのない場所でも応援してくださる人ってたくさんいるんだなっていうのを思えるっていうのは、何か自分が苦しくなったときに、1つ大きな支えになるんだろうなっていうのと、ファンの人たち、応援してくださる人たちとの、親近感が湧いたりとか、つながりが増えるっていうことに、自分の中でその価値というか、そういうのも大事という、なんていうんでしょうね。自分の力になるんだなっていうようなことを考えるようになりました。

  • 森下桂人

    松江放送局・アナウンス

    森下桂人

    2019年入局。
    スポーツ実況アナウンサーを目指して高校野球、大相撲、競泳の現場などで修行中。今回が五輪メダリストへの初取材。

  • 近藤健太

    松江放送局・カメラマン

    近藤健太

    2004年入局。
    2009年から高木美帆選手を取材。バンクーバー五輪、ピョンチャン五輪、北京五輪の3大会でスピードスケート取材を担当。

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