クローズアップ現代

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2019年12月18日(水)
なぜ男は冬富士に向かったのか? ~ネット生配信の先に~

なぜ男は冬富士に向かったのか?
~ネット生配信の先に~

10月末、ひとつの動画がネットで話題になった。冠雪した富士山を登る様子を自撮り生配信していた男性が、足を滑らせ滑落。動画には、リスナーと会話しながら滑落していく、最後の瞬間までもが鮮明に残されていたのだ。映像は、またたくまに拡散。「自殺しに行ったのでは」「金を稼ぐための配信」など様々な誹謗中傷が飛び交った。彼はなぜ危険とされる冬富士に登ったのか? ネットに残された足跡を丹念に追跡すると、意外な実像が浮かび上がってきた。西早稲田のアパートにひっそりと暮らす、47歳の司法浪人生。かつて一緒に司法試験を勉強した仲間は「穏やかで、優しさ溢れる男」と証言。元ひきこもりのリスナー男性は「彼の動画を見て“自分と同じ孤独を抱えている”と感じた」と話す。男の人生をたどることで、ネットを支えに懸命に生きる人々の姿を追う。

出演者

  • 武田真一 (キャスター)

なぜ男は冬富士に向かったのか?

たくさんの自撮り動画を配信していた男性。
本名は明かさず、テツ(TEDZU)とだけ名乗っていました。

残された配信映像を丹念に確認していきます。
中でも多いのが、自転車で走りながらの映像。

テツさん
「わせ弁(早稲田の弁当屋)が、わせ弁値上がりしている。」

「早稲田インキュベーションセンター。」

会話の中にたびたび登場する「早稲田」ということば。

現地に行ってみると…。
ほど近くに、テツさんが住んでいたと思われる古いアパートがありました。
大家さん夫婦に話を聞いてみます。

大家さん夫婦
「(テツさんが滑落したのは)ただただ驚天動地。富士山に登りに行っていることも知らなかったので。」

取材班
「テツさんはどちらに住んでいた?」

大家さん夫婦
「あちらに見える、平屋建ての。」

庭先に建てられた古い離れ。
47歳で亡くなるまで、ここで1人暮らしをしていたといいます。

大家さん夫婦
「友達が出入りしている様子もなかったですから。」

取材班
「仕事の気配もあまり?」

大家さん夫婦
「なかったですね。むしろ、あまり立ち入ってほしくないような、日常生活では印象ありましたけどね。」

「よく夜中ずっと電気がついているので、けっこう明け方まで電気ついているなと思ったから、そういうのでネットとか、夜中にいろいろしていたんでしょうかね。」


テツさん
「This is the inside of the apartment.(これがアパートの中です。)」

テツさん自身が撮影した住まいの映像が、海外の動画投稿サイトに残されていました。アメリカへの留学経験があったというテツさん。流ちょうな英語で部屋を案内していきます。

テツさん
「This is the toilet.As usual not clean.(これがトイレ。他の部屋と同じように汚いんだよ。)」

「Japanese style.(和式トイレだ。)」

トイレは共同で風呂はなし。一部屋4畳で、家賃は2万5000円でした。
雑然とした部屋には、大きなパソコンモニターが。さらに、自撮り配信用のマイクも用意し、ここからさまざまな放送をしていました。

マイクの下には司法試験の参考書。
亡くなるまでの10年以上、弁護士を目指して、ずっと勉強を続けていたといいます。

取材を続けるうち、テツさんの友人だったという人物から情報提供したいと連絡が入りました。
現れたのは60代の男性。
かつて、司法試験の勉強を一緒にしていた仲間だといいます。

男性(60代)
「ネット上なんかで、彼に対するひぼう中傷というかね、なんかバカにしたようなことを書いてあって、それがちょっと気になりまして。本当の姿を知ってほしいなと思って。本当いいやつですよ。」

「これが最初の、彼と勉強したときですね。平成23年、2011年ですね。5月26日。」

テツさんが予備校の掲示板で勉強仲間を募集。それに応じ、2人で勉強会を開いていたといいます。

愛媛県生まれのテツさん。進学校に通っていましたが、大学受験に失敗して上京。アルバイトでためた資金でアメリカに留学。その後、日本の大学で法律を学んでいました。

男性(60代)
「(2人の勉強会では)必ず缶コーヒーとか栄養ドリンクなんか用意して、ニコッと笑って私にくれると。優しいですよ。非常に気前がいいというか。人に喜ばれることがうれしいわけですよね。」

しかし、勉強会は長くは続きませんでした。
男性が予備試験で結果を出す一方で、テツさんの点数は伸び悩んだのです。

男性(60代)
「マークシートの試験なんですけど、私の知る限り2回連続落ちてしまって、そこからガクーンと彼は意欲がなくなりましたね。彼がモチベーションを上げてくれるように、あの手この手でもって励ましたりしたんですけれども、結局やる気が出ないままで。」

テツさんはその後も試験を受け続けましたが、ずっと不合格。勉強会は自然消滅し、滑落のニュースで、久しぶりにテツさんのことを思い出したといいます。

男性(60代)
「自分が思うには、彼はあえて軽装備で(冬の富士山に)行ったんじゃないかなと。そこで挑戦するというね。そういった、あえて危険なことをすることで、生きがいみたいなものを持っていたんじゃないかなと。あの世に行ったら再会して、『お前バカやったな』と言ってやりますよ。おそらく彼は照れ笑いすると思いますけれども。また会いたいですね。」

司法試験を受け続けて7年。
テツさんは生配信に力を入れ始めます。

生配信とは、ネットで自撮り映像などを生放送すること。
例えば、20代の女性が寝落ちする様子の生配信。

この動画配信サービスには190万人もが有料登録。
リスナーが書き込んだコメントを、音声読み上げ機能「棒読みちゃん」が無機質な声で読み上げます。

棒読みちゃん(リスナー)
「髪切ってさっぱりしたね。」

発達障害を抱えているという 20歳
「髪切ってさっぱりした、ありがとう。」

棒読みちゃん(リスナー)
「専門学校はどうなったの?」

発達障害を抱えているという 20歳
「専門学校は行ってますよ。行ってますけど、幽霊。」

棒読みちゃん(ディレクター)
「ニコ生配信を始めたのは、何がきっかけなんですか?」

発達障害を抱えているという 20歳
「自己承認欲求って、ずっと言っていると思うんですけど、自分の存在を認知してほしいんですよ、いろんな人に。」

棒読みちゃん(ディレクター)
「どんなときに中継しているのですか?」

2日1回生配信をする 22歳
「どんなとき?暇なとき。暇なときにしてる。眠れないときとか。今日も眠れない。」

事務職 38歳
「会社でもない、どこでもない。そういう世界を作りたかったんじゃないですかね。『この間リストカットしてさ』みたいな話、普通にできないじゃないですか。みんなビックリしちゃうから。」

取材班
「友達とかにも?」

事務職 38歳
「もちろん。他人なんで。」

多くの人が熱中する生配信ですが、人気の配信はほんの一部。ほとんどがリスナーがゼロか数人程度しかおらず、“過疎放送”と呼ばれています。

これは、テツさんが思いつきで豊洲市場に行ったときの配信。時間が遅くて、店はほぼ閉店。リスナーも1人しかいない過疎放送でした。

テツさん
「何もないね。市場感ゼロですよ。」

リスナー
「ここはゾンビが出そうだ。」

テツさん
「ゾンビ出るかな。ゾンビ探そう。」


テツさんの配信を初期から見ていたと、ツイッターに書き込んでいる人が。

つくば市に住む、木村直弘さん。35歳。

取材班
「絵、すごい素敵ですね。」

木村直弘さん
「これは、僕が破壊したところを隠しているだけです。ちょっと親子げんかした時に、壁に八つ当たりしたってことはありましたね。」

ひきこもり当事者を支援する情報誌を作っている木村さん。自身も過去10年間ひきこもった経験があるといいます。
きっかけは、テツさんと同じ司法試験。勉強をしてもなかなか成果が上がらず、うつ状態になっていきました。

木村直弘さん
「父親からは『早く働け』とか『司法試験なんか無理だ』とか、否定的な言葉ばかりかけられていました。周りは働いているのに、自分はそうではないっていう引け目から、自分の姿を見られたくないっていう形で、結果的にひきこもってしまったっていう。」

昼夜の生活が逆転し、夜中にネットを眺めるように。そんななかで出会ったのが、テツさんの過疎放送でした。

テツさんの当時の配信履歴。

一人勉強する姿を淡々と放送したり、寝落ちするまでの数時間を配信し続けたりしていました。

木村直弘さん
「(テツさんの放送は)はっきり言って全然面白くないですね。僕以外にコメントしているのは、もう1人くらいしかいなくて。本当になんて言うか、1対1で語り合っている感じでした。(テツさんは)ほぼほぼ(自分と)同じですね。(ネット上に)自分がいるなくらいの。」

自分と似た境遇のテツさんと会話するうち、木村さんは現実でも人と関わりたくなり、外に出るきっかけになったといいます。

木村直弘さん
「テツさんはいろんな不安を持って生きてたとは思うんですね。見えない不安を分かりやすい形で乗り越える、生き抜く手段として、富士山の登頂っていうものがテツさんの中にあったんじゃないかなって。」

司法試験への挑戦が苦戦するなか、40代に入ったテツさんは富士登山に熱中するようになります。

リスナー
「配信は止まってはいない。」

テツさん
「止まっていない、了解。」

リスナー
「気温何度くらいですか?」

テツさん
「気温たぶん18度くらい。」

時には、配信者が大勢集まって富士山に登るイベントにも参加。
人気配信者が集う場所からは距離を置き、下山道で疲れた登山者に飲み物を配っていたといいます。

“てつさんは人に何かやってあげるのが好きで配信者の人達が困ってたら、バッテリーを差し入れたり、自転車を貸してあげたり、色々してました”

“リスナーにいじられても馬鹿にされたりしても決してめげないし怒らないところが印象的でした。”


取材を始めて1か月。
テツさんが住んでいた部屋を久しぶりに訪れると、ドアが開いていました。
中にいたのは、50代の男性。
配信仲間の通称わくわくさんです。

わくわくさん
「ここにパソコンがあって、モニターがあって。だいぶ片づけちゃいましたけど。」

ご両親の許可を得て、遺品の整理を手伝っていると語るわくわくさん。
テツさんが滑落したとき、警察の捜査にも協力したといいます。

わくわくさん
「(テツさんが滑落したとき)僕もちょうどネット配信中で、リスナーが、テツくんの(滑落の瞬間)を見ている人がいたんでしょうね。『テツくんが落ちたよ』って(教えてくれた)。最初冗談だと思っていましたからね。何かの間違いだろうと思って。」

テツさんとのつきあいは、過去に何度か会ったことがある程度。
しかし、滑落のニュースを聞いたわくわくさんは、すぐに警察に連絡。何か手伝えることはないかと申し出ました。

わくわくさん
「(警察は)まず名前と住所が分からないと。何か調べる手立てはないかなと思って、僕も配信開いて、リスナーに問いかけたんですね。」

手がかりとなったのは、テツさんがアパートを英語で紹介していた、あの動画。よく見ると、一瞬だけ家の門が映っています。わくわくさんは、ネットの地図写真をくまなく調べ、同じ門がある場所を特定。テツさんの両親とも連絡を取り、スムーズな捜索につなげたといいます。

わくわくさん
「ネットでそうやってコメントで、いろいろ心配とか助けてくれた人はいましたね。その代表が僕だっていうことでいいんじゃないでしょうかね。」

毎週テツさんの部屋に通い、遺品整理を続けるわくわくさん。
中でも驚いたのが、病院の診察券が大量に出てきたことです。

わくわくさん
「CT(スキャン)とかデータじゃないですかね。」

取材班
「やっぱり本当に、がんを患っていらっしゃった。」

テツさんは去年、ステージ4の直腸がんの告知を受けていました。
治療のために全国の病院を訪ね歩き、配信にもその様子が残されています。

テツさん
「これが、がん研ですよ。がん研有明。世界で3本の指に入るがんセンターっすよ。」

病状についても、リスナーに赤裸々に話していました。

テツさん
「(がんが)再発したときに、すぐ分かるように(検診は)半年ごとにならないらしい。3か月できっちり診ていくと。」

リスナー
「がんも治せるっていい時代。」

テツさん
「いい時代だね。ステージ4でも切らずに治せる。」

配信の中で、治療はうまくいき、寛解状態にあると語っていたテツさん。
しかし、テツさんのがんの5年生存率は、一般に2割ほどといわれています。

滑落する直前、足の踏み場もないほど散らかっていたというテツさんの部屋。

わくわくさん
「いろいろ参考書を見ると、やっぱりそこまで新しい参考書もなかったですし、司法試験はテストは受けていたけど、今までの勢いでやってるだけだったんじゃないかな、実際。でも、ネット配信の中では楽しそうにしていたと思いますけどね。(リスナーに)こういうの見せてあげたい、要望があればやってあげようとか。ああいうとき、すごい生き生きしていましたけどね。」

遺品を整理するにつれ、わくわくさんはテツさんの気持ちが分かるようになってきたといいます。

取材班
「(わくわくさんから見て)テツさんは友達ですか?」

わくわくさん
「実際、世間から見れば友達ではないんでしょうけど、この片づけをしていることで、友達になった感じかな。深まった。テツくんのことを一番知っている人になってしまったかもしれないですね、今では。
冬の富士山に登るようなタイプではなかったと思うんですよね(滑落の)5日くらい前の放送のなかで、リスナーから『冬の富士山も見てみたい』というコメントがあって、それに印象が残っていて、行く気になったのか。」

わくわくさんが教えてくれた配信動画。
病院からの帰り道、自転車に乗りながらリスナーと会話しています。

リスナー
「雪景色の富士山見たい。」

テツさん
「見たい?雪もう降っているかな。富士山なぁ。」

リスナー
「雪景色の富士山見たい。」

テツさん
「富士山行く?今だったら多分そんなに寒くないんだわ。(気温は)マイナス3とか4でしょ、山頂。だから、パッと行って、パッと帰れば死なずにすむ。そんな寒い思いもしないで。」

5日後の10月28日。
テツさんは、1人富士山に向かいました。

9時。

(ネットへの投稿)
“河口湖駅で乗客いなくなった”
“ビビる”

10時。

“バス酔いで気分悪い”
“もう帰りたい”

10時30分。
富士山に到着すると、テツさんは配信を始めます。

山頂は数日前に初冠雪したばかり。
この時期は、十分な計画や準備無しの登山は禁止されています。
しかし、テツさんはなぜか夏の装備で登っていきました。

テツさん
「(山の上も)電波あるね、結果。」

リスナー
「めちゃくちゃきれいね。」

テツさん
「きれいね。」

午後2時前。
8合目を過ぎたころ、リスナーとこんなやりとりをしています。

リスナー
「自分一人だけで、孤独や恐怖を感じませんか?」

テツさん
「まあ大丈夫よ。東京にいた方が孤独だもん、俺の場合。よし行こう。そろそろ酸素がなくなってくる。風がね、だんだん弱まる予報でね。滑るな、ここ、地味に滑るな。」

リスナー
「ケガしないように。」

テツさん
「了解。」

2時半ごろ、山頂に到着。
リスナーに、頂上からの雪景色をたっぷりと見せます。
さらに歩き出した、その時のことでした。

テツさん
「よし、行こう。ここも危ないね、斜面。滑る。」

(滑落する音)

生配信にこだわり、冬富士に向かったテツさん。
リスナーとの会話は、最期の瞬間まで続いていました。