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かつて原爆で倒壊 浦上天主堂・教会「長崎の鐘」のギモン

  • 2022年10月04日

 
なぜ浦上天主堂の鐘は朝5時半に
            鳴るの?

歴史と文化の町、長崎。古くから外国との交流が盛んなこの町には、数多くの教会があります。そんな歴史にちなんだギモンがNHKに寄せられました。
 

「なぜ長崎市の浦上天主堂の鐘は朝5時半に鳴るのか」

 

浦上天主堂は長崎でも有名な教会の1つです。長崎に住んではや3年。自身も全く気づかなかった長崎のギモン。
さっそく取材に乗り出しました。

長崎放送局 記者 中尾光


浦上天主堂は、長崎駅から北に数キロ離れた丘に立つカトリックの教会。長崎市民なら知らない人はまずいません。ギモンを寄せてくれたのは長崎市に住む貞松徹さんです。

貞松徹さん

貞松徹さん
「この近くに浦上天主堂があるんですけど、その教会の鐘が5時半に鳴るんです。そんな朝早くに鳴らすのはなぜなのかと思って…」

聞けば、貞松さんは、浦上天主堂の近くで生まれ育ち、長年この疑問を持ち続けてきたそうです。

貞松徹さん
「除夜の鐘とか、私たちが当たり前だと聞いていた音が、時代の移り変わりとともに、うるさいという反対運動が起きたりして。そんな地域がある中で、この地域で鐘が鳴り続けてるっていうのは素敵なことだなと思いまして」

たしかに、、、早朝から鐘が鳴っているのに、地域の人から受け入れられているのは、すごいことかも知れません。貞松さんも自分が設定した目覚ましアラームより1時間も早く鳴るという鐘のことを、嫌な顔ひとつせず、にこやかに話してくれました。

筆者

実は私、中尾はキリスト教徒、父親は教会の牧師です。
幼少期から教会には通う、聖書の知識は人並み以上にあるつもりですが、鐘のギモンの答えは見当もつきません。「百聞は一見にしかず」ということで、何かヒントはないかと実際に鐘の音を聞いてみることにしました。

早朝の浦上天主堂

日の出前の朝5時前、現地に集合。
眠い目をこすりながら、鐘の音を待ちます。

「ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン」

鐘の音が響き渡ります。早朝の静寂の中で響き渡る鐘の音はとてもきれい!鐘の音は、1度や2度ではなく、何度も鳴っていることがわかりました。

周辺の聞き込み

次に天主堂周辺で聞き込みです。

住民Aさん

朝5時半ですか。平和祈念か平和祈願か…

住民Bさん

鐘の音、聞いたことはあるんですけど、分からないですね…

聞き込みをしてもギモンは解消できず…。なかなか難しい疑問であることは分かりました。

住民Cさん

教会の右側のところに窓口があるので、そちらに行って尋ねられたら教えてもらえると思いますけど…

現場の浦上天主堂で真相を尋ねることにしました。

ギモンに答えてくれたのは、浦上天主堂の主任神父、久志利津男(ひさし・りつお)さんです。神父になって37年、浦上教会の主任神父になって7年のベテランです。

久志利津男さん
「実は6時からミサが始まるにあたって、ミサの案内、皆さん方にミサが始まりますよ、あるいはミサが始まる30分前ですよと知らせるものなんです。これは「寄せ鐘」といいます」

鐘はミサを知らせる案内として、信者に向けて鳴らされていました。そして、時間の謎は、鐘を聞いた人が6時からのミサに間に合うように、30分前に鳴らしていたため朝5時半だったのです。ギモンに答えてくれた久志さんも、神父になるため神学校に通っていたころ、この鐘の音で起きて、早朝のミサに向かっていたそうです。

依頼人の貞松さんからは追加の質問もありました。

「正確に数えたことはないんですけど、人によって鳴らす回数が違うっていう噂を聞いたことがあって…」

こちらも浦上天主堂の久志さんに聞いてみます。

久志利津男さん
「以前は手動、手で引っ張っていて、引っ張る人によって鐘の長さも変わっていました。例えば、ふだん鐘を鳴らしていた方が所用でできなくなったとき、別の誰かが鳴らすとやはり違ってくる。聞かれている人はこれを聞いて『きょうは違うな』と、長さの違いを感じとっていたんじゃないでしょうか」

なるほど!貞松さんが耳にした噂は本当でした。
しかし、久志さんに聞くといまはどうやら状況が違うようです。

久志利津男さん
「この浦上教会は1988年に鐘が電動化されました。その理由は、鐘を鳴らす人不足だと思います。ついていた人が高齢になり、鐘をつける人がいなくなった。そして、朝早い時間ということもあり、なり手がおらず、後継者がいなくなったという現状ではないでしょうか」

なるほど…。たしかに、私も鐘を聞くために朝早く起きて、つらいなと思っていましたが、毎日のようにこれをするのはなかなか大変な仕事です。人がつかなくなったときくとさみしい気持ちになる反面、電動化は時代にあった選択なのかもしれません。

鐘はフランスから運ばれてきた!

地域から親しまれてきた浦上天主堂の鐘。今から100年以上前に建てられ、「東洋一の教会」と呼ばれた天主堂には、実は鐘がありませんでした。鐘は建設から10年後にフランスから運ばれてきたそうです。

しかし77年前、1945年に長崎への原爆投下で、浦上天主堂は全壊し、2つの鐘のうち、1つは壊れました。そんな中、もう1つは奇跡的に地中に埋まっているのが見つかり、その年のクリスマスに再び鳴らされ、人々を勇気づけました。天主堂が壊れてしまっていたため、簡易的に作った木の三脚につるして、鳴らしたそうです。

浦上天主堂の鐘は戦後「長崎の鐘」という歌になり、歌い継がれています。こうした経緯がある浦上天主堂の鐘。久志さんは、この鐘は、ほかの教会の鐘とは違った特別な存在だと言います。

久志利津男さん
「平和を鳴らす、告げ知らせる、そういったことで浦上から鳴らされる発せられる鐘の音はものすごく意味があると思います」

(取材後記)

貞松さんがくれた純粋なギモンに向き合う中で、私自身とても純粋な気持ちで、好奇心に従って取材することができました。ちなみに私が取材中に感じた「なぜ、何度も鳴らすのだろう」というギモンの答えは、「教会で捧げられる『祈り』のリズムに合わせて、鐘が鳴らされているから」だそうです。

鐘をいつも聞く地域の人やキリスト教徒の私も知らなかったギモン。長崎にはギモンがあふれていると感じました。長崎のみなさん!ふと感じた疑問をぜひお寄せください! 取材の結果は、夕方6時10からのイブニング長崎「長崎のギモン それ知っとっと?」やこちらのサイトでお伝えしていきます。
 

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