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大人が学ぶ性教育 自分や相手を守る知識を

「キスで妊娠したかも・・・」
「コーラで膣を洗うと妊娠しないって本当?」

ある性教育の専門家のもとに若者たちから寄せられた問い合わせです。

思えば私自身、性教育を受けた記憶は薄く、結婚して不妊治療を始めたとき、子どもを産める「卵子年齢」があることを知って戸惑いました。また、「赤ちゃんはどうやって来るの?」とわが子から聞かれたときに言葉を濁しました。

“性教育後進国・日本”といわれる中、大人が性の正しい知識を身につけるためにさまざまな取り組みが始まっています。

(「ニュースLive!ゆう5時」ディレクター 佐伯 桃子)

「大人の性教育」講座が人気

10月、さいたま市内で「おとなの性教育」と題した市民講座が開かれました。

埼玉県主催「おとなの性教育講座」(2022年10月撮影)

「日本の性教育の課題や今後のあり方を多くの人に知ってほしい」と埼玉県男女共同参画推進センターがオンライン配信も兼ねて開いた講座には、性別にかかわらず10代から70代まで幅広い年代の人が200人以上参加しました。ここ2年で埼玉県が開催した講座の平均参加者数のおよそ1.5倍に上ります。関心の高さがうかがえます。

およそ2時間に及んだ講義の前半は、元一橋大学講師で「性教育の第一人者」といわれる村瀬幸浩さんが、終戦直後から現在に続く日本の性教育の歴史や 性教育が進まない背景について説明しました。

性教育の第一人者 村瀬幸浩さん(元 一橋大学講師)
元 一橋大学講師 村瀬幸浩さん

「日本の性教育は『純潔教育』という言葉からスタートしたように、基本的に道徳教育です。『結婚前はセックスしたらだめだよ』とか、『良妻賢母』『母性』『女性のあり方・生き方』を枠組みにはめようとする。

そういった問題に敏感になるには『性について学ぶ』必要があります。そのことによって自分たちの問題点に初めて気づくんです」

さらに村瀬さんは「学校などで性交や性器について語ることは”わいせつ”」という考え方が教育現場や社会に浸透していて、それが性教育の「大きな壁」になっていること。これからは性と生殖をめぐる問題から、セクシュアリティー(性のあり方)や人権までを含めて、さまざまな「性」について「科学的に」教えていく必要があると訴えました。

講義の後半は、生理に関する啓発活動を行う任意団体「#みんなの生理」副代表の塩野美里さんが、生理は「性的に興奮すると出血するもの」「1日1枚のナプキンで対応できる」「誰もが出血のタイミングをコントロールできる」などといった誤解が社会に広がっている実態について、団体が実施した生理に関するアンケートに寄せられた声を紹介しながら指摘しました。

#みんなの生理 副代表 塩野美里さん

そのうえで、生理は子宮内膜が剥がれ落ち、それに伴い出血が起こるものであること、人によっては腹痛やイライラなど体の不調もきたす可能性があることなど、生理について詳しい情報を伝えました。

さらに生理への情報不足が「生理のタブー視」にもつながっているとして、団体が調査した生理の経済的負担の現状や、「職場で生理休暇について理解されにくい」といったアンケートの声を踏まえ、これまで個人だけで対処しなければならないとされてきた「生理」を社会の“みんなの問題”として捉えることがいかに重要か、話しました。

#みんなの生理 副代表 塩野美里さん

「性教育の危機、生理のタブー視、女性の意思決定の少なさ、固定的なジェンダー観、男性をモデルにした労働形態、男女の賃金格差…。社会にあるさまざまな問題が(経済的な理由などから生理用品を入手できない)「生理の貧困」と密接に関わっている。生理を前提とした職場や学校、社会のあり方を考え直すことが必要です。

身の回りのモヤモヤや違和感が社会全体の構造を問い直すきっかけにつながるので、ぜひ身近なことから考えてほしい」

講義では参加者から質問が相次ぎ、また好評な意見や感想も寄せられました。

40代 女性

「社会における(性をめぐる)知識や意識の問題が偏見につながっているのだろうなと感じた。性を語ることのタブーをどのようにのりこえていけるかのヒントをもらった」

60代 男性

「自分が知らなかった問題に触れられて、とても有意義だった」

30代 女性

「生理について困ったことがなく、こんなに深く考えたことがなかった。自分の活動の中で関わる相手の方一人一人の生理や性教育について、深く考える機会を作っていきたい」

10代 男性

「性教育に関する自分の意識の低さを認識した。男性側が性教育を理解することが女性への理解につながると感じた。心や身体や性については、小中学生など早く教育する必要がある。生理については知らないことだらけだった。生理への理解・知識を深め、過ごしやすい学校・職場を作るべきだと思った」

40代 女性

「小学生の息子がいます。性教育をしっかり教えることの重要性を考えさせられた。私の世代の男性は 女性の身体の変化を知らない人が多いので、息子には女性の身体をいたわる気持ちを持った人に育ってほしいと思っています」

「性教育」を自ら学び始めた学生たち

学生も動き始めています。

慶応義塾大学では2021年から、学生自治会がサークルや学生団体の代表に対し、性犯罪や性暴力について学ぶ性教育講座の受講を義務づけました。性暴力の加害者も被害者も生み出さないことが狙いです。現在、およそ200の団体の代表が講座を受けています。

講師は専門的な知識を学んだ学生が務めています。受講者は、強姦、盗撮、デートDVなどの“明らかな性犯罪”から、相手に同意を確認せずに体に触れる安易なボディタッチまで、あらゆる性暴力について具体的な事例をもとに学びます。

参加した学生からは「『性暴力』に対する認識が甘かった、知らなかった」という声があがっているということです。

学生自治会は今後、入学式のオリエンテーションでも性教育講座を開こうと準備を進めています。

慶応大学 全塾協議会代表 山田健太さん

「性的同意のない行為はすべて性暴力になることを知らなければ、学内でもオンラインでも、また加害者にも被害者にもなり得る危険性があります。すべての学生が良いキャンパスライフを送るためにも、性に関する正しい知識と意識を持つことが大切です。大学から性暴力をなくすことはもちろん、卒業後は学んだ知識を社会に浸透させてほしい」

慶応大学 全塾協議会代表 山田健太さん

東京大学では11月に「包括的性教育」のゼミがスタートしました。

ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づいて、避妊や性感染症などに関する知識だけではなく、性暴力からジェンダー、セクシュアリティ、人権意識までを含めた「包括的性教育」を学びたいと、学生が主体で企画しました。単位としても認められています。

ゼミでは性教育の専門家が講義を行います。自らのライフプランを立てるために、避妊や からだの自己決定権などについて学んだり、海外の「レイプカルチャー」(レイプされないよう教える文化)やスウェーデンの学校で取り入れられているポルノへの向き合い方の授業など、各国の性暴力の現状や教育などについて学生どうしが意見交換を行ったりしています。

これまで性教育にあまり興味を示してこなかった人たちも“自分ごと”として関心を持ってもらえるのではないかと、企画した学生たちも大学側も期待しています。

性教育を学ぶ東京大学のゼミ
運営に携わっている学生

『学ぶ機会が不足していた性についての知識も含めて、深く学んでいますが、本当は小中学校など早い段階できちんと学べるようになってほしいです』

日本の性教育の遅れと“はどめ規定”

なぜ「性教育」に関心をもつ大学生や大人たちが増えているのか。取材を進めると「性について知らなかった」という危機感があることがわかってきました。

日本の学校では長年にわたって性交について教えるのが難しい状態が続いています。学習指導要領では中学校までは性行為や避妊などは原則、授業では取り扱わないとしています。
1998年にできた、いわゆる「はどめ規定」です。

このはどめ規定が盛り込まれた経緯を文部科学省に尋ねたところ、「はどめ規定が記載されるまでの経緯を示す文書はありません」という回答にとどまり、なぜ性行為や避妊について教えないのか具体的な理由はわかりませんでした。

こうした現状に教育現場では困惑の声が上がっています。取材に応じてくれた複数の中学校の教師は。

教師A

「『どうやって妊娠するの?』という生徒からの質問に答えることができない」

教師B 

「教え子が妊娠してしまいました。正しい知識を教えられていれば…と思うと、やり場のない怒りを感じます」

海外と比べても、日本の性教育は遅れています。ドイツでは性交や避妊方法を小学校高学年で教えます。フィンランドや韓国の性教育の学習時間は20時間を超え、日本の6倍以上です。

多くの国で性教育は「基本的人権のひとつ」と認識されていて、幼い年齢から時間をかけて、さまざまな“性”の大切さを伝えています。

“意図しない妊娠不安” 20代以下で5割超

妊娠や避妊など性に関する意識や経験について、NHKが性と生殖の現状や課題を研究しているグループと、ことし8月にインターネット上で調査を行ったところ、「自身やパートナーが『意図しない妊娠をしたかもれない』と不安になったことがある」と回答した割合は全体の38%でした。性別・年代別では、20代以下の女性で56%と最も多く、次いで20代以下の男性が46%、次いで30代~40代の女性が45%となりました。

一方、「避妊について、正しい知識を学校でもっと教えてほしかった」と答えた人は全体の52%と半数を占め、20代以下の女性は67.4%、30~40代の女性は62.4%、次いで20代以下の男性が52.4%に上りました。

梅毒感染拡大 背景に性教育の不十分さも

梅毒トレポネーマ(画像提供:CDC)

性交渉などで感染する梅毒が急拡大している背景にも性教育の不十分さがあると考えられます。

国立感染症研究所によると、全国から報告された梅毒の感染者数は2022年10月23日までに1万141人となり、現在の方法で統計を取り始めた1999年以降、初めて1万人を超えました。去年の同じ時期の1.7倍で、大幅な増加が続いています。

感染者を年齢別にみると、女性は20~30代が7割以上を占めていますが、男性は20代から60代以上まで幅広い年代で感染しています。

国立感染症研究所のまとめでは、男女ともに感染者の4割程度が性風俗を利用したり働いたりしているものの、感染者の半数以上が性風俗と関連がないか不明で感染経路がよくわかっていません。

東京都内にある性感染症内科クリニックの院長を務める尾上泰彦医師が取材に応じてくれました。

尾上医師のクリニックでは、去年1年間でおよそ260人の梅毒の患者の治療にあたりました。尾上医師のクリニックでも梅毒の患者が1.5倍ほどに増えていると言います。

プライベートケアクリニック東京 院長 尾上泰彦医師
プライベートケアクリニック東京 院長 尾上泰彦医師

「梅毒は『梅毒トレポネーマ』という細菌が原因で、主に性行為で感染が広がります。コンドームをつけずに性行為をするとリスクが高まりますが、オーラルセックスやキスで感染することもあります。またコンドームをつけていても、感染者の粘膜や傷のある皮膚に直接触れると感染することがあるので、注意が必要です。

梅毒は性風俗産業を介して感染すると思いがちですが、自分自身に思い当たる節がなくても、パートナーから感染してしまうケースもあるので、ひと事と思わず注意することが大事です」

助産師ユーチューバーの性教育 50~60代も関心

大人にこそ正しい性の知識を知ってもらいたいと活動しているのが助産師でユーチューバーのシオリーヌさんです。

助産師でユーチューバーのシオリーヌさん

自分が助産師として働く中で、妊娠や出産などの状況になって初めて自分の体のことや性の基本的なことを知る人が多い現状に危機感を感じています。

シオリーヌさん

「多くの大人が『性=恥ずかしいもの』と捉えていて、自分の体のことさえ よくわかっていないという実態があります。そういう人こそ、自分の体との向き合い方をしっかり知ってほしい」

シオリーヌさんは「学校などで学ぶ機会が少なかった」「ちゃんと教えてくれる人がいなかった」という人たちに向けて、性感染症のリスクから避妊の方法、包茎の治療、アフターピルの使い方、婦人科でどういう診療や治療が受けられるかまで、さまざまな性の知識について伝える動画をユーチューブで公開しています。

正しいコンドームのつけ方を伝えるシオリーヌさんの動画(チャンネル「性教育YouTube」より)

コンドームの正しい装着方法を解説した動画はおよそ430万回再生されています(2022年12月現在)。コンドームの裏表の見分け方や装着後に取れないように肌になじませること、間違って装着した場合は性感染症の観点から潔く捨てること、避妊具としてだけでなく性感染症の予防にも欠かせないことなど、一つ一つ詳しく説明しています。

また性的同意について伝える動画では、漫画やドラマでありがちな「なんとなく雰囲気で性交し、朝が来て…」というシチュエーションは現実では危険で、性交の前には必ずお互いが性交の意思や同意をそれぞれしっかり確認する必要性などについても伝えています。

チャンネル登録数は17万人以上。10~20代若者に加えて、その保護者世代や50~60代の人たちもいます。

50~60代の視聴者からの投稿にはこんな声が寄せられています。

「性の情報はこれまで恥ずかしい、隠す文化で育ってきたので、話を聞くことが大事な機会」

「知りたいことが知れる、いい時代になったと思う」

シオリーヌさん

「性教育に抵抗がある大人こそ、学び直してほしい。大人がしっかり学習すれば正しい知識を子どもたちにも伝えられるし、子どもが困ったときに安心して頼れる存在になることができます」

取材して…

埼玉県主催の大人のための性教育講座に多くの方が参加されていたこと、また講師の村瀬幸浩さんの 日本の性教育には今なお「純潔教育」の考え方が浸透しているという話は、私にとって衝撃でした。同時になぜ日本の性教育が進まないのか、社会で“タブー視”されがちなのか、腑に落ちました。

これまで私が「性教育を取材している」ことを周囲に話すとほとんど共感してもらえなかったり、話題を変えられてしまったりすることもありました。

性教育はエロいものでも恥ずかしいものでもなく、命につながる大事な知識、自分や大切な人を知るため、守るために欠かせない知識です。性教育を学ぶことで解決できる問題、変えられる社会のしくみや環境はたくさんあると思います。

子どもから大人まで正しい性の知識を伝えていくためには、どのように学び、どう浸透させていけばいいのか。時間はかかるかもしれませんが、さまざまな性教育を伝える・広げる取り組みを取材して、性についての学びを続けていく必要性もあわせて訴え続けていきたいと思います。


(取材した内容は、2022年12月6日(火)に「ニュースLIVE! ゆう5時」で放送しました。)

性の知識について、あなたはどんなことを学びたいですか?学んでこなかったために困った経験などはありますか?みなさんのご意見や記事への感想などを下の「この記事にコメントする」か、ご意見募集ページから お寄せください。

みんなのコメント(2件)

感想
かに
40代 男性
2023年1月14日
記事の中で「性教育=道徳教育(純潔教育)」というふうにありましたが、今までの教育の中での嫌悪感や抵抗感を感じさせるようなやり方も影響していると思います。
最初は誰でも分からなくて当たり前の状態なのに、男女の身体の仕組みや性病に対する恐怖というような断片的な情報を一方的に押し付けられ、いたずらに不安をあおられたり、ああだこうだとダメ出しをされたりして、自分だけでなく相手を守るという性教育の本来の目的が伝わりにくいかわりに、素性の分からない相手に自身の行動を管理されてしまうのではと錯覚させるような状態になっていなかっただろうか、と考えさせられます。
体験談
鳳仙花
女性
2022年12月11日
交際したとたん豹変(ひょうへん)され、同意なく体を勝手に何度も触られPTSDになった。しかも本人は悪いことをしているとまったく思っていなかった。"つきあったら何をしていい" "何をしても許される"という認識だったようだ。

「この人は『異性に無闇に触ってはいけない』という当たり前のことすら知らないのか」と驚愕した。母親や女きょうだい、学校でも誰からも教わらなかったのかと。

その時になってこの国の教育や文化はおかしいと気づいた。
加害者・被害者を生まないためにも、包括的性教育は絶対に必要です。