アーダーン首相
インタビュー全文

ニュージーランド アーダーン首相へのインタビューの全文です。

妊娠の葛藤や不安は?

Q1 妊娠がわかったのは、連立政権の交渉の最中で忙しい時でした。喜びのほかに、葛藤や不安はありましたか?

A1 当時は、確かにそうでした。(連立)政権を組むことにあまりにも焦点が置かれていたため、もっと未来のことも考えないといけないと思ったのを覚えています。だから、新米の親が通常経験することとは違いました。(連立)政権を組むための重要な時期でしたから。でも、喜びはもちろんありました。

産休の決断

Q2 首相としては史上初めて産休をとりました。ニュージーランドの首相として重い責任を抱えながら産休を取る決断をするのは難しいことでしたか?

A2 私にとっては非常に現実的な決断でした。娘を出産して、回復する時間が必要だと感じたのです。また、子どもが生まれて最初の数週間を尊重すべきで、そういう時間を親に与えるべきだというメッセージを送ることがとても大切だと感じました。私は、親が(産後)26週間、子どもと一緒に過ごすべきだという考えを支持しています※。しかし、首相として、私がそうすることはできません。そこで、6週間ということにしましたが、ニュージーランドの国民は支持してくれました。あっという間に時間はすぎて、仕事に復帰しました。世間がこうした選択を受け入れてくれたと信じています。

※ニュージーランドでは、2020年7月より、有給の産休期間が現在の22週間から26週間に延長される。

国民から支持された

Q3 決断に批判的な人もいたかもしれませんが、どのように対処されましたか?

A3 正直に言うと、国民に自分の妊娠を告げるのは、とても緊張しました。ニュージーランドでは前例がないことで、人々がどう反応するか、基準にできるものはありませんでした。だから、緊張しましたが、発表したところ、ほぼ喜びしか反応はありませんでした。もちろん、否定的なことをいう少数の人たちはいました。しかし、本当にごく少数の人たちでした。多くの人たちは、仕事場に私と同じ年齢層の女性がいるならば、産休をとる人間が出てくるのは当然で、そういう人たちを支援すべきだと認識していたと思います。また、父親が養育者となることも支援すべきです。だから、国民からとても支持されたと感じています。

両親やパートナーの支えがあるからこそ

Q4 日本の女性も、仕事も子育てもしたいと思っていますが、そのようにできないと感じている女性もいます。女性が直面しているこういった葛藤について、どう思われますか?

A4 これは、世界共通の課題だと思います。世界のどこに住んでいようと、女性は、すべてのことを自分でやらなければならないと感じてしまいます。働いていても、母親であっても、主たる養育者となれるよう努力しなければならず、すべてをこなす努力をしなければならないと感じてしまいます。私は、自分ですべてできるというふりはしません。一人で、首相と母親を務めることはできません。両親やパートナーの支えがあるからこそ、できるのです。世界中のどこにいようと、自分を支えてくれる人たちが周りにいるから、やっていけているのだということを伝えたいです。女性たちの周りに同じようなネットワークを構築できるよう働きかけ、支援すべきです。それは、男性がもっと子育てに積極的になるということでもあります。これは大きな変革です。ここ数年間、ニュージーランドでは、そういう流れができてきていることをうれしく思います。誰もが自分にあった役割を担うことが可能だと考えています。

最善の選択ができる環境を

Q5 「赤ちゃんや子どもがいるのであれば、首相をやるべきではない」という人たちについて、どう思われますか?

A5 誰もが自分にあったものは何か、分かるはずです。男性でも女性でも、ずっと家にいて子育てをしたいという人がいれば、そういう選択ができる環境を全力で作れると思いたいです。仕事をしながら子育てをしたいということであれば、それもその人の選択です。私にとっては、他者から批判されることなく、自分にあった選択ができると感じられることが肝心です。なぜなら、結局のところ、自分たちにとって何が最善なのかは、親にしか分からないからです。最善の選択ができる環境、つまり、必要な休みをとることができ、パートか専業かを選べるだけの収入がえられる環境を提供することが、首相としての私の務めだと受け止めています。選択できることこそが大切だと思っています。すべての人が選択できる環境にあると感じているわけではないことは分かっていますが、そうあってほしいと思っています。

銃撃事件から半年

Q6 クライストチャーチの銃撃事件から半年がたちました。人種や宗教の違いを越えた結束を呼びかける力強いメッセージを発信され、多くの人々があなたのメッセージに励まされました。しかし、いまだに憎しみや差別、不寛容や不親切も社会に存在します。ニュージーランドはこういった課題をどのように乗り越えようとしていますか?

A6 ニュージーランドは、3月15日の恐ろしいテロ事件が起きた場所として人々に記憶されたくはありません。それでも、間違いなく、あの銃撃事件は世界中の人々の心に刻まれることでしょう。しかし、私たちがこの事件にどう対応したかということを記憶してもらいたいと願っています。あの事件は、私たちの国のイスラム社会への攻撃でしたが、ニュージーランドに対する攻撃でもありました。なぜなら、イスラム社会はニュージーランドの一部であり、われわれの社会でもあるからです。ニュージーランドは、200の民族、160の言語が存在する非常に多様な国ですが、あらゆるものを剥ぎ取れば、みな同じ人間です。イスラム社会が経験した痛みをみなが感じ、分かち合い、結束しました。最終的に、私たちはみな人間であるというメッセージを世界に発信できたことを願っています。人種差別やコミュニティーが標的にされるという問題について、取り組まなければなりません。みな人間であるというところに立ち返る必要があります。そういう視点で、ニュージーランドという国が人々に記憶されることを願っています。それは非常に力強いメッセージです。

多様性のある社会になるには

Q7 日本にもいまだかつてない数の外国人労働者がいます。しかし、マイノリティーに対する憎悪や差別がまだあります。日本は多様性や外国人を受け入れることに苦闘しています。日本がより多様性のある多文化社会になるためには何が必要だと思われますか?

A7 人々の心の中には、ニュージーランド人としての中心的な価値観となっているものがあると思います。私たちは、本質的には思いやりと共感力を持った人々だと私は信じています。私たちには多様性のある社会を作り上げてきた長い歴史があります。それでも私たちは完璧ではありません。私たちは、決して完璧ではありません。人種差別もあり、差別主義もあり、いじめの問題もあります。しかし、多様性のある国として団結する機会があればあるほど、あらゆる違いをこえて、たたえることもたくさんあり、全員に共通するものもあるということに、気付くことができると分かりました。多様性はとても美しいものです。ニュージーランドにとっては、私たちが何者なのかということを強く感じさせてくれるものです。不寛容になることなく、違いをたたえることを可能にしてくれます。ですから、私たちも学んでいるところです。私たちは、完璧ではありません。しかし、コミュニティーどうしが団結できればできるほど、子どもたちに多様な環境で学ぶ機会を与えてあげることができ、結束力のある社会を作り上げるのです。

なぜ多様性が重要なのか

Q8 なぜ多様性を重要だと考えているのでしょうか?政治家としての信念からくるものなのでしょうか?

A8 そうですね、それもあると思います。しかし、私自身がスコットランド系の移民三世の子どもでもあり、高祖父がデンマークの出身だということを認識しているということもあります。ニュージーランドには多様性の歴史があります。完璧なものではなく、修復や対処しなくてはならない課題もあります。それはもちろん、私たちが、常に舞台に立って完璧さを持って話せるわけではないことを意味しています。しかし私たちには経験があり、そのことをとてもオープンに話すことができます。過去にうまくいかなかった点に関しても、そこから何を学ぶことができたのかについても、オープンに話すことができます。

自国の利益重視の風潮は

Q9 国際社会をみてみると、ナショナリズムが世界的に高まっていて、多くの国が自国の利益を重視し、社会を分断しています。これについてどうお考えですか?ニュージーランドではどのような社会を築きたいですか?

A9 そのとおりです。世界を見渡してみると、両極化が広がっています。余分なものをすべて取り除いてみると、私たちが経験しているのは不安感なのではないかと思います。身の回りのさまざまなことが急速に変化しています。技術的な混乱もあります。世界のグローバル化も進んでいます。人々はそれに不安感を抱いているのだと思います。自分の国で起きている変化だけでなく、自分の職場で起きている変化もあるでしょう。収入の保証はあるのだろうか、自分の家は持てるのだろうか、子どもたちは自分の家を持てるのだろうか、安定した安全な環境はあるのだろうかと不安に感じているのでしょう。そういった国民の不安に対して政治家には責任があると思います。政治家は自分の利益のためにその不安をあおることができます。あるいは、状況を改善できると訴え、人々の要望に応え、福祉を向上させ、不平等などの問題に立ち向かい、気候変動などの問題に取り組むことができると、希望のメッセージを届けることができます。これらはすべて他人に責任を負わせることなく達成することができます。政治家として、人々が不安や懸念を抱いていることについて、解決策を見いだす役割を果たさなければいけません。

国際社会はとりわけ困難な時期

Q10 多くの国はより分断へと向かっています。これについてどのように感じられますか?私たちには何ができるでしょうか?

A10 私も分断を懸念しています。そういう事例もいろいろあります。そのような環境においては、分断ではなく、共通点を追求し、優しさや思いやりや共通の人間性という単純な概念に立ち戻って、直面している課題に真正面から向き合う責任が政治家にはあるという論点に戻りたいと思います。はっきりいいましょう。国際社会にとって、とりわけ困難な時期を迎えています。しかし、私たちが直面する課題、例えば気候変動を解決できる唯一の方法は、力を合わせることです。国際機関や、ニュージーランドと日本という二国間の協力関係、このような課題に立ち向かううえで、とても重要だと考えています。

誇りに思う国で働ける

Q11 首相にノーベル平和賞を贈ろうというインターネット上の署名活動があります。これを聞いたとき、どのように感じましたか?

A11 3月15日の事件に対するニュージーランドの対応、そして当時の私の言動は、ニュージーランド国民全体を反映したものであり、私だけのものではありません。当時、私の周りにいたニュージーランド人全員から感じられたことを反映させていたにすぎません。当時の映像をみると、地元のモスクの外に行列し、歌いながらお互いを抱き締める人々が写っています。そのようなニュージーランドが大好きで、その代表を務められることをとても誇りに思います。私は称賛を受けるに値しません。なぜなら、私は毎日、誇りに思う国で働けるという恩恵を受けているのですから。

銃規制改革の取り組み

Q12 クライストチャーチ銃撃の後、首相が伝えたメッセージや行ったことに人々は励まされました。どのようにしてあれほど早く銃規制改革を実行し、ソーシャルメディア上から過激主義的な内容を排除するためのさらなる取り組みを呼びかけることができたのでしょうか?

A12 確かに早く対応しました。銃撃犯とされる人物がどのようにしてニュージーランドで銃を手に入れたのか、また、銃の入手しやすさについて説明を受けた時のことを覚えています。これ以上続いてはいけないことだということは、明らかでした。ですから、その当日に、ニュージーランドの銃規制法は変わると私は言いました。ニュージーランドの政治家たちの賛否が分からない状態で言いました。しかし、議会は団結するだろうと感じていましたし、実際に議会は団結しました。一人をのぞいて、議員全員が、ニュージーランドから軍隊式の半自動小銃と突撃ライフルを禁止することに賛成したのです。これまでに、私たちはおよそ2万丁の銃を破壊するために回収しました。ニュージーランドがこれを実現できたことを誇りに思います。しかし、それが正しいことだと分かっていたからできたのです。

オンライン上の過激主義に対して

Q13 事件の再発防止のため、ほかに考えていらっしゃることはありますか?

A13 3月15日の事件で恐ろしかったことの1つは、事件が放送された(犯人がインターネットで中継した)ことでした。誰かがあのような行動をとるのは初めてのことでした。あのようなことが二度と起こらないようにする責任があると感じました。私たちはそれを「クライストチャーチコール・トゥ・アクション」と呼んでいます。世界中の国々やソーシャルメディア会社などに呼びかけ、オンライン上の暴力的な過激主義やテロリストに関する内容を取り除くために尽力するための行動計画です。51人もの人が命を奪われる映像がインターネットで拡散するのも、暴力的な過激主義やテロやそういう考えがインターネット上で拡散するのも、誰もみたくないと思います。私たちは前進してきました。例えば、フェイスブックは方針や活動の一部を結果としてすでに変更しています。今後、数か月でさらなる協力を見込んでいます。

ラグビーワールドカップ

Q14 ラグビーワールドカップが始まります。

A14 はい。ニュージーランドにとって、とても楽しみなことです。ご存じのとおり、私たちはラグビーに熱中している国です。(ニュージーランド代表の)オールブラックス、そしてニュージーランドから訪日しているファンに対する日本の「おもてなし」に感謝しています。ありがとうございます。私たちを受け入れてくれて、ありがとうございます。