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2023年7月12日(水)

命にかかわる“用水路転落” 身近に潜む水難事故を防ぐには

命にかかわる“用水路転落” 身近に潜む水難事故を防ぐには

全国の用水路や排水路の総延長は40万km。水路に転落する事故が全国で相次いでいます。特に被害に遭っているのは高齢者や子ども。田んぼや農地を転用して作った住宅地に残る水路など身近な場所が事故現場になるケースが増えています。しかし多くの地域で自治体・警察・消防の連携に課題があるなど対策が進んでいません。番組では被害の実態や最新の対策を徹底取材。水害が増え、夏休みを迎える今、事故を防ぐ具体的な対策を考えました。

出演者

  • 斎藤 秀俊さん (長岡技術科学大学大学院教授・水難学会理事)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

相次ぐ“用水路転落” 身近な事故をどう防ぐか

桑子 真帆キャスター:
皆さんのお近くにも用水路はあるでしょうか。
全国で全長40万キロにも及ぶ用水路。例えば幅が広かったり、狭かったり、水の流れが速かったり、ふだんはほとんど水が流れていないようなものなどさまざまなタイプがあります。

今回スタジオに実際に事故が起きたことがある用水路を再現しました。こちらの用水路は幅が40センチ。そして水深は10センチ程です。
こんなに幅が狭くても、子どもなど体が小さければすっぽりとはまってしまいます。ここに落ちたときに頭を打ってしまったり、体がはまって水の流れをせき止め、水深が増すことで命の危険が一気に高まります。

2022年度、1年間で富山県や香川県では死亡事故が10件以上起きています。なぜ事故が相次ぐのか。まずはその実態からご覧ください。

なぜ後を絶たないのか

奈良市に住む瀧谷昇さんです。数年前、用水路に転落した死亡事故が起きたのは家族で経営する会社の目の前でした。

瀧谷昇さん
「ここで自転車に乗られてる方が、朝、発見されて」

2022年も60代の男性が近くの用水路に転落して死亡。瀧谷さんの会社から1キロ以内で、過去に3件の死亡事故が起きていたというのです。しかし、柵を設置するなど十分な安全対策がされないままだといいます。

瀧谷昇さん
「結構よく聞く話なのに一つも対処がされてへんと。これはちょっとおかしいんと違うか。クエスチョンマークがあった」

全国各地で相次ぐ用水路の事故。対策が難しい理由の1つが、その長さです。

市内に4,000キロ以上の用水路が流れる岡山市では、2022年度、8人が転落事故で亡くなりました。市ではこれまで2,500か所で柵の設置などの対策を行ってきました。

この場所では、80歳の女性が自転車ごと転落。その後、柵が設置されました。

岡山都市整備局道路港湾管理課 岡村満 課長補佐
「こういう所を危ないから(対策)してほしいという要望、こういう転落事故の箇所についても対策をしてきている」

しかし、用水路は広い地域に渡り総延長も長いため、限られた予算では対策に限界があるといいます。

例えば、日中は見通しがいいこの直線道路と用水路。夜になると街灯もほとんどなく、道路と用水路の境目が見えにくくなります。しかし、ここには柵を設置できておらず、3年前、自転車に乗っていた72歳の男性が転落しました。

岡村満 課長補佐
「(対策を)やっていないところからも落ちていますし、やっているところからも落ちているし、どこでも落ちているのが実態。4,000kmあると言われている水路。“すべてをすぐに”ということにはならない」

都市部の住宅地でも

都市部の住宅街でも用水路事故が相次いでいることが分かってきました。

東京のベッドタウンとして発展してきた、埼玉県加須市。2022年5月、住宅街を流れる用水路で死亡事故が起きました。犠牲になったのは4歳の男の子でした。

加須市では20年ほど前から宅地開発が進み、農地が次々と住宅に変わっていきました。その結果、住宅街に用水路が張り巡らされる形となり、子どもにとって危険な場所が増えています。市によると、この10年で起きた5件の転落死亡事故のうち、3人が4歳以下の子どもでした。

近所に住む 鈴木和子さん
「私たちも孫がいますので、ひと事ではない。怖いなと思いました」

2人の孫を持つ鈴木さんが特に心配するのは、田んぼと住宅が隣り合わせの場所。

この地域では住宅側には柵がある一方、田んぼ側には柵がない箇所があるのです。用水路になじみがない今の子どもたちにとっては危険な環境だと感じています。

鈴木和子さん
「子どもたちだけで、好奇心旺盛で、行こうと思えば行けちゃうので危ない」

相次ぐ子どもの事故を受け、市では2022年から通学路を中心に柵の改修を始めています。

加須市都市整備部治水課 鈴木崇 課長
「(農業)関係者以外は通常は入らないものと認識していたけれども、宅地化の進行あるいは道路の整備状況にもよるんですが、水路に容易に入りやすくなってしまう環境になってきた」

注意すべきポイント

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、用水路で起きる事故の調査や対策に取り組んでいる斎藤秀俊さんです。

スタジオゲスト
斎藤 秀俊さん (水難学会理事・長岡技術科学大学大学院教授)
用水路で起きる事故の調査や対策に取り組む

まず、斎藤さんに最近の用水路事故の傾向を挙げていただきました。「出水期・夜間」そして「高齢者・子ども」、「都市部」で増えているということで、特にどんなことに注意しないといけないでしょうか。

斎藤さん:
まず「出水期」ですが、これは大雨が降って用水路と、それから道路の境目が見えなくなってしまう。
それから「夜間」ですが、用水路の近くというのは電灯のないような所が多いんです。そういった照明がなくて境がよく分からなくて落ちてしまうといった事故が増えてます。

桑子:
そして「高齢者・子ども」で増えているのはどういうことでしょうか。

斎藤さん:
お年寄りの場合は認知機能の低下であるとか、あるいは歩行機能の低下。そういった状況で用水路の端を歩いてしまうとどうしても落ちてしまう。
お子さんの場合、皆さんご経験あるかと思いますが、いきなり鉄砲玉のようにどこか飛んでいってしまう。そういった状況で用水路に落ちてしまうという事故もあるんです。

桑子:
そして「都市部」で増えているというのはどういうことでしょうか。

斎藤さん:
今、農地が宅地に転用されているところが増えているわけです。そういう新興住宅地がどんどん農地、つまり用水路に近づいてきてしまっている。
あと、宅地になって使われなくなった用水路がそのまま残っている場合があるんです。そういった危険性に気がつかないまま毎日生活を送っていて、そのうち事故が起こってしまうということです。

桑子:
そして、VTRでは対策がなかなか進まない実態もご覧いただきました。
今回私たちは、事故対策を担う全国の都道府県の部署に実態調査を行いました。

まず2022年度、1年間の死亡事故の件数を聞いたところ、24の自治体から92件という結果になりました。斎藤さん、この数字に驚かれたそうですね。

斎藤さん:
氷山の一角といいますかね。実態を把握できていない例はまだまだ多数あるのではないかなと思っています。

桑子:
まだまだ実態が把握できていない。では、それはなぜなのか。私たちは取材しました。用水路特有の問題が浮かび上がってきたのです。

危ない用水路が放置 なぜ対策が進まない?

この10年間で200人近くが用水路事故で死亡している富山県。

2023年3月、黒部市のこの現場で1件の死亡事故が起きました。自転車に乗った60代の男性が用水路に転落し、亡くなったのです。

実はこの交差点、横断歩道の右側をそのまま進むと用水路に落ちてしまう構造になっていました。しかし30年以上、柵を設置するなどの安全対策は取られていませんでした。

なぜ危険な状態が放置されてきたのか。背景には関係機関どうしの連携が十分に取れていなかった実態がありました。

用水路に隣接する道路を管理するのは「富山県」。道路の補修や点検などを行っています。一方、横断歩道を管理するのは県の「警察」です。平成19年、信号機の設置に合わせて横断歩道を引きました。そして、用水路を利用しているのは農家の集まりである地元の「土地改良区」。
土地改良区は、用水路の掃除など日常的な維持管理を担い、現場の状況をよく知る立場にあります。しかし、3つの組織はいずれも危険性を認識せず、対策について話し合うこともありませんでした。

富山県警 交通規制課 中村克彦 次席
「道路管理者(県)などの関係機関や地域住民からの情報はなかった。警察においても危険性を把握していなかった」

用水路を利用する黒部川左岸土地改良区はNHKの取材に対し「防護柵は県道の敷地内に設置するため 道路の管理者との協議が必要で簡単にはできない」と回答しました。

そして道路を管理する県は、危険性にみずから気付くことはできなかったといいます。

富山県 入善土木事務所 岩井光彦 所長代理
「相談されれば何かしたかもしれませんし、どちらか(警察・土地改良区)から危険と聞いていれば(柵を)つけていたとは思う。そういう状態になっていなかった」

さらに、この事故にはもう1つ課題がありました。今回起きた事故が、用水路の安全対策を中心となって担う県の部署に、警察から伝えられていなかったのです。

用水路で死亡事故が起きたとき、警察が捜査をして事故の原因を詳細に把握します。これらの情報は安全対策に生かすことができますが、現状では警察から県の用水路担当にあがる仕組みはありません。そのため、担当する農村整備課は警察の発表をもとにしたマスコミの報道を使って事故を把握せざるを得ないのです。

富山県 農村整備課 松本紘明 課長
「マスコミの報道ではっきりした人数(実態)が分かる。対策をするときに事故の発生した原因も含めて、警察の方々ともしっかり連携していきたい」

横断歩道の先に用水路があった事故現場。ここに転落を防ぐ柵が設置されたのは一人の命が失われた後でした。

実態把握が進まない

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

用水路周辺の管理主体がばらばらなこと、さらには警察から県の担当部署への報告ルートがなく、マスコミの報道で実態を把握していたということが明らかになりました。

こうした実態、富山だけではないことが私たちの調査から見えてきました。

どこから得た情報をもとに死亡事故の件数を把握しているか聞いたところ、このように「警察」や「消防」よりも「マスコミ報道」という回答が多かったのです。
愛媛は「新聞に掲載されない事故等を網羅するのは困難だ」。さらに青森県からは「警察による情報提供が行われず、今後の対策に支障を来している」といった回答も寄せられました。
斎藤さん、なぜこういった実態が起きているのでしょうか。

斎藤さん:
ひと言で言うと「縦割りの弊害」と。私も全国回りましていろいろ見聞きしたのですが、例えば用水路を管理するのは農家の集まりの「土地改良区」。それから道路というのは「都道府県」。あとは横断歩道というのは「警察」というような形でそれぞれの仕事はやっているのですが、お互いが情報をうまく共有できていない実態があることが分かりました。
やはり実態の把握ができていないというところだと思うんですね。

桑子:
例えば事故が起きました。どういう違いが起きてくるのでしょうか。

斎藤さん:
例えば警察が事故現場に行きますと、これは「事故」なのか「事件」なのかというまず大枠で見るわけです。「事故」だということになると今度はどういう事故か、交通事故なのか何なのか、という形で分類しようとする。
つまり重要だというところの観点は、警察には警察にあるということなんですね。

桑子:
そうすると、その過程で用水路で起きたということがこぼれ落ちてしまうと。

斎藤さん:
そういうことになります。

桑子:
となると、どんな対策が求められますか。

斎藤さん:
実態をいかに正確に把握するか。ここがいちばん重要な対策になってくるかと思います。
例えば、用水路をよく使っている農家の皆さんが用水路で事故が起きたということを県にもダイレクトにそれを報告をする。その時「用水路」という単語が入っていれば、これは「用水路事故」だと簡単に把握ができるわけです。
県のほうも、できるだけ用水路で事故が起こったら県に直接知らせてほしいと農家にお願いするというような形で双方向のやり取りができると実態把握がかなり楽になるのではないかなと思います。

桑子:
まず専門の窓口をつくるということから第一歩ですよね。こうした中で、用水路事故を無くすために行政頼みではない対策も進められています。

用水路転落を防ぐ 住民が「網」を設置

新潟市 潟頭地区です。米どころのこの地区では用水路が至る所にあり、けがをする転落事故が相次いできました。

農家 山田富市さん
「ここに自転車が2台落ちて、車が1台落ちている。このカーブで」

対策を先頭になって進める農家の山田富市さんです。山田さんは2年前、企業と共同であるものを開発しました。

用水路の上にかける、この網。転落を防ぐだけでなく、雪が降っても下に落ちるよう、編み目の大きさや強度を設計しました。過去に転落事故があった2か所に試験的に設置。

山田富市さん
「はっきり言うと、用水路の安全施設についてはやらなきゃだめなところが多すぎる」

用水路は田んぼに水を流すための生命線です。そのためには丁寧な維持管理が欠かせません。

農家
「藻があると水の流れが悪くなる。100パーセント全部ネット(網)をされると困る」

今後の用水路対策をどうするか。

山田さんたちが呼びかけ、地区の住民や農家が集まりました。参加者からは農作業への影響を懸念する声が相次ぎました。

農家
「野菜の芽出しの時なんで、特に用水使いたくなる。塞がれるとちょっと困る」

心配の声の一方で、安全対策に力を入れるべきだという意見も出ました。

「皆さんの要望を聞きながら、やっぱり命も大事だよと」

農作業を妨げない範囲で網を張っていくことにしましたが、その設置費用も大きな課題です。

「そのお金はどこから出るとなると、結局は潟頭(地区)負担になってくる。ポイント的に(網を)していくしかないのかなと」

県や市には対策の体制が整っていないため、資金が足りず、住民の自己負担が必要になります。

そこで、まずは転落事故が起きた箇所に絞って網を設置していくことにしました。

山田富市さん
「死亡事故が起きたから何らかの対応をやるのでなくて、地域で話し合って危ないような所を自分たちで少しはやっていくような形が取れればいいのではないか」

危険箇所を重点対策

危険箇所を絞った対策を進めるための研究が、富山県で進んでいます。

富山県立大学の星川圭介教授は県と協力し、過去に死亡事故が起きた地区にカメラを設置。住民が用水路の近くを歩くときのルートを詳しく分析しました。

富山県立大学 星川圭介 教授
「この部分でかなり近いところを歩いて行かれますね」

星川さんが特に注目したのが、歩行者の道の「曲がり方」です。人は曲がるとき、内側に入ろうとする意識が働いてしまいます。結果として用水路へ近づいてしまい、転落のリスクが高まるというのです。こうしたデータを蓄積することで対策の精度を高めたいと考えています。

星川圭介 教授
「場所を絞り込んで重点的な対策をしていくことが効果的なのかなと考えています」

命を守るために何を

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
住民たちがみずから対策に動きだすという例もありましたが、財源も限られている、予算も限られている中で迅速に対策を進めるためにどんなことが必要でしょうか。

斎藤さん:
やはり国の補助金ですね。今、国の補助金というのは50%が国が持って、あと自治体と農家が残りの50%を持つという仕組みになっているんです。
なかなか財源がない中で皆さん頑張っているのですが、これを例えば100%国の補助というようなことになりますと皆さんもう少し動きやすくなる。
それから国からのメッセージとしても「安全対策しっかり守ってください」というのがダイレクトに伝わるのではないかなと思います。

桑子:
そして、私たち一人一人がふだんどういう意識を持つことが大事でしょうか。

斎藤さん:
用水路というのはいろんな意味で生命線。例えば、農家の作る農作物、これを育てます。それからその農作物をわれわれが食べて命を育むわけですが、そういった大事な用水路をもう少し意識していただければなと思います。
それから用水路、水が流れていますから当然その中では事故もある、命の危険も脅かされる。そういったリスクがここにある、ここにもあるということを住民の皆さんも一緒になって考えていただければいいかなと思います。

桑子:
用水路があることで水が張り巡らされて、それによって作物が育ち、私たちが恩恵を受けていることも忘れてはいけないことですよね。
用水路は私たちの周りになくてはならない存在です。まずは身近にどんなリスクがあるのかというのを把握する。それから、この夏どこか各地にお出かけする方もいらっしゃると思います。どんなリスクがあるか、そこでも確認をしましょう。

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事故