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宗谷の風車建設予定地にイトウ 開発計画と自然保護の両立は?

  • 2024年4月19日

海から強い風が吹きつける宗谷地方。全国でも有数の風力発電の適地とされ、クリーンエネルギーの一大生産拠点として施設の建設が相次ぎ、地元では経済効果を期待しています。一方で、いま、絶滅のおそれがあり、“幻の魚”とも呼ばれるイトウの生息地と風車の建設予定地が重なっているとして、生態系への影響を懸念する声も上がっています。開発計画と自然保護の両立をどう図っていくべきなのでしょうか。現地で取材しました。
(NHK稚内支局 奈須由樹)

“風力発電の最適地” 宗谷地方では導入進む

強い風が吹きつける宗谷地方ではここ数年、風力発電所の建設が相次いでいます。稚内市・豊富町・幌延町のエリアでは2024年までの3年間で127基の風車が建設される予定で、地元では、クリーンエネルギーの一大生産拠点として、経済効果を期待しています。
このうち、東京の「ENEOSリニューアブル・エナジー」と「ユーラスエナジーホールディングス」の2社は、いずれも稚内市・猿払村・豊富町にまたがるエリアに風力発電所を建設すると発表しています。「ENEOSリニューアブル・エナジー」は最大で59基、「ユーラスエナジーホールディングス」は最大で130基の風車を建設する予定です。

2社の風力発電所 建設予定地

なぜ、2社がこぞって、多くの風車を建てようとしているのでしょうか。その理由を取材してみると、このエリアは“風力発電の最適地”ということが分かりました。

ユーラスエナジーホールディングス稚内支店 加藤潤 支店長
「風力発電事業の場合、風の強い場所に風車を建てることが発電のコストを下げる意味で、いちばん大きな要素になる。道北地方は日本でも屈指の風の強いエリアで、なおかつ比較的なだらかな地形。日本の場合、平らな地形が少なく、大型風車を運ぼうとすれば道路を造成する必要があり、かなり大きな土木工事費が発生する。その点、われわれの建設予定地までは道路が整備されているので、輸送や建設工事のコストも下げられる」

①強い風が安定的に吹いていて、②平らな地形が多く、③道路などのインフラが整備されている。こうした条件がそろっているため、発電の原価を抑えられるといいます。

“幻の魚”イトウの生息地が… 生態系への影響懸念

“風力発電の最適地”で進む開発計画。しかし、風車の建設予定地に希少な生き物が生息しているとして、生態系への影響を懸念する指摘も出ています。その生き物とは国内最大級の淡水魚イトウです。絶滅のおそれがあることから“幻の魚”とも呼ばれています。

会社が猿払村で開いた住民説明会で、イトウの保護活動を行う団体からは「建設工事を行えば土砂が川に流れ込み、生育に影響がでるのではないか」、「会社が環境への影響を調査する期間が短すぎる」、「助言を得ている専門家は適切に選ばれたのか」など、問題視する指摘が相次ぎました。

2024年3月 猿払村での住民説明会

保護団体を取材すると、風車の建設が予定されているエリアはイトウにとって“最後のとりで”だといいます。

イトウ保護連絡協議会 秋葉健司 事務局代理
「なぜ、このエリアにいちばん注目すべきかというと、圧倒的にイトウの数が多いからだ。イトウはかつて本州を含めて45水系に生息していたが、われわれの最新の調査では15水系、3分の1にまで減っている。安定して生息できそうな水系は7つあるが、このうち4水系が、2社が風車を建てようと計画しているエリアに集中している。要するに、ここがイトウ保全の根幹であることは間違いない。道北のイトウは、日本に生息するイトウの“最後のとりで”と言える」

開発を進めようとしている2社には、適切な調査を行うよう求めています。

イトウ保護連絡協議会 秋葉健司 事務局代理
「イトウは毎年産卵するわけではない可能性がある。環境への影響調査が1年で終わってしまえば、たまたまその年に産卵しなかった川は“イトウの産卵河川ではない”と判断されてしまうかもしれない。間接的な事例であっても、イトウにどういう影響を及ぼすか、本当のところは分からない。分からないから、われわれは事業を中止してほしいと求めている」

保護団体の訴えに対して、会社側は「環境調査や地元住民の考えを尊重して検討を進めている」としています。「ENEOSリニューアブル・エナジー」は、2023年、道の環境影響評価審議会で、イトウの生態系や川の水質などへの重大な影響が回避できない場合は、事業規模の縮小を含め計画を大幅に見直すよう求められました。また、環境省や経済産業省からは、事業実施に伴う土砂や濁水の流出により、河川やイトウなどに重大な影響を及ぼす懸念があると伝えられています。これを受けて、会社は事業区域や風車の建設数を縮小する方向で検討しているということです。

望ましい事業の形“一緒に考えて”

風力発電の開発計画と希少なイトウ保護、その両立をどう図っていくべきなのでしょうか。あるべき形について、専門家に聞きました。

環境エネルギー政策研究所 山下紀明 理事
「いちばん大事だと思っているのはエリアを分けるゾーニングという考え方だ。“ここは風車を建ててはダメですよ”“ここならいいですよ”と、その間には調整エリアを設ける。まずは市町村レベルで、それに続いて都道府県レベルで考え、決めていくことが重要だと思う」

山下さんは事業の進め方のひとつとして、会社とイトウの保護団体が一緒に現地で状況を確かめて合意できる点をさぐっていく方法も提案しています。

環境エネルギー政策研究所 山下紀明 理事
「どうしても“再生可能エネルギー対自然保護”と対立構造になりがちだが、それ以外の形もある。
『共同事実確認』と言うが、議論になっているところを実際にお互いに一緒に見てデータをそろえる。そこから先の解釈や認識が分かれることはしかたがないが、最初のデータはそろえようと。ひとつの有効策になるのではないか。望ましい再エネ事業とは、風力発電事業とはどういうものかと、事業者も地域も一緒に考えていく姿勢が求められると思う」

取材後記

“環境に優しい”クリーンエネルギーの推進が、地域の自然環境の破壊につながりかねない。取材を通じて、開発計画と自然保護を両立させることは本当に難しいと感じました。脱炭素社会の実現は待ったなしの課題であり、宗谷地方には、その地理的特性を生かして大いに貢献できる可能性があります。一方で、一度失われた生態系を元に戻すことは容易ではありません。愚直な方法ではありますが、やはり、事業を手がける会社とイトウの保護団体、さらに地域の住民が十分にコミュニケーションをとり、議論を重ねていくしかないと思います。現地での環境への影響調査は今後1年から2年ほどかけて行われるということです。開発の行く末を追い続けます。

 

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  • 奈須由樹

    稚内支局

    奈須由樹

    2021年入局 初任地は函館局 稚内支局では水産関係などを取材中

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