ベノミクスを
どう評価するか

在任期間が憲政史上、最長となる安倍総理大臣。最初に就任したのは12年前。この間、私たちの暮らしは豊かになったのか。安倍政権の一丁目一番地の政策、「アベノミクス」の効果を検証します。

アベノミクスとは

平成24年、2012年12月に発足した第2次安倍政権が打ち出した一連の経済政策は「アベノミクス」と表現されます。政策の柱は3つ。

「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」そして「成長戦略」。これを「3本の矢」と呼んで物価が継続的に下がるデフレからの脱却と持続的な経済成長を目指しました。

このうち1本目の矢の金融政策では、政府と日銀が異例の共同声明を発表。日銀は「2年程度で2%の物価上昇率を達成する」と目標に掲げました。

そして大量の国債を買い入れて市場に大量の資金を供給する「異次元」とも言われる大規模な金融緩和に踏み切り、企業や国民に染みついたデフレ心理を一掃しようとしました。

2本目の矢である財政政策では、低金利をテコに、リニア中央新幹線などのインフラ整備を加速したほか、公共工事の上積みなどで需要の拡大をねらいました。

そして3本目の矢である成長戦略では、規制緩和などによって、経済の実力を引き上げることをねらいました。

法人税の実効税率の引き下げなどで、企業の成長を後押し。自由貿易を推進して経済の活性化につなげようとTPP=環太平洋パートナーシップ協定などの交渉加速にも取り組みました。

安倍政権は、この「アベノミクス」を経済政策の基本にデフレ脱却に取り組み、その後は、子育て支援や女性や高齢者が働きやすい環境整備など一人一人の個人の暮らしに焦点をあてた経済政策に重点的に取り組む姿勢を強めています。

アベノミクスの経済効果

アベノミクスによって大きく変わったのが金融市場です。

当時、日本の産業界は、歴史的な円高に苦しめられていました。2011年には、1ドル=75円台の史上最高値を記録した「超」円高。第2次安倍政権の発足と、日銀の異次元の金融緩和策で急速に円安方向に動き始めました。

2015年には、円相場は1ドル=125円台まで円安が進み、輸出企業の採算が大きく改善しました。

株式市場も急速に回復。第2次安倍政権発足前日の2012年12月25日に1万80円12銭だった日経平均株価は、去年(2018年)10月には2万4270円62銭に値上がり、およそ27年ぶりの高値となりました。

企業の利益もはっきりと増えました。財務省の法人企業統計によりますと企業の「経常利益」は、2012年度はおよそ48兆4000億円。2018年度にはおよそ83兆9000億円に拡大しました。

企業活動が上向いたことで、雇用情勢も改善を続けました。仕事を求める人1人に対し、企業から何人の求人があるかを示す有効求人倍率は、2012年12月に0.83倍。働きたくても十分な仕事がない状態でした。

それが2018年8月には、1.63倍に上昇。およそ45年ぶりの高い水準となり、直近のことし9月も1.57倍を維持しています。

総務省の労働力調査によりますと仕事についている人の数は、2012年の平均の6280万人が2018年には6664万人となり、380万人以上増えました。働く女性や高齢者が増えたことが主な理由です。

経済界は評価も「長期的視点を」「持続可能性を」

安倍政権のこれまでの経済政策を、経済界はおおむね評価しています。

日本商工会議所の三村会頭は「第2次安倍政権が発足した当時、円相場は1ドル・80円台で、輸出企業を中心に日本の大手企業の国際競争力が失われていた。為替レートはその後、正常化され、大幅な収益向上がもたらされた。アメリカでトランプ政権が発足してから、国際情勢は不安定になり、米中の覇権争いは、いつまで続くかわからないという状況になった。安倍総理大臣は米中のはざまの中で、非常に巧みに立ち回り、長期政権であることは変動が大きい今の国際情勢の中では財産になっている」と述べました。

経団連の中西会長は「アベノミクスは、たくさんの議論がありながらも結果として、日本の競争力を強めた。安定的な経済運営を行い大変大きく貢献したと思っている。また、これだけ不安定な国際情勢の中で、日本にとって、相対的によいポジションを作ってきたことも非常に高く評価している」と、述べました。

その一方で、「経済の基盤が大きく変わろうとしている時代なので、目の前の景気対策だけでなく、成長をより促進するような政策をぜひ打っていってほしい」と述べ、より長期的な視点にたって日本経済の成長戦略を打ち出してほしいと求めました。

経済同友会の櫻田代表幹事は「経済のデータを見るかぎり、状況は明らかによくなっていて、経済最優先という公約については果たされつつある」と述べました。

そのうえで、櫻田代表幹事は多くの人が将来不安を感じていることを今後の課題にあげ、「国民の消費が伸びないのは、社会保障制度に対する不透明感があると確信している。今後、全世代型社会保障制度の構築にきちっと切り込んでいくことを期待したい」と述べ、将来にわたって持続可能な社会保障制度を整えるよう求めました。

「景気回復の恩恵を実感できない」はなぜ

企業の業績や雇用情勢は改善してきましたが、その恩恵は、わたしたちの暮らしにどこまで届いているか。受け止めは分かれています。

総務省の家計調査をみると収入は、緩やかに増加しています。サラリーマン世帯の1か月の平均の実収入は2012年には46万7774円だったのが、2018年には49万2594円となり、2万4000円余り増えました。

厚生労働省の国民生活基礎調査をみても1世帯当たりの平均の所得は増加しています。ただ詳しくみると所得が高い上位20%の世帯は平均所得が増えた一方、中間層の平均所得は逆に減少しています。

このデータをみると豊かな世帯に、大きな恩恵が及んでいる可能性があります。

また家計調査で、サラリーマン世帯の平均の支出を見ますと、税金と社会保険料の負担が重くなっています。所得税や住民税といった「直接税」と年金・医療などの「社会保険料」を合わせた毎月の負担額は、2012年の平均で8万3840円でしたが、2018年には9万1490円となり、7600円余り増えました。

所得や家族構成によって、それぞれの世帯が実際に支払う税や社会保険料の金額は変わってきます。ただ、全体としては負担が増えていることも示しています。厚生年金保険料が2017年まで毎年引き上げられたことなどが影響しています。

また、この負担とは別に第2次安倍政権の間に消費税率は社会保障に充てるため5%から10%になり、買い物の際の支払いが増えています。

収入が増えたのに、景気回復の恩恵を実感できないという人が多いのは、こうした負担が増えているからだと指摘する専門家もいます。

高齢化がさらに進み、今後も、税金や保険料の負担はさらに重くなっていくと身構える人も多く、それが将来不安につながっているという指摘もあります。

一方で、税や保険料の負担が、所得の再分配に使われた結果、全体の所得格差は小さくなっているという統計もあります。「ジニ係数」と呼ばれるデータですが、2011年と2017年を比べると改善しています。このようにデータによって見えてくる姿はさまざまです。

では、家庭から企業へと目を移すと、状況はどうなったか?2012年以降、企業が順調に利益を積み上げ蓄えを増やしているのです。

財務省の法人企業統計をみると、企業が内部に蓄えた利益を示す利益剰余金、いわゆる「内部留保」は2012年度には304兆円でしたが、2018年度には463兆円まで増えました。企業の持つ「現金・預金」も2012年度には168兆円でしたが2018年度には、223兆円に増えています。

ただ、企業が、利益をどれだけ従業員の給与の支払いなどにあてたかを示す「労働分配率」は、低下傾向が続いています。

法人企業統計をみると2012年度の労働分配率は72.3%。利益の7割以上は、従業員に支払われていましたが、2018年度は66.3%に下がっています。

働く人たちが景気の回復をいまひとつ実感できないのは企業がもうけをため込んで、従業員の十分な賃上げにつながっていないためだという指摘も増えています。

家計簿からみると「収入増えたが支払いも増えた」

東京都内で暮らす40代の菅原さんです。夫と小学生の2人の子どもの家族4人暮らし。

たまたま“アベノミクス”が始まった2012年から家計簿をつけていました。

その7年間の家計簿をもとに、毎月の家計を分析して見えてきたのが、手取りの収入が思ったほど増えていない実態でした。

子育てのため仕事を辞めていた菅原さんが仕事に戻った2013年からことしにかけての、夫婦の給料や手当、ボーナスなどを合わせた平均の「月収」は、8万4000円余り増えていました。

その一方で、所得税や住民税、それに年金などの社会保険料の支払いも増え、毎月、7万2000円余り負担が増えていました。

厚生年金保険料が2017年まで毎年引き上げられたことに加え、菅原さんの場合は、介護保険料の支払いが始まったことも負担の増加につながりました。

この結果、「月収」から「税と社会保険料負担」を差し引いた「手取りの収入」は、2013年からことしまでの間に1万2000円余りの増加にとどまっていました。

それに加えて消費税率はこの間、2度引き上げられ5%から10%にあがり、買い物の際の支払いも増えています。

節約のため、外食は1か月に1回以内と決め将来の子どもの学費や、老後に備えてできるだけ貯蓄を増やそうとしています。

菅原さんは、「景気は悪くなっていないと思うが、自分の暮らしには回復の実感がないと感じています。社会保険料と税金は家計にとってかなりの負担で、前の年より大きな消費をすることもできません。いま払っている社会保険料も老後に戻ってくる保証はどこにもないのでまずは貯金するしかありません」と話していました。

3本の矢の1つは手詰まり 財政健全化の道筋も見えず

日本経済は、第2次安倍政権が発足した2012年12月から回復を始め、政府は、戦後最長の景気回復が続いているという立場です。しかし、アメリカと中国の貿易摩擦などの影響で世界経済は減速に転じ、日本の景気にも変調の兆しがでています。

最近、発表になった企業の中間決算では、製造業を中心に今年度の業績見通しを下方修正する企業が相次ぎました。

従業員の削減に踏み切る企業も出始め、業績の落ち込みが広がればアベノミクスの最大の成果の1つにあげられるこれまで大きく改善してきた雇用の先行きにも影響するおそれがあります。

経済政策にも課題が浮かび上がっています。なかでもアベノミクスの3本の矢の1つ、日銀の金融政策が手詰まりの状態になりつつあります。

政府と日銀が、共同声明を出してスタートした異次元の金融緩和。2年程度で2%の物価上昇率の達成を目標に掲げました。

日銀は、空前の規模で国債を買い入れて市場に大量の資金を流し込んだうえ、異例のマイナス金利政策にも踏み切りました。しかし、ことし9月の消費者物価上昇率は、0.3%のプラスにとどまり2%の目標達成がいつになるのか展望できていません。

マイナス金利政策の長期化で銀行は本業の企業向け貸し出しや住宅ローンで利益を上げにくくなり、生命保険会社も運用難になっています。金融緩和の副作用が、むしろ目立つようになっているのです。

三井住友フィナンシャルグループの太田純社長は「デフレからの脱却に向かって心理面が変わり、非常に大きな成果はあったと思う。ただ、日銀のマイナス金利政策が導入されて、いろいろな悪影響が出ているのも確かだ。今後は効果とリスク、影響をよく考えて、対応していただきたい」と話しています。

また財政運営にも大きな課題があります。政府は「基礎的財政収支」という財政指標を2020年度に赤字から黒字に転換させることを目標に掲げていました。

しかし、歳出の拡大傾向には歯止めをかけることができず黒字化の目標を2025年度に先送りしました。

最新の政府の見通しでは、このあと高い経済成長が実現できても2025年度もなお2兆円を超える赤字が残るとしています。

高齢化で、社会保障費がさらに膨張するのが避けられない中、財政健全化の道筋も見えていません。