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外国人と医療通訳 第3回 精神科の通訳は医師に言葉と心を伝える

2017年12月13日(水)

第3回 精神科の通訳は医師に言葉と心を伝える

国人と医療通訳
第3回 精神科の通訳は医師に言葉と心を伝える

外国人にも理解できる説明を医師から引き出す 
通訳を通じて患者の心の支えとなる
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Webライターの木下です。

外国人にも理解できる説明を医師から引き出す


 木 下 
:いま慣れない日本で暮らす中で、精神疾患のある外国人の方が増えていると聞きます。医療通訳の派遣で精神科病院に行かれることもありますか。

 佐 藤 :もちろんあります。精神科の患者は幅広くて、年齢もさまざまですし、統合失調症だけではなく、うつ病、適応障害、発達障害など、いろいろなケースがあります。
精神疾患の場合、たんに医学的な知識だけではなく、その外国人の置かれている状況についての理解も必要になります。例えば、日本の学校生活になじめなくて、うつ状態になり、思春期外来を受診する子どもがいます。在留資格が切れてしまうことへの不安が、心を蝕んでいる場合もあります。精神科の場合は、日本における在留資格や労働法規や学校制度などの知識ももたないと、患者の言うことが理解できなくなる場合もあるので、医学を超えたより幅広い知識が必要になります。

 木 下 :精神科の場合は、本人だけではなく、家族ともコミュニケーションを密にしていかないとなりませんよね。

 佐 藤 :そうです。患者がどんな状況に置かれているのかを理解しないと本人の言葉が何を意味するのかわかりません。本人と話せない場合は、医師と家族との間の通訳を行います。家族が身近にいないときには、対面ではなく、電話で家族と医師との間をつなぐ電話通訳をすることもあります。家族には患者の病状について説明し、医師にはそれまでの本人の状況を家族から聞き出して伝えます。


佐藤ぺティーさん佐藤ぺティーさん


通訳を通じて患者の心の支えとなる



 木 下 
:担当した患者さんで印象的な例はありますか。

 佐 藤 :私が初めて精神科の患者さんを担当したケースですけども、患者さんは中国人の妊婦さんで、統合失調症を再発していました。妊娠がわかったので、赤ちゃんに影響が出ては困ると、本人が統合失調症の薬の服用を止めてしまったのです。それで、発作が再発したのです。本人は支離滅裂なことを言っていて、精神科病院の保護室に入れられていました。

 木 下 :通訳のときには、お医者さんと一緒に保護室に入るのですか。

 佐 藤 :そうです。最初小窓からその患者を見て、少しおそろしかったですけど、お医者さんと一緒に入りました。そのとき医師からは、「患者さんがどれほどおかしなことやあり得ないことを言っても、そのまま通訳してほしい。そうでないと正確な診察はできないから」と言われました。
何を話したのかはよく覚えていませんけど、例えば、黒いバナナがあると言うのですけど、そこにバナナはなかったし、バナナは黒くない。他にも、神奈川県にいるのですけど、別の違う県にいると思い込んでいました。そういう本人の妄想を自分の判断が入らないように気をつけながら、役者が演じるようにして、そのまま医師に伝えました。

 木 下 :内容だけではなく、中国語としても乱れていたのですか。

 佐 藤 :そうですね。あっちに飛んだり、こっちに飛んだり、文章になっていなかったり、文法がめちゃくちゃだったり。それを訳すというのは大変なのですが、できるだけ、ありのまま伝えるようにしました。

 木 下 :そんな状況で、その患者は妊娠もしていたのですね。

 佐 藤 :発作を起こして興奮していましたが、その患者がお腹の命を大切にしていて、家族も「絶対この命を守ってあげてください」と訴えたので、それを通訳してお医者さんに伝えました。その後どうなったのかは、知らなかったのですが、2年後に偶然、この中国人の夫婦に別の病院で顔を合わせることがありました。
MICかながわには、患者の側から声をかけられない限りは、こちらからあいさつをしてはならないという行動規範があります。患者さんの中には、病気であったことを知られたくない人もいるからです。それで知らんぷりしていたのですが、夫の方が私に気づいて、「あのときの通訳の方ですね」と話しかけてきました。それで、「そうです」と答えました。驚いたことに、患者さんも私のことを覚えていました。私は保護室で「先生の話を聞きましょうね」と言って、彼女の手を握っていたのです。そのことが記憶に残っていたようで、「あなたは手をつないでくれた」と言ってくれました。そして、女の子が無事生まれたことを知らされました。

 木 下 :精神疾患の患者にとっては、言葉が通じないだけではなく、心が通じないという不安もありますから、信頼できる医療通訳の存在は重要ですね。

 佐 藤 :その患者を担当したのは、医療通訳を始めて1年、2年の頃でした。医療通訳はこういう厳しい現場にもかかわっていく必要があるのだなと思って、この仕事を本気でやっていく気持ちがあるかどうか、自分自身の意思を確かめるきっかけにもなりました。
私が日本に帰化した理由は、もっと日本社会にかかわりたいと思ったからです。社会に対して責任を果たすとともに、権利も得たいと思いました。子育てが終わってから、何か社会貢献できる仕事はないかと思ったときに、医療通訳の仕事を選ぶことになりました。たぶん、日本で暮らす外国人の人たちも、私と同じように社会参加したいという気持ちはもっていると思います。帰化をするしないにかかわらずです。そういう外国人たちの力になれるというのは、私たち医療通訳が味わえる感動かなと思います。

左から佐藤ぺティーさん、岩元陽子さん、事務局の飯島佐智子さん左から佐藤ぺティーさん、岩元陽子さん、事務局の飯島佐智子さん

 



木下 真

 

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