あるケース 認知症と診断されたAさん
認知症と診断された人は、どう感じ、どう受け止めるのでしょうか。ある人のケースを見てみましょう。
70代のAさんは、10年前に退職し、今は妻と2人暮らしです。
ある日妻に「夜、何食べる?」と聞かれ、「カレーが食べたい」と答えたところ、「きのうも食べたじゃない」と言われました。
昨晩、何を食べたか思い出そうとしたのですが、夕食をとったかどうかも思い出せません。
また、1人でいつものコースを散歩しているのに、帰り道で迷うようになりました。「まさか認知症?」と、不安が強くなってきたため、かかりつけ医に相談しました。
生活上の変化を伝え、質問式の認知機能検査を受けたところ、「認知症の疑いがある」と言われました。そして、脳神経内科を紹介されて、脳の画像検査を受けました。
検査の結果、医師からアルツハイマー型認知症と診断されました。Aさんは目の前が真っ暗になりました。認知症と診断されたとき、どう感じるかは人それぞれですが、Aさんのように強いショックを受ける人は少なくありません。
アルツハイマー型認知症の初期症状
Aさんに起きた変化は、認知症の6割以上を占めるとされるアルツハイマー型認知症の典型的な初期症状でした。それは、物忘れと、「見当識障害」です。見当識障害とは、「よく知っている道で迷う」「きょうが何日かわからなくなる」というように、場所や時間の感覚が低下した状態をいいます。
年をとれば誰でも物忘れが多くなりますが、それが「単なる物忘れ」なのか、「認知症による物忘れ」によるものなのか、その違いを知っておくとよいでしょう。
「昨夜、夕食をとったことは覚えているが、メニューを忘れた」というように、体験の一部を忘れた場合は、単なる物忘れであることが多いです。
一方、「昨夜、夕食をとったか、とっていないか、まったく覚えていない」などのように、体験をまるごと忘れている場合は、認知症による物忘れが疑われます。
日常生活でこうした物忘れや、見当識障害がある場合は、かかりつけ医などを受診してください。市区町村に設置されている地域包括支援センターに相談するのもよいでしょう。
認知症と診断されたら
認知症と診断されると、医師から、どのタイプの認知症なのか、進行の程度はどのくらいか、生活上の注意点、今後の予測などについて医学的な説明があります。最初はショックで医師の話が耳に入らないかもしれませんが、多くの人は時間がたつにつれて少しずつ冷静になり、認知症について理解ができるようになっていきます。
認知症と聞くと、多くの人はすぐにいろいろなことがわからなくなってしまうと思いがちですが、そんなことはありません。認知症は年単位でゆっくり進行していきます。
その後のAさん
Aさんは、医師の説明により、自分の認知症の進行が緩やかであると知り、「今できることをしよう」という気持ちになることができました。
Aさんは長年コーラスが趣味でした。物忘れが目立ってきてからは足が遠のいていましたが、コーラスの仲間たちに認知症のことを伝えることにしました。
それからは、仲間が練習や発表会に誘ってくれるようになり、コーラスを続けています。
さらに、最近は妻と一緒にスポーツジムにも通うようになりました。妻からは「いっときより生き生きしている」と言われ、Aさんは自分の変化に驚いています。
認知症を受け止めるには
認知症はゆっくり進行するので、すぐに何もわからなくなるわけではありません。だからこそ、「今できることは何か」「自分にとって大切なものは何か」、周囲の人の協力を得ながら、これからの生活について考えてみることが大切です。自分にとって大切なことを続けることで気持ちが前向きになれば、認知症を受け止めやすくなります。
若年性認知症と診断されたら
認知症と診断されて、特にショックを受けやすいのが、65歳未満で発症する「若年性認知症」の場合です。国内では4万人近くの患者さんがいるとされています。仕事や子育て、住宅ローンの支払い、親の介護など、いろいろな責任を負うことが多い年代です。なかには、認知症と診断されてパニック状態になる人もいます。
しかし、今の仕事を続けるためにも、なんとか現実を受け止めてほしいと思います。「仕事が嫌い」ということでなければ、仕事を続けることは脳を活性化させるので、認知症の進行の緩和につながります。
なお、仕事を続けるためには、職場の人に病気のことを伝える必要があります。病気のことを知ってもらうことで初めて、周囲からのサポートを受けることが可能となります。また、障害年金、障害者手帳、自立支援医療、介護保険など、経済的なサポートとして利用できるサービスや制度は可能なかぎり使いましょう。