ページの本文へ

NHK北海道WEB

  1. NHK北海道
  2. NHK北海道WEB
  3. ほっとニュースweb
  4. アイヌ民族と台湾の先住民族の懸け橋に

アイヌ民族と台湾の先住民族の懸け橋に

  • 2024年4月3日

3月、台湾中部の村に北海道からの訪問団の姿がありました。日高の様似町でアイヌ文化の継承に取り組む人たちで、現地の先住民族との交流会が開かれました。訪問団の大きな目的は、権利の回復が進む台湾の先住民族の現状を知ることでした。両者をつないだのは、札幌に住む台湾の先住民族の女性です。(取材時:室蘭放送局 篁慶一)

16の先住民族が暮らす台湾

ブヌン族の子どもたち

台湾では人口の9割以上を漢民族が占める一方で、全体の2.5%ほどにあたるおよそ59万人の先住民族が暮らしています。日本の統治時代や中国大陸から渡ってきた政権の時代に土地が奪われ、独自の言葉や文化を否定されるなど、アイヌ民族と似た歴史があります。こうした中、一党独裁が続いた台湾で民主化を求める運動の高まりなどに合わせ、1980年代から先住民族の間で権利回復を訴える運動も盛んになりました。

その結果、かつて「高砂族」や「山地同胞」などと呼ばれてきた台湾の先住民族は、1994年に「原住民」、1997年には「原住民族」として憲法に明記されることになりました。現在は16の民族が「原住民族」として認定されています。この「原住民族」ということばには台湾に「もともと住んでいた」という意味があり、先住民族みずからが用いてきました。また、民族のことばや文化を学ぶ機会を提供することや、行政機関などで先住民族を一定の割合で雇用することを定めた法律も制定されるなど、1990年代以降、状況は大きく変化しました。

2005年に先住民族の幅広い権利を保障するための「原住民族基本法」が施行されたほか、2016年には蔡英文総統が過去の不平等な政策の誤りを認め、先住民族の代表の前で公式に謝罪したうえで、さらに対応を進めることを約束しました。

台湾 蔡英文総統 2016年 総統府のYouTubeより

「過去400年来、台湾にやってきた政権が武力で土地を奪い、原住民族が持っていた権利を激しく侵害しました。そのため、私が政府を代表し、原住民族の皆さんにおわび申し上げます。原住民族の受けた苦痛や傷は、1つの文章やひと言の謝罪では消えないと思います。しかし、今日の謝罪を通じ、すべての人が和解に向かうことを心から期待しています」

 

北海道在住の台湾の先住民族

こうした台湾の先住民族を取り巻く現状を知ろうと、日高の様似町では国の交付金を活用して3月1日から4泊5日の日程で訪問団を派遣することになりました。参加者は10人で、多くがアイヌの人たちです。

訪問先の調整や案内を担ったのが、札幌市に住む台湾の先住民族のディヴァン・スクルマンさん(49)です。スクルマンさんは台湾中部・南投県出身のブヌン族で、山あいの集落で生まれ育ちました。所属する台湾基督長老教会から19年前の2005年に北海道へ派遣され、札幌で牧師として活動しています。

ディヴァン・スクルマンさん 札幌市

教会での活動のかたわら、スクルマンさんが熱心に取り組んできたのがアイヌの人たちとの交流です。同じ先住民族として理解を深めたいと、アイヌの子どもたちに学習支援を行っている帯広市の「とかちエテケカンパの会」に毎月参加してきました。さらに、道内各地で行われるアイヌの行事や学習会にも積極的に足を運んできました。その中で、アイヌの人たちの中には今も差別や偏見を恐れて暮らしている人がいることを知り、力になりたいと思うようになったといいます。

ディヴァン・スクルマンさん
「台湾の先住民族との違いとして、アイヌの方たちは『自分がアイヌだ』と言える勇気を持つこと、あるいはそう言える状況にあることが難しいのかなと交流する中で感じることがありました。アイヌの方たちに対して、『台湾の応援があるよ、周りのサポートがあるよ』と伝えたいと考えるようになりました」

 

台湾には先住民族の放送局も

通訳するスクルマンさん 2024年3月

スクルマンさんが様似町の一行を最初に案内したのは、台湾中部の南投県信義郷にある村です。住民の多くがブヌン族で、800人ほどが暮らしています。見てほしかったのは、ことばや文化が若い世代に受け継がれている状況でした。台湾の先住民族は小学1年生から学校で民族のことばを学んでいて、交流会に参加した子どもたちもブヌン語を使ってあいさつや自己紹介をしていました。子どもたちはブヌン語の歌や踊りも披露し、アイヌの参加者の1人は「ことばがしっかり伝わって話せている点が私たちとは異なり、驚きました」と話していました。台湾では、民族のことばを守ることにつなげようと、言語能力試験の結果次第で高校や大学の入試で加点が受けられる制度も設けられています。

原住民族電視台 台北

また、2005年に設立された先住民族の放送局「原住民族電視台」も訪れました。この放送局は、台湾当局からの支援を受けた財団法人が運営していて、多くの先住民族が働いています。

番組の半数以上でそれぞれの民族のことばが使用され、子ども向けの語学講座やニュースも放送しています。財団法人の会長は、番組を通じて先住民族に与える影響は大きいと説明しました。

財団法人原住民族文化事業基金会 マラオス会長

「過去には、私たちが主体的に自分たちのことを伝える方法はありませんでした。放送局を通じて、私たちのアインデンティティーは強くなり、文化に対する理解も深まってきました。私たちにとっては、テレビやラジオは最も重要な情報発信の土台となりました。これは、原住民族の人権を配慮するうえで最も現実的な方法の1つだと思います」

 

過去と向き合い、変化する台湾

今回、スクルマンさんは台湾の先住民族から直接話を聞くことも重視していました。そこで訪問先に選んだのは、先住民族の教育や福祉などを専門に扱う行政機関「原住民族委員会」です。大臣に相当するイチャン・パルー主任委員が面会に応じました。先住民族のアミ族で、権利回復運動を主導したとして投獄された経験もあります。パルー主任委員は訪問団に対し、過去と現在の台湾の状況について説明しました。

様似町の訪問団の代表とイチャン・パルー主任委員 2024年3月

イチャン・パルー主任委員
「私が小学生の時は、学校で民族のことばを話したら、廊下に立たされたり、罰金を取られたり、『標準語を話しましょう』と書かれた札を掛けられたりしました。現在は、小学校から民族のことばを学べるカリキュラムを準備し、教員の確保にも力を入れています。会議などでも通訳を用意して民族のことばを使うようにしていますし、役所の幹部にも民族のことばで業務報告書を書いてほしいと伝えています」

訪問団に参加した30代の女性からは「私たちは小さい頃にアイヌ民族であるということでいじめを受けたことがあります。台湾でも同じような状況はあるのですか?」という質問が出ました。これに対し、パルー主任委員は台湾が過去と向き合い、変化してきたことを伝えました。

原住民族委員会 イチャン・パルー主任委員

「今も差別的なことが起きることはありますが、この10年、20年の間、台湾の民族多様性の考え方は進歩してきました。特に、8年前に蔡英文総統が政府を代表して原住民族に謝罪してからは、政府機関や社会の原住民族に対する態度は変わってきています」

訪問を通じて、アイヌ民族を取り巻く状況との違いを感じた参加者たちからは、これからも台湾の先住民族との交流を続けていきたいという声が聞かれました。一方で、台湾の先住民族の間では土地の返還や自治の権利を求める声もあり、課題も残されているということです。スクルマンさんは、今後もアイヌ民族と台湾の先住民族の橋渡しを続け、両者が一緒に課題の解決についても考えてほしいと話しています。

ディヴァン・スクルマンさん
「異なる先住民族が交流することは、とても大事なことだと思います。アイヌの方たちが台湾のことを知りたいときには、いつでも声をかけてもらいたいです。これからもアイヌ民族と台湾の原住民族の懸け橋になりたいです。頑張ります」

取材後記

私は、今回の訪問団の全日程に同行しました。その中で特に印象に残った場面があります。訪問団で最年少の9歳の女の子が台湾の先住民族の子どもたちの迫力ある踊りに目を輝かせ、「一緒に踊りたい。北海道にも来てほしい」と話していたのです。台湾で30年ほど前から先住民族の権利の回復が図られてきた一方で、日本でも2020年にアイヌ文化の発信拠点「ウポポイ」が白老町に開業するなど、アイヌ民族への理解を深めるための取り組みが進められています。この流れをさらに後押しするうえで、台湾の先住民族との向き合い方や取り組みは参考になる部分があると感じました。

▼篁記者が書いたほかの記事はこちら
断交はしたけれど 深まる台湾との交流
北海道から与那国島へ 「援農隊」で生まれた絆
日本とウイグル、紡いだ絆

▼こちらの記事もどうぞ
【ジャーナリストたちの現場から】足元と世界をつなぐ~ローカル発国際ニュースの可能性~

 

ページトップに戻る