クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2023年7月31日(月)

熱戦が続くサッカー女子W杯▽密着!選手が発信する“多様な性”

熱戦が続くサッカー女子W杯▽密着!選手が発信する“多様な性”

多様な性のあり方を発信する競技として注目されるサッカー女子。今大会は、95人の選手がLGBTQの当事者と公表(公表されている人数は、2023年7月25日時点のもの)。前回大会で優勝したアメリカではトップ選手が当事者として積極的に理解促進を発信、日本でもさまざまな挑戦が進んでいます。一方、従来「男・女」で分けられてきた競技スポーツの世界では、性的マイノリティの参加について、新たなルール作りを求める声も上がっています。スポーツ界における多様性の最新の動きを追いました。

出演者

  • 野口 亜弥さん (成城大学 専任講師)
  • 來田 享子さん (中京大学 教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

サッカー女子W杯 “多様な性”の発信

桑子 真帆キャスター:
今、スポーツの中でも広がる性の多様性への理解。

そもそも「LGBTQ」というのは、「L」レズビアン「G」ゲイはそれぞれ、自分を女性、男性と自認していて同性のことが好きな人。
「B」のバイセクシュアルは、どちらの性も好きになる性的指向の人です。
そして「T」トランスジェンダーは、生まれたときに割り当てられた性と、自分が認識する性、自認する性が異なる人です
「Q」のクィア、クエスチョニングは、自分の性のありかたが分からない決めていない人です。

LGBTQであると公表する人が相次いでいるのが、サッカー女子です。今開かれているワールドカップでは過去最多の95人、全選手のおよそ8人に1人に当たる選手が公表し、活躍しています。多様な性の当事者の選手が、なぜ生き生きと活躍できるのか。その最前線を取材しました。

アメリカ サッカー女子 “多様な性”の発信

6月下旬アメリカ・ロサンゼルス。

性の多様性を象徴する虹色で埋め尽くされたサッカーのスタジアム。性的マイノリティーの当事者や家族連れ、それを支持する多くの人たちが会場を訪れています。
アメリカ女子プロサッカーリーグでは、各チームがこうしたイベントに積極的に取り組んでいます。

「ここは安心できるし、ありのままの自分でいられる」
「最高ですよ。性的マイノリティーの家族ですから」

この日は、ロサンゼルスを拠点にするエンジェルシティーFCのホームゲーム。現在チームには当事者であると公表した選手が4人在籍しています。

そのうちの1人、ペイジ・ニールセン選手。

2022年、同性のパートナーと結婚しました。チームが性の多様性というメッセージを打ち出すことで、選手は安心して全力でプレーできるといいます。

エンジェルシティーFC ペイジ・ニールセン選手
「私は自分の人生を生きています。このクラブには多くの支援があって、応援してくれる仲間がいます」

このチームでは、指導者や運営するスタッフも一緒になって性的マイノリティーへの理解を深める研修会も行っています。

「常に発信する必要がある。誰もが(LGBTQを)知ってるとは限らないから。このクラブは、みんなのためにあるんだ」

当事者を尊重することは、それ以外の選手も尊重し、チーム全体を活気づけると伝えています。

チーム広報 キャサリン・ダヴィラさん
「私たちのチームには多様な人がいます。誰もが歓迎されていると感じ、この輪に加わる機会を提供したいのです」

サッカー女子の世界で、性の多様性を受け入れる大きな流れができたのは2012年。
アメリカ代表のスター選手、メーガン・ラピノが自身がレズビアンであること表明したことでした。

スター選手の発信は世界的な潮流につながりました。2015年のワールドカップでは、およそ20人がカミングアウト。2019年には、およそ40人。そして今回95人にまで増えました。今、こうした発信をする選手たちは社会を変えるために声をあげる「ソーシャルアスリート」として受け入れられています。

アメリカ代表メーガン・ラピノのスピーチ アメリカ代表 メーガン・ラピノ選手
「白人もいるし黒人もいるし、その他の子もいる。ストレートの子もゲイの子もいる。私たちはもっと良い人間にならなきゃいけない。憎しみあわず、もっと愛し合うこと。もっと人の話に耳を傾ける。これは私たちひとりひとりの責任です」

2023年、ワールドカップが開催され、関心が高まる中、当事者たちはさらなる発信に挑戦しています。エンジェルシティーFCのニールセン選手も、その1人です。

ペイジ・ニールセン選手
「差別的な発言は今もあります。ワールドカップを機に同性愛者について語ります。自分の意見が伝われば良いなと思います」

日本サッカー女子 当事者がチームに変化

日本でも、社会に向けた当事者の発信が新たな変化を起こしています。

神奈川県の大和シルフィードに所属する下山田志帆選手は、日本の現役アスリートとして初めて当事者であることを公表した選手です。SNSや自身の著作で、同性のパートナーがいることを公表しています。

カミングアウトしたのは4年前。ドイツのプロリーグに在籍していたときです。オープンに語る周囲に影響を受けたといいます。

大和シルフィード 下山田志帆選手
「サッカーという一番大好きなものを続けながらも、自分のありかたを表現できる場所を作ることは自分自身のひとつの役割」

下山田選手は、当事者の視点からこれまで当たり前とされてきた「女性らしさ」に疑問を投げかけています。

その1つが、チームで着る公式のスーツ。女性の体型を強調したレディース向けのデザインしかないことに違和感を訴えました。

下山田志帆選手
「選手たちは何も思わずにレディースの服を試着していくわけですけど、なんで誰もなにも思わないんだろうって。“本当にそれでいいの 自分は嫌だな”という感情が一番最初にあった。それによって誰かが我慢したり妥協したりしているものがあるんだったら、“みんなで考え直したほうがよくない”って感覚」

この日、選手たちが集まり、新しいスーツのデザインについて話し合う場が持たれました。

大和シルフィードの選手
「自分はそもそもレディース型が嫌なんです」
大和シルフィードの選手
「かっこよく着たい派だから、結構メンズを選ぶ」
大和シルフィードの選手
「小さいので、身長が。メンズのものとかでみんなでそろえると、自分だけダサい。ダボっとしてる」

ウエストを絞ったレディース、性別にとらわれないジェンダーレス、身幅が広いメンズ。スーツの選択肢が広がることで、ほかの選手たちも「自分らしさ」を考えるきっかけになりました。

大和シルフィードの選手
「発信してくれないと、こういうことを考えるときがないから」
大和シルフィードの選手
「チームにいる子が言いやすくなったっていうのはすごく感じるし、チームにとってもポジティブな面だと思う」

このチームが性の多様性など社会的なメッセージの発信を始めたのは、2年前。スポーツの枠を超えたメッセージに共感してくれるファンとのつながりこそが、これからのチームの運営にとって大事な鍵になると考えています。

大和シルフィード代表取締役社長 大多和亮介さん
「クラブの掲げる多様性やプライドマッチに賛同したり、一緒にアクションしてくれる。ファンのエンゲージメント(つながり)があるから、お金を出してくれる企業がいる。本当の意味でそういう形での成長を果たせている日本のプロスポーツってそんなにないと思う。新しい先頭を切っていけるもの、チームとしても日本女子サッカーとしても生み出したい」

LGBTQの選手をめぐる “多様性”と“公平性”

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、スポーツとジェンダーをテーマに研究されている野口亜弥さんです。
女子サッカーの中で発信が盛んになっている、これはどうしてでしょうか。

スタジオゲスト
野口 亜弥さん (成城大学 専任講師)
スポーツとジェンダーをテーマに研究

野口さん:
私自身もサッカーを3歳から25歳までしていて、アメリカとかスウェーデンとかでもプレーしていたのですが、自分自身がサッカーをしているときは「女の子らしくしなさい」とか「女性らしくしなさい」というところから少し外れることができて、「自分らしく かっこよくいたいな」と思ったら、そこがいられる空間だったというところがまずある。
あと、いろんなところでサッカーをしていく上で、自分の友達もトランスジェンダーの男性だったりとか、当たり前にチームの中でカップルがいたりとか、そういったところがオープンにしているしていないにかかわらず、割と普通な状況だったという中で、女子サッカー界から当事者が声を上げて、当事者のチームメートである仲間たちが同じように声を上げていくというのはすごく自然だったのではないかなと思います。

桑子:
競技スポーツ全体の中では、性の多様性はどう受け止められてきたのでしょうか。

野口さん:
スポーツ自体が昔から男性を中心に発展してきたというところがあり、スポーツを通じて養われる、例えば「たくましさ」「強さ」というのはすごく「男性らしさ」とひもづくことになってきたんですよね。
その中で、異性愛を前提とした社会の中で「男性らしさ」と「異性愛」というのがすごくひもづいてしまっていたというところで、なかなか、特に男性スポーツの中でカミングアウトすることが難しかったり、スポーツというのは割と「ラストフロンティア」と言われるように性の多様性が遅れているというところかなと思います。

桑子:
そうした中でも今、性の多様性への理解というのは広がり始めているわけですよね。東京オリンピックでは史上最多の183人の選手が性的マイノリティーであることを公表しました。ただ、ある議論も巻き起こっていたのです。

東京オリンピックウエイトリフティング女子に出場した、ローレル・ハッバード選手。性別適合手術を受けた、トランスジェンダー女性です。

IOC=国際オリンピック委員会の当時のルールでは、筋肉の量に影響を与えるとされるホルモンのテストステロンの値が基準となっており、その値をクリアした上での出場でした。結果は、記録なしで敗退。しかし、ハッバード選手の出場に対して、世間からは「女性選手から活躍する場を奪ってしまう」などの批判の声が相次ぎました。公平性が守られていないのではないか、という声が上がったわけです。

ここからは、スポーツのルールづくりに詳しい來田享子さんにもリモートでご参加いただきます。
來田さん、スポーツにおいて性の多様性を受け入れると同時に、公平性も担保する。このバランスはどう考えたらいいのでしょうか。

スタジオゲスト
來田 享子さん (中京大学 教授)
スポーツのルールづくりに詳しい

來田さん:
トランスジェンダーの選手が優れた結果を出すようになったことで、こういう批判が高まるようになったんですね。しかし実は、すべてのトランスジェンダー女性が競技において有利であるかどうかというのは根拠がない状態です。ほとんどの競技で男女別が前提とされているということが難しさの原因だと思うのですが、スポーツではこれまでも異なる立場の人たちがお互いに公平らしいと納得できるように自分たちでルール作りを行ってきたので、これから科学的なデータを基にルール作りに挑戦する。そういう段階にあるかと思います。

桑子:
まさにIOCも模索を続けてきています。

2015年に、トランスジェンダー女性の選手がオリンピックの女子競技に出場できる基準として、テストステロン値の値を一律10nmol(ナノモル)以下などと示しました。
その後、2021年になると新たな指針を示して一律の基準を撤廃しました。そして、原則として性の多様性に基づく排除や差別を容認しない公平な競技にするべきだとしました。そして、選手の参加資格に関しては各競技団体に委ねるとしました。

これを受けて、各競技団体の対応は分かれています。
例えば、「陸上」や「水泳」「ラグビー」に関しては現状、国際競技大会に限り、トランスジェンダー女性の女子競技への参加は認めない方針を示しています。
一方で、「トライアスロン」に関してはトランスジェンダーの選手、当事者も交えた検討委員会を設置し、競技への参加を認める方向で検討中です。

このように対応が分かれる中で、いち早くトランスジェンダーの選手の参加資格について議論を始め、明確な方針を打ち出したのがアメリカの女子プロサッカーリーグです。

“多様な性”のために 選手の受け入れ準備

アメリカ女子プロサッカーリーグ、NWSL。これまで少なくとも2人の選手がトランスジェンダーであることを公表しています。

こうしたトランスジェンダーの選手を受け入れるにあたり、NWSLは指針を定めました。そこでは性的マイノリティーの差別を禁止し、同時に競技の公平性を担保することを目指しています。

2021年の指針では、トランスジェンダー男性とトランスジェンダー女性の2つの当事者を想定しています。例えば、出生時に割り当てられた性が男性で、その後、女性に移行したトランスジェンダー女性の場合。

性自認が女性であると公表し、少なくとも4年間継続すること。さらに、筋肉量に影響を与えるとされるテストステロン値の血清中の値が1年以上前から10nmol(ナノモル)/リットル以下で、競技の期間中もその値を維持することなどでなければ、参加が認められません。

こうした明確な指針があることで、リーグに所属するどのチームでも納得感をもって当事者の選手を受け入れることが可能になっているといいます。

ワシントンスピリッツ事業運営本部代表 エマ・メイさん
「リーグと緊密に連携して、どのチームでも選手の扱いが同じになるようにしています。ガイドラインのもとですべてのチームが適切な方法を選択すべきです」

“多様な性”のために 明確なルールがあれば…

日本では、今のところトランスジェンダーの参加資格は明確に決められていません。そうした中、自分の性別への違和感を解消するために一度はサッカーを諦めた選手がいます。

宮崎のチームに所属する齊藤夕眞選手です。かつて、日本代表にも選ばれた経験の持ち主です。

4年前、齊藤さんは男性に移行するためホルモン療法を受けました。そして、サッカー女子の舞台では現役を続けられないと考え、みずから引退を決断します。

ヴィアマテラス宮崎 齊藤夕眞選手
「もう諦めるしかないなと。全てに自分に責任があると。自分で機会を失ったのであれば、自分に責任がある」

その後、ホルモン療法が体に合わず、中止。同時に、サッカーをやめることは本当に望んでいた自分の姿だったのか悩みます。しかし、ホルモン療法を経験した自分に、選手に戻る資格があるのかルールはありませんでした。

齊藤夕眞選手
「賛否両論を言われることも事実だし、それも含めて背負っていかないといけないと、競技復帰する時に思いました」

悩んだ齊藤さんは、自主的に医療機関で検査し、テストステロンの値が下がっていることを確認しました。さらに、宮崎のチームの代表も日本サッカー協会の医学委員と共に話し合いを重ね、問題がないという回答を得ました。指針がない中、手探りでの判断だったといいます。

ヴィアマテラス宮崎 代表 秋本範子さん
「ホルモン値がどうとかまでいくのか、打ったらアウトなのか、何か月あいたら良いのか。多くの選手が悩みを抱えているのも現状だと思うので、医学的なことも含めて検討する必要が今後出てくる。」

齊藤さんは、今は自分自身を男性とも女性とも決めないクエスチョニングと自認しています。多様な性が、周囲に納得して受け入れられるには明確なルールがあってほしいと考えています。

齊藤夕眞選手
「競技の中の平等性、平等が難しいですけど、結局どんな世の中になるのが正解なの?って自分が聞きたいくらい自分らしくありのままにってなれれば最高ですけど、それってどこの時点でそれになるんだろう」

性の多様性と公平性 必要なルール作り

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
野口さんもサッカーの経験があり、LGBTQ当事者の方とも接してこられる中で、ルールの必要性、重要性をどう感じていますか。

野口さん:
齊藤選手もおっしゃっていましたが、やはりルールがないと自分でどうにか考えてやらなきゃいけなかったり、ルールがあることで選手の可能性を広げることにもなると思います。もし選手が出場してひぼう中傷や心ない言葉を言われたときに、クラブとかリーグが、きちんとルールがあることで選手を守れるとも思うんです。
なのでルールはすごく大切だいうふうにも思いますが、今の現状でしっかりと100%のルールを決めることは難しいと思うので、どんどん新しい情報も出てくるので、きちんとルールを改定し、話し合いを続けていくことが重要なのかなと思っています。

桑子:
一度作って終わりではなく、アップデートしていくことですね。
來田さんにも伺いますが、先ほどのように各競技団体のルール、方針というのは分かれている中で、やはり1つルールを決めるということは難しいのでしょうか。

來田さん:
排除をなくすためには迅速に、しかし丁寧に議論を進める必要がありますが、実際には各競技団体は大会を運用し続けなければならない状況があるんです。
なので、今は参加できないとしている競技団体でも暫定的なルールを積み重ねてアップデートしていくということが必要です。
ただ、どの競技団体でもまだ科学的なデータが十分にそろっていないという意味では苦慮しています。

桑子:
そうした中で、スポーツにおいても性の多様性と公平性というのは両立していかないといけない。どう両立していけばいいと考えていますか。

來田さん:
今の過渡期の議論は、男女に分けて競技するのが当たり前だと考えてきた、その前提について私たち自身が「あれ?そうなのかな」と、ちょっと立ち止まって考え直してみるよい機会だということも言えると思います。

例えば、アメリカのフェンシング協会ではいかなる性の自認でも受け入れるというルールを作っています。つまり、できるだけ広く受け入れるという判断ですね。身体の違いが大きな影響を与えるという意味では男女差だけではなく、身長や体重などもあります。そういう違いがあったとしても、やはりみんなで公平に競い合えるようにスポーツではルールが見直され続けてきました、これまでもです。

スポーツは勝敗を競うだけではなく、人が成長する上で大切なことを学んだり仲間を作る機会にもなりますので、誰もがその機会を与えられる社会にするため、ルール作りに挑戦し、そして多様性を認めていくということができればいいのではないかと思います。

桑子:
ありがとうございます。

今、スポーツの世界で起きている多様性の議論の先に、私たちが暮らす社会全体が理念だけではなく、どれだけ具体的に多様なものになっていけるのか、そのヒントがあるように感じました。

自分の性を自分が背負わないといけない、そんなふうに思う必要のない仕組み作りが求められていると感じます。

サッカー女子 性の多様性への理解

この日、大和シルフィードの選手たちは地元である神奈川県の企業でセミナーを開きました。
サッカー女子が進める多様性を、もっと社会で生かしてもらおうという取り組みの1つです。

参加した社員
「取引先に(LGBTQの)人がいたときに、どういうふうにするとスムーズに」
下山田志帆選手
「何かシールを机に貼っておくとか、パソコンに貼っておくとか、それだけでもいい。そうやっていくと、この人にだったら自分が望むコミュニケーションがとれるかもしれない」

宮崎の齊藤選手は、子ども向けのイベントに参加。一人一人がどうやったら楽しめるか。ルールについて話し合いました。

参加した子ども
「1回決めた人は、ほかの誰かが点を決めないと(次ゴールできない)」
参加した子ども
「それもいいね」
齊藤夕眞選手
「みんなでルール決めたから、みんなが楽しめたと思う」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

この記事の注目キーワード
ジェンダー

関連キーワード