島市と県が控訴に
「逃げの姿勢で許せず」原告

広島に原爆が投下された直後に放射性物質を含むいわゆる「黒い雨」を浴びて健康被害を受けたと住民たちが訴えた裁判で、被告の広島市と県は、国と協議した結果、全員を被爆者と認めた広島地方裁判所の判決を受け入れず、12日控訴しました。

原爆が投下された直後に降ったいわゆる「黒い雨」をめぐり、国による援護を受けられる区域の外にいた住民や遺族合わせて84人が健康被害を訴えた裁判で、広島地方裁判所は、先月、全員を被爆者と認め、広島市と広島県に対し、被爆者健康手帳を交付するよう命じました。

判決について、広島市の松井市長は12日記者会見し、「国の要請を受け、法律の手続きに従って控訴せざるを得なかった」と述べ、控訴期限の12日、県とともに控訴したことを明らかにしました。

広島市と県は、従来から援護を受けられる区域の拡大を国に求めてきたことから控訴に消極的な意向でしたが、裁判に補助的な立場で参加した国は「判決は科学的な知見が十分とは言えない」などとして控訴するよう要請していました。

これを受けて、広島市と県が協議した結果、国が援護区域の拡大も視野に区域の検討を行う方針を示したとして、国の要請を受け入れて控訴しました。

先月の広島地裁の判決は、国が定めた援護区域の外でも黒い雨の影響が及んだと認め、訴えた住民などからは同様の立場の人たちの救済につながる可能性があると期待されましたが、控訴によって引き続き法廷で区域の妥当性などが争われることになります。

安倍首相「被爆者の支援策にしっかり取り組む」

広島に原爆が投下された直後に放射性物質を含む、いわゆる「黒い雨」を浴びて健康被害を受けたと住民たちが訴えた裁判で、広島市と広島県が控訴したことに関連し、安倍総理大臣は、12日午後、総理大臣官邸で記者団に対し、「広島県、広島市と協議を重ねてきたが、これまでの最高裁判決とも異なることなどから、上訴審の判断を仰ぐこととした」と述べました。

そのうえで、「広島県と広島市、そして被爆者の皆様からの要望を踏まえ『黒い雨地域』の拡大も視野に検証していきたい。被爆という筆舌に尽くしがたい経験をした皆様への支援策にしっかりと取り組んでいく」と述べ、援護を受けられる区域の拡大も視野に引き続き、被爆者の支援に取り組む考えを示しました。

加藤厚労相「援護区域拡大も視野に検討」

加藤厚生労働大臣は記者団に対し、控訴した理由について、「広島県、広島市、国の3者連名で控訴した。関係省庁で判決内容を精査したところ、これまでの最高裁判決とも異なり、十分な科学的知見に基づいたとは言えない内容になっている」と説明しました。

一方で、広島市や広島県が求めていた援護を受けられる区域の拡大については、「被爆から75年を迎え、関係者も高齢化し、記憶も薄れつつある中で、県や市などからの強い要請を踏まえ、区域の拡大も視野に入れた再検討を行うため蓄積されてきたデータの最大限の活用など最新の科学的技術を用い、可能なかぎりの検証を行うよう事務方に指示した」と述べ、区域の拡大も視野に検討を始める考えを示しました。

また、検討の期限については「具体的なタイミングを申し上げる状況にはないが、対象者の高齢化が進んでいることも念頭に置きながら、スピード感を持って作業をしていきたい」と述べました。

自民 岸田氏「政府は迅速な対応を」

自民党の岸田政務調査会長は「政府が援護を受けられる区域の拡大に向けて検証を行うと表明したことは一歩前進だ。被爆者の高齢化が進み、時間との戦いになっていることから、政府には迅速な対応を求めていきたい」とするコメントを出しました。

広島県被団協「控訴は容認できず」

広島市と広島県が控訴したことについて、広島県被団協の箕牧智之理事長代行は「ずっと闘ってこられた原告の皆さんのことを考えると控訴は容認できず、被爆者団体としても腹立たしいことだ」と述べ、市と県の対応を批判しました。

また、加藤厚生労働大臣が援護を受けられる区域の拡大も視野に検討を始める考えを示したことについて「国が援護区域の拡大を本当に検討するか信用できないところがあるが、最後の1人まで被爆者を救うという精神で対応するよう要望したい」と話していました。

原告の住民「許せない 早く裁判を」

広島市と県が控訴したことについて原告の住民たちが記者会見し、高野正明原告団長(82)は、「広島市や県が国が提示した条件をのみ、控訴を断念する勇気がなかったのは残念だ。国は科学的根拠ということばで判決を批判しているが、結論ありきの逃げの姿勢で許すことができない」と述べ、怒りをあらわにしました。

そのうえで「裁判だけでも5年がたち、私たちの余命も長くはないので早く裁判に取りかかってほしい」と訴えました。

また、原告団の竹森雅泰弁護士は、国が今後、援護を受けられる区域を拡大することも視野に検討する方針を示したことについて、「これまで住民や市などが何度も国に援護区域の拡大を訴えてきたが、認められなかった経緯を考えるとあまり信用できない。広島高裁で勝訴して被爆者健康手帳を交付するよう求めなければならない」と述べました。

また、広島市の松井市長が、控訴を表明した会見で原告に向けて「期待をつないで、もう少し頑張ってもらいたい」と発言したことについて、「80歳を越える人たちにもう少し頑張ってくれと言うのは残念で、この世からいなくなるまで待っているのかと言わざるをえない」と批判しました。

広島 松井市長「国と足並みをそろえて」

広島市と県が控訴したことについて、広島市の松井市長は記者会見し「市としては政治判断で控訴しないよう要望したが、国からは判決は十分な科学的知見に基づいていると言えないとして、強く控訴の要望を受けていた。被爆者健康手帳の交付は法律で定められた国の受託事務であることを踏まえて、国と足並みをそろえて控訴せざるをえないと判断した」と述べました。

そのうえで11日、加藤厚生労働大臣とオンラインで会談した際、国から援護区域の再検討を行う方針が示されたことを明らかにし「大臣から区域の拡大も視野に入れて再検討したいという方針が示されたことを重く受け止めている。国の主導で調査チームが作られると聞いており、大臣からスピード感を持って取り組むという答えをもらったので、今後、年度内に方向性を出すことを要望したい」と述べ、援護区域の拡大に向けて迅速な対応を求める考えを示しました。

控訴によって今後も裁判が継続することについては「せっかく勝訴した原告の思いを考えるとつらいが、多くの人を救う検討の余地があるとして大臣がかじを切ったので、そこに期待をつないで、もう少し頑張ってもらいたい」と述べました。

広島県 湯崎知事「控訴せざるをえず」

広島市と広島県が控訴したことについて、広島県の湯崎知事は、「原告の気持ちを考えるとつらい思いがあるが、国の要請に従って控訴せざるをえないとの判断に至った」と述べました。

そのうえで、加藤厚生労働大臣が援護を受けられる区域の拡大も視野に検討を始める考えを示したことについて、「法律論としては控訴せざるをえないが、国として被爆者の救済にかじを切ったのだと解釈している。拡大をしっかりしていく方向で検討してもらいたい」と、国の対応に期待を示しました。

一方、原告に対しては、「県としては黒い雨の地域拡大、黒い雨を浴びてさまざまな病気を抱えた方を救済したいという気持ちで取り組んできた。もう少し待ってもらうことになり申し訳ないが、引き続き全力を尽くしたい」などと述べました。