4年ぶりの登米能42歳の新人が奮闘!【丹沢研二】

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2023年9月16日、登米市登米町(とめし・とよままち)で、
登米能(とよまのう)が上演されました。
2020年以降は新型コロナウイルスの影響で中止が続いており、4年ぶりの開催です。

プロの能楽師ではなく地元の人たちが、役者、囃子、謡(うたい)、裏方まで担う登米能。
市民が受け継ぐ能は全国的にも珍しく、県指定無形民俗文化財にもなっています。
ドラマ「おかえりモネ」で紹介されたことを覚えていらっしゃる方も多いかもしれません。
ちなみにドラマでは「とめのう」として出てきましたが、実際は「とよまのう」です。

十数年ぶりの「新人」が加入

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伝統を受け継ぐのは登米謡曲会(とよまようきょくかい)のみなさん。メンバーは40人ほどです。かつては100人を超える会員がいましたが、新しく加入する人は少なく、平均年齢は70歳を超えています。
そんな中、2年前に十数年ぶりの「新人」が加入しました。

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小野寺崇(おのでらしゅう)さん42歳です。

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小野寺さんは登米市役所の職員で、2年前はドラマ「おかえりモネ」担当でした。
それをきっかけに登米能の後継者不足を知り、自ら登米謡曲会に入りました。

そもそも「登米能」とは

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登米能の歴史は、仙台藩の藩祖・伊達政宗までさかのぼります。政宗が能を愛したことから歴代の藩主も能を重んじ、伊達一門の登米伊達家でも武士たちが能を学んできました。
明治維新で武士階級が離散したあと、農地の豊かな登米では全員が帰農しました。
この元武士たちが一般町民に能を伝えたとされています。
能は礼儀作法を重視することから「たしなみ」として学ぶ人が多かったそうです。
平成8年には建築家の隈研吾さんの設計による「森舞台」が完成し、町も伝承に力を入れてきました。

経験ゼロから能を学ぶ

能の基本は、独特な歌唱法「謡(うたい)」
登米能でも、新人はまず謡を覚え、それから希望者は役者や囃子に進みます。

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♪「四海波静かにて~」

小野寺さんは、能はまったくの未経験でした。週1回公民館で謡の稽古をしているほか、通
勤の車の中でも覚えた謡を口ずさみます。家で練習すると娘さんから「うるさい」と怒られてしまうそうです。

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「楽譜のようなものはあるのですが」と小野寺さんが見せてくださった謡の本です。
歌詞の横にゴマのような点があるだけでドレミも何も分かりません。点の形で音の高さやどれぐらい伸ばすかを示していますが、それ以上は先輩の謡を聴いて耳で覚えるしかないそうです。初心者にこれは難しい…!

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9月11日。本番を前にして舞台稽古が行われました。
小野寺さんの担当は、コーラスにあたる「地謡(じうたい)」です。

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役者の中には子どもの姿もありました。小学5年生の桜井陽太(さくらいひなた)くんです。
「おかえりモネ」を見て登米能に興味を持ち、参加することにしたのだとか。小学生は会員にはならず「子方(こがた)」というゲスト参加のような形ですが、桜井くん自身「ずっと続けたい」と話していたので、未来の登米能を担う一人になるのかもしれません。

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稽古中、一番左の小野寺さんが苦しそうな表情で足をもぞもぞしています。
もしや…。

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丹沢「足しびれました?」
小野寺「めっちゃしびれました。(前列で)目立っちゃうんで、微動だにしないように頑張りたいと思います」

地謡は姿勢を崩さずに謡い続けることが求められます。
慣れない人には正座を続けるだけでも一苦労です。

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そんな小野寺さんの謡に登米謡曲会会長の米谷甚七(まいやじんしち)さんが一言。
「2年でここまで仕上がっているのは勉強している証拠だと思います」

本来は謡を習い始めてから初舞台までは5年ぐらいかかるものだそうです。
車の中でも練習し続けた小野寺さん、その努力は先輩も認めていました。
「とにかく途切れることなく引き継いでいってもらいたい。それだけです」

4年ぶりの登米能は大盛況

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9月16日。森舞台には、4年ぶりの登米能を待ちわびた観客が大勢訪れました。

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能の演目は弁慶と牛若丸の出会いを描いた「橋弁慶」です。

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牛若丸役は小学生の桜井くん。堂々と演じ切りました。

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♪「手元に牛若寄るとぞ見えしが畳み重ねて打つ太刀に~」

地謡は、物語の展開を謡で表現します。
物語の盛り上がりとともに謡もテンポアップ。小野寺さん、先輩に必死でついていきます。
「地謡がそろって歌うきれいなところをみなさんに聴いていただきたい」と、
稽古の時に小野寺さんは話していました。

およそ45分の演目を見事に演じ切ったみなさん。
夜の森舞台は万雷の拍手に包まれました。

コロナ前は毎年来ていて4年ぶりの上演を楽しみにしていたという女性、
貴重な登米能を観たくてはるばる長野県から来たという男性、
「おかえりモネ」ファンの方も大勢いらっしゃいました。

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「すごくほっとしています。すばらしい文化なのでこれを続けていくことと、世界に向けても発信して良いものを伝えていく存在になりたいです」


おわりに

私(丹沢)が初めて登米能を取材し、放送したのは2年前でした。
「おかえりモネ」で登米能の存在を知り、興味を持ったのです。
(経緯は漫画「アナの日常」にまとめています)
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この取材で初めて夜の登米能を観て、地域でこういう文化に触れることができるのはなんて豊かなのだろうと感動しました。
自ら伝統の担い手となった小野寺さんの活動をこれからも見守り、取材したいと思います。