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OSO18を追う男たち

  • 2023年5月22日

冬が来て、また彼らは山へ入った-。
道東で牛を連続で襲う謎のヒグマ「OSO18(オソ・ジュウハチ)」。追いかける男たちの姿を報告する。
※取材の様子は、5/26日(金)19:30から「北海道道」で放送します(NHKプラスで、全国からご覧になれます)。 

1. 男たち

2月11日、別海は一面の雪に覆われていた。
広大な牧場の一角に佇むトラクター倉庫の片隅に、男たちが集まっていた。北海道庁からOSO18の捕獲を依頼されたNPO「南知床・ヒグマ情報センター」の面々である。
いつものように、薪に火をくべて暖をとりながら、持ち寄った鮭を炙る。ここで腹ごしらえをしながら作戦を準備するのが、男たちのならわし。この日は、そろそろ冬眠明けのヒグマが動き出していないか、森へ探索に出て確かめようと話し合っていた。

12人の男たちの拠点は、標津、別海、浜中、標茶など道東一円に散らばり、遠い者は1時間半をかけて、ここにやって来る。職業は、酪農家、自動車整備工場の経営、バス運転士、町役場職員など、まったく異なる。ただひとつ共通しているのは、全員がヒグマ捕獲のエキスパートであること。これまでにとらえたヒグマは全員で300頭以上にのぼる。

厳冬期の朝、牧場の一角のトラクター倉庫で、男たちは作戦を話し合う

北海道で随一の実力を誇る、このヒグマ捕獲専門家集団を率いるのが、藤本靖、61歳。学究肌で、ヒグマの生態に精通。ヒグマの躰にGPS装置を装着し、行動ルートを解き明かして、北海道大学の研究者と共同で論文を書いてきた。自らを「測的手」と称する藤本は狩猟免許を持たず、常に全体を見渡し、標的の正しい位置を見定める役割を担う。
藤本が捉えた標的を仕留めるのが、11人のハンターたち。そのなかに、群を抜く実力を持つ男がいる。赤石正男、70歳。二十歳で狩猟免許をとってから、ヒグマを捕らなかった年は、50年で一度もない。若い頃は、知床半島先端部から阿寒連峰にかけての単独猟を繰り返してきた。仕留めたヒグマは、118頭までは数えていたが、それ以降は覚えていないという。

死線をくぐり抜けてきた経験を、赤石は笑みをたたえながら、穏やかに話す。住宅地に現れ、農作物を食い荒らす個体への対策を任されてきたこのNPOは、同時に若手ハンターへの技術伝承をひとつの目的としており、赤石は、いわばその“先生”でもある。

「習性わかんなかったら捕れないよ、絶対。逆襲して逆にやられるよ。簡単にやられるよ。甘い考えで行ってやるやつはみんなやられてるから。だから習性を覚えなかったらだめだよって言ってるの」

翌日、男たちは車を駆って、厚岸に向かった。この日、気温はマイナス6度、積雪は52センチ。OSO18がいるとみられる厚岸町西部の上尾幌国有林に分け入って、冬眠穴から出てくるヒグマの痕跡を、丹念に見て回る。雪の上に足跡が残るこの時期は、ヒグマを捕獲する一年で最大のチャンスだ。

雪のなか、山の奥へ入る。赤石の車の総走行距離は77万キロだ

だが、5時間の捜索でも、足跡は見つからなかった。
少しずつ進む地球温暖化の影響で、ヒグマの冬眠期間は短くなり、早いときには、2月はじめに足跡が見つかることも増えた。だが、今年、OSO18との勝負はもう少し先だ。

藤本と赤石は、こんな言葉を口にした。

「“1週間”くらいだから、クマ追えるの。"1週間”しかない」

2. OSO18 

OSO18の出現は、4年前に遡る。2019年7月16日、標茶町オソツベツで1頭の乳牛を襲ったことを皮切りに、65頭の牛を襲い続けてきた。北海道庁は、現場付近に残された幅18センチの前足跡と、最初の被害現場オソツベツにちなみ、そのヒグマにOSO18というコードネームを与えた。

最初の被害現場。これまでの被害は、殺された牛31頭。負傷した牛32頭。行方不明2頭

OSO18は夜に現れて牛を襲い、朝には姿を消す。手がかりは、はじめの3年間、ほとんどつかめなかった。日本中のあらゆる地方と同様、この地域でも若者の数は年々減っている。地元猟友会では高齢化がすすみ、技術の伝承が途絶え、ヒグマを追った経験があるハンターが、ほとんどいなくなっていた。

実態が見えてきたのは、去年、藤本や赤石たちが、北海道庁から「OSO18特別対策班」に任命され、捜索を始めてからである。巨大な18センチのサイズだとされた足跡は、前足と後ろ足の足跡が重なって輪郭がぼやけたもので、藤本が測り直したところ、正確なサイズは16センチ。当初言われていたような、超巨大なヒグマではないことを突き止めた。牛を襲うことを楽しむ“快楽犯”ではないかと囁かれた動機も、食うためだったと判明した。
藤本は、これまでの被害地点を分析し、OSO18の行動ルートも絞り込んだ。だが去年の夏から秋、その読み通りに、OSO18は痕跡は残すものの、待ち伏せした男たちの前には、姿を見せなかった。檻型の「箱わな」や、特別な許可が必要な「くくりわな」も、OSO18は回避した。

赤いピンが被害地点を示す。2019年~2022年までの4年で31か所になる

去年、捕獲が果たせず、男たちは、雪が残る冬眠明けの時期を待っていた。確実に仕留めるために、藤本があたりをつけたのが、上尾幌国有林だった。毎年最初の被害の多くが上尾幌国有林の近くで発生し、森のなかで幅16センチ前後の足跡も見つかっていた。この森を“ねぐら”に冬眠をして、夏になると森を出て牛を襲い、冬になると戻ってくる。藤本たちは、そう読んでいた。

※去年までの被害や、地域への影響については、下記の記事をご覧ください。
クローズアップ現代「謎のヒグマ「OSO18」を追え!」(2022年9月21日)
※追跡で浮かび上がってきた、OSO18の詳しい生態は、下記をご覧ください。
NHK北海道「牛を連続で襲う謎のヒグマ「OSO18」-その正体とは?」(2022年11月24日)

3. 赤石正男

狙撃手・赤石正男は、標津町古多糠(こたぬか)に暮らしている。酒も煙草もやらない。犬の100倍とも1000倍ともいわれる嗅覚を持つヒグマが、匂いで感づくことを避けるためだ。
赤石には、ヒグマを撃つときだけに持ち出すライフルがある。通称「375(サン・ナナ・ゴ)」、日本で許可される最大の口径だ。「ライフルの心臓をなすのは、薬莢なのだ」と独特の言葉で語る赤石は、弾道学の専門家である大学教授と組んで、自分専用の薬莢を開発してきた。薬莢のわずかな形状の違いで、命中精度とエネルギーは大きく変わる。そのため、時間があれば、射撃場に通って、ライフルの微細な変化を確かめることを怠らない。

赤石がこれまで仕留めたヒグマの最長距離は810メートルだという

赤石にとって、銃を持つことは自然なことだった。それは幼い頃の体験に由来する。
1962(昭和37)年に起きた、十勝岳大噴火。噴煙は標津のある東へ流れ、火山灰が森に降り注ぎ、ヒグマの主食である木の実や山菜を奪った。餌不足に陥ったヒグマは、当時、赤石の家が営んでいた牧場に現れ、家畜に牙を向けた。

「ヒツジね。昔だから食用に飼ってたようなもんだから。それが捕られてしまって、なくなったっちゅう。襲われて、きれいに引っ張って持ってかれて、やぶの中ですっかり食われてなくなった。もう発見した時は皮だけだね。あと何もない。全部食われてる」

本来、草食が中心のヒグマが飢えて家畜を次々と襲ったこの出来事は、「標津ヒグマ戦争」と呼ばれ、退治に向かったハンターは返り討ちにあって、3人が亡くなった。当時、赤石は小学5年生だった。

「(ヒグマが)次から次に現れてくるから。それは大変だったんでね。また捕れる人もいなかったから、その頃。あちこちから応援来て」
「自衛隊さんが来て、3回ぐらい乗ったかな、学校まで送り迎え」

人命が奪われる被害に業を煮やした北海道庁は、翌年、ヒグマ一頭あたり、5000円の捕獲奨励金を設定。1966(昭和41)年には、冬眠明けのヒグマを無差別に駆除する「春グマ駆除制度」を開始する。全道でヒグマ駆除がすすめられるなか、銃を持った赤石もまた、ひたすらヒグマを追うようになり、腕を磨いていった。

これまで仕留めたなかで最大のヒグマは体重430キロ

だが、1990年、「春グマ駆除制度」は廃止される。「絶滅が危惧されるヒグマを保護するため」だった。捕獲技術を伝承する場は、失われた。奨励金はとっくの昔に廃止され、気づけば、ハンターたちの数は少なくなり、危険な狩猟を敬遠する者も増えた。赤石のようにヒグマを追い続ける者は、数えるほどになっていった。

それから30年あまり、ヒグマの生息数は着実に増え、全道で1万頭を超えるとみられる。農業被害額は、3.7倍の2億6000万円。人里に降りてくるなどして駆除されるヒグマは、11倍にまで膨れ上がった。何より、人間に追われたことのないヒグマが増え、ヒグマの行動も性格も変わった。

「駆除しなくなって、完全に下(人里)に下りてくるようになったから、今、(山の)上の方に行ってもクマはいないからね。ほとんど人間とエリアと同じとこにいるから、事故起きても全然おかしくない。人間を全然おっかなくないで(怖がらないで)、来るやついるから。家の中を覗いてくるから、窓から。そういうクマだんだん出てきてるから、大変だよ。だからもっと悪さするのも多くなってくるんじゃないの」

それでも赤石はヒグマと対峙し、腕を磨き続けてきた。だからこそ、OSO18対策の白羽の矢が立った。だが、逆にいえば、OSO18を撃てるとしたら、赤石しかいない、ということでもある。

「悪さしねえば捕らないけど、悪さするから捕らねえば。ウシを捕ったやつ、すぐ捕らないば、次から次捕って。それはかわいそうだっちゅうもんでないっての。飼ってる人の方がかわいそうでな」

赤石は、ヒグマを追う術をこう語る。

「クマのいる場所だとか食う物だとか、自然の、木のなる物(木の実)だとかそういうの、全部計算して入れてやるとね、一番捕れやすいの。今年はどこについているかというの、見に行けばクマいるから。前の年のやつをちゃんと覚えといて、どんぐりが豊作なのか、何が豊作なのかがそれをちゃんと覚えていて、で、次の年、その豊作のとこ重点的に山見て歩けばクマは簡単に捕れるから。高山帯の植物だとか、コケモモだとか、コクワとか」

Q「クマ捜しっていうのは、前の年から始まってるわけですか?」
「そう、そういうことだ」

Q「ものすごい数、山を歩かないと、分からないというのは大変じゃないんですか?」
「いや、そんな事ないけどね。いろんな事を見ながら歩いてるから。面白いよ、かえって。ただ歩くんと違うから」

4. “1週間”

3月4日、ヒグマを追うのに最も適した“1週間”が訪れたとみた藤本や赤石たちは、上尾幌国有林の本格的な探索を開始した。ヒグマが冬眠から目覚め、足跡を残すには雪が残っていなければならない。一方で、雪解けが進む時期でもある。手かがりがつかめるのは、わずか1週間しかないのだ。

だが、スノーモービルで森の奥へ入っても、残っているのはシカの足跡だけ。進めども進めども、シカしかいない。藤本によれば、この上尾幌国有林のような、狩猟が禁止される禁猟区には、ハンターに追われた動物がいつも逃げ込むのだという。そこに行けば撃たれないことが、わかっているかのように。

藤本「ほんとすごいシカだわ。やっぱり捕ったらだめなところには集まってんだわ」

1週間後の3月11日、ヒグマの足跡は、ひとつも見つかっていなかった。ことし、雪解けは例年より数週間早い。1年のなかで、最も捕獲に適した“1週間”が、空振りのまま終わる。男たちの表情には当惑の色が隠せなかった。

「どこ行っても何の足跡もないな。どこ行ったもんだべ」
「でも起きてればどっかに足跡残すよね。これだけ雪降ったんだから絶対どこかに残すんだ。それがないんだもん、ひとつも」

「特別対策班」の黒渕澄夫は、足跡がみつからない状況を「雲隠れの術だ」と嘆いた

仲間たちの言葉を聞いていた赤石は、こう呟いた。

「場所違うかよ」

場所が違う。それは、OSO18が上尾幌国有林ではない、別の場所で冬眠をしていることを意味する。冬眠場所の推定が違っていたのか。あるいは、近づいてくる男たちの気配を感じ取って、OSO18が冬眠場所を変えたのか。

5.  “聖域”

ひとつの情報が寄せられた。「ヒグマの足跡を見た」住民がいるという。情報を頼りにたどり着いたその場所は、釧路湿原。住民が足跡を発見したのは、狩猟が禁止される鳥獣保護区を一望できる展望台だった。見つかった足跡は、15センチで、OSO18にしては少し小さい。だが、住民に聞けば、その付近で、冬眠の穴を見たことがあるという。

国立公園である釧路湿原は、1300種の野生動物が生息する、日本最大の湿原。その大部分が、鳥獣保護区に指定され、狩猟は禁止される。いわば、野生動物にとっての“聖域”だ。狡猾なOSO18が、撃たれる恐れのないこの広大な湿原に姿をひそませていたとしてもおかしくはない。
役場の許可を得て、藤本と赤石たちは、湿原のなかへ入る。湿原のきわにある林道で見つけたのは、何らかの血痕。さらに先へ進むと、そこにはシカの死体が散らばっていた。何者かに食い荒らされたあとだった。この日だけで、発見されたシカの死骸は4頭にのぼった。

「バラバラだ…。こういうカスをまたクマが食いに来るんだよね」と藤本は呟いた

釧路湿原に生息するシカの数は、この8年で2倍、4500頭にのぼると推計され、すでに、湿原では、増えすぎたシカによる貴重な植物への被害が拡大している。それは、赤石にとっても経験したことのない変化を、ヒグマにもたらしている。

「春先に出てくるヒグマは、ほとんどシカの餓死してるやつ(シカ)食ってるから、穴から出てきたらすぐから見つけて探し食ってるから。シカがものすごい急に増えてきてるから、やっぱ。死骸がすごいある。あと事故死だとかそういうのあるから。それを食ってるから、食い慣れてきてるんだよね」

おぼろげに、新たな仮説が浮かび上がる。
OSO18は、近づいてくる人間の気配を察して、最も安全な“聖域”である釧路湿原に逃げ込んだ。しばらくは増えすぎたシカの死骸をむさぼり、春には山菜を食べて、食いつなぐ。そして、夏、草木が繁茂して姿を隠しやすい時期になると、湿原を出て、最も襲いやすい牛へ牙を向ける-。

眼下に広がる釧路湿原。ここで、シカの死骸を食べて、肉の味を覚えるヒグマはOSO18だけとは限らない。赤石は目を細めながら、呟いた。

「他のクマだって、OSO18と同じようになるんじゃないの、だんだんと」

一年で最大のチャンスだとみられた冬眠明けの時期に、OSO18をとらえることはできなかった。今、当面の赤石の照準は、広大な“聖域”、釧路湿原に定められている。

Q「なかなか思うようにはいかないですね?」
「思うようにはいかないね。(このままだと)クマの勝ちだね。それを捕ろうっちゅうんだから、大変です。(今年はもう)雪はないし。まあ自然だべな。そこさとどまっててくれないんだから、あのクマ。もうすぐ変わってしまうから、(人間の行動を)覚えちゃって。なかなか捕りづらい」

だが、赤石はこうも言う。

「大変なクマです、あれは。だけど、だんだん仕事してるから(迫ってきているから)、なんとかなると思うけど。時間ちょっとかかるけど、捕れると思うよ」

Q「時間さえかければ間違いなく捕れますか?」
「捕れる」 

【番組概要】
北海道道 「OSO18を追う男たち」
初回放送日: 2023年5月26日午後7時30分

今年3月、北海道庁から依頼を受けた特別対策班が、冬山に向かっていた。標的は1頭のヒグマ「OSO18」。2019年夏に道東の酪農地帯に突如出現。その後も毎年、放牧中の牛を襲い、被害は合計65頭に及ぶ。対策班が捕獲の最大のチャンスとしたのが、ヒグマの足跡が残る積雪期。ただその期間は、冬眠から目覚め、雪が解けきるまでのわずか1週間。対策班が冬山で目撃したものとは?人々を震撼させるヒグマを追う男たちの最新報告。

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