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2023年6月19日(月)

その性的行為、同意ありますか?“新たな刑法”が問いかけるもの

その性的行為、同意ありますか?“新たな刑法”が問いかけるもの

16日、性犯罪に関する刑法の改正案が国会で可決・成立しました。「強制性交罪」だったものが「不同意性交罪」に変更。“同意のない性的行為は犯罪”と明確化へ。処罰に必要な要件として、現在の「暴行・脅迫」に加え、「経済的・社会的地位の利用」や「恐怖・驚がくさせる」などの8つの行為が具体的に示されました。改正の背景には、これまでの法律や社会では、訴えが届かず苦しんできた被害者たちの存在があります。どうすれば性被害をなくせるのか、考えました。

※性暴力被害の実態を伝えるため具体的な描写があります。あらかじめご留意ください

出演者

  • 齋藤 梓さん (上智大学准教授・臨床心理士・公認心理師)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

それ、同意ありますか? 性的行為と“新たな法律”

桑子 真帆キャスター:

今回の改正で注目されたのが“不同意”という言葉です。改正法では“同意のない性的行為は処罰される”ことが明確化されました。具体的な内容は後ほどお伝えします。

今回改正されるに至った背景には、これまでの法律では加害者が適切に処罰されていないという指摘がありました。

同意のない性的な行為がどのように起きて、何をもたらすのか。まずは、みずからの経験を語ってくれた方々の声をお聞きください。

相手の家に行ったら… 性的行為に同意?

あすかさん(仮名)、38歳。7年前、小学校の非常勤講師をしていたときに性被害に遭いました。

あすかさん(仮名)
「ずっとこの仕事を続けると思っていました」

長年の夢だった先生となり、子どもたちの教育に熱心に取り組んでいた、あすかさん。休日を過ごしていた、ある日曜日。突然、勤務先の教頭から電話がありました。驚いて取ると「2人で食事に行こう」という誘いでした。

50代の教頭は周囲からの信頼も厚い上司。断りづらく、あすかさんは食事に付き合いました。帰り際、教頭から「うちで授業の教材を作ろう」と自宅に誘われ、戸惑ったといいます。

あすかさん
「(教頭には)私と同世代の子どもさんたちがいて、相手は管理職で私は非常勤で。まさか変なことにならないよなって、こんなこと考えることすら相手に失礼だよなって」

職場の人間関係が壊れることを恐れ、仕方なく教頭の自宅へ行きました。教材を作り終えたころ、あすかさんは突然抱きつかれ押し倒されて、体を触られました。ショックで硬直し、強く抵抗できず、言葉で拒絶するのがやっとでした。

あすかさん
「やめてください、ダメです、ダメですって。どうしよう、頭が真っ白になる感じと、胸の奥がヒヤって凍りつくような感覚を今も覚えていて」

あすかさんは教頭の体が離れた隙をみて、逃げるようにその場をあとにしました。「相手の家に行ったせいだ」と自分を責め続け、周囲に相談することさえできませんでした。その後も教頭からたびたび誘われ、体調が悪化。学校を辞めざるをえなくなりました。

あすかさんは教育委員会に被害を報告。教頭にも聞き取りが行われ、被害はセクシャルハラスメントだと認められました。しかし教頭は「自然に抱き合って、特に嫌がったり、抵抗したりなどしていない」と主張したといいます。結局、教頭に下されたのは文書による訓告のみ。免職や減給などの懲戒処分には至りませんでした。

当時、あすかさんの代理人だった弁護士は、教育委員会が重視したのは被害者ではなく、加害者の言い分だったと指摘します。

担当した弁護士
「明確に嫌と言わないかぎりは手を出しても大丈夫、そんなに傷ついたりしないでしょっていう。被害を受けた人の人格、人権、尊厳を傷つけてるっていうことに思い至ってないんだと思うんですよね、加害者側が。それから加害者側に立つ人たちが」

あすかさんは警察にも被害を訴えましたが、証拠をそろえるのが難しいといわれ、やむなく示談に応じました。

夢だった先生の仕事を失った、あすかさん。一方、加害した教頭は、その後も教育現場で働き続けました。

あすかさん
「私、いままで教職員として働いてきて、こうやって被害を訴えても、何とも思わないんだろうなって。すごい喪失感というか、裏切られた感じというか、心が壊れました」

その後、あすかさんは“PTSD(心的外傷後ストレス障害)”と診断され、7年たった今も教壇には立てず、仕事を転々としています。

あすかさん
「新しい職場でも、もしかしたらまた性暴力に遭うかもしれない。一緒に働く人のことを警戒しながら疑い続けながら仕事をするって、すごくつらいんですね」

あすかさんの母親は、被害に遭った娘を複雑な思いで見守っています。

あすかさんの母親
「本当にあの事さえなければ、きっと今でも先生していると思いますし、あの子がこれからどれだけいろんなものを吸収して成長できたかと思うと、悔しいです」
あすかさん
「(被害を)忘れることもできないし、自分の頑張りだけじゃどうにもならないんだなって。でも、毎日続けていかなきゃいけないんだな」

歩めたはずの自分の人生。同意のない性的行為が、それを奪いました。

恋人・パートナーなら… 性的行為に同意不要?

不同意の性的行為は、恋人どうしの間にもあります。20代のとき、交際相手から無理やり性交される被害に遭ったという、ふゆこさん。当時、「彼の部屋に行くときは性行為をする」ことが暗黙の了解になっていたといいます。相手の男性は、嫌がるふゆこさんを無視して性行為の様子を写真やビデオにたびたび撮っていたといいます。

ふゆこさん
「『誰も見ないんだから何でダメなの』って。悪いことをしている意識がないんですよね。本当に何でダメなのか、わかっていなかった」

つきあい始めて半年ほど。その日は妊娠する可能性が高かったため、ふゆこさんは相手の家に行くのを拒み、「性行為をしたくない」と伝えました。しかし、無理やり連れて行かれ、避妊なしで性交を強いられたといいます。

ふゆこさん
「身体的に逃げられないっていうすごい恐怖と、あの写真ばらまかれたらどうなるんだろうという恐怖が、ぐわっと襲ってきた」

その後、妊娠が発覚。悩み抜いた末に中絶をし、自分を責め続けてきました。

ふゆこさん
「人間の資格のない者だと。そう自分を評価して19年間生きてきました」

「あの出来事は性暴力だった」と思えるようになったとき、ふゆこさんは40代になっていました。

同意ない“悪ふざけ” 性被害の場合も

日常の“悪ふざけ”とされていることが、性暴力につながる場合もあります。

30代のなおきさん(仮名)。以前勤めていた会社の忘年会で、被害に遭ったといいます。

70人ほどでお酒を飲む中、なおきさんと複数の社員が「営業成績が悪い」と前に立たされました。役員が「ズボンを脱いで謝れ」とはやしたて、立たされた社員が次々と下着姿になっていったといいます。

なおきさん(仮名)
「野球拳のようなノリでやる。『こいつら脱いで謝るから、ちょっと見たれや』と、そんな感じ。そういうノリ自体が耐性がないので『えぇ…』って感じでした」

なおきさんは「嫌です」と声を振り絞りました。しかし、その意思は無視され、後ろから誰かに無理やりズボンを下ろされたといいます。誰ひとり、なおきさんを助けてくれませんでした。

なおきさん
「何もかもめちゃくちゃにされたような、一撃で破壊されたような、そういう気持ちでした。ひとつのコンテンツとして扱われた。もう無理だと」

数日後、なおきさんは会社を退職。うつ状態となり、数年間転職を繰り返してきました。

同意のない性的な行為は、相手を傷つける性暴力だと知ってほしいとなおきさんは訴えます。

なおきさん
「その人、個人が傷つくとかは、もうどうでもいいんでしょうね。でもやっぱり誰かが傷つくんじゃないですかということに、最低限、思いをはせてほしいです」

法改正による変更点を解説

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
性暴力の被害は、年齢や性別を問わず起きています。もし、被害で苦しい思いをされていたら、都道府県に設置されているワンストップ支援センターへの相談も考えてみてください。

きょうのゲストは、性暴力被害の実態に詳しく、法務省での刑法改正の議論にも参加されてきた齋藤梓さん。それから、被害者を長年取材してきた信藤記者とお伝えしていきます。

まず齋藤さんに伺いますが、これまで多くの被害に遭われた方の支援をされてきて、罪に問われないという実態をどういうふうに感じてきましたか。

スタジオゲスト
齋藤 梓さん(上智大学准教授)
性暴力被害の実態に詳しい

齋藤さん:
証拠に基づいて判断されることが大事だということは当然なのですが、証拠とは別に暴行とか脅迫の要件の部分で、警察で被害届が受理されないとか、あるいは不起訴や無罪になったりすることにとても理不尽を感じてきました。

桑子:
これまでの法律ではやはり実態に伴っていないということで、今回法改正が行われるわけですが、具体的にどう変わるのか。

まず名称が、“強制”から“不同意”に変わりました。そして、これまでの現行法で処罰するには“同意がない”ことに加えて、“暴行・脅迫された”、もしくは“心神喪失・抗拒不能”、抵抗することができない状態だった、こういうことが必要でした。改正法では、“同意しない意思の形成・表明・全うが困難な状態”であれば、処罰できるようになったのです。

その具体的な状況として、8つの項目を明示しています。具体的に、“暴行・脅迫”のほかに、例えば“アルコール・薬物を摂取していた”、それから“拒絶するいとまを与えられなかった”、“恐怖・驚がくさせられた”、さらには“経済的・社会的地位を利用された”などがあります。

こういったことで改正されるわけですが、信藤さん、この実効性はどういうふうに見ていますか。

信藤 敦子記者(科学文化部):
今回の改正で8つの項目が示されたことで被害を訴えやすくなり、より実態に即した捜査や処罰がなされると期待されています。被害者団体などは画期的な改正だと評価しています。

一方で、刑事弁護の立場からは改正により処罰される対象が広がり、えん罪を生むおそれがあるのではないかという指摘もあります。
“同意がない”ということが処罰の要件だとしても、客観的な証拠に基づいた上で捜査機関や裁判所が適切に運用することが求められます。

桑子:
齋藤さんは、今回の法改正をどう見ていますか。

齋藤さん:
性的な行為というのは日常生活の中でも行われることだと思うのですが、それと性暴力・性犯罪を分けるというのは、やはりそこに「被害者の意思や感情を尊重しているか」、「ないがしろにしているか」ということだと思います。
1人の人間として扱わないということで、被害者の尊厳や主体性を深く傷つけるというのが性暴力の本質であると考えると、今回「同意しない意思」という言葉が入ったのは大事なことだったなと思っています。

桑子:
そして、「同意しない意思の形成」にも注目されているそうですね。

齋藤さん:
そうですね。例えば継続的な暴力を受けていたりすると、もう自分は逆らうことができないとか、この状況を変えることができないといったように無力感にさいなまれて同意しない意思を持つことさえできない状態になっていくので、今回「形成」という言葉が入ったのはとても大事なことだったと思います。

桑子:
信藤さん、今回の改正には被害に遭った方の声が後押ししたということでしたが、そういった皆さんの姿を見てきて今、どういうことを感じていますか。

信藤:
被害者一人一人の「なかったことにしたくない」という思いが実を結んだといえます。きっかけとなったのは、2019年に各地で性暴力事件の無罪判決が相次いだことです。被害の実態を反映できてないという声が高まり、被害者自身が性暴力のない社会の実現を呼びかける「フラワーデモ」として全国に広がりました。
さらにその翌年、被害を受けた人たちが専門家と協力して実態調査を行い、6,000件にも上る回答を集めました。被害者がみずからの体験を話すのはとても負担のかかることです。それでも社会に呼びかけ、今回の刑法改正の議論では委員としても参加し、実態を伝えてきました。
7年前から取材している被害者の女性は、「被害者の声とその声に耳を傾けてくれた人たちの存在が刑法改正という大きくて重たい扉を開けた」と話していました。

桑子:
これから被害をなくしていくためには法律だけではなく、社会の意識を変えていくことも大切です。ところが、日本では性教育も乏しく、性について語ることもタブー視されてきました。今、そうした中で大人たちが自分たちの意識を見つめ直す動きが生まれています。

“意識”をどう変える 大人が学ぶ性的同意

5月、都内で40~50代を対象にした読書会が開かれました。題材となったのは「50歳からの性教育」という、性の学びなおしをテーマにした本。

50歳を節目に、自身の性やパートナーとの関係を見直してほしいと「性的同意」についても触れられています。

参加者からは、メディアや社会の意識に影響を受けてきたという意見が相次ぎました。

参加者 50代
「恋愛ドラマを見ていて、その中で男性がいきなり女性とバッとキスしにいったり、これが理想なんだみたいな」
参加者 40代
「男性向けのアダルトビデオや雑誌って、女性をだますためのテクニックがいっぱい書いてあるんですよ。性的同意は出てきません」
参加者 60代
「私の世代の場合は、自分が『したい』と思っても1度は嫌なふりをしなければいけない」
「嫌よ嫌よも好きのうち?」
参加者 60代
「それです、まさに」

読書会の講師の村瀬幸浩さん。性教育の第一人者として50年以上研究を続けてきました。

性教育研究者 村瀬幸浩さん
「法的にも同意のないセックスは、ダメだということになってきましたね。本当に私たちはそういう考え方を持って生きてきただろうか」

村瀬さんは、家庭での性教育を解説した本がベストセラーになるなど、幅広い世代へ向けた性教育を行っています。妻との生活で、性的同意を確認しあう大切さに気付いたという村瀬さん。意思を言葉で伝え合ってほしいと考えています。

村瀬幸浩さん
「問題点は解消できるということに妻との話し合いの中でだんだん分かっていって。私は、ことばで言っていくことが最終的には必要だと思います」

読書会の参加者からは、これまで話せなかった性的同意についての本音が相次ぎました。

参加者 40代
「男性のしたいときに応じてあげるのが女性の性と思い込んでいたので、今から思えばあれは、やりたくなかったと後から思った」
参加者 50代
「しないと相手が不機嫌になるから同意せざるをえない」
参加者 50代
「おふたりの話を聞くと、僕は清廉潔白で支配の性は行っていないつもりでいたにも関わらず、本当に僕は一点の曇りもなかったのだろうかとぐるぐる迷っていて」
参加者 50代
「逆に男性の同意を自分がとっていたかなと疑問に思うことがあります。女性の側も(同意について)思うことをしなくてはいけないんだな」

「嫌だ」という意思を伝えたり、確認したりすることが出来ていなかったと気付いた参加者たち。村瀬さんは、不同意の意思を表現でき、それを受け入れることが性的同意の第一歩だと話しました。

村瀬幸浩さん
「『ノー』と言うことはよくないことといわれてきたんです。『イエス』『はい』『わかりました』がいい子なんです。大人たちもそうですよね。不同意ということを表現できる、それを受け入れるということがなければ、同意の力は育たないと私は思います。生きている間はずっと悩み続けたり、相手との合意をどう作っていくか考え続けていくのではないかと思っています」

性的行為と“新たな法律” 被害をなくすためには

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
大人世代が性的同意を学ぶと同時に、子どもも学んでいく必要がありますよね。それぞれどういったことが大切になってきますか。

齋藤さん:
やはり学生たち、若い世代が同意についての認識ってアップデートされていると思いますが、本当に自戒を込めて、私たち上の世代がアップデートされていないなと思います。そうすると若い世代が社会に出たときにその認識が塗り替えられていってしまうので、やはり大人たちがちゃんと性的同意について知るということが大事だと思います。

また、中学生・高校生などから性教育ということを考えても、やはりちょっと遅いので、もっと前から、子どもの時からちゃんと学ぶ必要はあるかなと思うのと、性に関することというよりは、お互いの意思とか感情を尊重した対等な関係の持ち方をきちんと教えていくことが大事なのではないかなと思っています。

桑子:
子どもに伝えるとき、具体的にどう語りかけたらいいでしょうか。

齋藤さん:
自分の気持ちも、相手の気持ちもお互いに大事にしましょうと。自分の気持ちと相手の気持ちをきちんと確認していきましょうということから始めるといいのかなと思っています。

桑子:
性の要素は始めはなくても、そこから応用していくということですね。
改正法は7月にも施行される見通しですが、これから考えなければならないこと、まだまだ続いていきます。

刑法改正後 必要なことは
・法律の適切な運用
・性暴力の正しい認識広がる
・被害者支援の充実

具体的に3つ大きく挙げていただきましたが、まず上から「法律の適切な運用」だということですね。

齋藤さん:
そうですね。やはり法律が変わっても、その運用がきちんとされなければいけないので、捜査や司法に関わる人たちがちゃんと研修を受け、性暴力について認識を変えていっていただきたいと思います。

桑子:
そして、「性暴力の正しい認識が広がる」こと。

齋藤さん:
やはり社会の中で性暴力の正しい認識が広がらないと、自分が被害に遭ったんだということさえ気が付くことが難しくなるので、社会の中で認識が広がるということは大事だなと思います。

桑子:
そして「支援の充実」ですね。

齋藤さん:
そうですね。いくら法律が改正されたといっても、被害を受けた方々の苦しみが消えるわけではないので、適切な支援というものがちゃんと行われていくということがとても大事だと思っています。

桑子:
ありがとうございます。今回の法改正は大きな一歩ではありますが、この先どういう社会にしていくのか、それは一人一人の意識にかかっている。このことを胸にとめたいと思います。

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