わず二度見
自治体PR動画の世界

地方自治体が作る「PR動画」は、いまや年間700本程にものぼるという。3年前からは、移住促進動画を作る市町村に国が制作費の一部を交付するようになった。1万回の再生で『成功』と言われる中、100万回を超える動画も出現。一方で、制作費が高額な割に、日の目を見ないものも少なくない。現状を取材した。

ゾンビが出る村

山梨県小菅村。人口700人余り。電車も通らない多摩川源流の“秘境”だ。
村が作った動画『KOSUGEMURA OF THE DEAD』(小菅村オブ・ザ・デッド)は、6月に東京で開催されたアジア最大級の国際短編映画祭の観光映像大賞部門で、大賞こそ逃したものの、519作品の中から最終候補の10作品にノミネートされた。

https://www.youtube.com/watch?v=i7L268W6db4&t=6s
(小菅村の動画より・NHKのサイトを離れます)

若者をターゲットに、150万円かけて制作された。村がホラーゲームの舞台となり、移住者が村人が扮するゾンビと戦う設定。随所に村の特徴が散りばめられ、見終わったあとはしっかりPRも出来ているという優れものだ。


(小菅村の動画より)

去年10月の公開以降、再生回数は7万回を超え、昨秋には動画とタイアップしたイベントも開催し、県内外からおよそ3000人が来場したという。

効果、35億円!

自治体動画のパイオニアと言われるのが、温泉で有名な大分県。
2013年の「おんせん県」シリーズに始まり、2015年には、温泉での奇抜な演出の「シンフロ」シリーズを制作。再生回数はおよそ210万回。去年は、休日を温泉で過ごそうと呼びかける「プレミアムフロイデー」を発表した。

http://onsenkenoita.com/(大分県のサイトより・NHKのサイトを離れます)

この「シンフロ」、大分県広報広聴課によると、制作費はおよそ1000万円だが、その効果は広告に換算すると35億5000万円にも上るという。県の担当者も手応えを語る。
「まず大分を知ってもらいたいと制作したが、魅力は伝わってきていると感じています。他の県から目標にされることはありがたいですよ。これからもより多くの人が大分に興味、関心を持ち、大分に来てくれる仕掛けをしていきたいと思います」

二度見させちゃう仕掛け

効果を上げたと言われているのが、宮崎県小林市の移住促進動画。
主役はこの街に住むというフランス人。思わず二度見してしまう。

http://www.tenandoproject.com/(小林市の動画より・NHKのサイトを離れます)

制作費は1本200万円で、再生回数はおよそ240万回。広告効果は10億円超えとのこと。ふるさと納税の寄付額は、平成26年度に1億3000万円だったのが、平成27年に動画を公開した後、平成29年度には8億4000万円に跳ね上がった。
市の担当者は、「市の認知度が上がったことが大きいと思います。東京でイベントを開く時も『あの小林市ね』と言われ、話が通りやすくなりました。移住の問い合わせ件数も増えました。さまざまな副次的効果が出ています」と顔をほころばせる。

“炎上商法”の批判も

宮城県のようなケースもある。去年夏、人気タレントを起用した観光キャンペーン動画が原因となって、ある騒動が起きた。

(宮城県の動画より)

宮城の夏の涼しさをPRする内容だが、壇蜜さんのセリフや仕草に、女性団体などが「不適切だ」と抗議し、炎上。動画の公開はほどなく中止されたが、SNSで拡がり、再生回数は460万回を超えた。ネット上では、“炎上商法”との批判も受けた。

宮城県観光課の担当者が振り返る。
「壇蜜さんの個性や魅力を生かそうとしたつもりだったんですが、さまざまな指摘をいただき、真摯に受け止めました。“炎上”目当てではありません。一方で、再生回数が伸びたのは嬉しかったです。この効果もあって、去年、県内を訪れた観光客の数は過去最高に達する勢いでした」

そうした騒動も教訓に、芸能人の起用を続ける宮城県。
人気アイドルグループ、Hey!Say!JUMPを起用した動画は、公開後2週間で260万回と順調に伸びているという。

https://heysayjumpmiyagi.jp/(宮城県のサイトより・NHKのサイトを離れます)

ちなみに、制作費は壇蜜さんの動画は2300万円、Hey!Say!JUMPの動画は1750万円と、お高めだ。

“コスパ”重視動画

一方で、制作費で注目を集める自治体がある。長野県小諸市。
おととし12月に公開した動画の制作費は、なんと9500円。職員が撮影、編集を手がけた。

https://www.youtube.com/watch?v=99DIBvKWbz0
(小諸市の動画より・NHKのサイトを離れます)

洗練されているとは言い難いが、暖かみのある、ほのぼのとした作品だ。小諸城趾やりんごなど観光名所や特産品のPRも出来ている。キャストは市長や職員。再生回数は「成功ライン」といわれる1万回を突破した。
小諸市は第2、第3弾も制作。とりわけ、第3弾では市内の学校給食を取り上げ、地元食材を使っていることや食べ残しが少ないことなど、おいしさをPR。動画を見た台湾の教育関係者が7月に視察に訪れる予定で、海外からも反響を呼んでいる。

(小諸市の動画より)

着ぐるみに入って熱演していた、小泉俊博市長が重視するのは“コスパ”だ。
「外注すると1本あたり数百万円。しかし、あくまでも税金を使うわけですから、市民に説明ができるかどうかを考えました。PR動画は見てもらってなんぼですので、費用対効果を考えると、安くあげたいというのが1つ。もう1つは、市役所職員にも知恵を出してもらい、成功体験が得られれば他の仕事にも良い影響が出ると考えました。クオリティー自体は落ちますが、低コストでやることで共感を得られると思うので、ぜひ続けていきたいと思っています」

成功と失敗の分かれ道とは

CM戦略コンサルタントの鷹野義昭さん。「ぐろ~かるCM研究所」の所長を務め、自治体動画の分析やアドバイスを行っている。


YouTube上で「自治体PR動画」をキーワードに検索された5450件から、200本を抽出して分析したところ、全体の半数以上は、1000回未満しか見られていないという。

「1000回未満は、1クリックあたりのコストが割高になり、“失敗作”と言われても仕方ありません。“失敗作”に多いのは、外部の制作会社への“丸投げ”です。そうすると音楽にあわせてきれいな風景を紹介するというワンパターンな編集になりがちで、差別化が図れていないんです。一方で、自分たちの目だけでもダメで、両方の目が必要だと思います。それと、自治体は、税金で作っているというコスト意識を持つべきでしょう。国からの補助が出ると言っても、元々は税金ですから」

「唯一無二」と「拡散力」

では、成功するためには、何が必要なのか。鷹野さんは次のように指摘する。

「キーワードは“唯一無二”。自分たちが持つ資源を活用して、それを動画に落とし込むことが大事です。自分のまちにしかない魅力を考える、その作業こそがブランド化につながります。
1年間に700本出る自治体動画の中で、いかに見てもらうか。動画サイト上にとどまるのではなく、現在は、いろんな媒体に多面的に広げる傾向になっています。山梨県小菅村のゾンビイベントとの連動もその1つです。拡散力がカギになります」

“動画戦国時代”は続く

取材を通じて、いろいろな動画を見たが、クオリティの高さに驚くと同時に、これらの動画が、どれだけの人に見られているのだろうかと考えた。ネット上に埋もれたままではもったいない。いまやPR動画は、当たれば、観光客もふるさと納税も増える「ドル箱コンテンツ」だ。

鷹野氏は、若者中心にスマホなどで動画を見ることが半ば習慣となっていることもあり、「自治体動画ブーム」は、しばらく続くとみている。競争は今後、さらに厳しくなることも予想される。一方で制作費は「税金」。自治体には、コストも意識しながら“動画戦国時代”を勝ち抜く知恵が求められそうだ。

政治部記者
安藤 和馬
平成16年入局。山口局を経て政治部へ。官邸クラブ・予算委員会を担当。
大分局記者
佐々木 森里
平成27年入局。大分局で去年から県政を担当。東京出身。
長野局記者
山崎 美和
国内有数の別荘地軽井沢など長野県東部をベースに、地域に根ざした、地域の人の顔が見える取材を展開。