がん細胞からの恐怖のメッセージを治療へ生かせ!

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日本人の2人に1人が発症し、3人に1人が亡くなっているがん。

がんは正常な細胞の遺伝子の異常によって誕生し、無限に増殖を繰り返していきます。がんはどうやって増殖し、広がっていくのか、そのメカニズムは今も多くが謎に包まれています。しかし、「人体の情報ネットワーク」という視点からがんをみると、がんの恐るべき実態が明らかになってきました。そして、治療の新たな可能性が見つかってきています。

がんがどのように増殖し、さまざまな臓器へと転移していくのかはまだ完全には解明されていない。しかし、人体の情報ネットワークという視点から新たなメカニズムが見えつつある。

がん増殖の恐怖のメカニズム

がんが体内で増殖するメカニズムのひとつとして解明されているのが、周りの細胞を巧みにコントロールし、支配下に入れることです。たとえば、がん細胞は自身の近くへと血管を引き寄せることが知られています。血管にはがん細胞の増殖に欠かせない栄養や酸素が含まれています。そこでがん細胞は、血管を作る細胞に「ある働き」を行うことで、新しく血管を伸ばすように仕向けるのです。

また、がん細胞はなんと敵である免疫細胞まで手なづけてしまいます。本来、免疫細胞にはがん細胞を攻撃する働きがあります。ところが、がん細胞は先ほどと同様に「ある働きかけ」を免疫細胞に行い、攻撃をピタリとやめさせます。その結果、がん細胞の増殖を許してしまうといいます。

がん細胞がこうした悪だくみに利用している「ある働きかけ」とは何か。それが"メッセージ物質"です。

その"メッセージ物質"として従来知られているのが、細胞増殖因子やサイトカイン。本来は体の中の健康を支える大切な役割を果たしており、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)やFGF(線維芽細胞増殖因子)などが有名です。

がん細胞はサイトカインや細胞増殖因子など、さまざまな
がん細胞はサイトカインや細胞増殖因子など、様々な"メッセージ物質"を出して、周囲の細胞を操っていく。
(画像:宮脇敦史・理化学研究所(細胞))

がんが出す特殊な"メッセージ物質"

ところが最近がん細胞が、「ある特殊な"メッセージ物質"」も駆使していることが明らかになってきました。

その名をエクソソームといいます。カプセル状の形をしていて、その中には様々な"メッセージ物質"が丸ごと詰め込まれています。がん細胞はこのカプセルを駆使して、様々な悪だくみを行っていることがわかってきています。先ほどの血管を引き寄せる場合、がん細胞はエクソソームの中に「血管を伸ばす」指令を込めた"メッセージ物質"を詰め込んで血管を作る細胞へと送りこみます。すると、その指令を受け取った細胞はがん細胞のもとへと血管を伸ばしていくと考えられています。さらに、免疫細胞の働きを抑えてしまう場合にも、同様に「私に攻撃するのをやめて」という"メッセージ物質"を中に込め、免疫細胞へと送付。その結果、免疫細胞はがん細胞を味方だと認識し、攻撃するのをやめてしまうというのです。

CG がん細胞は、エクソソームというメッセージの詰まったカプセル状のものを使って、免疫細胞に働きかけ、免疫細胞を仲間に取り入れるという。

"メッセージ物質"を活用した治療

こうしたメカニズムがわかってきたことで、"メッセージ物質"を活かしたがん治療の研究が進んでいます。

そのひとつが、筋肉が出す"メッセージ物質"に着目することで、私たち自身の体に潜む、「がん撃退パワー」を引き出そうという研究です。筋肉にはうつの症状を改善したり、記憶力をアップさせたりする力があることが最新研究で明らかになってきています。そうした効果のひとつとして、がんの治療にも役立つかもしれないといいます。

デンマークのコペンハーゲン大学では、その筋肉が出す"メッセージ物質"が、がん細胞をやっつける免疫細胞を活性化させる働きがあるという報告をしています。そのメッセージはいわば、「敵がいるよ!」というもので、それを免疫細胞が受け取ると、がん細胞のもとに集まり、攻撃するといいます。実際に、肺にがんがあるマウスに運動をさせて筋肉からの"メッセージ物質"の分泌を促したところ、大きな効果を上げています。運動をしていないマウスに比べて、運動をしたマウスはがんの増殖を3分の1に抑えられました。ヒトでも効果があるかはまだわかりませんが、現在どんな運動をどの程度行えば「がん撃退パワー」を引き出すことができるのか、前立腺がんの患者を対象に、試験が続いています。

運動すると、いわゆる
運動すると、いわゆる"メッセージ物質"が出て、がんの増殖を抑える働きがあると報告されている。

エクソソームを使った転移を抑える戦略

さらに国立がん研究センター研究所でも、がんが出すメッセージカプセル・エクソソームを叩くことでがんの転移を抑え込むという全く新しい治療戦略が研究されています。その戦略とは、小さなエクソソームに目印となるある抗体をくっつけるというものです。この抗体は、いわば「こいつは敵だ」という目印。この目印は、がん細胞が出したエクソソームにくっつく性質があります。すると、免疫細胞がエクソソームを敵だと認識し、食べ始めるという仕組みです。

この作戦、転移に関するマウスの実験で驚きの結果が出ています。抗体を加えていないマウスではがん細胞が肺に広く転移したものの、抗体を加えたマウスはほとんど転移がみられませんでした。がん細胞の数を分析すると、なんと転移を90%も抑えられることがわかりました。この戦略が分かったことから、がん細胞が出すエクソソームだけが持つ特徴的な抗原を探しだせば、それぞれのがんの転移を抑えられるのではという期待が高まっています。

CG 抗体薬(黄色)の付いたエクソソームを食べる免疫細胞。抗体薬はいわば「こいつは敵だ」というメッセージを持っていて、それを認識した免疫細胞が悪質なメッセージを含んだエクソソームを食べてくれる。

この記事は以下の番組から作成しています

  • NHKスペシャル放送
    NHKスペシャル「人体」第7集 “健康長寿”究極の挑戦