ことばウラ・オモテ

「とる」はどう書く?

外国人が日本語を習得する上で難しい点がたくさんあります。これらの関門は日本語話者にも共通する問題であることも多いものです。

カチャカチャという擬音語やもぞもぞという擬態語。外来語。送りがな。漢字の書き分けなどたくさんあります。

同じ音で発音されても別の漢字を使って書き分けるのは、相当日本語になれてきた人でも難しいようです。

小さいころから日本語を話している日本人でも迷うことがたびたびあります。
音読みをする漢字熟語はある程度の見当が付きますが、和語と言われている古くからの日本語が持っていることばについては、あとから漢字が当てはめられたということもあり、なかなか難しいものがあります。

ものを「とる」というときに使う「とる」は「取る、採る、捕る、盗る、摂る、獲る、撮る、執る、穫る、録る、奪る」などさまざまな漢字を当てることが可能です。
NHKでは『新用字用語辞典』(現在は第3版)を作り、使い分けなどを説明しています。これは放送という公共のメディアでどのように書き分けるかを示したもので、一般的な文学作品や専門書を読み解くには必ずしも適しているとは言えません。

個人が書く文章などでは、その人の文字に対する意識の違いや歴史的な変遷が反映されることが多いからです。

『新用字用語辞典』をのぞいてみましょう。

「とる」という場合に一般的に使われるのは「取る」ですが、これは「獲る」も含んでいるとしています。そして、「(追いかけていって)とらえる場合」は「捕る」、「採用、採取する場合」は「採る」、「事務などを扱い、執り行う場合」は「執る」、写真は「撮る」と漢字を使います。

「盗む場合」は「とる(盗る、奪る)」、栄養は「とる(摂る)」となっています。

残る「穫る、録る」は掲載していません。「穫る」は「獲る」に含まれていると考えたのでしょう。「録る」は録音・録画だけを指しますが「録る」という慣用があまりないと考えたのかもしれません。

このほかにも「とる」に当てられるあまり一般的とはいえない漢字なら、たくさんありそうです。

前にあげた11の漢字は、すべてきれいに書き分けられるかというとそうでもありません。NHKでは「獲る」と「取る」はほぼ同じと見なしていますが、そうではないという人もいます。

食料になる、あるいは有用なものを自然界から「とる」場合は、「植物であれば穫」「動物は獲」と分ける人もいます。そうなると、貝や鉱物、キノコなどはどうするのか?

バッタやトンボなどの昆虫を「とる」のは「捕獲」といいますから「獲る、捕る」どちらでも使えそうです。

昆虫は「採集」ともいいますから「採る」も使えるかもしれません。

ある人は、ハエやカは駆除するためにとるのだから「取」、イナゴは食べるから「獲」、トンボは標本にするから「捕」だと言いますが、この書き分けは難しそうです。

ほかにも判断に困る場合があります。次の場合はどうしますか?
多くの場合「取る」で済ませられるかもしれませんが、かな書きでないとしっくりこないようなものもあります。個人個人の「とる」ということばに対する区分けの仕方やイメージによるからでしょう。こういうところが、ことば(書き方)にあらわれる言語観だとも言えるでしょう。

  • 「紅白歌合戦のトリをとる」
  • 「大関が綱とりをねらう」
  • 「私にとって」
  • 「武器をとって立ち上がる」
  • 「出前をとる」
  • 「ひけ(おくれ)をとる」
  • 「(遊女が)客をとる」
  • 「調子を(拍子を)とる」
  • 「バロック形式をとる」
  • 「連絡をとる」
  • 「積極策をとる」

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)