【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2023年3月12日(日)放送の<DJ日本史>、テーマは『話が違うぞ!さあ、どうする?』。いざ実際に行ってみたら聞いてた話と大違い、思っていたのと正反対! そんな経験ありませんか? このようなとき、昔の人は自分の置かれた状況にどう向き合ったのでしょうか?

組織のトップの発言と実際の行動が180度全く違った、という話です。

時は幕末、薩長と旧幕府軍が激突した鳥羽伏見の戦い直後のことです。
この戦い、旧幕府軍は京都で敗れて一旦大坂城に引きあげます。このとき、旧幕府軍のトップだった徳川慶喜は大坂城で家来や味方の大名に向かって大演説をします。

「たとえ千騎が倒れて一騎になっても、絶対にひくな。全力を尽くせ。たとえ大坂で敗れても江戸がある。江戸で敗れても、水戸がある。絶対にあきらめてはならぬ」

ところがその翌日、大坂城の将兵は耳を疑うような事態に直面したのでした。


その事態、なんと「絶対にひくな」と言った徳川慶喜当の本人が大坂城をこっそり脱け出し、船で江戸へ向かってしまったのです。
このとき、大坂城に残された旧幕府軍の将兵は1万数千。彼らは慶喜逃亡の事実を知ったとき、何を思ったのか?
多くの者の反応、それは、「ウソだろ」。

当時旗本として大坂城にいた福地源一郎(ふくちげんいちろう)という人物は、後に自らの体験を語っています。
福地も、慶喜がいなくなったことを仲間から聞いたとき最初は声を荒らげました。
「馬鹿なざれ言を言うな!」
すると仲間は、「どっちがざれ言だ!うそと思うなら、御用部屋へ行ってみろ」
福地は半信半疑で部屋に行きますが、どこにも人影はなし。ただ、奉行らに用意されていた鴨の切り身や餅が残っているばかり。
すべてを悟って福地はそれを食った、というんですが、そのとき一体、どんな気持ちだったんでしょうね。

一方、大坂城に残った将兵の中には、あらかじめ慶喜本人から逃亡を打ち明けられていた人物もいました。
それが、幕府で若年寄だった永井尚志(ながいなおゆき)。
永井は、大坂城に残された将兵の退却の手段を手配。自身も大坂城を後にして江戸にもどります。

ただそんな永井にも、思わぬ誤算が待ち受けていました。
永井は、徳川慶喜が江戸城を拠点に戦うつもりと見ていましたが、大違い。慶喜本人ははなから戦う気がなく、新政府軍に恭順する意向だったのです。
永井尚志、そこまでは知らされていませんでした。

そんな永井はその後、榎本武揚らと合流、北海道の箱館に渡り最後まで戊辰戦争を戦っていくことになりました。

DJ日本史「話が違うぞ!さあ、どうする?」①

DJ日本史「話が違うぞ!さあ、どうする?」②