なぜ公文書
“後進国”ニッポンの実像

財務省による決裁文書の改ざん、自衛隊の日報問題。国会では、民主主義の土台を揺るがしかねない重大な事態だとして、野党側からは安倍政権の退陣を求める意見まで出ています。いま国の中枢で何が起きているのか、なぜいま問題が相次ぐのか、取材を進めていくと、「公文書管理は後進国」と言われても仕方のない日本の姿が見えてきました。
(政治部官邸クラブ記者・清水大志)

1日、1万ファイル

271万という数字、何か分かりますか? 平成28年度の1年間に国の行政機関から生み出された公文書=行政文書のファイル数です。日々、1万を超えるファイルが作られている計算になります。ファイルの中には多くの行政文書が含まれていて、1日に作成される行政文書の数でいえば、この数倍にのぼるとされています。

「行政文書」とは、簡単に言うと行政機関で作成された公文書です。行政機関の職員が職務上作成し、組織で共有され、使用・保有している文書と定義されています。
情報公開の対象となり、内容に応じて一定の期間保存しなければなりません。
そうしたルールを定めているのが「公文書管理法」ですが、この法律が施行されたのは平成23年。まだ施行から10年もたっていない新しい法律です。

「不適切」で生まれた法律

10年ほど前、厚生労働省で、血液製剤によってC型肝炎に感染したとみられる患者のリストが省内の倉庫に放置されていたり、防衛省で、保存期間を終えていない航海日誌の一部が廃棄されたりするなど、政府の不適切な文書管理が相次いで明るみに出ました。
これを受けて、平成20年、当時の福田総理大臣が「公文書管理法」の制定を指示し、それまで役所ごとにバラバラだった行政文書の作成や管理の方法に初めて統一的なルールが設けられたのです。

公文書管理のルールは3段階

行政文書の管理ルールは大きく3段階に分かれています。
①最も基本的なルールは公文書管理法です。公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、歴史資料として重要な文書は保存期間の終了後、すべて国立公文書館に移管することなどが定められています。
②公文書管理法に基づいて、国の行政機関が行政文書を作成・管理するための指針として「ガイドライン」が定められています。
ガイドラインには、行政の意思決定を検証するために必要な文書は経緯を含めて作成することなどが明示され、法律制定時に作られる文書は30年保存するなど、1年以上保存すべき主な文書の類型や保存期間の例が示されています。
③このガイドラインに沿って、各府省庁は、保存する文書の種類や期間などの文書管理規則を作り、行政文書の管理を行っています。

それなのに廃棄 理由は「内規」

森友学園への国有地売却をめぐる問題では、財務省が交渉記録を1年未満で廃棄していたことが問題視されました。しかし、財務省の内規では、交渉記録は1年以上保存する文書の区分に入っておらず、1年未満で廃棄できるとされていたため、こうした対応が可能となっていました。

また、防衛省の南スーダンとイラクの日報の問題でも同様の課題が指摘されています。
いずれの日報も、財務省と同様に、内規で1年未満で廃棄できることになっていたからです。国会などで「ない」と説明していたものが発見されたため問題となっていて、公文書管理法上は、仮に完全に廃棄されていたら問題とはならないのです。

一方、イラクの日報をめぐっては1年程前に発見されていながら、当時の防衛大臣にも報告していなかったことも発覚し、シビリアンコントロールが機能していないのではないかという別の問題もはらむ結果となっていて、徹底した原因究明が必要となっています。

ルールは改訂されたが…

森友問題、日報問題で見えてくる課題は、財務省、防衛省ともに内規で、1年未満で廃棄できる文書として、交渉記録も日報も分類できたことです。
公文書管理法では、行政文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、適正な保存を求めています。
しかし、実際の運用は各府省庁に任せられているため、国会では大きな議論となりましたが、1年未満で廃棄していたことは法令上、問題のない行為になるのです。
政府は、こうした事態を踏まえて、去年12月、ガイドラインを改訂し、◇1年未満で廃棄してよい文書を例示したうえで、◇日常的な業務連絡でも重要な情報を含む場合は1年以上保存することなどを明記しました。

あわせて各府省庁の文書管理規則も見直され、◇財務省では、行政運営が適正かどうか検証に必要な文書は原則、1年以上保存することになったほか、◇防衛省では、PKOなど自衛隊の活動に関する日報を10年保存することになりました。

同じ内容が別の文書に!? 構造的問題

各府省庁は、4月1日からこの規則の運用を始めることにしていましたが、その矢先、財務省の決裁文書改ざんが、続いてイラクの日報問題が発覚しました。
安倍総理大臣は、それぞれの問題の徹底究明を行い課題を明確にした上で、公文書管理法の改正も含めて対応を検討する考えを示しています。同時に、改ざんへの対策として、コンピューター上で管理することで、いつ文書が更新されたかが検証できる電子決裁システムへの移行を加速することにしています。

ただ霞が関では、早々に「膨大な行政文書を正確に把握することは難しい」という声も漏れています。それは、なぜか?。これも森友学園をめぐる問題から見えてきます。

ことし2月、財務省近畿財務局は、国会に対して、森友学園との土地の賃貸借契約の法律上の問題点を検討した経過記録を提出しました。
経過記録の中には、森友学園が国に対して、土地の貸付料の減額要請などを行っていたという、当時、国会に示されていた決裁文書には記載されていない事実が書かれていたのです。野党側は、「1年未満で廃棄していたはずの交渉記録が残されていた」と追及を強めました。
これに対し財務省は、「交渉記録に関連する文書だが交渉記録とは考えていない」と答弁しました。非常に興味深い答弁です。
財務省は、交渉記録の内容は載っているが、別の文書に記載があるだけで、交渉記録ではないと主張しているのです。
つまり古い公文書をもとに新たな公文書が次々と作成されていくと、古い文書の内容が含まれていても全く別の公文書になっていく。表題も変わることが少なくないため、直接の担当者でなければ見つけるのも困難になってしまうのです。
一方、財務省は改ざんという大きなリスクを冒しながら、あちこちに改ざんの事実を示す証拠をみずから残していたことにもなるわけです。

新ルールで問題が起きない?「甘い」

新たな規則の運用が始まった4月2日、内閣府のある課長は「新たな規則で問題が起きなくなると考えるのは甘い」と指摘しました。
確かに新たなガイドラインで、1年未満で廃棄されていたような日常的な業務連絡も、行政運営の検証に必要とされる重要なものは1年以上保存するなど、行政文書がより多く残るように指針が示されています。
ただ、どの文書を1年以上保存するのか、またどの文書を1年未満で廃棄してよいのかの判断を、1人ひとりの職員や各府省庁に実質的に委ねる仕組みはかつてのままなのです。

「個人メモ」という隠れみの

さらに、この問題を取材しているとよく聞くことばがあります。「個人メモ」という言葉です。ある中央省庁の職員は、財務省の改ざん問題について、「なぜ経緯などが細かく記された決裁文書を残したのだろうか。自分だったら『個人メモ』にとどめておくのに」と述べていました。

行政文書は、はじめに起案者である職員が文書を作り、最終的に組織として決裁されますが、多くは文書を作り始める前に周到な根回しが行われます。
このため詳しい経緯や利害関係者の発言などが書かれた資料は根回しの時点での「個人メモ」でしか残っていないこともあるといいます。
決裁文書の改ざんなどを受け、霞が関では、経緯などを行政文書で残すことを危険と考え、情報公開請求の対象にならないように「個人メモ」で残すケースが増えることを懸念する声もあります。
そうなれば、政策決定の過程を知るための重要な資料が国民の目に触れずに消えてしまうのです。

「働き方改革」に逆行の事態が…

一方で、行政文書の管理に関するルールを厳格にすることで生じる官僚たちへの負担の増加で、結局は同じ過ちを繰り返すことになるのではないかと指摘する専門家もいます。
各府省庁では、職員たちが自分が送受信した電子メールの中から、意思決定過程の検証に必要なものを選び出す作業が新たに始まっています。これは運用が始まった新たな規則で、そのようなメールについては自らの手で共有のフォルダに移して保管することになっているからです。

ある官僚は「まめに行うのは大変なので、ある程度の数がたまった時点でまとめてやるしかない」と話していました。
また先の証人喚問で、佐川前国税庁長官は、去年の国会での自らの答弁を振り返り、「連日国会で質問をもらい、事務方は連日連夜答弁の資料を作っていた」と説明する場面もありました。
国権の最高機関、国会の議事録は、公文書中の公文書、歴史的な文書となります。ですからここで誤った答弁をすることは大問題となるのは当然です。官僚は前日までに出される国会議員からの質問を受けて、それに対する答弁を夜を徹して作成しています。質問が提出されるのが遅くなれば、官僚の作業もそれだけ後倒しになります。こうした業務に忙殺される官僚に対して、行政文書を適正に保存するため、さらに新たな業務が追加されているわけです。
働き方改革が叫ばれ、長時間労働の是正の必要性が強く指摘されていますが、霞が関では労働強化とも言える事態が進んでいるのです。行政文書の適正管理は当然ですが、業務のスクラップや効率化を進めず、定員も増やさないということであれば、同じ過ちが繰り返されるのではないかという懸念も浮上してきます。

「黒塗り」は変わらないか

さらに行政文書が保存され情報公開の対象となっているからといって、すべての内容が検証できるわけではありません。
ご覧になった方も少なくないと思いますが、情報公開請求で文書が公開されても、多くの部分が不開示情報として黒塗りになっていることがあるのです。

不開示とできる基準は、情報公開法で、◇特定の個人を識別出来る情報、◇公共の安全・秩序の維持に支障を及ぼす情報、それに◇審議中で意思決定の中立性を害するおそれがある情報などとされていて、これらの基準に沿って各府省庁が判断しています。
森友学園をめぐっては、そもそも学園側の求めに応じて土地の払い下げ価格が不開示とされ問題となりましたが、財務省が不開示にしていた情報が学園側の意思表示で一転、開示されるという奇妙なことまで起きました。
各府省庁での保存期間が終了し、歴史的な公文書として国立公文書館に移管された後は、開示するかどうかは公文書館が判断することになりますが、この場合も所管していた府省庁の意見が考慮され、不開示情報として黒塗りされることがあります。
つまり行政文書を開示するかどうかの判断に第三者が関わる余地が少なく、文書を作成した府省庁の意向が大きく働く仕組みになっているのです。

“先進国”ではヒラリーも「ルール違反」

こうした課題に各国はどう対応しているのか、公文書管理の先進国とされるアメリカの取り組みを調べてみました。
アメリカでは、例えば大統領などがホワイトハウスで残したメモは、個人的な走り書きでも、すべて公文書として保存される制度があります。
公文書管理の中心を担うのがNARA・国立公文書記録管理院です。NARAは、各省から独立した行政機関で、その長は大統領が直接任命します。

2014年には、「連邦記録法」が改正され、政府機関のすべての行政文書について、NARAが保存や管理の責任を負うことが明記されました。
NARAにはおよそ3000人の職員が所属しています。
大学で文書管理に関連する専門的な教育を受けた専門家が多数在籍し、各省がどのような文書を、どの程度の期間保存するか申請を受け付けて承認することになっているほか、各省の文書管理が適切に行われているか査察を行う権限も持っています。
また改正「連邦記録法」では、行政機関の職員は公務で電子メールを使用する場合は、原則公用アカウントを使うことが義務付けられ、違反した場合は懲戒処分の対象とされています。行政機関の高官に対しては、公用のアカウントでやりとりしたすべての電子メールが自動的にNARAが管理するサーバーに保存される仕組みも導入されつつあります。

おととしの大統領選挙で、民主党のヒラリー・クリントン候補が、国務長官時代に公務で私用のアカウントからメールを使用していたと批判されたのも、こうしたルールに反していたからです。

では、どうするべきなのか

現在、日本で公文書管理に携わる政府の担当者は、国立公文書館や内閣府の公文書管理課の職員などを合わせても150人程度です。
アメリカと同じような3000人規模の組織を作るのには、専門的な人材の育成も必要で膨大なコストがかかります。
まず今できる対策は何か、公文書管理委員会の委員を務める、歴史学者で学習院大学学長の井上寿一さんに話を聞きました。

井上さんは「公文書を扱う人たちがどこまで行政文書の重要性を認識しているのか心もとない。各省庁が重要な案件に追われて政策決定をしていく中で、文書を残す、きちんと管理するということをどうしても後回しにしている」と述べました。
そして井上さんは、現状でもできることとして、内閣府の公文書管理委員会の機能を強化し、各府省庁の文書管理の取り組みについて、定期的に検査を行うことなども1つの策ではないかという考えを示しました。
さらに井上さんは、法整備だけでなく、内部通報制度の活用も重要だと指摘しました。
公文書管理法施行の5年前となる平成18年、公益通報者保護法が施行され、各府省庁では、職員が、違法行為などを見つけた場合は外部の弁護士などに通報でき、通報によって不利益を被らない仕組みが整備されています。指摘は、この制度が有効に活用されれば、改ざんも防げた可能性があったのではないかというものです。

井上さんは、「かつて日本は戦争に負けた時に公文書を次々と燃やした。ところが東京裁判がはじまると、『なぜあの資料を燃やしてしまったんだ』、『あれが残っていればもっと自分を弁護できたのに』と後悔した人たちがいたという記録も残っている」
「政策決定に関わる官僚も、自分の意思決定に自信をもって、後世の歴史家や国民の評価に耐えうるような文章を残しておくよう、積極的な意思をもって管理にあたってほしい」と話していました。

官僚批判だけでは解決しない

取材で話を聞いた中央省庁の職員からは、文書を残すと政策判断のミスなどを後で指摘されるおそれがあり、「かえって損だ」という意識があるようにも感じました。
しかし、井上さんも指摘したように、文書を残しておけば、みずからの判断が正しかったという証明にもなるのです。
取材を通して、日本は公文書管理の歴史が浅いこともあり、「公文書管理では後進国」と言われても仕方がない実態が見えてきました。官僚に批判が集中していますが、公文書管理法を制定したものの、政治の側が運用を官僚任せにしてきたのもまた事実です。
公文書管理と情報公開の徹底は、健全な民主主義を育てる上で重要なことは与野党ともに論を待たないところです。引き続き、問題の再発防止に向けた対応を取材したいと思います。

政治部記者
清水 大志
平成23年入局。徳島局を経て政治部へ。現在、官邸・内閣府を担当。