【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2024年2月11日(日)放送の<DJ日本史>、テーマは「歴史を動かした、すご~いネットワーク」。歴史上では1人のずば抜けた個性の偉人が活躍することもありますが、反面、目立った人はいなくても、人と人との間に地道に張りめぐらされたつながり、広い結びつきが大きな力となって世を変えたこともしばしばでした。歴史を動かしたすご~いネットワーク、そのパワーとは?

ご紹介するのは江戸時代初め、芸術を発展させたネットワークです。
そのネットワークの中心的存在は、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)という人物でした。

本阿弥光悦は江戸時代初め、京都の郊外の地に文化の大拠点、いわば芸術村を作ります。ここに当世一流の芸術家、職人たちを集めました。
これらそうそうたる面々を呼び寄せる原動力になったのが、京の町衆に張りめぐらされた、あるネットワークでした。


その芸術村が作られたのは、今の京都市の北、鷹峯(たかがみね)という場所でした。ここは、都の中心から遠く離れた荒れた所。当時は追いはぎなども出没する、治安もよくない地でした。
ですが本阿弥光悦は、京の町から文化芸術に造詣(ぞうけい)の深い人々を呼び寄せることに成功します。

たとえば、絵師・尾形光琳(こうりん)の祖父にあたる尾形宗伯(そうはく)。また、筆や紙を作る一流の職人も移り住んできました。さらに京を代表する豪商・茶屋四郎次郎(ちゃやしろうじろう)も、本阿弥光悦の家のすぐ向かいに屋敷を構えます。

では、人々はなぜ、不便な鷹峯の地に移ってきたのか?
実は彼らは、あるネットワークでつながっていました。彼らは同じ信仰を持つ、日蓮宗(にちれんしゅう)の信徒だったのです。

室町時代以降、京都では日蓮宗の布教活動が積極的に行われます。応仁の乱や相次ぐ天災で世が乱れる中、京の町衆の間で日蓮宗はどんどん広がっていきました。
鷹峯に集まった人々はそんな、日蓮宗のネットワークでつながった人々でした。
「ここに、現世の浄土を作りたい」
本阿弥光悦たちはそんな目的を持っていたのではないか、とも言われています。

こうしてここ鷹峯=京の芸術村では、同じ信仰でつながったネットワークが世を驚かせる作品を次々に生み出していったのでした。

DJ日本史「歴史を動かした、すご~いネットワーク」①

DJ日本史「歴史を動かした、すご~いネットワーク」③