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【福岡×人口問題】人口“半減”の町でいま何が

バスも商店もない地区で始まった若い世代の挑戦
  • 2024年05月07日
    国立社会保障・人口問題研究所のデータをもとに地図化

    国の研究所が発表した2050年の推計人口指数(2020年=100)を見ると、福岡都市圏では100を超える、つまり人口が増える自治体が複数あるものの、県内の9割近くの自治体は100を下回っています。中でも深刻なのが大分との県境にある添田町など山間部の自治体で、2050年の人口は2020年の半分以下に減ると推計されています。こうした地域の現状を取材しようと添田町を訪れたところ、予想もしていなかった若い世代の人たちとの出会いがありました。(NHK福岡放送局 松木遥希子)

    バスも商店も小学校もない…

    山間部の津野地区(添田町)

    添田町の中心部から車で15分ほど英彦山方面に向かったところにある津野地区。1960年代のピーク時には2600人ほどが暮らしていましたが、ダムの建設を機に住民の多くが移転して以降人口が減り続け、今の人口は360人余り。商店はなく、路線バスは7年前に廃止され、地区の小学校も2022年に休校になりました。

    新たな拠点がオープン

    シェアオフィス「ツノオンド」

    そんな津野地区にこの春、新たにオープンした施設があります。古民家をリノベーションしたシェアオフィス「ツノオンド」です。津野の冷涼な“温度”と川のせせらぎや鳥のさえずりといった“音頭”をかけたネーミングは、地区出身の建築士、高瀬舞さん(30)が考案しました。

    高瀬舞さん

    ツノオンドの定員は10人ほど。通信環境が整備され、会議ができる個室もあるほか、畳敷きのちょっとした小上がりスペースもあります。ここは高瀬さんの事務所も兼ねていて、静かな環境を求めるデザイナーやITエンジニアなどをターゲットにしています。

    好きな場所でやりたいことを

    英彦山を臨む席

    高瀬さんが津野地区に戻ってきたきっかけはコロナ禍でした。北九州市の大学に進学し、卒業後は福岡市の設計事務所で働いていましたが、都会に居続けることに疑問を感じ、自分が住みたい場所でやりたい仕事をやってみようと思って踏み出したといいます。高瀬さんが津野地区に戻ってきた動機にふるさとがなくなるかもしれないという危機感もあったのではないかと思い尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。

    高瀬舞さん

    そもそも私が生まれたときからここは過疎地域ですし、小中学校も休校になってきているので、人が減っていくことは以前から受け入れています。人口減少に危機感を抱いてなんとか移住者を増やせるように頑張るというよりも、自分が生きやすい、過ごしやすいと感じるこの場所に拠点を作って、同じように感じる仲間を増やすことができたら豊かに暮らせるのではないかと思っています。

    自分がやりたい仕事がなく、学びたい大学がなかったため一度は町を出たという高瀬さん。人口減少を静観しつつも、環境を整えたシェアオフィスを作ったことで、ここを「好きな場所でやりたいことをする」のをあきらめない拠点にできればと願っています。

    将来も“残る場所”にするために

    グランピング施設「星to虹」

    もう1人、津野地区に拠点を作った人がいます。上田潤さん(40)は実家の田んぼだった場所にグランピング施設をオープンしました。ワンポールテントが最大で3つ建つ区画やシャワー棟、それに雨天時にバーベキューを楽しむスペースなどはすべて半年がかりで自分たちで作ったといいます。キャンプサイトの横には川が流れていて夏は水遊びができるほか、たけのこ掘りやカブトムシ採集、ブルーベリー狩りなど1年を通して豊かな自然を楽しむことができるというこの施設に、上田さんは「星to虹(ほしとにじ)」と名づけました。

    案内する上田さん

    上田さんはもともと添田町役場の職員でしたが、地元の津野地区を中心に活動をしたいと、2022年に退職しました。上田さんも高瀬さんと同じようにこれから人口を増やすことは難しいと感じていますが、宿泊をともなう滞在を通じて地区の良さを多くの人に知ってもらうことで、ここを“将来残る場所”にしたいと考えています。

    上田さん

    グランピングに家族で来てもらい、お子さんが大きくなったときに『あのとき津野で遊んで楽しかったね、また行ってみたいね』と思い出してもらえる場所にしたいんです。そういうことが積み重なって関係人口、交流人口も増えていくのではないかと思っています。今後全国で人口減少が加速する中、残る場所と残らない場所が出てくると思いますが、津野を“残る場所”にするために、まずは知ってもらいたいと考えています。その上で新しい取り組み、楽しい取り組みを発信して、未来につなげていきたいですね。

    可能性しかない!

    花の出荷作業を行う高瀬寛人さん

    津野地区には20代の若者もいます。3年前に戻ってきた高瀬寛人さん(25)は「ツノオンド」の高瀬舞さんの弟で、実家の花農家の2代目としてダリアやトルコギキョウなど色とりどりの花を父親とともに育てています。寛人さんは高校を卒業して町外に進学したのち、県内の花農家で修行を積んで戻ってきました。寛人さんはいま、夏でも冷涼な津野地区の気候と、地区で増え続けている休耕田を活用して、もっと花の生産を増やしたいと考えているといいます。

    寛人さんたちが育てたダリア
    高瀬寛人さん

    ここは英彦山のそばで夏でも市街地より5度ほど気温が低く、花を育てるには最適の場所です。夏場は一般的に花の生産量が落ちる一方、お盆などもあり需要は高いため、もっと夏に花を出荷できたらと考えています。

    にわとりの世話をする高瀬迅人さん

    寛人さんの双子の兄、迅人さんも2023年、地区に戻ってきました。福岡市で会社に勤めていましたが、自然に囲まれた場所で仕事がしたいと思い、帰ってきたといいます。今は実家の花づくりとは別の新たな業種に挑戦しようと、養鶏を始めて卵の生産を開始。寛人さんと2人で経営の多角化を目指しています。

    高瀬迅人さん

    ここはたしかに何もありませんが、だからこそ既成概念にとらわれずやってみたいことにチャレンジできると感じています。

    高瀬寛人さん

    きょうだいでいろいろなことに挑戦して津野地区で新しいビジネスモデルを作っていきたいと思っています。ここには可能性しかありません!

    ターニングポイントになるか?

    緑豊かな津野地区

    人口問題に詳しい九州経済調査協会の岡野秀之常務理事は、Uターンした人など地域の強みを知る人たちによるこうした動きは過疎地のターニングポイントになると指摘しています。

     

    九州経済調査協会 岡野秀之常務理事

    九州経済調査協会 岡野常務理事
    「地域で自分がやりたいことができないと外へ出てしまうことが多いのが現状ですが、一度外に出ると地域のよさや魅力に気づくこともまた多く、外で身につけた力を地域に持ち込むことが魅力をアップさせることにもつながります。地域の魅力を広げて関係人口や交流人口を増やし、地域全体に取り組みが広がることで大きな力になっていけば、切り札の1つになると思います。もっと大きな流れにできるかが次の課題ではないでしょうか」

    高瀬寛人さん、迅人さん、舞さん、上田潤さん

    取材を終えて

    津野地区は道の駅やBRT=バス高速輸送システムがある地区とは離れているため観光客もまだ少なく、人口減少が進む添田町の中でもさらに住民が減り続けています。そうした地区で出会った4人の皆さんは、過疎化と向き合う姿勢や考え方はさまざまでしたが、根っこにあるふるさとを大切に思う気持ちは共通していました。添田町など行政は空き家の改修費用など一部で助成を行っていますが、こうした若い世代の取り組みをもっと大きなうねりにつなげていけるよう、連携を深めていってほしいと思います。

      • 松木遥希子

        NHK福岡放送局 記者

        松木遥希子

        2006年入局、福岡県出身。つくし、カエル、アゲハチョウにレンゲの花と、津野でたくさんの春を見つけました。

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