"アドバルーン"で津波避難 考案した若者の思いは

「今、津波警報が出たら、どこに逃げたらいいんだろう」

土地勘のない沿岸部を訪れていた学生の素朴な疑問から、ある研究がスタートしました。
それは、「アドバルーン」を打ち上げて避難場所を知らせることです。どこに逃げればいいのか一目でわかるようにしようという取り組みです。この研究に込めた学生の思いを仙台放送局の岩田宗太郎記者が取材しました。

(仙台放送局 記者 岩田宗太郎)


【津波避難、アドバルーンで呼びかける??】

ことし1月19日の午前7時。冷たい風が吹く仙台市の沿岸部にある施設の屋上で、1人の学生が黙々と作業を行っていました。東北大学大学院の成田峻之輔さんです。

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バルーンにヘリウムガスを入れ、空に向かって打ち上げていくと、「つなみ」の文字が記された垂れ幕が見えてきました。

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津波警報が出た際にアドバルーンを打ち上げて、どこに逃げたらいいのか知らせようという研究の実験です。実験の途中、20人ほどの報道陣に取材を受けた成田さんは、緊張した様子で手応えについて話しました。

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成田峻之輔さん
「視覚的に一発でわかるものを目印にあげれば避難先の選択がより容易になるという仮説のもと、実験を行っています。アドバルーンをあげるのは初めての経験なので大きいなという印象で、人の目を引くという特徴を持ったこのバルーンは、人に注目してもらって情報を伝えるというところではアナログではあるけど有力な手段なのではないかなと思います」

 

【土地勘のない人に避難場所どう伝えるか】

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宮城県では将来、東日本大震災を超える津波が予想されています。
去年5月に県が公表した新たな想定では、最も早い気仙沼市と石巻市で地震発生から21分後に津波が到達。南三陸町で23分後、女川町で25分後とされています。

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津波から逃れるために活用されるのが「津波避難ビル」や「津波避難タワー」です。東日本大震災を教訓に県内の沿岸部で増加。その数はおよそ120か所に上っています。

ただ、こうした避難ビルをめぐっては課題を感じている自治体もあります。そのひとつが気仙沼市です。

市内の沿岸部にあるホテルも「津波避難ビル」に指定されていますが、目印は小さな看板のみ。遠くからではわかりません。気仙沼市は観光客など土地勘のない人にとってどの建物が「避難ビル」なのかわかりづらく、その場所をいち早く伝えることに難しさを感じているといいます。

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気仙沼市 髙橋義宏 危機管理監
「沿岸部、気仙沼は高台近いところが多いが低地もあるので、そちらで避難が遅れた人、観光で沿岸部にいた人、そういう人が利用するところとして、避難ビルを指定しています。地元の人はハザードマップや防災講話で避難場所をお知らせできますが、気仙沼に一時的にいる観光客への周知は難しい課題だと思う」

 

【アドバルーンで避難場所。その仕組みは】

成田さんはこうした課題の解決につなげようと、アドバルーンを打ち上げて避難場所を知らせるアイデアを思いつきました。きっかけは、成田さんが土地勘のない沿岸部を何度も訪れていた際に、避難場所がわからないという素朴な気づきからでした。

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成田峻之輔さん
「沿岸部を歩いていて『もし地震が起きたらどこに避難するだろうな』と考えたら、避難行動を研究しているといいながら、避難行動をうまくできる自信がないなと思った。あらかじめハザードマップを用意している訳でもなく、事前に避難場所を確認してから観光地に行くこともないので、仮に津波が起きてしまっても安全に適切な判断ができるような情報、新しい情報媒体があるといいなと思っていた」

 

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成田さんのアイデアでは、津波警報が発表されると、避難ビルなどの屋上に設置された装置が警報を受信し、自動でアドバルーンが打ち上がります。
それぞれの避難場所からアドバルーンを一斉に打ち上げ、どの建物に避難すれば安全なのかが一目でわかるようになっています。また、垂れ幕はふだん、企業の広告として使ってもらうことで維持管理の費用にあてる計画です。


【アドバルーンを実際に飛ばして実験開始!】

アドバルーンを活用した避難場所の周知は有効なのか。成田さんはおよそ1週間にわたって仙台市の沿岸部で実験を行いました。今回の実験では複合施設の屋上から手動でバルーンを打ち上げました。見えやすさを確かめるため、垂れ幕の色も無色透明のものと黄色いものを比べるなど、いくつかのパターンを試しました。

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また、施設を訪れた人に聞き取り調査も実施。どの場所からならバルーンを認識できたのかや、文字の見え方について聞き取りました。

実験を行う中でいくつか課題が見えてきました。聞き取り調査を行うと、打ち上げたバルーンは1キロメートル離れた場所からでも確認することができましたが、その場所からは垂れ幕の文字を読むことができた人はいなかったのです。

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また、1人で手動でバルーンをあげるには時間がかかり、スムーズな周知につなげられない懸念も出てきました。手動ではなく、自動で打ち上がる仕組みは欠かせないと改めて感じたと話します。

成田峻之輔さん
「アドバルーンはヘリウムを入れれば簡単に浮かせられるものだと思っていたんですけど、簡単にあげられませんでした。警報が出て、本当に時間がない中ですぐにあげなければならないという状況での活用を考えた場合、大きな課題、解決しなければいけない課題が多くあるのではないかなというところを感じました。
実際に使うとしても、手動ではなくて自動化して、津波警報の受信とともに自動的に打ち上がるような仕組みを今後作っていかなければならない」

東日本大震災の時、小学5年生だった成田さん。あれから12年。
若い世代の発想が災害への備えを変えようとしています。

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成田峻之輔さん
「いつどこで、東日本大震災と同じ規模の災害が起こってもおかしくない。東北に蓄積していた津波の知見、教訓をこれから起こるであろう地域にどう還元していくかというのを考える必要がある。あの震災は、巨大災害に対してどう向き合っていくべきか、個人的に考えていくきっかけになったと思っています」

 


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岩田宗太郎記者
2011年入局
宇都宮局、科学・文化部を経て
2022年8月から仙台放送局