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障害者“虐待” 届かぬ声

  • 2023年06月27日

    「精神障害者の施設でことばや態度の虐待が行われています。行政は動いてくれませんが、ことが起きてからでは遅すぎます」。視聴者の疑問や困りごとにこたえるNHK福岡の「追跡!バリサーチ」のコーナーに寄せられた投稿です。いったい、何が起きているのか。取材を進めると、障害者虐待を巡る大きな課題が浮かび上がってきました。
    (松木遥希子記者・仁部隆弘ディレクター)

    精神障害者の施設で何が

    投稿で「虐待が行われている」とされた施設は、精神障害のある人たちが共同生活を送るグループホームです。グループホームは法律で定められている福祉サービスの1つで、ここを拠点に作業所などで働き、1人暮らしなど自立を目指す人も多くいます。

    グループホームの業務記録

    私たちは、このホームの業務記録を入手。この中に「利用者の昼食の準備がされていなかった。いつの日からか不明」という記述を見つけました。取材を進め、当時の状況を知る元職員から話を聞くことができました。

    ホームの元職員
    「利用者の1人から『昼食を食べていない』と聞いて驚きました。その方は2週間ほどの間、朝と夜の食事を自分で小分けにして昼食にあててしのいだそうです。ホームの代表になぜ昼食がないのか尋ねましたが『ないんだよね』と笑って行ってしまいました」。

    元職員は、ホームの代表が一部の利用者に昼食を提供していなかったと証言しました。このときホームでは新型コロナのクラスターが起きていたため、代表みずからが、出勤できない担当職員の代わりに利用者の昼食を用意していたということです。

    代表から届いたというメッセージの一部

    また、代表からスタッフに届いたというメッセージには「入浴は禁止してください」などと利用者の入浴禁止を指示する文言がありました。このほかに複数の利用者への暴言もあったといいます。 

    ホームの元職員
    「利用者は精神障害があり、心身の調子がすぐれず作業所の仕事を休むこともあります。そういう人たちに対して、代表は『わざと休んでいるだろうからごはんを食べるな』と言うこともありました。それを聞いた利用者は不安になり、夜になって思い出して眠れなくなったり、リストカットしたりと、さらにコンディションが悪くなってしまうこともよくありました」。

    スタッフたちはこうした言動を改めるよう何度も代表に申し入れましたが、聞き入れられなかったといいます。

    元利用者の母親に話を聞く記者

    取材を進める中で、ことし、子どもがこのホームを退所したという母親から話を聞くことができました。

    元利用者の母親
    「自分もいずれは年老いて先に亡くなるかもしれないので、ゆくゆくは自立できたらと思い、本人とも話し合って入所を決めました。でも本人は入所後だんだん口数が少なく、元気がなくなっていったんです。代表から処方薬を飲むことを制限されたり、調子が悪くて作業所を休んでいたら『休むならお昼ごはん食べんでよかやんね』と言われたりしていたと後で聞きました。子どもは当初、私にもなかなか気持ちを打ち明けず、自分の中でけっこうためていたと思います。なぜあんなホームに入れたのかと自分自身も責めてしまいます」。

     

    ホームの元役員

    さらに、ホームを運営する法人の元役員の1人からも話を聞くことができました。元役員によると、法人では金銭の流れに不透明な点があったため、利用者への言動とともに改めるよう何度も代表に進言しましたが、代表は無視し続けたということです。

    ホームの元役員
    「こちらが代表に会計報告をしてくださいと呼びかけても直近の2、3か月分の報告しかなく、内容も家計簿のような簡単なものでしたので、細かくつまびらかにしないとどこが節約できる出費なのかわかりませんよとよく指摘していましたが、完全にスルーされていました。市町村からの補助金などもありましたが、それがどう入ってどう使われたのか私たちには一切わかりませんでした。何か理由があって出せないのではないかと不信感はずっと募っていました」。

    代表の回答は

    こうした関係者の証言について、代表に直接、話を聞きました。

    代表のもとを訪問

    利用者に昼食を提供しなかったという証言については、「昼食を提供しなかったことはない。昼食はオプションだ」と答えました。

    利用者の入浴を禁止したかどうかについては、「そんなのはない。お風呂に入れと言っても入らない人はいる」と答えました。
     
    利用者へのことばの暴力については、「ない」と答えました。

    そして、法人の会計報告については、「している」と答えました。

    代表は、関係者の証言の内容をすべて否定しました。

    運営を続けているホーム

    ホームでは、ことし春までに利用者10人ほどが入院などで退所し、スタッフも複数やめましたが、新たに利用者やスタッフを集めて運営は今も続けられています。 

    なぜ?動かない行政

    今回寄せられた投稿には「行政が動いてくれない」という指摘もありました。障害者虐待防止法(平成24年施行)では、虐待を見つけた人には通報義務があり、通報を受けた市町村は事実確認調査を行わなければならないと定められています。今回のケースでは、スタッフや利用者など複数の関係者が去年秋以降、関係する5つの市と町に「虐待ではないか」と通報していましたが、そのほとんどが事実確認調査を行っていなかったのです。

    通報を受けた市と町に取材をするディレクター

    私たちはまず、ホームの所在地で、開設を認めた久留米市を取材しました。ここには少なくとも6人が通報していましたが、NHKの取材に対して久留米市障害者福祉課は以下のように回答しました。

    久留米市障害者福祉課
    「ホームは久留米市内にあるが、通報で虐待を受けたとされる利用者は、ホームで福祉サービスを受けるための『支給決定』を久留米市が行った人ではない。そのため立ち入りなどの事実確認調査は行っていない。国の手引きに基づいて、通報があったことを関係するほかの自治体に連絡した」。

    被害を訴えている人が自分たちが支給決定を行った人でなければ調査は行わないという見解でした。こうした対応をどのようにとらえるか、障害者の虐待問題に詳しい専門家に聞きました。

    日本社会事業大学 曽根直樹准教授

    日本社会事業大学 曽根直樹准教授
    「グループホームというのは狭い空間に複数の人が住んでいる状態ですから、住んでいる人の中に久留米市が支給決定している利用者がいた場合、もしかしたらその人にも虐待の被害が及んでいるかもしれないと考えるべきです。たとえ通報で被害を訴えている人が支給決定した人でなかったとしても事実確認調査をして、その人が虐待を受けていないことまで確認するべきだったと思います」。

    久留米市と同じように調査を行わなかったほかの3つの市と町にも理由を尋ねたところ、このうち1つの町は▽別の自治体が対応すると思った、▽利用者はもうすぐ退所すると聞いたので調査しなくてもいいと思った、▽通報したのは関係者だったため、本人からの連絡を待っていたと回答しました。

    こうした認識をどう受け止めるか、専門家に聞きました。

    曽根
    准教授

    誰かが初期にきちんと通報をして、まだ被害が少ないうちに行政が事実の認定をして再発防止策を行使する。そうした行政指導がその後エスカレートさせない道になります。事業者に対して職務権限を行使して「きちんと改めてください」と指導や勧告をできるのは行政だけなので、行政の方々にはそういった大事なことを担っているという認識をしっかりもってほしいと思います。

    “すぐ動く”自治体 ポイントは

    今回、投稿者や取材した関係者からは一様に行政の対応に落胆する声が聞かれましたが、その一方で、少しでも虐待の疑いがあればすぐに動けるよう工夫している自治体もありました。

    春日市が用いる虐待分類表

    春日市の福祉支援課では虐待に関する通報があった場合、虐待の分類表を用いています。分類表は身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待、介助の放棄という5つの項目に分かれていて、例えば身体的虐待には「殴る」「蹴る」「利用者の食事やおやつを与えず、職員が食べたりする」などといった具体的な項目が記されています。春日市では通報の内容に分類表にある行為があった場合、ただちに現地での調査に入る上、分類表を施設の職員とも共有することにしているといいます。

    春日市福祉支援課 川添和江課長補佐

    春日市福祉支援課 川添和江課長補佐
    「以前虐待の通報を受けて施設に調査に入った際、虐待を行ったとされる職員から『子どもを叱るような気持ちでした』と言われたことがありました。本人はひざを軽く叩いたということで、しつけで叩くことを正当化して話していましたが、叩くということは身体的虐待にあたるのでダメですよと、伝えました。分類表を用いて説明することで初めて“自分たちがやっていたのは虐待にあたるのだ”と認識されることがあるので、こうした具体的な例示は必要だと思います。あのとき動いていればよかったということには絶対にならないようにしたいと思って対応にあたっています」。

    増える虐待通報 行政の役割は

    電話対応する春日市福祉支援課の職員

    全国の障害者虐待の通報件数は年々増え続けています。背景には通報義務の浸透があると考えられていますが、こうした中、行政の役割はますます増しています。曽根准教授によると、障害者施設の虐待通報で行政が事実確認調査を行う割合は全国平均で7割ほど。一方、児童福祉施設の児童虐待の通報だと調査割合は98%にのぼるというデータがあります。曽根准教授は、障害者虐待の調査割合もこのレベルまで早急に引き上げる必要があると話していました。

    また、今回のグループホームのケースでは関係する自治体が複数にまたがっていました。こうした場合、都道府県の障害者権利擁護センターが連絡調整などを行うことが厚生労働省の障害者虐待対応の手引きに記されていますが、取材では福岡県の動きは確認できませんでした。

    曽根准教授によると、障害者虐待防止法が定められたきっかけとなった事件の1つは2003年に福岡県の障害者施設で起きた傷害事件だということです。同様の事件を繰り返さないため、福岡県で障害者福祉に関わる行政の職員には障害者や現場の職員が届けた切実な声を当事者の立場になってしっかりと受け止めることが求められています。

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