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【今の香港で起きていること⑥】”愛国者”しか議員になれない あの民主化の熱狂からたった2年で

7月初めに香港の複数のメディアが「約230人の区議会議員の資格が剥奪され、議員報酬の返還を求められる」と伝えた。

香港ではことし5月に中国政府の主導で選挙制度が見直され、中国の言う「愛国者」しか選挙には参加できないことになった。そしてすでに議員になっている人たちにも、政府に忠誠を尽くすよう宣誓が求められることになった。

「破産してしまう…」

もし宣誓に反する行為があれば議員の資格が剥奪されて、刑事罰に問われる可能性もある。

政府からの正式な説明がないまま「これまで受け取った1年半分の報酬の返還を求められたら、破産してしまう」という不安が議員の間に一気に広がり、そして辞職の雪崩が起きた。

辞職した区議会議員は、あっという間に約270人にのぼった。いずれも2019年の選挙で選ばれた民主派の人たちだ。

大規模な抗議活動の中で頂点に達していた政府不信は民主派の圧勝をもたらし、18の区議会であわせて全体の8割以上にあたる約390議席を民主派が占めるに至った。民主派が社会運動によって勝ち取った議席だった。

2019年の選挙で当選した民主派の議員

あのときの選挙の熱狂ぶりは、今となっては本当に起こった出来事だったのだろうかとさえ思う。

おととし(2019年)の11月、私は九龍半島の公営住宅が建ち並ぶ下町に通っていた。大学を卒業したばかりの若者が、6月からのデモをきっかけに政治に関心を持つようになり、この町で立候補していた。

選挙戦は3期12年つとめた親中派の現職との一騎打ち。知名度も社会経験もない若者の選挙事務所には、近所の人たちが連日立ち寄って、鶏を煮込んだスープを鍋ごと差し入れたりビラ配りを手伝ったりと、何かと世話を焼いていた。日を追うごとにその輪が広がり、支持を得ているのが私にもわかった。

区議会議員選挙に投票する市民(2019年11月24日)

開票の日、午前3時になっても開票作業を見守るために集まった人たちは帰ろうとせず、建物の外にもあふれていた。

当選が決まるとその場にいた人たちだけでなく、周辺の集合住宅の中からも大きな歓声があがり、身長180センチ以上もある彼は何度も胴上げされた。私が日本で見たどんな選挙より熱気にあふれていた。同じような光景は香港のあちこちで起きていた。

まさに民主化運動の絶頂だった。

あれからわずか2年足らず。この日当選した「彼」も含め、民主派の半分以上の議員が自ら政治の舞台から去ることになった。

「1万回のごめんなさい」

「狭いから1人ずつ入ってください」

私がカメラマンとともに区議会議員事務所を訪れたとき、林進(29)さんはそう言って笑っていた。中国本土との境界に近い北西部にあったその事務所は、もとは掃除道具を入れる物置のような小さなスペースで、私はこれから区議会議員に課せられる宣誓について、林さんから話を聞いた。

林 進さん

その間にもひっきりなしに人が訪ねてきた。新型コロナのワクチン接種を予約したいと相談に来る高齢者、リサイクルできる子どものおもちゃを寄付しにくる女性など。横では近所の高校生が昼ご飯の麺を食べながら、学校の宿題をしていた。

地域住民の生活向上につながる仕事がしたいと政治家を志した林さんの夢が、この狭い場所で実を結びつつあるように見えた。

それから1週間後の7月8日、私は林さんの話を原稿にまとめていたが、まもなく全面的に書き直すことになった。林さんが突然フェイスブックで議員の職を退くと表明したのだ。

「1万回のごめんなさい」という言葉から始まる短い文章で林さんは、任期をまっとうできないことを支持者にわびていた。悩みぬいた末の決断に、地域の人たちの多くが理解を示してくれたという。

林さん
「地域の人たちとの関係を築きつつあっただけに、たった1年半で辞めることになるとは思ってもいませんでした。無力感を感じます。私たちは市民に選ばれた議員なのに資格が剥奪されるなら、市民を代表する声を届ける場がなくなります。デモもリンゴ日報も、何もかもが失われる中、そんなに期待はしていなかったけれど、この日がこんなに早く来るとは思いませんでした」

選挙に参加できない「政治家」

それから2か月後の9月10日、ようやく区議会議員の宣誓が始まった。香港政府は、議員たちが自ら辞めていくのを待っていたかのようだった。

あわせて200人あまりが、1人ずつ宣誓に臨んだ。辞めずに残っていた民主派のうち49人は、宣誓したものの、その宣誓が無効とされ議員資格を剥奪された。それまでの活動から、政府に忠誠をつくしているとは認められないとされたのだ。

結局、議員にとどまることが出来た民主派は60人ほど。多くの市民が希望を託した区議会はほとんどの議員がいなくなり、その機能すら失われてしまった。民主派の人たちは、ともに活動する仲間のことを「手足」と呼びあってきた。民主派は12月19日に行われる立法会の議員選挙で、運動の中心的な役割を担うはずだった、多くの「手足」を失うことになった。

若槻支局長の香港取材ノート、次回は「”儀式”になった選挙」。

来週月曜日に掲載予定です。ご意見ご感想もお待ちしています。

今の香港の音:街の飲茶屋で(2021年11月)

若槻真知 香港支局長

島根県出身。97年NHK入局。大阪放送局、横浜放送局、

韓国ソウル支局、富山放送局を経て2018年から香港支局長。

地方局時代は主に検察事件や裁判を担当、

海外でも人権や社会問題の取材を続けている。

趣味は山登りと美術・映画鑑賞。香港4大トレイルを踏破。

ヨガ始めましたが、体が硬すぎて落ちこぼれています

【香港取材ノート】

【今の香港で起きていること①】規制と統制が進む香港でも市民たちはスマホを掲げて行進した
【今の香港で起きていること②】蒸し暑い拘置所で彼女は「敗北」をどう受け止めたのか
【今の香港で起きていること③】裁判という舞台で共に闘う“共演者”たち
【今の香港で起きていること④】「大好きな香港」を捨てて旅立つ彼女を見送りながら、涙が止まらなかった私
【今の香港で起きていること⑤】多くの市民から「ありがとう」と言われた新聞があった
【今の香港で起きていること⑥】”愛国者”しか議員になれない あの民主化の熱狂からたった2年で
【今の香港で起きていること⑦】「何をしても親中派が勝つ選挙」それは”儀式”なのか
【今の香港で起きていること⑧】“We Are Hong Kong” 香港から日本へ問いかけること
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