太田市 ゴルフ場の救世主はバナナ 苦境企業再生のヒントにも
- 2022年04月25日
「ゴルフ場でバナナ作るってよ」
ある取材先から聞いたそのことばを、すぐに理解することはできませんでした。
「バナナ=南国」なのに。
なぜ群馬?
なぜゴルフ場??
なぜそこでバナナ???
頭の中の「?」は増すばかり。
コンビニに行けば、真っ先にバナナを手に取る、生っ粋のバナナ好きの私。
「行くしかない」
足は自然とそのゴルフ場に向かっていました。
(前橋放送局記者 中藤貴常/2022年4月取材)
第1章 ゴルフ場の危機
太田市で50年近く続くゴルフ場。バブル期には多くの人が訪れましたが、時代と共に客足は減少。36ホール分の広大な土地のメンテナンス費用など、経営維持に必要な費用も高いため、当時の親会社が4年前に民事再生法の適用を申請しました。その後オーナーになったのは産業廃棄物処理を行う企業でした。コロナ禍で「密になりにくいスポーツ」として注目も集めましたが、それでも経営は厳しいといいます。
鳳凰ゴルフ倶楽部支配人 大澤順さん
「他の飲食店と比べるとまだ影響は少ないかもしれないが、コロナ禍でまだまだ企業や団体のコンペが戻ってきていない状況です。レストランでのパーティーや表彰式もなく、その分、売り上げが落ちて客単価が減っています。コースをメンテナンスする費用のほかにも、人件費はどうしても削減できません。なので厳しい状況が続いています」
第2章 副業でバナナ?ご冗談ですか!?
厳しい状況を打開するには、副業を始めるしかない。安定した利益を生める方策がないか模索を始めました。
自分たちが持つ資産は何か?
目をつけたのが「広大な土地」でした。
では次にどうする?
植物を育てられないか、というアイデアが出されました。
じゃあ、何を?
ここで突拍子もない発言が出ます。
「バナナ」
さすがに社内からは不安の声が出たといいます。
「斬新でしょ」
それはそうだけど…。
ただ、ある人との「出会い」が局面を一気に打開しました。
第3章 スペシャリストに会えた
その人こそ、後に「救世主」を生み出すキーマン、中神洋二さん。バナナ栽培の「スペシャリスト」と言える人物です。
ゴルフ場の関係者が「たまたま出会った」という中神さんは、当時、福島県で原発事故のあとの復興に向けた取り組みの一環としてゼロからバナナを育てているさなかでした。
その経歴を聞くと、まさに「スペシャリスト」。
中国、ベトナム、岡山、千葉、そして福島など、国内外で10年ほどバナナ栽培に携わってきました。
今回も「群馬のゴルフ場でバナナを作りたい」という依頼に対し、自分の経験が役に立つならと快く引き受けました。
第4章 勝算あり だからハードルは高く
太田の土地に足を踏み入れた時から、中神さんは関係者の不安をよそに1人冷静に「勝算あり」と考えていました。
ゴルフ場 バナナ栽培担当 中神洋二さん
「バナナ栽培で重要な日照時間が群馬は比較的長いんです。土壌の質もよく、他の地域より太くていいバナナができると思いました。また、バナナの場合は冬の温度管理を徹底すれば比較的順応しやすい果物なんです。そういった意味では比較的栽培は容易だと考えていました」
その後、正式なスカウトを受けた中神さん、ゴルフ場のコースの横に建てられた農業用ハウスが新たな「職場」になりました。その「勝算」を踏まえてか、強気の姿勢を見せました。栽培のハードルが高い品種にあえて取り組んだのです。
それが「グロスミッシェル」。
国内ではほとんど流通していない品種です。甘さや香りが強く、もちっとした独特の食感が特徴である一方、一般的には病気になりやすく栽培するのが難しいと言われています。ただ、これまでの経験が中神さんに自信を与えていました。
「知識をもって取り組めば栽培は十分可能です。実はグロスミッシェルがなる病気の病原菌が発生するのは熱帯圏だけ。逆に言えば日本では発生しないので、日本だからこそ育てられる品種です。別格の甘さと香りでお客様たちに特別感を与えられるような差別化が重要だと考えました」
第5章 廃材とダンゴムシとCO2削減
おととし12月、ついにコースの横にあるハウスの中に120株の苗を植え、いよいよバナナ栽培をスタートさせました。ハウスの高さは6.5メートル。背の高いバナナの葉の成長を見越して特注で製作しました。
栽培環境で、中神さんが特にこだわったのが土作りでした。
そこで役立ったのが、ゴルフ場が身近にある資産の2つ目。
「廃材」でした。
ゴルフ場の親会社の“本業”、産業廃棄物の処理では毎日大量の「廃材」が出ます。そこから生まれる大量の「木製チップ」や「がれき」がバナナ栽培に生かせると、中神さんは判断しました。その2つを土に混ぜると、栽培に欠かせない「水はけの良さ」につながり、がれきに含まれるカルシウムなど含まれる栄養素も、おいしさに役立つというのです。
「チップには壁などで使われていたと分かるようなものがありますが、生育には全く問題ありません。がれきや木製チップを土に混ぜることで、土の中に“隙間”ができ、根も広く育ちやすいんです。費用面でも一般的な土作りの半分ほどのコストに抑えることができました」
スペシャリストこだわりの土作り。いい土の「バロメーター」は私たちにもなじみのある「ダンゴムシ」です。取材に行ってびっくりしたのは、その量でした。
中神さんが作る土は、下から「土だけ」、「土とがれきを混ぜる」、「土と木製チップを分ける」の順に「3層」に分かれています。その土に大量のダンゴムシが動いていることが「土の良さ」を表しているそうです。
「ダンゴムシは敬遠されることもありますが、実は“益虫”で作物に害はありません。ダンゴムシはバナナの葉が好きで、下に落ちた葉をよく食べます。その“ふん”のおかげで土は“さらさら”になっていくので、よりよい土になっていきます」
廃材は栽培に重要なハウス内の温度管理にも役立てられています。栽培には、冬の間も常に気温を20~30度に保つ必要があるため、欠かせないのが暖房器具です。通常は重油などを使って暖めますが、中神さんはその燃料に木製チップを使いました。“円柱状”に加工した木製チップを燃やすことで電力を生む“バイオマス発電”で温室効果ガスを実質ゼロにする“カーボンニュートラル”な栽培を実現しました。
「二酸化炭素が削減されて環境に優しく、出てくる風は非常にマイルドな熱風なのでバナナにとってメリットがあります。単に甘くおいしいバナナを作るだけではなく、農業が社会の1つの枠組みとしてとらえられ、バナナ栽培が環境保全やSDGsにも寄与できれば」
第6章 ついに収穫 気になる糖度は
丹精込めて育てたバナナ。1年半の時を経て、ことし4月に初めての収穫を迎えました。
バナナは「木」と思われがちですが、実は「草」。なので、太い茎を巨大なのこぎりで一気に切り落とします。切り落とした茎からは水がしたたり落ち、水分の多さが見て取れました。
しかし収穫したバナナの色はまだ緑です。
「中神さん、これがグロスミッシェルの特徴なのでしょうか?」
「バナナは黄色です(笑)。ここから1週間以上熟成させます」
緑から黄に色を変化させるには「室(むろ)」と呼ばれる部屋で寝かす必要があるのです。ただ入れるだけでは、すぐに色は変わりません。まず24時間ほど室内にエチレンガスを充満させてバナナに色を変える「スイッチ」を入れるんだそうです。そこからさらに1~2週間ほど静かに熟成させます。
室に入れること1週間。ついに黄色いバナナが完成しました。
その甘さや、いかに。
「糖度」を測ってみたところ「24.5」でした。
通常のバナナは「20~21」なので、かなり高い糖度です。
中神さんが胸を張りました。
「少し早めに外に出したので、ここからさらに糖度は上がり、最終的に28くらいにはなります。バナナの実も非常に青々していて、葉もしっかり育っている。これは土がいい証拠です。根がしっかり張って、太陽を浴び、水を吸って、おいしくなっているということ。今までで一番“出来栄え”のいいバナナだと思います」
スペシャリスト、中神さんの「自信作」。
できたてのバナナを早速支配人のもとに持って行きました。
そのお味は…。
「甘いですね。今まで市販のバナナしか食べて来ませんでしたが、全然違う。お客さんも1度食べれば分かってもらえると思います」
「ひとまず“おいしいバナナ”と言っていただけることは生産者としてこの上ない幸せです」
中神さんも、ほっと胸をなで下ろしていました。
この「ゴルフ場産バナナ」、今後はゴルフ場や地元のスーパーで販売を始め、年間1万8000本余りの出荷を見込んでいるということです。
ゴルフ場 バナナ栽培担当 中神洋二さん
「会社の中でいろいろな異業種が組み合わさる中で、シナジー(相乗)効果が生まれることが出来ればいいと思います。状況をみながら全国展開、あるいはブランド化、あるいは高級路線のような考え方を持ちつつ、少しでも販路を拡大して、売り上げを上げてゴルフ場の経営に貢献していきたい」
最終章 救世主
取材を通してまず感じたのはバナナ栽培の奥深さです。私がただ「おいしい」と無邪気に食べていたバナナの裏側に、生産者の人たちの知恵や工夫が詰まっていました。土から暖房器具まで、細かい部分へのこだわりだけでなく、環境やコストについても気を配る。まさに「プロ」だと感じました。
もうひとつ感じたのが、企業の進む方向性でした。身近にある「場所」と「モノ」を最大限活用し「プロの技」を借りてアイデアを実現させる。ゴルフ場の「救世主」を目指すバナナの栽培は、苦境にある企業が立ち直る1つのヒントになるかもしれない…。
そんなことを考えながら、帰り道のスーパーで手に取ったのは、やはりバナナでした。