【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2023年6月11日(日)放送の<DJ日本史>、テーマは『あの世界的偉人を動かした日本人』。どの国でも広く名が知れ渡った世界の偉人たち。そんな彼、彼女らの胸を打ち、行動に駆り立てた日本人がいます。世界的偉人はその日本人の存在をどうやって知ったのか? そして、どんなところに感銘を受けたのでしょうか?

アメリカの第26代大統領、セオドア・ルーズベルトに影響を与えた日本人をご紹介しましょう。

セオドア・ルーズベルトは明治時代の日露戦争の講和を仲介してポーツマス条約をあっせん。その功績で、ノーベル平和賞も受賞しました。
日露戦争の終盤では日本は国力の限界を迎えていましたから、ルーズベルトが講和の仲介を買って出てくれたことは明治政府にとってありがたいことでした。

では、なぜ日本とロシアの講和の仲介を第三国のアメリカのルーズベルトが買って出たのか?
もちろんルーズベルトには、アメリカの国益のため東アジアを安定させるという政治家としての判断があったのでしょうが、実はもう1つ、とても日本に親しみを感じていた、という背景もあったようです。
そのウラには、ある日本人の存在がありました。。


日露戦争開戦から1か月後、1904年3月のこと。
大統領のセオドア・ルーズベルトが驚いたことがありました。

ホワイトハウスで日本の柔道家とアメリカ人のレスリング選手が対戦。
このとき、わずか身長160センチの日本人柔道家が、2メートルを超える大男のレスリング選手を倒したのです。
その日本人柔道家の名は山下義韶(やましたよしつぐ)
あの加納治五郎の教えを受けた人物で、このとき山下は柔道を世界に広めるためアメリカに渡っていたのでした。

山下の技に触れたルーズベルトは、すっかり柔道に夢中。早速山下から柔道を習い始めます。
ホワイトハウスの一角を作り変え、広さ70畳の柔道場に改造。そこで週3回、山下の指導を受けました。
こうしてルーズベルト、礼節正しい山下との交流や柔道の体験を通して、日本という国に興味を持っていきました。

もう1つ、ルーズベルトの日本への深い関心には、1冊の書物も影響していたようです。
新渡戸稲造が書いた本「武士道」。
これは元々、新渡戸が日本人のものの考え方を世界に紹介するため英語で書いた本でしたが、ルーズベルトはとても感動。数十冊も買い求め、家族はもちろん周囲の人々にも配ったほどでした。

こう見ると、セオドア・ルーズベルトが日露戦争の講和あっせんに乗り出した背景では、スポーツや文化の力が働いていたのかもしれませんね。

DJ日本史「あの世界的偉人を動かした日本人」①

DJ日本史「あの世界的偉人を動かした日本人」②