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町で暮らす”大先輩”たちの人生

  • 2023年5月25日

オホーツク海側・津別町での1カ月の滞在も、いよいよ終盤。ここまで、町の歴史を作り、守り、次の世代へとつないでいく人々にたくさん出会うことができました。最終週となる今回も、忘れられない人たちとの出逢いが待っていました。

滞在24日目。太鼓の音とにぎやかな笑い声に誘われてたどり着いたのは、町のお寺。

足を踏み入れてみると、境内はお祭りの真っ最中。津別で70年近くつづく「花まつり」です。

目につくのは、桃色の衣装に身を包んだり、出店で遊んだりするたくさんの子どもたちの姿。こうして楽しそうに過ごしてくれることが心の励みとなり、町の人々はこのお祭りを続けてきました。

そんな祭り会場で、町の方が「ぜひ会ったほうがいい」と紹介してくれたのが……

山本峯雄さん(写真右)。なんと、御年101歳。100歳を超えているようには、全く見えません。しかも山本さん、このお祭りの現役の実行委員なんです!会場の設営から当日の運営まで、文字通り体を張ってお祭りを支えています。

実は山本さん、このお祭りに特別な思い入れがあるんだそう。
かつて、津別町からもたくさんの若者たちが戦争に駆り出されました。山本さんもその一人。1198人が出兵し、275人は町に帰ってくることはありませんでした。再び故郷の土を踏むことができた山本さんたちは、“町の未来のために”と、この花まつりをずっと支え続けてきたのです。

「それがやっぱり生きがいで」
「いちばん“ぴかーん”とする」

さらに驚いたのは、祭りが終わってからのこと。山本さんは若い衆に混ざって、出店のテントをたたみ、資材を肩にかついで運び、手際よく撤収作業を進めていきます。

そして、私に向かって「来年もまた元気で参加したいと思います」と語り、颯爽と家路につくのでした。

もう一人、滞在中ずっと気になっていた方がいました。
それは滞在しているゲストハウスの2階から見かけた、こちらのおばあちゃん。

道端で草むしりをしたところへ話しかけてみると、「世のため人のため」と笑顔で語り、再び腰をかがめ丁寧に道をきれいにしていきます。

このおばあちゃんは中川博子さん(83歳)。私の滞在しているゲストハウスにも、よくお茶をしにやってきます。

顔を出し続けていると、だんだん仲良くなってきました。そんなある日、中川さんのご自宅に呼んでもらえることに。案内されて向かうと……そこは年季の入った金物店。

この金物店の奥にご自宅があるといいます。

「これなんだかわかるかい?」
中川さんが見せてくれたのは、色とりどりの鍋つかみや手袋。全部手作りなんだそうです。

どれも丁寧でしっかりした作り。聞いてみると、貧しくて服が買えない兄弟のために、小学生から裁縫を始めて70年になるんだそう。

そんな中川さん、最近になって新たに始めたことがあるといいます。

8年前に亡くなった、夫が愛用していたネクタイ。このネクタイをほどいて、きんちゃく袋に仕立て直すというのです。

その訳を聞くと……

「終活」との答えが返ってきました 。
80歳を超えてから、かつてのように手先が思い通りに動かなくなってきました。そんな中「これが最後の手仕事」と、大事にとっておいた夫のネクタイに、新たな息吹を送りこむことを思いついたのだそうです。

「(夫は)言葉は上手に言わんけど。でも家族思いだった」
「なにかかにか思い出があるしょ。形になればいいなと思って」

別の日、改めて中川さんを訪ねると「また来た!NHKか!」と笑顔で迎えてくれました。

そして、とてもおいしくて心が温かくなる、手作りのご飯でもてなしてくれたのです。

「働いた手だよね、本当に。わたしの宝物」と自らの手を見つめながら、これまでを振り返るように、しみじみと語る中川さん。

私の手を見ると、「仕事したことないような手をしてるじゃん」と、お茶目な笑顔を見せます。

中川さんの手を見ると……、
長い年月を経て刻まれてきた、温かさ、優しさ、おおらかさが、何も語らずとも心に響いてきます。

さてここからは、放送ではお伝えできなかった未公開情報です!

最後の米農家を継ぐ25歳

ローカルフレンズの都丸さんに紹介してもらったのは、安部勇人さん(25)という青年。町で一軒しかない米農家の継承者として、津別に移住してきました。

網走の農業大学で学んでいたという安部さん。でも、米農家はいろいろな地域にありますが、どうして津別を選んだんでしょうか? それを聞くと……「シンプルに一番おいしい米だと思ったからです」との答え。とってもすがすがしい!

人気のお米を未来に残したい

もうじき田植えが行なわれると聞き、後日田んぼを訪れると、農場主の今井保徳さん(68)が待っていました。

米農家・今井さん
「津別では田んぼが減ってきていてね」
「夕方には、かえるがたくさん鳴くんだ。ずっと守ってきたこの景色を無くしたくないんだ」

ちょっと寂しそうに語る今井さん。昭和58年には67軒あった米農家が、今では今井農場の一軒のみ。玉ねぎなど効率よく育てられる農作物が主流になる中、今井さんは消費者に直接お米を売ることにこだわり、おいしいお米を追求し続けてきました。

人生を賭して守ってきた田んぼですが、体力の限界を感じ、辞めることを考えていた今井さん。ですが、そこに25歳の青年が飛び込んできたのです!

……というのは、ちょっとできすぎた話ですよね。

実はこの事業承継には町の後押しがありました。実は、今井さんのお米は津別町のふるさと納税でも人気が高く、町を発信する農作物になっていました。今回町では、地域おこし協力隊の仕組みを活用し、幅広く米農家に関心のある人を募ったというわけです。こうした挑戦は津別町としても初めての試みでした。
こうして熱意ある米農家と熱意ある若者とが出会ったのです。

米農家・今井さん
「安部くんという継承者が来てくれて、本当に嬉しいんだ」
「この継承は絶対に失敗できない」

地域おこし協力隊・安部さん
「今井さんがこれまで米農家を続けてきたのは、本当にすごいことで。自分はまだまだ独り立ちできないけど、自分の覚悟を少しでも伝えられるように頑張りたいです」

熱い言葉を交わす二人。町の未来に向けた“バトンタッチ”の現場を見ることができ、私にもその情熱がひしひしと伝わってきました。

1か月の終わりに「まるちゃん、ありがとう」

気づけば、1か月の滞在がいよいよ終わろうとしています。滞在期間中、前もって予定を組むことはあまりありませんでした。でもなぜか、日々予期せぬ出会いがあふれていました。そしてそこには必ず、ゲストハウスを営むローカルフレンズ・都丸雅子さんの存在がありました。
町の子ども達からお爺ちゃんお婆ちゃんまで、様々な人から“まるちゃん”と親しまれる都丸さん。「私も、もっと町のことが知りたいの。だから一緒に行ってみよう!一緒に飛び込んでみよう!」と背中を押してくれるまるちゃんがいたからこそ、出会いが絶えない滞在になりました。
津別町に出会えたこと、まるちゃんに出会えたこと、そして私自身も勇気をもらえる様々な物語と出会えたことに、心から感謝したいです。改めて1か月間、本当に有難うございました。そしてこれからも、宜しくお願いします。

ディレクター 浅見直輝

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