攻防!ハンバーガーの値段 業界の“舞台裏”で何が
日本は賃金と物価の好循環を生み出せるのか?身近なハンバーガーの価格をめぐる“攻防”から、そのヒントを探ります。かつてデフレの象徴とも呼ばれたハンバーガーの価格は、ここ数年急上昇。ある大手チェーンは好調な業績を背景に、この春大幅な賃上げに踏み切りました。一方、郊外の店舗では今も比較的安い商品が売れ筋となるなど、個人消費が力強さを欠いているとの指摘も。好循環が実現するには何が必要か?外食産業の舞台裏から迫りました。
出演者
- 渡辺 努さん (東京大学大学院経済学研究科 教授)
- 松原 好秀さん (ハンバーガー探求家)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
攻防!ハンバーガー価格
桑子 真帆キャスター:
今日は、ハンバーガーから日本経済の行方を占っていきますが、その価格は経済の歩みを反映してきました。
ハンバーガーの、この30年の価格を見ますと、デフレが長引く中、低価格が続いてきましたが、ここに来て、急上昇しています。ここに経済の1つの指標、日経平均株価を重ねると、こうなるんですね。
さらに、ハンバーガーの原材料というのは、バンズ、チーズ、牛肉など、輸入されるものも多く、円安など、世界経済の影響を映し出す鏡にもなっているんです。
しかも、この地図をご覧いただきますと、最大手チェーンだけでも、都市から地方まで全国に3,000店舗近くあり、消費者の傾向も分かるというわけなんです。今、値上げが相次ぐハンバーガー。そこから見えてきたものとは。
社長たちの戦略は?
牛肉100%の本格的なハンバーガーが売りの、ウェンディーズ・ファーストキッチン。円安による原材料価格の上昇などを受け、この2年間で3度の値上げを実施。結果、客単価が2割ほど上昇し、売り上げは、2023年、過去最高となりました。
さらに、今、都心部で力を入れているのが高価格帯の商品です。こちらの黒トリュフをぜいたくに使ったハンバーガー。インバウンドやビジネスマンを中心に、毎日120個以上(都心部12店舗)売れています。
「給料とか稼ぎも徐々に上げてもらったりしているので、価値はあると思います。そのお金の分」
値上げの戦略にかじを切った、紫関修社長です。
3月、賃上げにも踏み切る決断を下しました。
「今年ね、ベースアップを行います。ようやく売り上げも利益も前向き、今こそ、変えなきゃだめ」
初めての社員一律の賃上げ。全社員、平均6%収入が増えることになります。
勤続20年の社員、亀山悦生さん。毎月、1万6,000円ほど収入が増えます。
「正直、やったなと思います。私でも、ちょっとぜいたくしてみようかな」
亀山さんは、妻と3人の娘との5人暮らし。物価が上昇する中、これまで、安売りの食材を買い置くなど、節約してきたといいます。
「中トロ、買っちゃう?」
「こっちは400円以上高いよ」
「高いね。でも、いいんじゃない、きょう。食べる?じゃあ、食べちゃおう」
「(賃上げは)今までの生活に、確実にプラスにはなってくるので、子どもたちに還元できる金額が増えるかな」
こうした、値上げと賃上げにいち早く取り組み、脱デフレ戦略を進めてきたのが、業界最大手のマクドナルドです。デフレの時代には、かつて210円だったハンバーガーを、一時、59円に引き下げました。
しかし、日色保社長は、こうした行き過ぎた低価格競争が、従業員の意欲の低下や業績の悪化を招いたといいます。
「値段を下げて、量を取りにいくのは、短期的にはいいかもしれませんけれども、ビジネスを継続していくためには、やはり価格をしっかり是正して、しっかりと収益が出るような形にしていかなければいけない」
最も価格の安いハンバーガーは、110円から170円に引き上げるなど、2年間で5度の値上げを実施しました。そして、2024年、新入社員の初任給を27万円に増額。2年連続で、平均4%の賃上げにも踏み切っています。
ハンバーガーの値上げは、原材料を供給する取引先にもメリットをもたらしています。こちらの食品加工会社では、パティの価格を引き上げることができました。これが一因となり、この春、およそ20年ぶりに社員一律の賃上げ(ベースアップ)を行う予定です。
「最終のお客様に近い方たちが、価格を取ってくれるのは非常にありがたい」
「サービス産業の中で、いかに賃金と物価、値上げの好循環を作っていくかというのは大事」
一部の企業で値上げが続く一方で、データからは、別の動きも浮かび上がってきています。
2022年からハンバーガーの物価は上昇していましたが、ここに来て、横ばいの傾向になっているのです。
背景にあるとみられるのが、郊外を中心に消費が伸び悩んでいることです。都心部で高価格帯の商品を売り出していたハンバーガーチェーンですが、郊外の店舗では…。
「手軽に購入できる価格帯の設定になっております」
郊外:965円 都心部:1,154円
飲み物や軽食のみの利用客が多く、都心部に比べ、客単価が200円ほど低い状況です。
「すごくお給料が上がったわけじゃないですし、セットで600円、700円のイメージですよね」
「高単価なものというのは、手を出しづらいイメージになっている」
郊外の店舗では、600円前後の比較的求めやすい商品を押し出しています。
このハンバーガーチェーンでは、都心部と郊外で異なる“二極化戦略”を取ることで、幅広いニーズに応えていきたいと考えています。
「日々使うための価格帯と、たまに、ぜいたくで使っていただける価格帯をしっかりとご用意する。マーケットに合った商品、サービス、こういったことをご提供することによって、しっかりと売り上げを作っていくことが必要」
消費者の節約志向を感じ取り、あえて低価格戦略を取る動きも。
直火焼きのハンバーガーが売りのバーガーキングです。
今、力を入れているのが、割り引きクーポン。来店者の4割近くが使っています。
「きょうまで300円オフだったんです」
「だから、絶対に行こうって」
2023年から会社を率いる、野村一裕社長。一度値上げしたものの、その後は価格を据え置く戦略をとっています。
「だいぶ(価格に)敏感になられていると思います。価格というところが、お客様が来ないハードルになるんだったら、それは怖い。我慢できるところまでは、我慢していきたい」
毎月、社員同士の交流の場を設けている野村社長。「賃金を上げてほしい」という社員の本音を日々感じているといいます。
「みんな言ってきます。『(賃金を)上げてくれ』って。もっといい生活したいから、チャレンジしたいから、自分の限界に行きたいから、それは言いますよね」
価格に敏感な消費者を取り込み、シェアを拡大していくことで、今後の賃上げにつなげたいと考えています。
「われわれとしては、値上げしなくても、より新しいお客様が来て下さって、お店でそれをサービスできることによって、このぐらいだったらいけるというものになったら、(賃上げを)実行していきたいと思っています」
値段の“裏側”に何が?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
さまざまな戦略を見てきましたけれど、ここからは、物価やマクロ経済に詳しい渡辺努さんと、全国のハンバーガー店を食べ歩いていらっしゃる松原好秀さんとお伝えします。よろしくお願いいたします。
まず、松原さん、これまで4,000個以上のハンバーガーを召し上がってきたということですけれど、この高価格帯も出てきているハンバーガー事情って、どういうふうにご覧になっていますか。
松原 好秀さん (ハンバーガー探求家)
ハンバーガー店を食べ歩き
松原さん:
私が食べ始めたころ、20年前からすると、値段は上がりましたね。それだけ原材料も上がっていますし、上がるのは当然かなと。むしろ、人件費までちゃんと盛り込まれているのかなって心配になるぐらい。
桑子:
そこはなんとか盛り込んでほしいところですね。
松原さん:
そう思いますね。
桑子:
ただ、私たちにとってハンバーガーって、やっぱり手ごろな価格の存在であってほしい。
松原さん:
やっぱりハンバーガーは庶民の食べ物ですから、音楽で言うとポップスです。宮廷音楽ではないので、どんなに上がっても、身近な存在であってほしいなという思いは変わりありません。
桑子:
今日は、ハンバーガーから日本経済の現状を見ようとしているわけですけれども、各社が目指しているのが、こちらの好循環なんですよね。
まず物価が上がって、企業の収益も増えて、賃金が上がる。その結果、消費が上向いて、その次の物価上昇につながるという好循環。
渡辺さん、各社、この好循環を生み出そうと、さまざまな戦略を打ち出していましたけれど、異なっていますよね。ここから読み取れることは、どういうことなんでしょう。
渡辺 努さん (東京大学大学院 経済学研究科 教授)
物価やマクロ経済に詳しい
渡辺さん:
まさに、この好循環というのは理想型なわけですけれども、ここに向かって一直線に行っているかというと、ちょっと残念ながら、そうではないんですね。どういうふうなことかといいますと、地域差、あるいは、ターゲットにしているお客さんの層の違いというものが、お店ごとにあるんだと思います。要は、ひと言で言えば、お客さんの購買力というものがどうなっているか。お客さんの賃金がしっかり上がっているかどうかというのが、やっぱり大事ですので、そういう購買力価格を上げても十分に売れるという好循環に入っていくわけですけれども、そうじゃない地域というのも残念ながら少なくないわけですので、賃金がいまひとつだと、購買力もいまひとつで、だから価格が上げきれないと。こういうところが残っているわけですね。
桑子:
やはりポイントは、賃金を上げるというところになってくるんですか。
渡辺さん:
まさに賃金を上げることによって、好循環にしっかりとシフトしていくと。今、それができるかどうかの分岐点にあるということだと思います。
桑子:
今、お話にもありました、好循環を目指す中で、大きな課題となっているのが、賃金が十分に上がっていないということです。
物価の上昇を反映した実質賃金をここで見たいと思うんですけれども、この直近まで、23か月連続でマイナスの状態が続いていて、なかなか物価の上昇に追いついていないという現状があります。渡辺さんも、このマインドについて調査をしていらっしゃるということで、どういうものなんでしょうか。
渡辺さん:
私たちの研究室で、毎年、日本の消費者、それから諸外国の消費者等、アンケートをして、賃金についてどういうふうに考えているかということを調べているわけですね。2024年は、春闘でいい数字が出た、その時期の直後にアンケートしたわけです。そうしますと、アメリカやヨーロッパ、ドイツのような国々では、いっぱい上がるというふうにお答えの回答者が多かったわけですけれども、それに対して、日本はどこが多いかというと、白いところが多いですよね。そこは実は、自分の賃金は、この先1年間で変わらないというふうに答えた人たちなんですね。そういう人たちが、現時点で多数だということを言っているわけです。実は私たち、毎年毎年こういうのをやってきて、実は2023年もそうだったし、2022年もこうだったし、ずっと前からこうなんですね。2024年こそ、賃上げがこれだけ立派な賃上げになっているわけですから、変わるかなと期待していたんですけど、やっぱり変わらなかったということで、なかなか根が深いのかなと思います。
桑子:
あとは、日銀のマイナス金利解除後、円安が続いていますよね。
1ドル=154円61~63銭
(2024年4月17日午後5時時点)
今日も午後5時時点で、154円の後半ということなんですが、この円安が好循環に与える影響って、どういうふうに考えていらっしゃいますか。
渡辺さん:
円安ですと、どうしても価格が上がっていきますので、その一方で、賃金のほうは置いてけぼりになってしまいますので、なかなか好循環を回すという観点からすると、阻害要因になってしまうかなと思います。
桑子:
こうした中でも、大手企業は着々と戦略を打ち出しているわけですけれども、課題は、この好循環を中小企業にどう広げていくかです。
中小企業の“格闘”とは
週末には行列ができる、都内のハンバーガー店。すべて手作業で作ったパティが売りで、店主の柳澤さん夫婦と社員6人を中心に切り盛りしています。
2023年4月、主力商品を2割あまり値上げし、1,980円にしました。
しかし、原材料価格が高騰する中、賃上げを実現するのは難しいと感じています。原材料のうち、特に値上がりしたのは、アメリカ産の牛肉。
「これが肩ロース。(価格の)上がり幅がバンバンバンという感じで、(2011年に店を)始めた頃の倍ぐらいになってると思う」
大手チェーンと比べ、仕入れる量が少ないことから、高い価格での調達を余儀なくされています。商品を値上げした分は、ほとんどが原材料の調達費に消えてしまったといいます。賃上げを実現するには、人件費分をさらに価格転嫁する必要がありますが、今は、これ以上の値上げは難しいと考えています。
「大手みたいに、まとめてロット(数量)で取れば、たぶん原価率も少し落としたり、調整はできると思うんですけど、その分、人件費に回すことができるかもしれないと思うんですけど、僕ら中小零細系は、なかなか厳しいですよね。正直な話」
「厳しい、厳しいです」
“好循環”実現には何が?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
日本経済全体が好循環になるために、中小企業、どういうことが必要でしょうか。
渡辺さん:
これまでの時代というのは、デフレの中で、値上げとか賃上げというのは一切なしということでやってきたわけです。ただ、これからは値上げあり、それから賃上げありというのが常態になっていきますので、その移行期に今、あるわけです。ですので、中小企業もどうしても変わらなきゃいけないという、そういう状況にあるわけですね。どういうふうに変わらなければいけないかというと、賃上げが、ある意味、マストになってくるわけですので、どの企業であっても、それに見合う価格を付けざるをえないわけです。その時にお客さんにちゃんと、それでも買い続けていただかなければいけない。こういうのを、私たちは「プライシングパワー」と言うんですけれども、魅力的な商品を出すことによって、少々高いけれども買っていただけるような、そういう「プライシングパワー」というのをしっかりつけていく、これが課題だと思います。
桑子:
こうした中で、ハンバーガー店の中では、今、注目され始めている作り方があるというんですね。
「スマッシュ」という作り方なんですけれども、パティの形にするのではなくて、粗めに切った肉の塊を、上からジューッと押さえて焼くもの。これ、松原さん、どういうよさがあるというふうに言えますか。
松原さん:
そうすると、上からぎゅっと潰すんで、縁はいびつなギザギザになりますけど、カリカリに縁ほど焦げましてね。中はジューシーという、そういう焼き上がりになる。
桑子:
おいしそう。
松原さん:
それもさることながら、お店にとってのメリットは、パティを成形する仕込みの手間が大幅に省けるという点なんですよ。そういう形で、お店側も手間のかかるところ、いろいろ省力化を図って努力しています。
桑子:
そうは言っても、頑張っている中でも、企業だけではなかなか限界があると思うんですが、どういうことが求められますか。
渡辺さん:
やはり個別の企業だけでは限界、もちろんあるわけです。例えば、VTRで見たように、賃上げに挑んでいる企業というのはたくさん出てきているわけですけれども、残念ながら、それでも収益が少し厳しいので、なかなか賃上げができないと。政府は実は、そういう企業に対してはできることがあるわけで、賃上げ用の原資というものを、補助金のような形で提供するということができるわけです。なので、本当にそういうお金が必要な企業というのをしっかりと見抜く。それを、例えばデジタルの力とかを借りればできるわけですので、そうやって、必要な企業に必要なお金を、しっかりと賃金を使ってもらえるようなお金を大量に投入するということが必要になると思います。それから、一方の消費者のほうも、今日、賃上げの話が随分出ていますけれども、世の中、全部が全部、賃上げということには残念ながらならないわけでありまして、どうしても濃淡が出ているわけです。しかし、その時に、やはり世の中全体としては好循環に移行していこうとしているわけですので、そういう方々にも恩恵が及ぶような仕組みというのを整えていかないといけないわけです。例えば、減税を行うとか、あるいは、給付金を支給するとか、政府にはやれることがあるわけですので、そうやって賃上げの恩恵が及ばない方の可処分所得もしっかり底上げをしていくと。こういうことも、政府には期待したいなというふうに思います。
桑子:
ピンポイントで届くように政策をおこなっていくということですね。好循環はいつぐらいになったら実感できる可能性があるのでしょうか。
渡辺さん:
今まで2年たっているわけですけれども、私はあと2年が正念場だと思います。
桑子:
ありがとうございます。渡辺さん、松原さんにお話を伺いました。