壱岐 無垢(むく)材ビルが切り開く未来 皆が作れる木造ビルを
- 2023年04月24日
2023年4月2日、長崎県壱岐市で、非常に珍しいビルが完成し、営業を開始しました。
最大の特徴は、住宅にも使われる「無垢(むく)の流通木材」を「骨格などの主な材料」としてそのまま使った「4階建てのビル」という点です。
目指したのは「全国各地、誰もが作れる木造ビル」です。
NHK長崎放送局アナウンサー 野村優夫
環境負荷を究極的に抑えたい
4階建てのビルの1階には、喫茶店が入っています。2階より上は、ワークショップなどもできるレンタルオフィスや宿泊施設になっています。
余計な壁は設けず、木材がそのまま見えるデザインです。訪れたお客さんは、一様に感嘆の声をあげていました。
来店したお客さん
「木の自然な感じがいいですよね。木の香りがすごくいいと思います」
「よく木造でこれだけ大きなものができるなと思いますね。びっくりしました」
「吹き抜けがあって、上まで見渡せて、開放感があっていいです」
無垢の木材というのは、木を切って乾燥させてそのまま使う木材のこと。流通木材というのは、一般に流通させるために、大量に生産される木材のことです。これまでも木材を使ったビルはありましたが、多くは特別に加工した木材を使ったり、鉄骨に木材を貼ったりするものでした。無垢の流通木材を、そのままの状態で、骨格にまで使っているビルは、非常に珍しいといいます。
このビルの建設を企画し、設計を行ったのは、壱岐市の一級建築士・松本隆之さんです。
自ら建設資金を集めて、完成までこぎつけました。
一級建築士 松本隆之さん
「私が普段から建築設計という仕事をしていて考えていたのが、建築というのが環境に負荷を与える行為でもあるということでした。そこで、ちょっとでも環境にやさしい建築ができないだろうかと考えて、無垢の木材でできた環境に優しい4階建ての建物を作ろうと思い立ちました」
木材は、二酸化炭素を吸収して育つ木から作られ、環境に優しい材料とされています。その木材の中でも、加工のエネルギー消費が少ない無垢材をそのまま使えば、環境への負荷が究極的に抑えられると、松本さんは考えたのです。
山を守ることにつなげたい
さらに、このビルには「日本の山を守ることに繋がるかもしれない」という期待も寄せられています。
山は、木が利用され、植林を行うことで若返ります。若返った山は、多くの二酸化炭素を吸収してくれます。しかし、今後、木材需要が減り、この循環が崩れる恐れがあるのです。
例えば、木材の主な利用先である住宅。年々、新設の着工戸数は減り、少子化の影響もあって、2040年には、現在の6割以下にまで減少していく、という予測もあります。
住宅の着工が少なくなり、木材の需要が減れば、山の機能も低下するかもしれない。大量生産される「流通材」をシンプルに使ってビルを作れれば、コストも抑えられ、木材の新しい利用先になるのではないか。このビルには、そんな期待が寄せられているのです。
木材メーカーが見つからない
一方で、超えなくてはならないハードルが数多くありました。その一つが、ビルの強度を担保することでした。
4階建てのビルを作るには、地震や台風などに耐えられるか、精密な「構造計算」をしなくてはなりません。これは、一般的な2階建ての木造住宅には義務付けられていないものです。
無垢の木材は、同じ種類でも、産地などによって、品質にばらつきがあります。正確に建物の強度を計算するには、一定の数値以上の強度を保証する「日本農林規格=JAS規格」の認証を受けた製材(無垢材)を利用する必要がありました。
しかし、JAS規格の製材をこのビルに提供してくれる木材メーカーがなかなか見つからなかったと、設計士の松本さんは言います。
一級建築士 松本隆之さん
「JAS認証を取っている木材メーカーでも、無垢材での4階建てビルの実績が、国内ではないので、やってみないと実際分からないということがあります。ですから、皆さん、なかなか『はい やりますよ』と引き受けてはくださりませんでした」
「実際に高い建物を現場で組み上げると、上からの重みで木が曲がって、木の接合部がきちんとかみ合わないなどの可能性もある。実際にやってみないと分からないこともあるので、皆さん、懸念があったのだと思います」
たとえJAS規格に対応した製材でも、前例がないため、何が起こるか分からない、と懸念を持つ木材メーカーが多かったのです。
JAS規格製材を作るには?
探し回った結果、ようやく対応してくれたのが広島県に本社のある会社でした。
2002年からJAS規格の製材の生産を始め、住宅向けを中心に順調に業績を伸ばしてきました。JAS規格に対応するには、いくつかのポイントがあります。
一つ目は、丸太の切り方です。カッターの刃を入れる場所によって、同じ丸太でも強度の違う製材ができます。
転がってくる丸太の形を見極め、カッターに向かう丸太の位置を微調整します。これを職人が遠隔操作で行います。
わずか数秒でこの作業を行うことで、JAS規格の製材を大量に生産することができるのです。
さらに、木の乾燥も重要です。木材に水分が多く含まれていると、建設過程で水分が抜けたとき、木材が縮んだり反ったりする恐れがあるからです。
この乾燥にもコツがあります。
加工課 神南誠 係長
「急いで乾燥させようと設備内の温度を一気に上げてしまうと、ひび割れなどが起きます。産地が同じでも、木材は一本一本性質が違うので、それを丁寧に見極めながら乾燥させることが大切です」
会社では、木にセンサーを取り付け、どのくらいの水分が抜けているか常に状態をみながら、こまめに温度調節を行い、ゆっくりと乾燥させています。
今回、特に工夫が必要だったのが、木材の最終カットの工程です。最近の木造建築では、あらかじめ工場で、木材をその建物に必要な形にカットします。そして、出来上がったパーツを現場で組み立てるという方法が主流です。
この木材の最終カットは、コンピュータに設計図を入れて自動で行います。しかし、木造住宅の場合、通常は、3階建てまで。4階建て以上の木造建築に対応できるコンピュータソフトを導入している木材メーカーは限られていると言います。
この会社のソフトも、3階建て用でした。そこで、今回「3階の上に、屋上の建物を建てる」という設定にして、数値を入力し、対応しました。
こうした試行錯誤は、会社にとって、ノウハウの蓄積に繋がったといいます。
加工グループ 佐藤公俊 係長
「今回初めての取り組みで、CADマン(ソフトへの数値の打ち込みをする人)の仕事としては非常に難しかったと思うんですけども、技術の蓄積になり、次の物件につながるので、非常に良かったと思います」
なぜ、今回、この会社がここまでの対応をしたのか。ここにも、将来の住宅需要の低下の影響があったと言います。
本社営業推進課 野田康宏 課長
「今から、一般住宅だけではなく、非住宅と言われるところに、無垢材をどんどん供給していきたいと考えています。この度の壱岐のビルでは、ビル建設者の狙いと弊社の考えがすごく合致したので、やらせていただきました」
木材と木材をどうつなぐか
建設にあたっては、木材と木材のつなぎ方も課題でした。
多くの一般住宅では、ホゾとホゾ穴を作り、木を繋ぎ合わせます。
しかし、この方法だと、職人の技量に幅があるため、正確な構造計算ができません。
この問題に対応したのが、構造計算を担当した構造設計一級建築士・渡邊須美樹さんです。
渡邊さんは、金具を使って固定すれば、正確な計算ができると考えました。しかも、コストを抑えるため、大量生産されている金具を使いたいと考えたのです。
しかし、この金具は、主に低い建物で使われてきたもので、無垢材の4階建てビルでの使用実績はありませんでした。
構造設計一級建築士 渡邊須美樹さん
「4階建ての建物になると、金物メーカーも、無垢の木材と組み合わせた時の強度がちょっと保証できないと当初おっしゃっていました。そこで、いろいろと金物メーカーや木材メーカーと議論しました」
渡邊さんは、金物メーカーや木材メーカーと綿密な検討を行いました。メーカー側の持つ実験データなどを活用しながら、4階建てのビルに使っても問題ないことを丁寧に確認していったのです。
木材の地産地消のサイクルを
今回、目指したのは「全国各地で作れる木造ビル」でした。このビルを実際に見れば、その価値が分かると、構造設計一級建築士の渡邊さんは言います。
構造設計一級建築士 渡邉須美樹さん
「そんなに難しい技術でなくて、普通の技術を使ってできるというのが、大切ですよね。これを見て『同じことをこっちの建物でもやろう』と思ったときに誰でもできます。今後、広げていく、皆さんに知っていただくという点で、この建物は非常に有効だと思います」
木造ビルが、木材の確かな利用先になるためには、全国的な広がりが欠かせません。そのためには、特別な技術を極力避けたかったのです。
しかし、その中で、どうしても必要なのがJASの製材(無垢材)でした。強度を担保するために不可欠で、ここが今回、大きなネックとなりました。
「前例がないことが怖い」。その思いをなんとか払拭したいと、松本さんは行動に移しました。
一級建築士 松本隆之さん
「設計段階で作る前は、皆さん不安の方が大きくて、なかなか『やりましょう』と言っていただけないところもあったんですけども、作っていく中で、だんだん確信を持てるような感じになってきました。実際に完成した姿を見ていただくと、皆さんそれが実績になりますから、次のステップにつながる、次の仕事に広げていけますので、そういうところで非常に喜んでいただけました」
今回のビルができたことによって、他のJAS製材メーカーの中にも「やれる」と思う所が出てくるかもしれません。そうして、木造ビルの実績が積み上がっていけば、JAS製材の需要が今以上に上がる可能性もあります。
そうなれば、今JASに対応していない木材メーカーの中に「JAS認証を取得してみようか」と動き出す会社が出てくるかもしれません。その動きが各地で起これば、地元の木を地元で加工してビルに使う「地産地消」の流れが生まれてくる可能性もあります。
そのようなサイクルが起こることを、二人の設計士は願っているのです。