人を襲撃し駆除されたヒグマ SDGsの目標は両立する?
SDGsを通して、今回考えるのがヒグマの問題です。
17あるSDGsの目標のうちの一つ「陸の豊かさも守ろう」(目標15)。
北海道に生息するヒグマは豊かな自然のシンボルと位置づけられ、守るべきものとして考えられています。
一方で、ことし6月札幌の中心部にヒグマが出没し、人を襲いました。
SDGsには「住み続けられるまちづくりを」(目標11)という目標があるように、野生動物によって安全な暮らしを脅かされることがあってはなりません。
SDGsの目標それぞれが相反する事態になった北海道。猛獣としての顔ももつヒグマとどう共生をはかるか考えます。
(札幌拠点放送局 ディレクター 越村真至)
ヒグマと人間 変化を続けてきた関係性
北海道では明治以降、ヒグマを根絶する政策がとられていました。1962年に発生した十勝岳大噴火による降灰の影響などで、ヒグマによる被害が増加したため、66年から冬眠明けで動きが鈍いヒグマを駆除する対策も行われました。
ところが80年代以降、生物多様性の保全を訴える声が世界的に高まります。北海道では1990年にクマの積極的な駆除を廃止。
一方で、約20年前からは市街地への出没が問題視されるようになってきました。
そして今年、予想外の場所にヒグマが出没しました。
小学校や商業施設、住宅がたち並ぶ札幌の中心部に、オスのヒグマが突如現れたのです。 次々と住民を襲い、4人が負傷。なかには、ろっ骨を折る重傷を負った人もいました。
ヒグマが人通りの少ない場所に移動し、周辺住民の避難が完了した後、ハンターによって駆除されました。
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札幌市の熊対策担当・鎌田晃輔係長
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「想定外。ヒグマが生息できるような、定着できるような山があるわけではない。こんなところにヒグマが出るはずがないという思いが根底にありました」
境界で急増 ヒグマ出没
一方、取材を進めると、ヒグマを駆除するハンターにも葛藤があることがわかってきました。
札幌近郊の岩見沢市にすむ原田勝男さん(81)。市からの委託を受け、野生動物を駆除しているハンターのひとりです。
左目は21年前、ヒグマに襲われて失いました。
原田さんによると、罠にかかるヒグマの数が、すでに去年の倍以上に達しているといいます。取材した日も体重200キロを超えるオスのヒグマが、山林と田畑の境界に設置した罠にかかっていました。
「殺さずにヒグマを山奥に放すべき」という意見が原田さんたちに寄せられることもありますが、一度人里近くに現れたヒグマはまた戻ってくる恐れがあるため、駆除せざるをえないのです。
北海道の豊かな自然の象徴であるヒグマ。この日、原田さんは一頭のヒグマを銃で駆除しました。
地域を守りながらも、ヒグマの命を奪うことには常に葛藤を抱えています。
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原田さん
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『「命を奪って悪かったな。だけど、こんなところに出てくるお前たちも悪いんだぞ」と心のなかでヒグマに言い聞かせながら手を合わせています。ヒグマを撃つ時の気持ちは複雑です』。
ヒグマを呼び込んだ "緑地"整備計画
ヒグマが市街地の中心部まで侵入してきた背景には、札幌市が進めてきた“緑地化“が関係している可能性を指摘する専門家がいます。
ヒグマの足取りを調査している酪農学園大学の佐藤喜和教授です。
佐藤教授はヒグマのもともとの生息地は札幌の市街地から10キロ以上離れた山地だと考えています。
ヒグマは山をくだったあと、川を泳いで渡り、札幌市に入ったとみられていて、その場所には40ヘクタールに及ぶ緑地が広がっていたのです。ここに、2週間以上いた可能性があると佐藤教授はみています。
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佐藤教授
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「自分の身が隠せるような場所で、人目につきにくい場所を移動してきた。川沿いや水路、そういうところの可能性が高い」
ヒグマが潜伏したとみられる緑地はもともと木々がほとんどない荒れ地でした。
しかし、80年代から始まった札幌市の都市計画で、緑地が整備されました。さらに、河川・街路に沿った緑を連続的に整備することで、野鳥や小動物が生息する自然豊かな都市を目指したのです。
こうした緑地や河川沿いの緑が、今回市街地に現れたヒグマの通り道になった可能性があると佐藤教授は指摘します。
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佐藤教授
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「植樹によって生態系の豊かさを復元し、かつての姿を再生する目的で行ってきた。それが生物多様性の保全にも貢献する。そこにはクマも入ってくるようになった。そこまで想定されていなかったと思うが、そういう時代になってきた」
SDGsの視点でヒグマとの共生を
佐藤教授は、SDGsの複数の目標を両立させ、ヒグマと共生していくためには、「棲み分け」という考え方が重要だといいます。
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佐藤教授
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「共生といっても市街地に出てくるヒグマと一緒に生きていくわけではない。森の中ではヒグマが生きていて、市街地や農地では人が優先に暮らす。そういう棲み分けを実現する必要がある」
ヒグマと人間が出会うことを未然に防ぐ対策を進め、市街地に出てしまうような危険な個体は駆除をする。そうしたヒグマの適切な「管理」を実現するためには、野生動物問題を専門とする人材の育成が急務だといいます。
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佐藤教授
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「ヒグマをはじめとした野生動物問題に取り組む“専門的人材”を行政のなかに配置するべきです。この問題に対処するためには、ヒグマの習性だけでなく、SDGsのようなグローバルな視点、各地域の事情などさまざまなことを理解していなければなりません。そうした人材を育てていくためには時間がかかります」
市民の力で模索する共生
待ったなしの状況のなかで、人とヒグマの共生を目指し“できること”から始めている地域もあります。札幌市南区です。
札幌市のなかでもこの地域では、市街地のすぐ近くまでヒグマがすむ山林が迫り、近年、出没情報が相次いでいます。ここで、行われているのが「草刈り」や「放棄された果樹の伐採」です。
参加するのは、自治体職員やNPOの職員をはじめ、地域住民や大学生などさまざま。
ヒグマの食べ物となりうる果樹を伐採することでヒグマが民家に近づくことを防ぎ、河川敷のヤブを刈り取ることでヒグマの通り道をたつのが狙いです。
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活動のきっかけを作ったエコ・ネットワーク代表・小川巌さん
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「クマを恐れるだけではなく、われわれ人間の側が何をしたら考える番だと思っています。クマの通り道となるうる場所は他にもありますから、草刈りの活動が少しずつ広まっていくといいです」
取材を終えてー
当然ながら、ヒグマの習性が短い時間で変化することはありません。しかし、ここ数十年だけ見ても、私たち人間の社会が変化することで、両者の関係は大きく形を変えました。
佐藤教授は「いまやヒグマ対策でもSDGsというグローバルな視点は無視できない」と指摘しています。
一方で、地形、ヒグマの個体数、行政の担当者やハンターの人員など、ヒグマ対策に関わる状況は地域によってバラバラです。
時代の要請に応えながら、それぞれの地域に合った対応策を導き出す。そんな緻密で、実効性のある取り組みが今求められているのだと感じました。
(札幌拠点放送局 ディレクター 越村真至)