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“スケート王国”十勝 選手支える指導の現場とは

  • 2023年12月6日

「みずから考える」。取材中、私が幾度となく取材相手から耳にしたことばです。スポーツは、ただいい記録を残すことだけが目標ではないのだと。過去、スピードスケートで数多くのトップアスリートを輩出してきた“スケート王国”北海道・十勝。ハイレベルの選手を生み出す指導の現場を取材すると、スケート技術だけではない、大切なことが教えられていました。

(帯広放送局記者 青木緑)


100人の中学生が集まる場所とは…

北海道帯広市郊外に連日、夕方になると中学生たちが続々と集まってくる場所があります。「明治北海道十勝オーバル」。スピードスケートのワールドカップなど国際大会も開かれる、国内有数の屋内スケートリンクです。屋内のひんやりとした空気とは対照的に、熱気を帯びた中学生たちがリンクを駆け抜ける姿がありました。帯広を拠点に活動するスピードスケートのクラブチーム「十勝中体連スピードスケートクラブ」。メンバーの数、実に100人余り。少子化で各種スポーツの存続が危惧される中、この地域での人気の高さをうかがわせます。


先生は元世界チャンピオン

そこに、子どもたちの様子を静かに見つめる男性がいました。川田知範さん(43)。このチームで指導に当たる中心メンバーの1人です。

ワールドカップ優勝時の川田さん(中央)

今から20年前の2003年、アメリカ・ソルトレークシティーで開かれたワールドカップ男子100メートルで、当時最強と言われた長野五輪の男子500メートルの金メダリスト、清水宏保さんをおさえ、初代王者になった実績があります。現役引退後、子どもたちにスケートを教えたいと、故郷の十勝に戻りました。このクラブチームで教える指導者の多くは、かつて国内外の大会でトップアスリートとして活躍した人たちです。


スケート靴を履かないで練習?

整った施設に、充実した指導陣。さぞやスケーティングの指導もすごいのだろうと、私は期待していましたが、練習開始から1時間たってもいっこうにスケート靴を履かず、リンク中央の氷が張られていないエリアで、一風変わった練習を続けていました。

子どもたちが取り出したのは筒状の木片です。「丸太フォームアップ」と呼ばれるトレーニング。両足をそれぞれ、木片の上に乗せ、スケートを滑る姿勢をとります。体幹を強化してバランス感覚をつかみ、氷上での姿勢が安定するようになるといいます。見ているだけでも足がつりそうになるような、難しそうなこの練習。1年生はまだ体勢が安定せず、すぐに木片から落ちてしまいますが、3年生は木片の上でしっかりと安定した姿勢をとっていました。川田さんは氷上よりもむしろ陸上でのトレーニング(陸トレ)が、選手の能力を伸ばすのだといいます。

川田知範さん
「子どもたちに考えさせたいんですよね。乗っていられたら何かが合っていて、落ちたら何かが間違っているっていう、シンプルな運動なんですけど、このトレーニングで、しっかり体重を乗せて軸を作れるようになり、動きが変わってきます。動きが変わるということは、(滑る時の)スピードも上がってきます」


指導の原点は

“子どもたちに考えさせたい”ーー。取材で川田さんが何度も繰り返していたこの言葉。私は、川田さんの指導への思いをもっと深く知りたいと思い、勤務先を訪ねました。訪ねた先は、帯広市内の中学校です。ふだんは中学校の教員として体育を教えている川田さん。ちょうど、体育館で2年生のクラスにマット運動の指導を行っていました。

授業中、川田さんは、子どもたちにほとんど口出ししません。自分たちで考えながら技に挑戦する子どもたちに、時々、「今、何がうまくいかなかった?」「こうしてみたらどう?」などと、声をかけ、技が成功すると、一緒になって喜んでいます。

川田知範さん
「ただ、こちらから一方的に教えるっていうことではなくて、子どもが何を望んでいるのか、困っているのか、求めているのか、っていうのを考えながら関わるようにしています。日々、子どもたちが変わっていくのを見ると、やりがいや楽しさを感じます」


“川田流”指導で成長

川田さんの“考えさせる指導”で成長している1人が、スピードスケートのクラブチームで短距離種目のキャプテンを務める、水口翔介さん=中学3年=です。おととしからチームに所属し、帯広から30キロ余り離れた更別村から、連日、練習に通っています。あの木片にも、今では落ちることなく乗っていられます。私は水口さんに単刀直入に質問してみました。
「正直、リンクで滑りたいと思いませんか?」

水口翔介さん
「初めの頃は、やっぱりもっと氷上に乗りたいなっていう思いはありましたが、最近は逆に陸トレのほうが大事だなと思っています。陸トレをやると、1年生の頃と比べて、スケートの姿勢がすごくよくなりました」

陸トレをじっくり約1時間。ようやく氷上練習です。水口さんは、陸上で繰り返し練習した姿勢を氷上で確かめます。川田さんの指導を受け始めてから、2年連続で全国大会に出場。1年の間に、1000メートルの種目で3秒以上タイムを縮めるなど、好成績をおさめています。リンクを滑り終えた水口さんに話しかける川田さんのことばから、しっかりと生徒1人1人の滑りを確認している指導者の愛情が伝わってきました。

川田さんに、水口さんのスケート技術の評価を尋ねると、ここでも“自分で考える”という言葉が出てきました。

川田知範さん
「スケーティングがすごく滑らか。中学生はけっこうギクシャクした滑りが多いけど、水口選手はすごく洗練された滑りというか、癖のない、いい滑りをする。もともとの才能というのもあると思うけど、本人が一生懸命真剣に考えて取り組むから変わっていくと思う。まだ伸びしろがたくさんあります」


スケートで“人として成長”を

“みずから考える”スポーツの先に、川田さんは、まず1人の人間として成長させたいという思いを込めます。そんな“川田イズム”が、子どもたちに確実に浸透している場面に出会いました。それは練習後の全体ミーティング。キャプテンの水口さんはチームメートを前に、こう呼びかけました。

水口翔介さん
「今日、練習中に見てて思ったんですけど、氷上を滑っている間、靴の向きがバラバラで汚かった。そういうスケートの技術面以外のことを意識できない人がリンクで速くなるかと言ったら、そうは思わないので、スケートの技術じゃなくてまずは身の回りのことから、誰でもできることからしっかり意識していきましょう」

来年は高校進学を控える水口さん。中学校卒業とともにスケートを辞める生徒も多い中、自身はスケートを続けるつもりだといいます。

水口翔介さん
「すばらしい先生がたくさんそろっているので、本当にこのチームに入ってよかったと思います。スケートは体格はあまり関係なくて、技術が物語る部分が多いので、そこが面白いです。100分の1秒とか、1000分の1秒を争う、そこに向かって練習を重ねていくのはすごく楽しいことです。できるところまでスケートは続けていきたいと思っていますし、1回オリンピックに出て金メダルを取りたいと思っています」

そんな水口さんを温かいまなざしで見守る川田さんは、子どもたちにいつまでもスケートが好きでいてほしいと考えています。

川田知範さん
「子どもたちには、競技ではなく、“草スケーター”でもなんでもいいので、いつまでもスケートを続けてほしいなという思いはあります。もちろんオリンピックに出るような選手が継続して出ることも大事かもしれませんけど、スケートが好きだっていう子を増やしていくのがいちばんじゃないかなと思います」

道具の準備や、練習への送り迎えなど、保護者への負担も多いことから、近年は子どもの競技人口が減っているというスピードスケート。「そのことが少しさみしい」と、川田さんは話します。それでも、“スケート王国”十勝で、情熱があるかぎり、スケート技術だけでなく、人として成長できる教えが、これからも世代から世代へと受け継がれていってほしいと願ってやみません。

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