議員が“私物化”
福祉施設で何が

長崎県議会の議員が理事長を務める社会福祉法人が、運営する施設で働く職員から毎月の給料日などに職場で寄付を集めて議員に献金をしていたことが、NHKの取材で明らかになりました。複数の職員や元職員が「職を失うのが怖くて断れなかった」などと証言する寄付集めは、20年以上前から続けられていて、職員から集めた寄付はおよそ2億円にのぼると見られます。取材を進める中で見えてきたのは社会福祉法人が議員に“私物化”され、政治活動に利用される実態でした。
(長崎放送局記者 馬場直子 安井俊樹)

同じ肩書の個人献金

今回の取材の端緒は去年8月にさかのぼります。

長崎県の「政治とカネ」の実態を調べようと、県内の政治団体が毎年選挙管理委員会に提出している収支報告書のチェックを始めました。日々の取材の合間を見つけては、インターネット上で公開されている収支報告書を読み込んで、おかしな支出入がないか確認を進めました。

そして9月7日の深夜、議員の後援会などを中心に調べていた記者のページをめくる手が止まりました。ある団体の収支報告書に違和感を覚えたからです。

「なぜ、個人献金をした人がほぼ全員同じ肩書なのだろうか」

収支報告書には、献金をした人の名前や住所、そして献金額に加えて肩書も書かれています。

一般的には「会社役員」や「自営業」の肩書が多いなか、この団体に個人献金をしたほぼ全員のおよそ100人がみな「施設職員」だったのです。

集まった金額は平成27年の1年分だけでもおよそ950万円。地方議員でこれだけ多額の寄付を集める人はほとんどいません。

団体の代表の名前を確認すると、長崎県議会の宮内雪夫議員(84)の名前がありました。宮内議員は当選12回を数える大ベテランで、県議会議長を2度経験し、自民党長崎県連の副会長も務めています。
長崎県佐世保市に本部を置く社会福祉法人「長崎博愛会」の理事長でもあり、特別養護老人ホームなど3つの施設を運営しています。

もしかして、と思い、寄付した複数の人の名前を調べると、やはり宮内議員が理事長を務める社会福祉法人が運営する施設の職員と一致しました。およそ100人の「施設職員」はおそらくその施設で働く人たちだろう、と推測しました。

しかしここである疑問が湧きます。

福祉・介護分野の現場で働く人の人材確保の必要性が指摘される一方、他の産業に比べて給与水準が低く、処遇改善は大きな政策的課題となっています。それなのに、毎月数千円、年額にして10万円近くになる献金を自分から進んで行うでしょうか。

ーーもしかすると何か断れない事情があってしかたなく寄付しているのかもしれない。

疑問をもった私たちは詳しく調べてみることにしました。

毎月決まった日に

まず収支報告書を改めて詳しく調べると、およそ100人の「施設職員」が毎月同じ日に寄付をしていることがわかりました。さらに7月と12月には、2回寄付をしています。

毎月の給料日とボーナスの支給日に寄付を集めている可能性があると考えました。しかし、政治献金は本来個人の自由な意思に基づいて、自分が好きな時に、好きな額を寄付するものです。違和感は強まる一方です。

さらに県の公報で過去の寄付を確認すると、この団体が平成7年に設立され、これまでに2億円以上の個人献金を集めていたことがわかりました。

寄付をした職員に事情を聞いてみる必要がある。

私たちは取材を始めました。収支報告書に記載があった氏名や住所から電話帳などを使って電話番号を調べ、1人1人電話をかけました。

こちらの姿が見えない電話の取材では警戒されてしまい、思うように話を聞くことができませんでした。これではらちがあかないので、実際に寄付した人の家を訪ねることにしました。

意に反して

宮内議員の法人の施設がある佐世保市は、長崎市からは高速バスで1時間半ほどの距離にあります。施設の職員の自宅はさらに車やバスを乗り継いでいかなくてはなりません。日中は働いている人が多く、片道3時間かけて行っても誰にも話を聞けなかったという日もありました。

突然の衆議院の解散もあり、選挙の取材の合間を縫いながら関係者の聞き取りを行いましたが、実際に職員や元職員に会って取材の意図を伝えるうちに、寄付について詳しい証言をしてくれる人がでてきました。

「施設では幹部職員らが給料日に封筒を配って寄付を集めている」
「みんな払っているのでとても断れる雰囲気ではない」
「10年以上前から寄付を払わされている」
「事情もよく分からないまま寄付の申し込み書を書かされた」
「仕事を失いたくないので、しかたなく納めていた」
「寄付が遅れると幹部に催促された」

取材に応じてくれた職員や元職員は、時折施設の運営のあり方に強い憤りを見せながら、寄付集めの実態を証言してくれました。

政治資金規正法では、雇用関係などを利用して不当に意思を拘束して寄付をあっせんすることが禁止されています。

証言の通りなら法令に違反する可能性があると考え、さらに多くの関係者にあたりましたが、20人近い人が意に反して寄付をしていたと証言しました。

職員が議員秘書に

問題は寄付だけではありませんでした。

取材の中で、ある施設職員が実質的に議員秘書として活動しているという情報が複数の関係者から得られました。SNSでその職員のアカウントを発見しましたが、肩書が「宮内雪夫後援会秘書」となっていて、選挙活動の写真なども投稿されていました。

そこでこの職員の勤務実態を可能な限り目視で確認すると、施設にいるはずの職員が朝7時すぎに後援会事務所に出勤してきて、そのまま夕方6時までずっと事務所にいるという状況が続いていることが確認できました。この職員の職場は、福祉施設ではなく、後援会なのではないかという疑問が強まりました。

社会福祉法人の運営費のほとんどは介護報酬で賄われています。そのほとんどは保険料や公費などが原資。使用する目的は限られています。しかし、職員が議員秘書として活動しているのならば、宮内議員の法人は、施設の人件費を議員の秘書給与に充て、法人の資金を流出させていたことになります。

“私物化”の実態

さらに施設の職員は宮内議員の政治活動にも動員されていました。

私たちは、職員を議員の後援会活動に従事させるために地域ごとにグループ分けした体制表や、後援者を回る際の対応マニュアルなども独自に入手しました。

職員らは、休みの日に後援者の自宅を回って選挙の投票の依頼をさせられたり、県議会議員選挙の選挙期間中に宮内議員の自宅に集められて支持を呼びかける電話かけをさせられたと証言しました。後援者のあいさつ回りのノルマをこなせず、施設で幹部から注意されたという人もいました。

特別養護老人ホームや障害者支援施設の本来の業務に従事する中、貴重な休みを選挙運動にとられ、肉体的にも精神的にもつらかったと打ち明ける人もいました。

法人が理事長であり県議である宮内氏に“私物化”され、「団体ぐるみ」で政治活動が行われている実態が浮かび上がってきたのです。

証言した職員らは「このままでは職場環境は悪化するばかりで、施設を利用する高齢者や障害者に影響が出かねない」と、なんとかして施設の運営のあり方を変えてほしいと訴えました。

法人側が寄付集めをやめる

ことし1月、佐世保市にある社会福祉法人の本部を訪ねました。

取材に応じたのは、理事長の宮内県議ではなく3人の施設の園長と法人の事務局長で、法人側は、職員からの寄付集めについて「強制ではない」と回答し、寄付集めをやめる気配は、感じられませんでした。

これでは取材に協力してくれた職員や元職員の思いに応えられません。私たちは、職員らの声を代弁する気持ちで、取材でつかんだ詳細な事実を示し、社会福祉法人として改善しないのか問いました。

施設長らは「今の話を聞くと、いちばんいいのは寄付集めをやめることだ。理事長にもそう伝える」と回答しました。

理事長の宮内議員は、直接取材に応じようとしませんでしたが、今月7日、県議会で記者が“直撃”すると「対応は弁護士に任せている」としつつも「寄付集めはもうやらない」と答えました。

また、法人側は、寄付のほかに、施設の職員が勤務時間のほとんどを議員の秘書としての活動に充てていたことも認め、今後は法人として政治に関することには一切関わらないという考えを示しました。

「企業・団体ぐるみ選挙」見直しを

一連の問題について、法人側は一貫して「強制ではない」と主張しています。

しかし、NHKの取材では、職場での立場が悪くなるのをおそれて、寄付集めをはじめとする団体ぐるみの政治活動にしかたなく従っていた人が大勢いたことが分かっています。

雇う者と雇われる者とでは立場が違います。強い脅しのようなことがなくても、雇われる側は組織内での自分の立場を心配して、自由な意思決定ができなくなる実態が今回の取材で浮き彫りになったのです。

政治とカネの問題に詳しい神戸学院大学法学部の上脇博之教授は、「政治団体が社会福祉法人を悪用しているケースだ」としたうえで「職場の関係を悪用して強制的に寄付をさせているように思われる。政治資金規正法に触れるか、そこまでいかなくても政治的道義的に問題があったと考えるべきだ」と指摘しています。

社会福祉法人や施設を指導監督する立場にある長崎県や佐世保市のチェック機能も厳しく問われています。

「企業・団体ぐるみ選挙」は、その問題が指摘されながら依然として続けられています。政治献金や選挙運動は、個人の思想信条の自由に深く関わります。企業や団体は、意図にかかわらず、雇用関係が人の意思を拘束する可能性があることに配慮して、職場での政治活動については慎重であるべきではないでしょうか。

長崎局記者
馬場 直子
毎日新聞でキャンペーン報道を担当。NHKに転職し、政治とカネを初取材。愛読書はサイードの『イスラム報道』。
長崎局記者
安井 俊樹
調査報道で「政治とカネ」を取材。前任の松江局でも県議の政務活動費の不正流用を明らかに。元科学文化部