スタートアップは社会を変えるか “革新的ビジネス”の光と影
全国で活況を呈し、様々な場面でよく耳にする「スタートアップ企業」。革新的なビジネスを生み出そうという新たな企業で、国が投資額を4年後に10兆円規模にすると打ち出し注目を集めています。学生がこぞって起業を目指したり、自治体が支援に力を入れたりするなどの一方、多額の初期投資を集めたものの資金繰りの悪化で破産し、影響が自治体に及ぶ事態も。低迷する日本経済の起爆剤となるのか?スタートアップ企業の光と影に迫りました。
出演者
- 加藤 雅俊さん (関西学院大学教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
社会を変えるか!?活況のスタートアップ
桑子 真帆キャスター:
2024年2月26日も史上最高値を更新した日経平均株価。今回34年ぶりの更新のきっかけとなったのが、スタートアップから急成長を遂げたアメリカの半導体メーカーでした。
・革新的アイデア
・短期間で成長
・10年未満
かつて、ベンチャー企業とも呼ばれたスタートアップは、社会を変える革新的なアイデアで、これまでになかったビジネスを生み出し、短期間で急成長する創業10年未満の企業のことを指します。
世界の時価総額ランキングを見てみますと、世界経済をけん引するマイクロソフトやアップルなども、もともとはスタートアップ。創業から30年以内の企業も多く見られる中、日本企業はといいますと、最も上位で100年近く前に設立されたトヨタです。
世界で戦えるスタートアップを早急に作り出さなければ、日本と世界との差は開くばかり。国も本格的な支援に乗り出していますが、現場では思わぬ事態も起きています。
“空飛ぶバイク”なぜ破綻?スタートアップの光と影
SF映画に出てくるような空飛ぶバイク。プロ野球の開幕セレモニーにも登場。3年前に日本国内で発売され、大きな注目を集めていました。
開発したのは日本のスタートアップ企業、A.L.I.テクノロジーズ。
技術チームのトップは、ゲーム機の開発に携わったソニーの元執行役員。エンジンやボディの素材、日本の大手企業などのさまざまな技術を結集させ、次世代を担う乗り物として開発を進めていました。将来性に期待が高まり、調査会社の調べによると、国内の有名企業から集まった投資額は50億円以上に上っていました。しかし、2024年1月突然、経営破綻が明らかに。負債総額は20億円に達しています。
注目のスタートアップは、なぜ失敗したのか。経営に携わり、みずからも多額の投資を行っていた男性が、初めて取材に応じました。
山田希彦(まれひこ)さん。2023年5月まで、A.L.I.の親会社の社外取締役を務めていました。
「錬金術に偏っていたかなと。そこは最後は投資家に見透かされてしまう」
山田さんが経営破綻の大きな要因と考えているのは、実態に合わない過度な宣伝です。
会社は、バイクがすでに技術的に完成し、「時速80キロで最大40分間、空を飛び回れる」とPRしていました。しかし、実際には、さまざまな課題があり、風が吹く屋外で飛び回ることは難しかったのです。
「当時は、なんとか完成させようと努力はしていましたが、投資家も、お客様も完成していると認識していたので、そこはかなり内情と現況では大きなギャップがあった」
なぜ、過剰な宣伝を続けたのか。元従業員が取材に応じました。
これは経営破綻の1年前、経営陣と開発現場との間で行われた社内のミーティングです。性能を誇張するようなプロモーション映像を制作する、これまでの会社の方針に、技術者から異論が出ていました。
「言っていたんだよ。『現場は無理です。飛んでないよ』って」
しかし、開発に必要な巨額の資金を集めるためには、投資家に対するプロモーションに力を入れ続けるしかなかったといいます。
2023年3月、最後の切り札として、富裕層の多い中東への売り込みを行いました。そこでも、機体はおよそ30秒間浮いただけで、デモンストレーションは失敗。買い手はつかず、資金は底をつきました。
「完成していないとはいえ、期待値は醸成していかなければならない。これが実態と、かい離しないバランスでやっていかなければいけないのが、スタートアップの難しいところ」
「まだ世界で実現した企業がないという意味では、無限の可能性を秘めていた。きちんと誠意を持って、正直にやるということがベースにあるのではないか」
A.L.I.の突然の経営破綻。事業に協力した自治体にも影響が広がっています。
過疎化が進む、山梨県・身延町(みのぶちょう)。経済効果を期待し、開発拠点として廃校を貸していました。
しかし、2023年度の賃料200万円が未払いに。地元では失望する声が聞かれました。
「本当に残念。いい会社だなと、若い人が多くて。伸びる会社かなと思ったんだけどもね」
さらに、山梨県も、リニア中央新幹線の開通を見据えた新たな交通システムを構築するとして、A.L.I.と連携協定を締結。750万円の補助金を支給していました。
「これからの社会課題を解決する期待していた技術。今の状態に至ることまでは、なかなか予見できなかった」
A.L.I.には、経済産業省が少なくともおよそ2500万円の補助金を支給。国土交通省は事業を委託し、およそ7000万円を支払う契約を結んでいました。
私たち消費者に影響も?
日本のスタートアップ企業の数は、この10年で、およそ3倍。2万社を超えています。
しかし、経営破綻する企業も相次ぎ、消費者が思わぬ影響を受けるケースも出ています。
ロレックスなど、高級腕時計を所有者から預かり、会員の中でシェアする新たなサービス、「トケマッチ」。2024年1月末に運営会社が突然、解散を発表。800本以上、18億円相当の腕時計が所有者に返却されていないといいます。
時計を預けていた男性は今、急成長が期待されるスタートアップとして信用していたと話しています。
「成功するビジョンも見えていたので、今回のような騒動を起こすのは想定外でした。全部ウソだったのかなと思って、大変悲しい」
スタートアップに詳しい弁護士です。
最近は、投資後に経営者と連絡がとれなくなったという相談も多いといいます。
「スタートアップに対するイメージダウンとか、本来頑張っている起業家にお金が集まりにくくなってしまう。そういったスタートアップ業界を投資者が敬遠してしまうのが一番のリスク」
“成功”への道とは?スタートアップ最前線
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
国のスタートアップ支援政策に詳しい、加藤雅俊さんとお伝えしていきます。
期待値を醸成しながら、いかに成功につなげていくか、難しいなと本当に感じるわけですけれども、実際にどれくらいが成功できているというふうに考えたらいいのでしょうか。
加藤 雅俊さん (関西学院大学 教授)
スタートアップ支援政策に詳しい
加藤さん:
まずスタートアップ自体は、失敗する確率が非常に高いということが知られています。具体的にいうと、創業してから5年ぐらいで半分が消滅すると、失敗するということもよく知られています。
桑子:
5年で半減ですか。
加藤さん:
はい。特に先ほどVTRにもありましたように、A.L.I.テクノロジーズのような研究開発型のスタートアップというのは、技術面、あるいは市場の面で、どうなるか分からないという意味での不確実性も高いですし、失敗する確率が非常に高いということがよく分かっています。
桑子:
では、何が成功の鍵となるのかということで、大きく3つあるそうですね。
加藤さん:
スタートアップというのは、「革新的アイデア」は得意な部分ではあるんですけども、一方で、いろんな支援が乏しいということが知られています。特に、お金、「資金」ですね。これを持っていない。あるいは、その新しいアイデアを商品化するための「技術力」とか、あるいは流通チャネルとか、いろんな支援を持っていないと。こういった、いろんな資源を外からいかに取り入れるかということが、スタートアップにとっては重要になるというふうに思います。
桑子:
これらが伴っているのが、日本ではどうなんでしょうか。なかなか…。
加藤さん:
なかなか日本に限らないんですけれども、スタートアップは持ってない資源というのが非常に多いというか、いろんな資源を集めなければいけませんので、それは非常に難しいところだと思います。
桑子:
こうした厳しい現実がある中ではあるのですが、国はスタートアップへの支援を本格化させています。
◆投資額10兆円規模(2027年度)
◆スタートアップ10万社
◆ユニコーン100社(現在7社)
「スタートアップ育成5か年計画」では、2027年度に投資額を現在の10倍、10兆円規模に拡大させる。そして、将来10万社のスタートアップを創出し、時価総額10億ドル以上のユニコーン企業を100社にするという計画です。
この計画を基に、すでに1兆円が用意されているということなんですが、国のお金は私たちのお金になりますよね。これだけを投じるということ。私たちはどう考えたらいいでしょうか。
加藤さん:
一見、スタートアップの支援にこれだけお金を投下するということはいいように聞こえるんですけれども、なかなか急激に投資だけ増やしても起業家が増えていない状況ですので、本当に必要なお金が必要なところに回っているのかという懸念はあります。なので、やはり、まずは辛抱強く短期的な目線ではなくて、長期的に起業の担い手を増やすと。起業のすそ野を広げるというような環境整備ですね。政府としては、制度を含めて、起業家が登場しやすい環境整備をすることが必要だと思います。
桑子:
スタートアップを成功につなげるために何が必要なのか。実は、今、スタートアップなどの起業が相次いで、開業率が全国トップなのが福岡なんです。
開業率全国一位!福岡市の取り組みとは
なぜ、福岡市でスタートアップ企業の誕生が相次いでいるのか。
理由の1つが、市を挙げた支援体制です。
「コワーキングスペースは2つありまして、施設全体で200社ぐらいが登録されています」
7年前から、市の中心部にある廃校をオフィスとして格安で提供。弁護士などへの無料相談窓口を設置し、投資会社とのマッチングもサポートしています。
これまでに、市の支援を受けた900社以上が起業。東京から福岡市に拠点を移したスタートアップもあります。
「10年後には上場していたいし、ユニコーン以上になっていたい」
これまで、25億円以上を投入してスタートアップを支援してきた福岡市。
地元から上場企業を生み出し、雇用の創出や税収のアップにつなげることを目指しています。
「より大きな事業のイメージを描いて、多くの企業が福岡市から生まれて、しっかり成長していただく」
2023年度からは、有望なスタートアップを集中的に育成するプログラムも開始。400人を超える応募者から15人が選抜されました。
「免許返納の説得から、送迎と手続き、車の買い取りまで全部しています」
「将来的には、AIタレントといった新しいエンターテインメントだとか、ビジネスを発展させていきたい」
スタートアップの成功に不可欠な資金調達や投資会社との交渉のノウハウを徹底的に指導します。
「世の中のスタートアップの成功確率は4%と言われている。一気に伸ばす仕組みを、いかに用意できるかが重要と考えています」
“理念と収益”のはざまで スタートアップの格闘
決して高いとはいえない成功確率。そのわずかな頂きを目指して、スタートアップの格闘が続いています。
長野市で7年前に起業し、事業の拡大を模索している小池祥悟さんです。会社が掲げるのは、食品ロスの解消につなげる新たなビジネスです。
「こちらは青汁の余ってしまった残渣(ざんさ)(で作った製品)ですね」
活用するのは、食品メーカーが製造過程で余らせている大量の食材です。
小池さんの会社が目指しているのは、これまで捨てられていた食材を、必要とする会社にオンラインでマッチングするサービス。利用する有料会員から登録料を得ることで、食品ロスをなくしながら収益を得る仕組みです。
「食品ロスの多さ、ここをどうにか解決したい。スタートアップを選んだ理由は、僕らの思っていることを最速最短で行くためのツール」
しかし、システムの開発などには多額の資金がかかります。
「4月はまだあるんですが、5月には完全に現金がつきる」
このため、会社のビジネスの将来性に賛同する投資会社などの支援が欠かせないといいます。
「成功のために一番必要なのは?」
「今は現金です。今後、急激に事業が伸びていく中で、どうしても必要なのは現金だと思っています」
この日は、大手菓子メーカー系列の投資会社を訪ねました。
食品に関係する投資会社なら関心があるのではないかと考えたのです。
「我々がどういう会社かというと、ひと言でいうと、食品業界のデジタル化を推進する企業。まずパーパス(目的)は、大切な食資源をいかしていきましょう」
「いちばん欲しがる、大事な情報は何になるんですか」
「最後まで聞こうか」
ビジネスの意義を強調した小池さん。しかし、投資会社が重視していたのは、売上に直結する有料会員の数でした。
「すでに契約をまき始めている、最後のりん議に入っている会社は、今の時点ではあります」
「何社ぐらいですか」
「うそは言えないので、5社ぐらい」
「サービスの価値を証明するとしたら、やっぱり具体的な数字だと思うんですよね。我々が、この出資にゴーか、前に行くかという話では、今回は前に行けませんというお話になると思います」
「率直に言うと、すごく言いづらいんですけど、とても分かりづらかった。ただ、世の中で必要とされているニーズはある手堅い事業という印象は受けた」
スタートアップを巡る厳しい現実。しかし、この日、小池さんのビジネスに関心を示す企業が現れました。
食品の缶詰などの原料となる鋼鉄を扱う商社です。災害の備蓄品や途上国への食料支援に、小池さんのサービスを活用できないかと提案。検討していくことになりました。
その後、複数の投資会社からも前向きな返事をもらった小池さん。当面の運転資金のめどはついたといいます。
「目の前の数字と毎日にらみ合いっこしながらやっていくのは、決して楽ではないですよね。それでもやっぱり、やらなきゃいけない。もうやるって決めたので」
“成長”には何が必要か スタートアップの可能性
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
今、見たような社会的に意義のある事業を成功させるために、スタートアップ企業側に必要なことってどういうことなのでしょうか。
加藤さん:
まず第1に、スタートアップが成長するための特効薬というのは、必ずしもあるわけではないんですけども、いくつか成長のための鍵となりそうな活動があります。スタートアップが持ってない資源を外部から取り込むという、外部との連携ですね。
他の組織との連携を通して
新たな技術・サービスを生み出す
特に、イノベーションを生み出すためには、大企業との連携、「オープンイノベーション」というふうに呼ばれていますけども、イノベーションにおいて自身が持っていない資金とか、あるいは自身が持ってない技術力を含めた、さまざまな資源をオープンイノベーションを通して、補うことでイノベーション創出につなげるということができるのではないかと思います。
桑子:
1人で頑張りすぎないということも大事ですね。では、スタートアップを支援する側、国や自治体、それから支援会社という存在がありますけれども、どういう姿勢とか視点が大事でしょうか。
加藤さん:
まず、スタートアップって資源も足りませんし、なかなかうまくいかないので、それを支援してあげるというのは大事な一方で、それが過度になりすぎると、頑張って成長しようという努力が引き出されないというおそれもありますので。あまりこう市場に任せてできる、企業ができることを過度に手出ししないといいますかね。
桑子:
甘やかさないといいますか。
加藤さん:
そうですね。市場に任せるという部分も、一方で必要なのではないかというふうに思います。
桑子:
あとは補助金が出ているわけですが、そこが適切に使われるようにしてほしいなと思うんですけれど。
加藤さん:
政府によってさまざまな支援のプログラムがありますので、そういった補助金目当ての起業家も登場しているということも社会問題になっていますので。そういった意味でも、うまく必要なところにお金を回す、あるいは支援をする。それによって、あまり過度になりすぎず、スタートアップ自身が成長しようという努力が阻害されないレベルで行われるのが適切ではないかというふうに思います。
桑子:
あとは社会の空気についてですけれども、ここで見ていただきたいのが、世界の起業に対する意識調査なんですね。
起業を望ましい職業選択と考える人の割合が、中国、アメリカ、イギリス、ドイツと来て、日本が極端に低いわけなんですよね。こうした中で、日本で次の成功者を出していくために何が大切でしょうか。
加藤さん:
まずスタートアップというのは、失敗するのがある意味で当たり前ですので、チャレンジをどんどんできるような環境を整備するということが大事だと思います。具体的にいうと、起業して失敗したとなって、それからリスタートがしにくいとなると、そもそもチャレンジがしにくいということになりますので、いかに失敗を許容するといいますか、失敗しても次、またチャレンジできるんだという文化、起業に対する理解というのを促進していかなきゃいけないというふうに思います。
桑子:
具体的にどういうところで、そういうのを促進できますか。
加藤さん:
いくつか方法はあると思いますけど、起業家教育、起業教育という形で、起業に対する理解を深めることを行うことが1つだと思いますし、リスキリングという形で起業能力を高めてあげるというような取り組みも有効かもしれません。
桑子:
その空気作りという意味で言うと、私たち一人一人の考え方にも大きく関わってくることなのかなという感じがしますね。
スタートアップでの成功を目指して。次世代を担う若者たちの思いを最後は、ご覧ください。
“社会を変えたい”起業にかける思い
スタートアップを目指す起業サークル。大学3年生の小松田乃維さんです。
「ここが会社のポストになっています」
2024年2月、自分の会社を設立しました。手がけるのは、企業が地方の優秀な学生を発掘しやすくするマッチングサービスです。
「必須要件、何かありますか」
「自分の将来理想とする姿を思い描いたときに、時間がある今だからこそ、できることが思いつくならば、どんどんやっていきたい。今だからこそ、やらない理由がない」