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新潟 男性育休の取得率に課題 異次元の少子化対策でどうなる?

対象は?育休の給付金はどれくらい?期間は?取り方は?制度概要も
  • 2023年04月18日

「ことばの分かる取材先よりも、よっぽど手ごわい…」
大泣きする赤ちゃんのおむつを交換している私の頭や背中を幼稚園児の長男によじ登られながら、心の中でつぶやいた。
2022年夏、育児休業を取得した私。
専業主婦で子どもたちと常に一緒にいる妻の苦労を身にしみて感じたのであった。
少子化に歯止めがかからない中、国や地方自治体では相次いで「子育て支援の強化」を打ち出している。中でも、課題の1つが男性の育休取得の促進だ。
新潟県内の現状や課題、対応策はどうなっているのだろうか。
つい最近育休を取得した経験を踏まえ、取材した。
(新潟放送局 野口恭平 記者)

放送した動画はこちら

衝撃の「80万人割れ」

2023年2月、衝撃的な数字が発表された。

厚生労働省の人口動態統計の速報で2022年に生まれた子どもの数が79万9000人あまりと統計開始以来初めて80万人を下回ったのだ。

新潟県でも出生数は1万2373人。県によれば確認できる昭和以降、最低の数字だという。

県の推計人口は2022年10月時点で215万人あまりと前の年より2万4000人以上減っていて、人口減少に歯止めがかからない状況だ。

こうした中、岸田総理大臣は「これから6,7年が少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」だとして“次元の異なる少子化対策”に取り組むと表明。

3月末には少子化対策の強化に向けたたたき台をまとめ、児童手当の所得制限の撤廃や親が働いていなくても保育所に預けられる制度などが盛り込まれた。

中でも注目を集めているのが男性の育休。岸田総理大臣は、「社会構造や意識を変えるため」として、2021年度の調査で13.97%だった取得率を2025年度には50%、2030年度には85%に引き上げるとしている。

育休とは?

◎育児・介護休業法で規定 

◎雇用保険の被保険者が1歳に満たない子を養育するために休業すると「育児休業給付」が支給
(保育所に入所できない場合など最長2歳までの間)

◎180日の休業までは賃金日額の67%×休業日数 
※算定の対象になるのは残業代なども含む「総支給額」。上限は30万5319円、下限は5万3405円(67%の場合・2023年7月31日まで)
 さらに休業中は社会保険料が免除されるため、一般的には「8割ほどの手当」と言われる。

◎有期雇用でも条件を満たせば対象になる。

◎2022年4月からは制度や申出先について対象者に周知することが義務化

※詳細については厚生労働省のHPをご参照下さい(NHKサイトを離れます)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html

育休、取得してみた

ここで少しだけ、私の経験を振り返ってみたい。

2022年夏、第2子が生まれ7月中旬から8月下旬まで1か月半育休を取得した。

生まれた直後の第2子

第1子が生まれた際は、恥ずかしながら男性が育休を取るという意識があまりなかったため数日休暇を取った程度だった。

一方、新潟に親族など頼れる家族がいないため第1子の面倒を見る必要があったこと、その年の4月の法改正で育休制度の周知や当事者への意思確認が事業主に義務化されたことなどもあり、より取得しやすい環境になっていたことも後押して今回は取得することにした。

ミルクやご飯をあげたり、習い事の送り迎え、お風呂、おむつ交換やうんちの対応(長男はまだお尻がふけない)、寝かしつけ、と子どもの世話をする中で愛情がより深まっていったし、何より帝王切開で体に負担が残っていた妻を少しでも休ませてあげることができたと思う。

また、赤ちゃんが何で泣いているのか分からずオロオロ、そのわきで長男はなんだかよく分からない歌を大声で歌っていたり足にしがみついてきたりと子どもと四六時中一緒にいることがどんなに大変かということも理解できた。

食事のメニューを毎日考えるのも一苦労で、仕事してた方が楽かもしれないと思うことも…。

一方、この間、県内では村上市や関川村で記録的な大雨が降り、大きな被害が出ていた。その状況を取材できないもどかしさとともに、たった1か月半でも職場から離れて疎外感を感じてしまうこともあった。こうした経験は今後、後輩や部下が育休を取得する際に生かしたい。

とにかく、個人としては育休を取得して本当によかったし、多くの人が取得できるような社会になって欲しい。そんな思いで、取材を進めてみることにした。

子育てするなら我がまちで

新年度が本格的にスタートした4月3日、取材に向かったのは燕市。

国が子育て政策の司令塔となるなる「こども家庭庁」を発足させる中、燕市で子育て支援を強化するための新たな組織「こども政策部」を立ち上げたからだ。

幹部への辞令交付

「こども政策部」は不妊治療や子どもの健康診断などを担う部署に加えて、教育委員会が所管していた
幼稚園やこども園など幼児教育の業務も担うという。

職員はさっそく「子育てするなら燕市で」と書かれたネームプレートを身につけ、本格的に業務を開始していた。

ネームプレート

部の発足式では鈴木市長から指示が飛ぶ。

発足式の様子
訓辞する鈴木市長

「少子化の理由の1つは経済的、精神的負担。これをいかに軽減し産み・育てたい人を増やすか。政策面では燕市独自の上乗せ、横出し、隙間を埋める施策の可能性を検討し、迅速・的確に実施して欲しい。特に忘れてはならないのは子どもたちそのものだ。子どもたちが健やかに育ち、大きく変化する社会の中で自立ししっかり生きていく能力を得られるよう支援していく。子育て支援と教育の連携それを強く意識して欲しい」

3年前に「おじいちゃん」になり子育て支援の必要性をより強く感じているという鈴木市長。

内閣官房参与の山崎史郎氏が刊行し話題を呼んだ、小説「人口戦略法案」にも感化されたという。

著者のセミナーを市職員向けに開催したという

「取れるなら取りたいけど」市民からは厳しい声

燕市で力を入れているのが男性の育休取得率の向上。

子育てしやすい環境を整備することで、子どもを増やしたり、若い世代を市内に呼び込みたいと考えているからだ。

一方、燕市の男性の育休取得率は18%あまり(2021年度調査)。全国平均と比べると高いもの、それでも5人に1人も取得できていない数値だ。

国が掲げる「2025年度に50%」は、やはり、高い目標になる。

市内の公園やスーパーで市民に男性の育休について聞いてみたが、そう簡単にはいかないという声が多かった。

5歳児の父親
私はとってなかったですね。妻が1年くらい育休をとりました。取れるなら取りたいと思うんですけど、なかなか会社的にはそこまで浸透してない。制度はあるみたいですけどなかなか実績がないみたいで

既婚者
結婚はしていますが子どもはこれからです。難しいですよね。職場の職員が増えたり、子どもができた人が休んでいても仕事がまわる環境を作るのが必要だと思うんですけど、そうすると人件費が増えてしまう問題が起きたり。難しい問題がたくさんある。数日でも取れればいいと思います。

2人の子どもの母親
夫が1人目の時は育休というか1週間くらい休みをとってくれてその時は助かったんですけど、2人目の時はそういう話もなく。本当は生まれたての時にいて欲しいです。一番大変なのは生後1~2か月くらいかな、その時に一緒にいてくれると助かります。睡眠不足とか、上の子がいる中での育児で大変なので。

会社に飛び込み、育休を伝導

なんとか男性の育休取得を促せないか。

燕市が2022年度から取り組んでいるのが「訪問型啓発事業」。

専門家が企業を個別訪問

社会保険労務士の資格を持つ専門家に委託して、市内の事業所を訪問してもらい、現状のヒアリングや利用促進のアドバイスを進めている。

この日向かったのは燕市にある金属加工メーカー。

ステンレスを加工した医療用器具などを生産している。

会社では今、若者の採用を増やしていて、約80人いる従業員のうち、20代と30代は38人と半分近くを占めている。

時短勤務の制度を拡充するなど、男女が働きやすい環境を整備した県の「ハッピー・パートナー企業」に登録されているが、これまでに男性の育休取得実績はないそうだ。

手当が減ることを懸念して

これまでに取得を検討した社員もいたものの、手当が減るなど家計への影響を考え、有給を数日とるにとどまったと言う。

専門家は燕市が行っている育休取得者に対して奨励金が支払われる制度を活用することなどアドバイスした。

神子島製作所 神子島真専務

神子島製作所 神子島真専務
男性育休の取得はまだないのですが、これからも若い方の採用は続けていくので、そういった方が必要になったときに取りやすいように常に制度を周知していかないといけないなと思っています。新型コロナ禍も落ち着き、仕事の受注が少しずつ増えてきているので若い方のパワーは必要。休みやすい環境の整備を会社として徹底的に取り組んでいきたいと思います。

専門家 井上智玄さん

訪問型啓発事業を行っている専門家 井上智玄さん
男性育休の善し悪しではなく、労働環境が整備されていないと人が採用できなくなっています。シンプルに企業が事業を継続するためには育休が取得できる環境は必要ということで何とか工夫していきたいという企業が増えています。

取得しても 男性は「2週間未満」が最多…

一方、課題は育休の取得率だけではない。

国が育休の取得期間を調べたところ、女性は最も多いのが「12か月~18か月未満」で34%、次いで「10か月~12か月未満」の30%だった。

これに対して男性は最も多いのが「5日~2週間未満」で26.5%、次いで「5日未満」の25%と大きな開きがある。

厚生労働省 「令和3年度雇用均等基本調査」より

生後2週間はまだ赤ちゃんにつきっきりの世話が必要な上、さらに成長すると夜泣きも本格化するため、十分とは言えない。

また、日本産婦人科医会によれば「産後うつ病」は産後3か月以内に発症することが多いという。

このため燕市では、育休を取得した男性や勤務先の企業に対する独自の奨励金を拡充し、2023年度「50日以上」と長い期間の取得に対する奨励金を創設し、より長い取得も促そうとしている。

50日以上向けの奨励金が拡充された
燕市 地域振興課 本間聖規課長

燕市 地域振興課 本間聖規課長
男性の育休取得は必要不可欠です。人口の社会減もありますし燕市で働いてもらいたいなという思いもあります。燕市内の出生率、出生数をあげていかなければいけない中で、子育て支援を市全体でパッケージとして考えていかないといけないなと思っています。

企業はどうするべき? 働き方見直しや本人の自覚も

県内の現状や企業として求められる対応策について、育休に詳しい社会保険労務士の高野真規さんに聞いた。

高野真規さん

Q県内の男性の育休取得率は18%程度。現状をどうみるか?

A企業によって二極化しています。100%取れているところもあればゼロのところもある。背景には法改正で男性の育休取得を進めようという動きがあります。そうした企業では第1号になる人、つまりファーストペンギンになる人がどれくらいの期間育休を取得するかによって次の人がどれくらい取れるかが決まってくる。
一方で男性の育児休業に消極的な企業もまだあります。経営者とか管理者が育児休業を取得しなかったために男性が育児休業を取得するというイメージがなかったり、そもそも人材不足で男性に育休をとられると困ってしまうということで拒否反応を示す経営者も多い。

Q課題や解決策は?

A課題は大きく二つ。
一つは収入が減ること。もう一つは人手不足や上司・同僚の理解がないという職場環境の問題。
最初の収入が減るという点。育休期間中は最初の半年は賃金月額の67%分が給付金として支給され、社会保険料の支払いが免除されることもあわせると手取額の80%くらいは確保できると言われています。これについては岸田総理大臣は、育休を取得した場合、休業前と同じ程度の手取り収入を確保できるよう給付金を引き上げる意向を表明したので、「育休中の手取り問題」については今後クリアできるかなと思います。

一方で改善した方が良いのが職場環境の方。例えば、育休や時短制度を活用したら人事評価に響くんじゃないかとなれば収入やキャリアに不安を覚える方も出てしまいます。育休の取得者や時短勤務の社員でも適切に評価できるようにしなければいけません。

また、多能工化を促して仕事の属人化を少なくして、みんなが休める環境を作ったり、生産性を高めていく働き方の見直しも必要です。

多能工化
従業員が複数の業務を担えるように教育することで、仕事の平準化や忙しい時の応援を可能にし生産能力を高める。休みも取りやすくなる。取材した燕市の金属加工メーカーでもプレス加工や研磨など部門ごとの多能工化を進めている。

A具体的に面白い取り組みがあるので紹介したい。長岡市の取り組みで、男性職員は子どもが生まれる3か月前までに上司に報告して面談することが徹底されています。そして、男性が育休を取得しない場合、その理由を必ず聞くそうです。

家庭の状況で取得しないということなら本人の判断ですが、もしこれが「業務の都合で忙しい」ということであれば、上司が中心となって業務改善を行って取得できるようにします。これくらいのルールづけをして積極的に取得を促して欲しいと思います。

Q国は男性の育休取得率を2025年度に50%、2030年度に80%にすると掲げている。

A意識改革のための継続的な社内改善、そして「DX」で生産性を向上させること。この二つがクリアできれば男性の取得率50%や85%も可能な数字です。

女性もかつては産休だけとって復帰するという時代がありました。男性も過渡期でこれから一歩ずつ進んでいく状況かと思います。

Q一方、取得率だけでなく取得期間の問題もある。

A男性に育休を取得して欲しい理由は妻を産後うつ病から守るためなんです。現在10人に1人が産後うつ病になっていると言われています。出産後の女性はホルモンのバランスが崩れて涙もろくなったり気分が沈んだり、赤ちゃんの世話で睡眠不足になったりする状況が数週間続くと言われています。重症化した場合、子どもの虐待や本人が自殺するリスクにもつながってしまう。このような症状に気づけるのは一番近くにいる夫ですので少なくとも産後1~2か月は休業を取得して欲しいと思っています。

Qそのほか取得にあたって注意点は?

A男性の育休が進んでいる企業の課題をお聞きしていると、取得率は上がっているもののしっかりとした引き継ぎがなされないまま育休を取得して周りが疲弊しているケースが増えているということです。
本人が権利を主張しているだけといったら語弊がありますが、取得当事者も常にチームで動いていることを意識して周りに迷惑をかけないような気づかいはしてもらいたい。お互い様で働きやすい環境を作って欲しいと思います。

少子化対策をめぐっては、出会い、結婚、不妊治療や妊娠教育、出産後の育児支援など論点は多岐に及ぶ。育休も男性の取得率だけでなく、自営業や非正規雇用(一部)の女性が対象となっていないといった点も課題で国は支援を検討している。県内の現状とともに国や地方自治体の動向を取材していきたい。

  • 野口恭平

    新潟放送局 記者

    野口恭平

    2008年入局 徳島放送局、報道局経済部を経て新潟放送局へ。幼いころから南魚沼市で年末年始を過ごす。育休を明けてから家事が減っていたため、今回の取材を始めてから再び意識的に「夜中のミルク」や「お風呂」などをするようにしました。家庭生活も定期的な「振り返り」が必要ですね。

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