中江有里ブックレビュー“昨日とは違う今日”を感じる4冊

【番組で紹介した本】

●『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』
著者：速水健朗
出版社：東京書籍

★Yuri’s Point
1973年生まれの著者がこの50年に起きた出来事をふかんし、時に同世代の著名人たちの名を挙げながら、社会現象や新製品の誕生などを交えて語る50年史。1973年といえばオイルショック、第二次ベビーブームのピーク。ここから生まれる子供の数が減少していく。
1980年代は家庭用ビデオデッキが登場したころ、90年代にバブルが崩壊し、就職氷河期がやってくる。その後、携帯電話やパソコンが普及、人口減少問題も浮き彫りになっていく。人生100年と言われる今、その半分である50年の変遷を振り返るのに、絶妙な時期かもしれない。

●『前の家族』
著者：青山七恵
出版社：小学館

★Yuri’s Point
37歳、独身女性がついの住みかを求めて中古マンションを買ったことから始まる物語。
ある日思い立って、物件を探し、ローンを組んで購入したマンション。理想と住み心地を求めてリフォームし、住み始めたマイホームに、以前住んでいた小林家の子どもたちが度々やってくるようになる。
自分の家に以前の住人がやってくる。逆に自分が以前の住人の新居へお邪魔する。まるで親戚のような関係になり、自分の居場所を見失っていく主人公。物語は思いがけない結末を迎える。家をめぐる異色のミステリー。

●『デモクラシー』
著者：堂場瞬一
出版社：集英社

「あなたは今日から議員です」202X年、日本の政治システムは一変。
憲法は改正され、20歳以上の国民から合計1000人の「国民議員」がランダムに選出され、総理大臣は直接選挙で選ばれる。突然議員に選ばれた大学生の混乱、国民議員の不正を監視する「国民議員調査委員会」の危うさ、現首相と旧政治体制に固執する現都知事らの政権争い。ありえるかもしれない「未来」を描く、実験的政治小説。

★Yuri’s Point
「ありえない世界」と言い切れないところが面白い。
さまざまな人たちの関わりを見ていくと、「直接民主制とは一体なんなのか？」というのが浮かび上がってくる。
リアルの世界では選挙の投票率は低い。一票を投じることを放棄してしまっている人も多くいる。それは、政治に無関心だと捉えられてしまっても仕方がない。でも、それでいいのだろうか？
この物語は、日本の現状に対する提言とも言え、「当たり前だと私たちが諦めてしまっていることを変えれば、昨日とは違う今日があるかもしれない」そんなことを考えさせてくれる本だった。

●『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門 ――暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』
著者：清田隆之
出版社：朝日出版社

非モテ男性たちのぼやき、阿佐ヶ谷姉妹のお笑い、パワハラ、見た目で人の価値を判断するルッキズム。
日々を暮らす中で感じたモヤモヤを、誰かと話しながら言語化していく営みこそ、ジェンダーという巨大な問題に向き合うきっかけになるのではないか。
フェミニズムに向き合う文筆家が、ジェンダーを自分ごととして考えるためにつづったエッセイ。

★Yuri’s Point
恋愛から育児、仕事のことまでありとあらゆるテーマが詰め込まれており、この本自体がとりとめもないおしゃべりをしているよう。おしゃべりは時に時間の無駄と言われたり、とかく軽視されがち。でもとりとめもなく話す中で、新たな発見があったり、実はおしゃべりにこそ自分たちの本音があるのかもしれない。
大切なのは、「自分を語る」こと。自分が何を考えているか、どんなものに心を動かされたか。語らなければそのうち忘れてしまうような些細なことこそが、人生において実は考えたい大事なことなのでは。

 

【案内人】
☆俳優・作家・歌手　中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
数多くのTVドラマ、映画に出演。02年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞受賞。NHK-BS『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか！』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。
近著に『万葉と沙羅』（文藝春秋）、『残りものには、過去がある』（新潮文庫）、『水の月』（潮出版社）など。
文化庁文化審議会委員。2019年より歌手活動再開。