NHK札幌放送局

Do! | #19 Koide Yukino

札幌局広報スタッフ

2022年11月16日(水)午後5時38分 更新

第19回に登場するのは、札幌放送局の小出悠希乃カメラマン。ニュース取材を担当しながら、潜水カメラマンとしても活躍し、これまで国内外のさまざまな水中映像を撮影してきました。学生時代はロシアに留学経験もあり、2017年にはロシアの「オルダ水中洞窟」に潜り、世界で初めて4Kカメラでの撮影に成功。現在はデスクとしてマネジメント業務や後輩たちの指導にあたっている小出カメラマンに、潜水取材の裏側や取材で大切にしていることを聞きました。

〔Photo By 原田 直樹〕
〔聞き手 上松 凜助(NHK札幌放送局 記者)・富浦 麻穂(NHK札幌放送局 広報)〕
※感染対策を十分にとったうえで撮影しています

小出 悠希乃 -Koide Yukino-
2009年入局。外国語学部卒業。
東京都出身。神戸局、姫路支局、宮崎局、報道局、アジア総局を経て、2021年より札幌局に勤務。
趣味はダイビング。特技はバドミントンと水泳。

<目次>
1.ロシア語を生かせる仕事を求めて
2.ロシア+潜水=オルダ水中洞窟
3.ともに考え、ともに走る


1.ロシア語を生かせる仕事を求めて

――学生時代のお話から伺います。ロシア語を学んでいたそうですね。

外国語学部でロシア語を専攻していました。学部のときに1年間留学し、大学院では2年間休学してロシアで働いていました。合計で3年弱ロシアで生活しました。


――なぜロシアに興味を?

中学生のときにテレビで見たアトランタオリンピックで、ロシア人の体操選手に憧れました。当時は今のようなネット環境もAI翻訳もなく、ロシア語がわかればその選手のことをもっと知ることができるんじゃないかと思ったんです。単純ですね(笑)。


――実際にロシアで生活してみて、いかがでしたか?

アジア系を襲う「ネオナチ」に遭遇したり、言葉が通じなくて悔しい思いをしたりもしましたが、おかげでたくましくなったと思います。少し自信がついてからは旧ソ連圏をあちこち旅しました。ロシア語がわかると一気に世界が広がった感じがしました。


――就職活動の時に、ロシア語を生かす仕事がしたいという思いはあったのでしょうか?

そうですね。大学院に進んで休学して、就活を始めたのは26歳と周りよりも遅いスタートでしたが、その年齢でもエントリーできて、さらにロシア語を使える仕事がないかと、国際系の独立行政機関などを受けました。


――その中でNHKを選んだのはなぜですか?

NHKは海外にも支局がありますし、ロシア語を生かすチャンスがありそうだなと思ったからです。知らない場所に行くのが好きなので、全国職員(※)はさまざまな地域で生活しながら仕事ができるという点も魅力に感じました。

※全国職員…全国の放送局等で勤務し、全国各地でキャリアを重ねながら専門性を深めていく。NHKには全国職員のほかに、特定の道府県内の放送局等で働く地域職員制度もある。

――なるほど。カメラマンになろうと思ったきっかけは何ですか?

NHKの採用説明会で、カメラマンの話を聞いたことがきっかけです。それまでは、カメラマンは人の心の中に土足で踏み込んで涙を撮る仕事という印象を抱いていたのですが、採用説明会で、地震で家が倒壊したおばあさんの後ろ姿を撮影した映像を見て衝撃を受けたんです。

その映像を撮影したカメラマンは、おばあさんが長年住んだ家に別れを告げるときに、あいだに自分が割り込んで撮影することはしたくなかったと話していました。後ろ姿のおばあさんの肩が涙で震えていて、それだけで伝わるものがあると思ったと。
それまで自分が想像していたカメラマン像とのギャップを感じて、カメラマンの仕事に興味を持ちました。


――実際にカメラマンの仕事をしてみて、取材の難しさを感じたことはありますか?

入局したばかりの頃、兵庫県佐用町で20人が犠牲となった豪雨災害が発生しました。インタビューを撮りに行ったのですが、いざ災害現場を目の当たりにするとカメラを向けることができませんでした。局に戻ったら「何のために行ったんだ」と怒られました。
それまでは、映像の力でニュースに無関心な人にも訴えかけるような取材がしたいと思っていたのに、いざ現場に出たら何もできず……。「もうこの仕事を続けられないかもしれない」と半年くらいもんもんとした気持ちで過ごしていました。

そんなとき、ある企画で取材したご遺族からインタビュー後に「今まで長く真っ暗なトンネルを歩いてきたけれど、取材を受けたことでようやく先に光が見えてきたような気がした」と声をかけていただき、この仕事を続けていこうと思うことができました。


――犯罪や災害の被害に遭った人に話を聞くことは、取材者側にもさまざまな葛藤があるのではと思いますが、そのあたりはいかがですか?

何度経験しても慣れるということはなく、葛藤ばかりです。でも、話を聞き、放送で伝えることで誰かの生活や世の中が少し良い方向に変わることもあると感じています。

宮崎放送局で働いていたときに、1983年に起きた大韓航空機撃墜事件で息子夫婦を失ったお母さんを取材したのですが、そのリポートをNHKワールドで英語放送したところアメリカからSNS投稿が寄せられ、お母さんが知らなかったある事実がわかりました。
22歳だった息子さんは留学先のアメリカで結婚し、妻と2人で日本に帰国するところでした。アメリカを出発する前に開かれた送別パーティーで友人たちに妻のお腹に赤ちゃんがいることを嬉しそうに報告したのだそうです。お母さんには帰国してサプライズで伝える予定だったのです。でも、サハリン上空で事件に巻き込まれ、妻とともに還らぬ人となりました。
事件から30年近くたって赤ちゃんの存在を知ったお母さんは「亡くなる直前まで幸せだったとわかってよかった」と話していました。その言葉に家族の幸せを奪った事件の悲惨さをあらためて感じたとともに、どんなに月日がたっても伝える意味があると思いました。



2. ロシア+潜水=オルダ水中洞窟

――通常のニュース取材のほかに、潜水カメラマンとしてもこれまでさまざまな水中映像を撮影されていますね。なぜ潜水カメラマンの道に?

NHKには潜水や山岳など特殊なスキルを必要とする取材を担当する専門チームがあり、入局した後に希望者は潜水取材や山岳取材をするための研修を受けることができます。
私は学生時代水泳部に所属していたのと、ダイビングってかっこよさそうだなという単純な動機から潜水カメラマンを志望しました。
先輩から「地球の7割は海。潜水できれば取材のフィールドが一気に広がるよ」と言われたことも決め手になりました。


――潜水カメラマンになるための研修はとても大変だったそうですね。

地獄のようでした……(笑)。潜水班に入るためには国家資格(潜水士)に合格したうえでNHK独自の研修を受け、ダイビングスキルや体力測定の課題をクリアしなければなりません。
足がつかないくらい深いプールに塩水をはって海のような環境を作り、1週間訓練するのですが、通称「地獄旅」という課題は、取材中に海況が悪化したという想定で、ダイビングの全装備を背負ったままマスクとシュノーケルなしでプールを25周泳ぐんです。最後の方は目の前が真っ白になって大変でした。

▽研修の詳しい様子はこちら


――厳しい環境下で心がくじけることはなかったですか?

何度もくじけそうになりましたが、一緒に研修を受けている仲間たちに支えられながら、なんとか頑張ろうと気持ちを奮い立たせていました。
同期は私以外全員男性だったので、体力的についていくのは大変でしたが、実際に海に出ると性別は一切関係ありません。潜水取材では必ず2人1組で「バディ」を組んで潜るのですが、同じ課題をクリアできていないと、一緒に潜る仲間にも不安を与えてしまうので必死でした。


――そんな厳しい訓練を乗り越えた先に、「オルダ水中洞窟」(2017年「NHKスペシャル」で放送)の撮影があったんですね。

2014年にソチオリンピックの取材に行ったとき、現地の人から「ロシアに世界一美しい水中洞窟がある」と聞きました。地下に石膏でできた真っ白な巨大空間があって、水の透明度は40メートルもあるとか!
ウラル山脈の麓という秘境にあって日本人で見た人はいないだろうし、世界初の映像が撮れるかもしれないと思い、企画を提案しました。

ロシアの「オルダ水中洞窟」。世界で初めて4Kカメラでの撮影に成功した。


――洞窟での撮影は、通常の潜水取材とは異なる部分はあるのでしょうか。

水で満たされた洞窟では、海や川と違って何かあってもすぐに水面に上がる(空気を吸う)ことができません。光もなくライトが切れたら視界がゼロになってしまう危険な環境です。安全に取材を行うために、洞窟潜水に特化した訓練を受けるなど1年かけて準備しました。それもあって、提案してから実際に放送を出すまでには2年かかりました。


――実際にオルダ水中洞窟に潜ってみて、いかがでしたか?

外気温がマイナス40℃、水温が5℃という極寒の世界で、寒さとの戦いでした。洞窟の入り口にたどりつくまでにダイビング器材が凍ってしまうので、魔法瓶のお湯で少しずつ溶かしながらセッティングしました。初めてオルダに潜ったときはとにかく水が冷たくて、かき氷の中に頭から突っ込んでいくような感じがしました。

普段の潜水時間は1時間ほどですが、オルダでは寒さに耐えられず30分ほどしか潜れませんでした。撮影時間が半分ほどしかとれず、これには焦りました。
何回もアタックを重ねて、現地のダイバーが「ギドロコスモス(水の宇宙)」と呼んでいる巨大空間の撮影に成功したときは「やった!」というよりホッとしたのを覚えています。


――反響はありましたか?

番組を見た宇宙飛行士の山崎直子さんがSNSで「本当に宇宙のよう。奇跡の映像、貴重です」と投稿してくれるなど、たくさん反響があってうれしかったです。地球にはまだまだ未知の領域があるということ、神秘の世界を映像で伝えることができて良かったと感じました。


――これまで培ってきたロシア語と潜水のスキルを生かせた取材になりましたね。

仕事で生かしたいと思っていたロシア語と、学生時代は思いもしなかった潜水の技術を使ってこうした取材ができたということは、入局前の自分からすると信じられない気持ちです。
自分がやりたいと提案したことに対して、周りの先輩や同僚たちがそんなこと無理だと否定することなく「面白そうだね」「やってみようよ」と言ってくれたり、色々な形で応援したりしてくれたからこそ実現できたのだと思います。私1人では絶対にできなかったので、周囲がチャレンジできる機会を作ってくれたおかげです。



3. ともに考え、ともに走る

――現在はデスク業務が中心ということですが、デスクとはどんな仕事ですか?

どのカメラマンにどの現場を担当してもらうかといった配置を決めたり、ニュース取材の指揮をとったり、若手の企画をサポートしたりしています。
デスクの仕事をする一方で、現場にまた行きたい気持ちもあるので、取材に行っている後輩たちを見るとうらやましくなってしまいます(笑)。


――デスクの立場になり、これまでとは違う難しさはありますか?

今までは自分のやりたいことや目の前の取材のことだけを考えていましたが、デスクになるとクルーの安全管理も大事ですし、今起きていることだけでなくこれから起きうることも考える必要があり、先を見通す力が求められるので、日々難しさを感じています。


――平日夜6時10分から放送している「ほっとニュース北海道」の編集責任者(=編責)も務めていますよね。

編責は、どのニュースをどんな順番や演出で放送するかを決め、番組全体を設計する責任者です。編責を担当するようになって、番組はNHKのすべての部署の人が関わってできているんだなということを改めて実感しました。
現場では記者と音声照明、ドライバーと4人のチームで取材することが多かったですが、撮影した映像を放送するために、映像編集、テロップ制作、音響効果、そして番組の顔であるアナウンサーなど、さまざまな人たちの力が集結しているんです。

――これまでさまざまな取材を経験されてきた中で、最も大切だと感じることは何ですか?

入局した時は「小さな声」を広く世の中に伝えたいと思っていました。その思いは今も変わりませんが、取材を重ねるうちに、目の前の人(取材相手)の状況が少しでも良くなるような取材をしたいと思うようになりました。それが結果として多くの人に響いたらいいなと思います。
取材者である前に1人の人間として、人と人との関係性を大切にしたいです。


――最後に、今後の目標を教えてください。

2つやりたいことがあります。1つは、現場で取材を続けること。もう一度「NHKスペシャル」を提案・取材したいです。特に軍事侵攻を続けるロシアが今後どうなっていくのか市民の目線で取材してみたいです。
もう1つは、今まで私が先輩たちにしてもらったことを、今度は後輩たちに返していきたいと考えています。若い世代が伝えたいこと、やりたいことをどうすれば実現できるのか、一緒に考えながら走っていけたらいいなと思います。



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