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2023年10月17日(火)

藤井聡太 前人未到の“八冠” 何が勝敗を分けたか 秘密に迫る

藤井聡太 前人未到の“八冠” 何が勝敗を分けたか 秘密に迫る

AIによる分析で勝利確率「1%」から大逆転勝利を収め、前人未到の「八冠」を達成した、藤井聡太。対戦相手は、「将棋に才能は必要ない」をモットーに超人的な練習量で、王座のタイトルを4期守ってきた永瀬拓矢。天才VS努力の人の激闘で、“奇跡の大逆転”はなぜ起きたのか?スタジオに、藤井に4つのタイトルを奪われた渡辺明九段と、藤井の師匠である杉本昌隆八段を招き、藤井の強さは、どこまで進化していくのかを探りました。

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

藤井聡太・前人未到の“八冠" 何が勝敗を分けたのか

2023年8月。史上初の八冠がかかった王座戦 五番勝負。

「と金が3枚ですので、藤井先生の先手番でお願いします」

持ち時間は5時間。先に3勝した方が王座のタイトルを手にします。今季の藤井の成績は20勝4敗(2023年度 8月30日時点)。特に先手番では一度も負けていません。

対する永瀬拓矢王座。練りに練った対策をぶつけました。

解説
「いい手なんだよね。相手(藤井さん)がやりにくい手、やりにくい局面にさせているからね」

永瀬は勝負どころで藤井を圧倒。得意の先手番を破る見事な勝利を収めました。

藤井聡太七冠(当時)
「そうですね。早くもなんか厳しい状況になってしまったかなと思っていますけど」

八冠阻止に闘志 “努力の人”永瀬拓矢

第1局を制した永瀬。1日10時間以上を研究に費やし、将棋界一の勉強量を誇るといわれています。

その原点は幼い頃にありました。川崎市でラーメン店を経営する、父親の宏さんです。

麺やスープに徹底してこだわり、今や地元の人気店です。仕事に一切、手を抜かない父親。その姿に永瀬は努力の大切さを学んだといいます。

2019年 永瀬拓矢二冠(当時)
「父が、自分が小学生のころに韓国に本場のキムチを習いに行った。挑戦でもありますし、失敗する可能性もあるので、大変な勇気も必要だったのではないかと思いました」
2019年 父 永瀬宏さん
「お客さんに喜んでもらえるラーメンを作っているだけなんですが、それを拓矢が見て努力している、頑張っていると見てくれているのならうれしいですね」

努力を惜しまない姿勢が遺憾なく発揮されたのが、2015年に行われた棋士とAIが戦う将棋電王戦。

1日10時間、AI相手に練習対局を800回。体調を崩しても休まず、研究し続けたといいます。

永瀬拓矢二冠(当時)
「2万時間(研究を)やれば、かなりいいところまで行く。将棋という競技は」

トップ棋士が敗れる中、見事に勝利を収めました。

藤井の“AI超え”!? 大逆転の深層

努力の人・永瀬。前人未到の八冠を目指す天才・藤井。シリーズの勝敗を分けたのは、1勝1敗で迎えた第3局でした。

王座戦 第3局 9月27日

この日も永瀬は、研究を重ねた新しい作戦を藤井にぶつけます。終始、永瀬が攻め、藤井は受けに回る苦しい展開が続きます。

終盤、形勢を示すAIの評価値は96対4で永瀬の圧倒的優勢。

次に永瀬が最善手の3一歩を指せば、勝利は確実とみられていました。ところが、悩みに悩んで永瀬が指したのは別の手でした。一気に形勢は逆転。藤井が勝利を収めました。

永瀬拓矢王座(当時)
「エアポケットに入ってしまったので、対応がうまくできなかった」

96対4からの大逆転。なぜそんなことが起こったのか。将棋AIの開発者・杉村達也さんは、藤井には最新の将棋AIでも導き出せない逆転術があったと見ています。

将棋AI開発者 杉村達也さん
「局面を複雑化させてミスをさせる能力。逆転をねらう能力の高さを今回感じました」

鍛錬を重ねたプロ棋士は、ある局面で瞬時にいくつかの候補手が浮かびます。杉村さんの研究によれば、その中にない手を指されると心理的に動揺するといいます。

大逆転が起きた、一手前。藤井は、飛車で王手をかけました。

この手をAIは、勝つ可能性を下げる悪い手だと評価しました。しかし、多くのプロ棋士が浮かびにくい手であり、永瀬を混乱させる効果があったと杉村さんは分析しています。

杉村達也さん
「浮かんでいない手を指された。そうしたら考え直さなきゃならないので、時間が少なくなっていく中で相当消耗していたんだと思います。(藤井さんは)AIが逆転できないような局面を逆転している可能性もあります。そうであれば“AI超え”と言える」

第3局の立会人を務めた谷川浩司 十七世名人は、藤井の勝負術に舌を巻いたといいます。

谷川浩司十七世名人
「永瀬さんが有利な局面が圧倒的に長くて最後の10分くらいで逆転した。それはやはり、藤井さんの終盤力ですね、逆転術」

2人だけの研究会 “頂点”を目指して

永瀬と藤井、実は藤井が中学生の頃からの研究仲間でした。

出会いは6年前。藤井がトップ棋士ら7人に挑むという企画。当時、藤井はデビュー直後。その対戦相手の中に永瀬がいたのです。

羽生三冠(当時)など実力者に次々と勝利していく藤井。その中で藤井が唯一負けたのが永瀬でした。

勝ちはしたものの、藤井の実力を認めた永瀬は2人だけの研究会を開くことを提案。以来、互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合う関係になっていきます。

藤井聡太七冠(当時)
「永瀬王座には、私が四段のころに声をかけていただいて。本当に私にとって勉強になることばかりで、すごく、それで自分の棋力が引き上げられたと感じています」

対局は永瀬優勢 「1%」からの大逆転

互いに高め合ってきた2人が激突した王座戦 第4局。前回の対局と同じく心理面での攻防が鍵となりました。

解説
「(永瀬さんが)行きましたね、早くも。早いですね」

序盤から積極的に攻撃を仕掛けられた藤井は、たびたび長考に沈みます。

解説
「下を向いて指す気配なし。右手が動きそうな感じですけれど。下がりました、ダメだ、指さない」

押されながらも粘り強く守りを固め、反撃の機会を待ち続けました。優勢ながらも藤井の粘りに手を焼く永瀬。

対局を見守っていた深浦康市 九段は、このとき永瀬は逆に追い詰められていたのではないかとみていました。

深浦康市九段
「藤井さんなので、非常にリードしていても怖かったと思うんですよね。ですので、思いきり踏み込めない。ふだんの将棋が指せない」
解説
「(永瀬さんの)残り時間が1分」

ついに持ち時間を使い果たした永瀬。一手を1分以内に指さなければならなくなりました。それでも藤井を絶体絶命の状況に追い込みました。

AIによる評価値は99対1で藤井劣勢。次に4二金と指せば永瀬の勝ちは決定的。プロならすぐに発見できるはずの手でした。ところが。

慌てて指したのは別の手でした。形勢は大逆転。

深浦康市九段
「将棋というのは怖いもので、勝ちと思った瞬間に隙が生まれるんですよね。(永瀬さんは)本当に残念だったなと思います」

歴史に残る激闘は、こうして幕を閉じました。

永瀬拓矢九段
「公式戦で藤井さんに教えていただいて、番勝負が始まる前と後ではだいぶ見えてきたものも違うので、今まで通り、一歩一歩頑張っていきたい」
藤井聡太八冠
「永瀬王座の強さを感じるところが多かったなと思っています。これを糧にして実力をつけていけるように今後も取り組んでいきたい」

「1%」から大逆転 なぜ?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
1対99からの大逆転はなぜ起きたのか。

今回の王座戦第4局を振り返りますと、終盤、AIの評価値では藤井さんが1%、永瀬さんが99%と、藤井さんは厳しい状況にありました。永瀬さんの123手目を境に、評価値は一気に逆転したということで、ふだんの永瀬さんでは考えられないミスだったといわれています。

きょうのゲストは、タイトル通算獲得数歴代4位、藤井さんと最も多くタイトル戦を争った渡辺明さんと、藤井さんの師匠、杉本昌隆さんです。

桑子:
まず渡辺さんに伺いますが、今回の1対99からの大逆転、渡辺さんはどういうご覧になっていましたか。

スタジオゲスト
渡辺 明 九段(タイトル通算獲得31期 歴代4位)
藤井八冠と最も多くタイトル戦を戦った

渡辺さん:
この1対99という数字はAIが出しているのですが、どんなに難しい手順であっても、勝ち筋があるとAIは99という数字を出すので、ちょっと極端かなとは思うんですけども。実際は、その指し手の難易度を考えると10回やったら1回ぐらいは逆転してしまうぐらいの形勢だったかなと思いましたね。

桑子:
永瀬さんの123手目というのはどういう脳内だったと思いますか。

渡辺さん:
永瀬さんのほうの手番でして、1分以内に指し手を決めなくてはいけないという状況ですけれども、恐らく2つの手で迷ったと思います。2つの手で片方は勝ち、片方は負けという状況だったので。そう考えると、あんまり99対1という感じではないというのも分かっていただけるのかなと思うんですけどね。

桑子:
1分将棋という中で、2つのパターンを冷静に判断するという余裕はなかったということですか。

渡辺さん:
そうですね。1分の中で2つを比べたんですけれども、そこで結果的には正しいほうを選ぶことができなかったということですよね。

桑子:
杉本さんにも伺いますが、1対99からの大逆転をどうご覧になっていましたか。

スタジオゲスト
杉本 昌隆 八段 (藤井八冠の師匠)
日本将棋連盟の理事も務める

杉本さん:
1手前の122手目の藤井七冠の指し手、4種類ぐらいあったのですが、その一手が永瀬さんの意表をついたのかなと。もともと、もうあの時点で90対10ぐらいで藤井七冠、不利だったんですね。あの122手目を選んで、それが99対1までさらに差が開いた。でも、逆にそれが人間的には勝負手になったのかなと。それが駆け引きだったのか、天性のものなのかは分かりませんが、藤井七冠のあの一手が逆転を呼んだのかなとは思いました。

桑子:
AIは「悪い手」と評価したわけですよね。それが結果的にはよい方に。

杉本さん:
悪手というのは、とがめられないかぎり悪手にはなりませんから、AIでは絶対指せない手だったと思んですけれども、それが結果的に勝因になったというのも人間対人間のドラマかなと思いました。

桑子:
今回、2人はお互いに手の内を知り尽くした研究仲間でした。その2人だけの研究会というのは1日10時間にも及びました。

今回、王座戦の前に藤井さんは「ふだんから指しているので手の内を知られている、さらに工夫が必要だ」とおっしゃっていました。
対して永瀬さんは「お互いの考えは分かるが、プラスでもマイナスでもない」とおっしゃっていました。

お互いを知る場となっていた研究会が実は、杉本さんのご自宅で行われていたんだそうです。永瀬さんは朝から新幹線で来て、終電ギリギリまでぶっ通しで将棋の盤を通して向き合っていたということで、杉本さん、この時のお2人の様子はどんな感じだったのでしょうか。

杉本さん:
2人は朝から晩まで研究会を行うわけですが、朝、顔を合わせるとあいさつもそこそこに真剣勝負のように駒を並べ始めて、1局みっちりと指す。感想戦はすごく2人とも楽しそうですよね、何時間でもやっていますね。お昼ごはんは、それぞれ両端のテーブルで無言で。そこもなんか公式戦みたいな感じなんですけれども。

桑子:
結構、緊張感がある研究会なんですか。

杉本さん:
そうですね。私も大体そこにいることが多いですけど、ちょっと声をかけにくい雰囲気すらありますね。

桑子:
そんなお互いを知り尽くした2人の対局、どういう特徴があると思いますか。

杉本さん:
お互い手の内が分かっているということで、この関係というのは両者イーブンなんでしょうけれども、藤井八冠というのは相手の作戦を外すということをしないというか、できないようなタイプだと思うんですね。その意味では永瀬さんのほうが作戦、戦型選択はいろいろ策を練られたのかなという気はしました。

桑子:
そんな中で今回藤井さんがタイトルを獲得したということになるわけですが、ここからは渡辺さんとの対局から藤井さんの強さに迫っていきたいと思います。

2年前まで、渡辺さんは3つのタイトルを保持していました。しかし、2023年の6月までに藤井さんに奪われました。初めて藤井さんの挑戦を受けたのが2020年の棋聖戦だったのですが、結果は3勝1敗で藤井さんがタイトルを獲得しました。渡辺さん、この時のタイトル戦を受けて「弱者の戦い方をこれからしようと思う」とおっしゃったんですよね。これはどういう意味だったのでしょうか。

渡辺さん:
本来、タイトルを防衛する側だったのですが、ちょっと1回対戦してみて、実力的に普通にやったらちょっときついかなという感じがあったので。そういう弱者の戦い、負けてもともとみたいな戦い方も取り入れていこうかなという。2020年、2021年以降はですね、そういうことは思いましたね、この時に。

桑子:
もう割り切ってという感じですか。

渡辺さん:
そうですね。対等でどっちが勝つか分からないと思われている勝負よりも、負けてもともとと思われている側のほうが、いろいろ戦略的に思い切ったことをやれるというか。本来はそういう戦い方はちょっと邪道なんですけど、そういうのもちょっと取り入れていかないときついかなという感じがありましたね、1回やってみて。

桑子:
そういう邪道を取り入れざるをえないぐらい、やはり藤井さんというのは強い?どう見えていますか。

渡辺さん:
真っ向でぶつかっていくと、きついかなと思ったんで。野球だともう、ど真ん中のストレートに決め打ちして、全部1、2、3で大振りするみたいな。そういう戦い方もしていかないと、ちょっときついかなと思いましたね。

桑子:
それから3年がたちましたけれど、戦い方というのはどうですか。

渡辺さん:
2020年のタイトル戦というのが初めて戦ったところで、2021年以降というのは力を分かってやっているんですけど、2021、2022、2023、いろいろ分かっている中で戦ってきたのですが、ちょっとどれもうまくいかなかったというのが現状ですね。

桑子:
実は、渡辺さんも2年前の対局で今回の王座戦のように終盤に藤井さんに大逆転を喫したことがあります。

終盤までは渡辺さんが99対1ということで有利だったのですが、そのあと、今回の王座戦と同じですね、渡辺さんが指した123手目で一気に逆転して、そのまま敗北となったということです。自分が優勢でいても藤井さんが相手だとどういう心境ですか。

渡辺さん:
やはり将棋は相手とやっているので、当然、相手との力関係を把握したうえでやっているので、強い人が相手だとそんなにチャンスも多くないだろうなという心理もどうしても働くんですよね。

桑子:
その中で一瞬の隙というか。

渡辺さん:
チャンスだと思うと、ちょっと力が入るというか。相手が弱ければ変な話、チャンスがいくらでも来るので、このシュート1本外しても、まあ何本でも打てるでしょという。

なので、大枠を狙っていけばいいと思うのですが、やはり対戦相手が強いとそんなにフリーで打てるシュートチャンスは何回も来ないでしょという意識が働くんで。

多分、際どいところを突こうとするんですよね、どうしても。そういうものの積み重ねで、なかなか決定打がつかめないというか。

桑子:
さすがスポーツがお好きな渡辺さんの例え、とても分かりやすいです。今回、八冠となった藤井さん。今後どこまで続くのかというのも見ていきたいと思います。

その難しさを表すのが日程なんですけれども、1年のスケジュール、これは2023年のものですが、1年を通してたくさんの挑戦を受けることになるわけなんですよね。

一方、1か月のスケジュールを見ますと、左側はタイトルを挑戦していた時の2021年。右側が2023年、逆に挑戦を受ける側になった8月を比べていますが、当時と比べますと対局の数が半分以下に減っているんですよね。
杉本さん、この日程は藤井さんにとってどう影響すると見ていますか。

杉本さん:
確かに多い時に比べると少ないですね。本来、対局をどんどん積み重ねて調子を上げていくタイプなので、対局が少ない、公式戦が少ない代わりに、恐らくあいているところに研究会などを入れて調整していくのかなと。また、永瀬さんとの研究会が復活するのではないかなと個人的には思っています。

桑子:
そして今、藤井さんは最大の賞金額を誇る竜王戦が行われていますが、その対局相手というのが伊藤匠七段。藤井さんと同じ21歳です。実は、小学生の時に対局しているんです。この時は伊藤さんが勝ちました。
杉本さん、今後この2人の戦い、どうご覧になっていますか。

杉本さん:
少年時代からのライバルということで、この2人は将棋のタイプも似ている気がするんですね。そういう意味で実際、対局していても、恐らくお互いに読みがいい意味でうまくはまるというか。お互いがいい将棋を指せるのではないかと思います。これから何十年にもわたってライバル関係が続くと思います。

桑子:
渡辺さん。今後、藤井八冠とどう戦っていかれますか。

渡辺さん:
さあ…。

桑子:
「さあ…」ですか、もう少しいただけますか?

渡辺さん:
うーん。そうですね。自分がタイトルを持っていた時というのは、待ってれば藤井さんが挑戦してきたというのが2020年から2023年までだったのですが、今、藤井さんが全部タイトルを持っていますので、やはり戦うためには自分が挑戦者にならないと対戦しないので。だから今、いったん頭の中からはなんか、消えましたね。どう戦っていこうかみたいなのは。

桑子:
そうですか。またそれが、わっと浮かび上がってくることはありますか?

渡辺さん:
さあ…。

桑子:
ぜひ、私たち楽しみにしていますので、これからも頑張っていただきたいと思います。
渡辺さん、そして杉本さんにお話を伺いました。これから将棋界どんどん楽しみになりそうです。ありがとうございました。

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