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2024年5月21日(火)

“守られない通報者” 内部告発を社会の利益に

“守られない通報者” 内部告発を社会の利益に

会社や組織の不正を通報窓口・行政機関・マスコミなどに通報する「公益通報」。調査によると通報者の3割が「後悔したことがある」と回答。通報したことで不利益を被ったという訴えが各地でおきています。職場での嫌がらせ、異動や降格など不当な人事が行われたというのです。通報者を守る法律があるにもかかわらず、実態は逆です。通報者を守るには何が必要なのか?不正に声をあげる人を表彰する企業も。通報を社会の利益へ。

出演者

  • 日野 勝吾さん (淑徳大学 教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

社会のための公益通報 通報者に“不利益”も

桑子 真帆キャスター:
働く人が職場の不正に対して声を上げる、内部告発や内部通報。これは組織の中のことと思われがちですけれども、実は、社会全体の利益につながることから「公益通報」とも呼ばれています。2023年、問題になったダイハツやビッグモーターの不正も、社員による通報が発覚のきっかけになって、私たち消費者の安全や利益につながりました。もし職場で、法に触れるような不正を見つけたら、組織が設けている内部の窓口、もしくは労働基準監督署や保健所などの行政機関、また、報道機関や消費者団体などの外部の機関に通報できると法律で定められているんですが、2024年2月、消費者庁が発表したアンケート調査では、“上司や同僚から嫌がらせを受けた”、“人事評価で減点された”、“不利益な配置転換をされた”など、多くの声が上がりました。社会の利益となるはずの通報をした人に何が起きているのでしょうか。

不正を通報したら… “嫌がらせ”で体調不良

病院のリハビリ科で働いている女性です。職場で数年前から行われていた不正を通報しました。

病院の不正を通報した女性
「月330単位のノルマが課されていて」

女性の職場では、毎月、達成が難しいリハビリのノルマが管理職から課されていました。そのため、職員はサービス残業をするか、施術時間を水増しするなど、不正な診療報酬の申告をしていたといいます。厳しいノルマが不正の原因となっていると考えた女性は、労働基準監督署に匿名で通報し、調査を依頼。病院の人事部長にも匿名で書面を送りました。

病院の不正を通報した女性
「結局(診療報酬も)税金なんですよね。これでお金を取っていいのだろうか。やっぱり倫理観を持って止めないと、恨まれても止めるべきだと思って通報しました」

その後、人事部による調査が行われ、サービス残業については手当が支払われるようになりました。しかし、女性によると、管理職からのノルマの指示は続き、水増し申告をしないことで圧力を受けたこともあったといいます。女性が記録した音声です。

管理職
「(女性の)今の状況が、リハビリ科全員を、下手したら、みんな失職になるおそれすらある。もしくは病院が転覆する、そういうリスクを今のやり方で招くということは認識してください」

その後、管理職からの嫌がらせも始まったといいます。勉強会と称して、女性のカルテの問題点をあら探しする場が設けられることや、2か月間、専門の業務から外されたこともあったというのです。女性にとって不当な扱いが続く中、同僚も、次第に口をきかなくなっていったといいます。

病院の不正を通報した女性
「見て見ぬふりをする人たちがすごく多くて、誰も助けに来ない。それがどんなにつらいか」

女性は、睡眠障害を患うなど、精神的に追い詰められていきました。

病院の不正を通報した女性
「横断歩道を渡って、着替える場所に行くんですけど、そのときに、このまま飛び込んだら楽だろうなとか。ずっとこういうのが続くのかなと思うと、もうここで命、絶っちゃったほうが楽だな」

正しいことをしたのに、なぜ、嫌がらせを受けなければならないのか。そう考えた女性は、病院や管理職を相手に訴訟を起こしました。3年に及ぶ裁判の末、2023年12月に出された一審の判決では、女性の訴えが認められました。

裁判所は、リハビリ時間の水増し申告があったこと、その原因となったノルマは違法な負担だということを認定。そして、管理職の行為は、女性に不要な精神的負担を課したと認めました。

しかし、病院側は控訴を申し立てています。
『リハビリ時間の水増し申告を認定した判決は誤りである。また、ノルマは業務の効率性のための目標であり、義務として課したものではない。女性を業務から外すなどの対応は、女性の業務に問題があったため行ったものである』としています。

病院の不正を通報した女性
「通報者って、本当は守られなければいけないはずなのに、正しいことなのに、どうしてそこまでやられてしまうのかわからない。こういうことをやめさせるようにしてほしい」

“守られない通報者” なぜ不利益が?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
番組の情報提供窓口でも体験を募集しました。すると、“IT企業の違法行為を内部告発したところ、パワハラや降格などの被害にあっている“、”官製談合を通報しようとしたら、『内部情報を不正に集めていた』とされ、懲戒処分を受けた”など寄せられました。ありがとうございます。こうした通報者を守るための法律があります。それは、「公益通報者保護法」というもので、2006年に施行されています。具体的には、公益通報をしたことを理由とした解雇は無効とし、降格や減給、退職金の不支給、さらに、その他不利益な取り扱いをしてはならないとしています。ここからは、公益通報の現状に詳しい日野勝吾さんとお伝えしていきます。よろしくお願いいたします。このように法律で通報者が守られるはずなのに、なぜ不利益を被るようなことが起きているのでしょうか?

スタジオゲスト
日野 勝吾さん (淑徳大学 教授)
公益通報の現状に詳しい

日野さん:
大変、残念な点だと思います。不正を隠そうだとか、あとは不正をもみ消そうというような、そういった組織風土が原因ではないかと考えております。また、通報者は勇気を出して通報しているにもかかわらず、組織では阻害されてしまう。そういった風土も非常に問題だと思っています。こちらの公益通報者保護法も、成立してから20年経過したわけですが、まだまだ法律の要件、保護を受けるハードルが高いということ。そもそも公益通報者保護法の認知度も、まだまだ上がっていないという点が指摘できると思います。

桑子:
こうした現状を踏まえて、今の公益通報者保護法では通報者が十分に守られないとして、5月から国の検討会で改正に向けた議論が始まっています。論点が主に2つあります。まず1つ目が、組織への罰則規定ということで、現状は通報者に対して不利益な取り扱いをしても、この組織への罰則規定はありません。これによって、どういうことが起きていると見ていますか?

日野さん:
罰則規定がないことによって、不利益取り扱いを抑止する効果がないのではないかと考えています。実際、今の現行法では不利益取り扱いを受けた場合には、裁判で最終的な決着をつけなければならないとなっています。裁判をすることになると、通報自体もちゅうちょせざるをえないことになります。

桑子:
負担がありますからね。

日野さん:
それが、ひいては組織の不正の芽を摘むきっかけを失うことにもなります。したがって、こういった不利益取り扱いに関しては、行政措置ということで、例えば、所管の官庁が勧告をするとか、そういった制度の枠組みが必要になってくると思います。

桑子:
もっと行政が関与していいのではないかと。そして、法改正のもう1つの論点が立証責任です。通報を理由に不利益な扱いを受けたことを、どう証明するかということですが、この壁に直面したという人を取材しました。

報復?適切な異動? どう証明するか

首都圏の自治体で行われていた不正を通報した男性です。担当していたのは、生活保護に関する業務でした。
2年前、男性は、生活保護の必要がなくなった人に保護費が支払われ続けていた可能性に気付きました。詳しく調べると、書類が偽装されている疑いもあったといいます。

自治体の不正を通報した男性
「明らかにご本人が申告されたという書類と、中の記録内容が合わないんですね。ちょっとこれは書類の偽装という可能性が非常に高い。本当に非常に大きな問題」

男性は、すぐさま課長に報告し、調査をするべきだと進言。課長に対して、何度も対応を求めましたが、半年以上たっても調査が行われた様子はなかったといいます。公益のために動かなければならないと考えた男性は、自治体が定める通報窓口の弁護士に相談し、調査を求めました。

自治体の不正を通報した男性
「公務員という立場を考えたときに、本来の法が大事にしているところを重視して行動することにしました。我々がふだん接している生活保護受給者に示しがつかないと思ったからです」

間もなく自治体によって調査が行われ、事案は生活保護法違反だと認定されました。課長が速やかな対応をとらなかったことに対しても、再発防止策が求められました。ところが、調査が行われたのと同じ時期。男性は突然、別の部署への不定期異動を命じられました。生活保護の担当に在籍した期間は通例より短かったため、異動は受け入れがたいものでした。

自治体の不正を通報した男性
「本当にショックで、もう怒りしかない。怒りと絶望」

男性は、公益通報者の保護に詳しい藤田裕弁護士に相談。自治体に対し、人事異動は通報に対する報復だと取り消しを求めました。

弁護士 藤田裕さん
「この方は、この課において、とても評価がよかった。通報した1か月後に処分がされている、人事異動がされていることから考えると、通報したことによって報復がされたと考えられます」

しかし、自治体の回答は、異動は正当だというものでした。『課長と男性の双方が互いにハラスメントを受けたと申し立てていたことや、他の職員からも、男性の言動に対する相談があったことなどから、職務環境の正常化が必要と判断。課長と男性を含む複数の職員に異動を命じたのであり、異動は撤回できない』というものでした。

男性は自治体に対して裁判を起こし、公益通報者保護法違反だと訴えることもできますが、高いハードルがあるといいます。現在の法律では、人事異動が報復であるということを通報者である男性側が証明しなければならないのです。

藤田裕さん
「どういう評価でそういう人事がされたのか、その情報にアクセスすることができないので、それを収集することは極めて難しい。証拠がない中で、どうやって立証するのか。全くアンフェアですよね、フェアではない」

男性は、その後、適応障害の診断を受け、自治体を退職することを選びました。

自治体の不正を通報した男性
「神も仏もないんだみたいな感じで、自分の子どもたちに『正しいことをしろ、そうすれば絶対いいことが返ってくるから』と、今まで結構、口癖のように言ってたんですけど、言えなくなりました。やるべきだったというのはわかっているんですが、やらなきゃよかったのかなと、いまだに思ったりして」

立証責任は誰に?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
報復であることを通報者本人が立証するのは、なかなか難しい場合もあると思うんですけれど、なぜ現状は通報者側が立証しないといけないのでしょうか?

日野さん:
一般的に民事訴訟の原則では、原告側が主張を立証することが基本になっているわけです。とはいえ、通報者がみずから、例えば証拠の収集をしたりとか閲覧をすることについては、当然、制限されているわけです。そうなると組織側がすべて持っている状態。これは、まさにアンフェアな状態になっているわけです。そういった意味では、立証責任の転換という形で、通報者側にその主張を受けて立証させるのではなくて、むしろ組織側にその責任を負ってもらうというところがポイントになってくるわけです。そもそも、こういったようなところは、いわゆる組織側が最終的に公益通報者保護をちゃんとしていれば、十分、立証ができるはずでありますので、この辺りもしっかりと検討したほうがいいと思っています。

桑子:
世界に目を向けてみますと、組織側に責任を課しているところはあるんです。それは例えばEU。EUは、2019年に組織が不利益な取り扱いをした場合に罰則規定をありとし、立証責任も組織側にあると定めました。こうした動きは、世界的に見てどうなのでしょうか?

日野さん:
EUの指令に基づいてフランスやドイツにおいては、こういったような立証責任の転換ということで推定規定を置いています。

桑子:
推定規定?

日野さん:
すなわち組織側に立証をさせる。要するに、通報者が具体的な不利益取り扱いに関する主張をする。その場合に、もし仮に反論があれば、組織側が(通報したことを理由に通報者に不利益な取り扱いをしたのではないということを)ちゃんと立証しなさいというようなルールになっています。こういったトレンドというものは、まさに組織自体が持続可能になる。声を大事にしながら、貴重な情報だという位置づけのもと、その組織が位置づけているわけですので、やはり声を受け止める側の姿勢が問われるのではないかと考えています。

桑子:
声を大事にしている企業のほうが、結果的に評価が上がるというふうに、そういうトレンドになっているということですか?

日野さん:
そうですね。実際に通報者の方々は勇気を出して声を出しているわけです。そもそも組織側が不正を見つける役割なのにもかかわらず、あえて通報者の方々が声を出しているということを、しっかりと認識する必要があると思います。

桑子:
こうした中で、日本でも内部通報など、不正を指摘する声を組織を改善するチャンスに変えようと模索を始めた企業があります。

問題点の指摘で表彰! 声を上げやすい組織に

内部からの声を生かそうとしている大手電機メーカーです。

大手電機メーカー 専務執行役 日下部聡さん
「問題を発見して、勇気を持って手を挙げた人を表彰したい」

6月から導入するのが、社内の問題点について指摘した社員を表彰する制度です。対象は、現場で法令違反などに気付き、上司に報告した社員や、それを受け、解決に動いた管理職など。内部の通報窓口に相談した社員もプライバシーの問題がクリアされれば、表彰の対象になります。副賞は、1人あたり5万円。発明や特許など、優れた業績に対する表彰と同じ扱いです。

「『問題がある』『じゃあ声を上げよう』って、なかなか勇気がいること。その勇気に対して『よくやった!』と、きちっとそこを示していく」

表彰制度を設けるきっかけとなったのは、3年前に、検査で大規模な不正が発覚したことでした。調査報告書では、一部の社員が不正を把握していたにもかかわらず、“声を上げても助けてくれない”、“言ったもん負け”と考え、通報しなかったことが問題だと指摘されました。こうした組織風土を改善するため、声を上げる社員が評価される仕組みを考えたのです。

日下部聡さん
「社員の一人一人が問題を見つけたときに行動を起こすことが、会社にとってプラスになるという意識を持ってもらえば、本当にリスクに強い組織になっていく基礎になるんではないか」

社員が声を上げやすくするため、立場にかかわらず対等なコミュニケーションをとる試みも行われています。

社員
「役職に関係なく“さんづけ”で呼ぶように推奨されてます」

これまでは役職を示すアルファベットに加え「殿」や「様」をつけていましたが、今は「さん」を使うことが勧められています。

社員
「B(部長)殿、J(次長)殿、K(課長)殿っていう呼び方に、少し緊張して話す必要はあった」
社員
「相談するとなると、“殿文化”より“さん文化”の方が話しやすい」

さらに、管理職が部下の悩みに耳を傾ける「1ON1」を積極的に実施。

部長
「今日は何を話しますか?」
入社5年目の社員
「いまって業務効率化で働ける時間が少なくなっているじゃないですか」

こうした日々のやりとりを積み重ね、リスクが共有しやすい関係を目指しています。

入社5年目の社員
「自分の部署でいうと200人の規模の部署なので、部長との距離って、すごい本来は遠いはずなんですよ。1ON1をやることで距離も縮まって、何でも岡田さん(部長)に相談できる」
部長
「小さなことを言える文化としては、問題点を言える文化としては、こういうコミュニケーションが大事」

問われる公益通報 通報しやすい環境へ

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
通報しやすい環境作りって、とても大切だと思いますけれども、アメリカや韓国では通報者に報奨金を出す制度を整えているという実態もあります。こうした中で、通報に対する組織の意識を変えていくために、どういうことが重要だと考えますか?

日野さん:
やはり経営トップのメッセージが非常に大事だと思います。安心して通報していただく、そして、しっかりと通報対応をする。例えば、調査だとか、あとは是正措置です。この辺りもしっかりと調査をする。また、是正すべきところは是正をするという強いメッセージを示す必要があると思います。それとともに、やはり感謝です。通報者の方々、勇気を出して、自分の仕事とは別で声を出そうとされているわけです。そういった意味では、しっかりと経営トップが感謝の意を示すことが重要だと思っています。

桑子:
そして、彼らを守る法律が実はあるんだよということも、ぜひ経営側から教えてほしいなというところはどうですか?

日野さん:
しっかりと研修だとか社内の中で内容を、まさに法律の認知度を上げていかなければいけないところなのですが、内部通報制度自体を知っていただく。そして、内部通報制度も、そもそも誰が通報したのかではなくて、何を通報したのかというところです。何を通報したのかという点に目を開いて、具体的な不正をしっかりと見つめていく。そして、是正すべきところは是正をする。そういったスタンスが必要になると考えます。

桑子:
誰が通報したかだと犯人探しにつながったりということもありますものね。そして、この通報というのは通報者と組織の関係だけではなくて、実は私たちに深く関係しています。例えば、行政の不正であれば、納税者として関わっていますし、企業の不正であれば、それを消費する消費者として、また応援する投資家として、私たちは影響を受けるわけですけれども、そうした中で、私たち一人一人が公益通報とどういうふうに関わっていったらいいというふうに考えていらっしゃいますか?

日野さん:
勇気を出して通報された方々がいらっしゃるからこそ、私たち消費者の権利や利益がしっかりと守られている、そういったところがあると思います。したがって、通報者の方々の立場をまず理解をすること。そして、通報者を保護する組織、企業などについては、ちゃんと応援、支援をするというスタンスが大切ではないかなと思っています。また、投資家のところでもありますけれども、やはりガバナンスということで、内部統制をしっかりと敷いている。そして、内部統制の中で内部通報制度をしっかりと運用しているところは、企業価値を高める上でも重要な視点だと考えているところです。公益通報は社会的な利益に直結するような通報になりますので、声を出しやすい制度にする。そして、社会をよくするための制度だということを、我々も理解をする必要があると考えておりますので、まさに社会の中でだめなことはだめだと、おかしいことはおかしいというふうに言える、そんな社会を目指していきたいと思います。

桑子:
ありがとうございます。この公益通報という言葉、どれくらいの人が知っているでしょうか。まさにその名のとおり私たちの社会の利益、公益に直結するものだという考え、ぜひ広がってほしいなと思います。

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